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狐の獣人 イナ

「あの、終わりました……」



 ポタポタと髪から水が垂れている。


「くちゅっ」


 少女はくしゃみをした後恥ずかしそうに顔を手で隠した。

 温かい地域とは言えこれでは風邪を引くだろう。


 獣人って風邪引くのか?


 川を越え、少し下ったところで焚き火をすることにした。

 とは言ってもこういうサバイバル自体初めてだった。



「どうしたもんか。魔法なんか使えないしな」



 燃え移りやすそうな葉っぱや枯れ葉、大きめの枝に火を移すための細木。火を安定させるため木。


 後は火をおこすだけだが……



「ぬああああああ!」


 シュリシュリシュリシュリ!

 カランッ。俺は火をつけるために用意した枝を落とした。


「はぁっはぁっはぁっ無理だっ!」


 少女は首を傾げて俺を見た。馬鹿だと思われてるんじゃなかろうか。


「システム リビア 起動」



 俺はリビアを呼び出し解決案を聞いた。



 "スキル 世界への干渉の使用をおすすめします"


 見てたろ今までの出来事を。


 "しかしこのまま原始的な火起こしを続けた場合の成功確率は ゼロです"


 断言しやがった。でも、言葉……くそ。


「まてよ? 別に言葉による要求じゃなくてもいいんじゃないか?

 例えば、魔法とか」


 "可能です ただし魔力回路を使用します"


「今までとなにか違うのか? 危険は?」


 "これまでは魔素を収集、滞在させました。マスターの指示により魔素は物体に干渉、物体が指示に従いました。


 しかし魔法を使用する場合、物体は存在しません。魔素の姿、形、性質を変化させる必要があります。


 魔法の使用には神の黙示録に沿った呪文を唱え、術者本人の魔力回路を通して魔素に影響を与えます"



「それは普通に魔法を使うのと大差ないというか違いがないんじゃ?


 まってくれ俺は魔法を使えるのか?


 なら俺の今までの詠唱を使った魔法や言葉による干渉の制御の練習は……

 いや考えるのはよそう」



 "使う魔法に魔力回路が耐えることができるのなら可能です。


 マスターと他の術者の違いは習得、向上するのに必要なものがないことです

 ただ知っていれば、理解していれば魔法の行使が可能です"



「じゃああの終焉魔法も」


 "魔力回路が耐えられません。


 ですが火起こしくらいは可能です"



「言ってくれるな……機械っぽいのか人間らしいのか分からん」


「誰とおしゃべりしているのですか?」


「あ、ああえっと、辞書?」


 "否定"


「辞書?」


「詳しくは後で話す。俺の姿がぎりぎり見えるくらいまで離れてくれ」



 ぎゅっ


「にげませんか?」


「逃げないよ」


 少女は言うとおりにした。俺は薪を持ち、焚き火の形を作り上げると小さくかがんだ。

 組み立てた薪に手を当て小さく呟いた。



「プ、プチファイヤー」


 くそ! なんてかわいい名前の魔法なんだ。恥ずかしい。どうなってるだこの世界の神話は。どこで使ったんだよプチファイヤー。


 ジジッ


 一番細い木と葉っぱが焦げ始める。


 パチパチッ


「お、おお」


 ビフォッ パチッパチパチッ


 一度小さな火が点き、それが周りの枝に燃え移り始めた。



「はぁー良かった。成功だ」


 これが魔法を使う感覚、か。

 体の中を魔素が通っていく感覚が熱く感じる。


 俺は遠くにいる少女を大きな声で呼んだ。


「おーい! 終わったぞ!」


 ぴょこんっと耳が動き小走りで走ってきた。

 俺は上に羽織っていたローブを脱いだ。少女にそれを渡した。


「そのローブは乾かせ、乾くまでは俺のを着てくれ」


 こくっと頷くとその場で布を脱いだ。


「だ、だから少しは俺の目を気にしてくれ!」


 少女は何を言っているのか分からないといった目でこちらを見ていた。


 俺は目を背け終わったのを確認すると焚き火にあたった。


 会話のないまま心地いい焚き火の音が聞こえる。何か聞こうか。いやなにも聞けない。俺は自分の想像できない時間を過ごしてきた少女になんと言えばいいか分からない。


 俺は少女を見た。


 少女は焚き火を見つめていた。何を考えているのかは想像は全くつかない。


 ただ眺めていた。焚き火を見ながら何を思っているのか。


 少女は不意にこちらを見た。恥ずかしそうにすぐに焚き火に目を移した。


 そういえばあの騒動があってからゆっくりするのは久しぶりだ。



「いろんなことがあったな……大丈夫かなリーシアは……

 無理してなきゃいーけど」


「リーシア?」


「ん? ああ、リーシアって言うのは俺の幼馴染でずっと一緒にいたんだ。

 今は隣にいないけど」



「わたしが、となりに座ってます」


「ははっそうだな」


 撫でようとすると少女は一瞬俺の手を見て恐れた。

 そして俺はその手を引っ込めた。


 少女はそれに気づいたようだった。


 俺は少女に聞いた。



「あーっと、名前は?」


「名前、ない……です」



 両親の事を聞いてみたかったが、これは聞かないほうがいいだろう。


「そうか……

 このままじゃ呼びづらいな。名前が……ない。

 ないを反対にしてイナ。

 じゃ、だめかっはは」



「イナ、イナ! イナがいい」


「え、気に入ったのか? もっと意味のある名前の方が」


「イナがいいです。

 名前があることが許されるのが、うれしい。

 ないを否定する言葉、ないの反対の言葉。

 うれしかった、です」



「イナが気に入ったんなら、そう思ってくれるんならこの名前にしよう」


「もっと、呼んでくださいっ」

「イナ」


「はいっ」


「イナ」


「へへ。もっと、あ、いえ何でも無いです。

 わたし勝手に、ご主人さまに要求するなんて」



 そう教育されたのか。あの奴隷商人に言われたのか。どちらでもいい。

 これからはそんなもの気にする必要はないのだから。


「そうだ。ご主人さまは俺だ。だからなにも我慢するな。

 やりたいことしたいことは言っていい。



 それが俺がイナに対する要求だ」



 俺と違って何言ったっていいんだこの子は。



「じゃ、じゃあもう一回だけ……

 イナの名前を呼んでほしいです」


 そう言って頭を差し出してくる。



「分かった。イナ、これからよろしく」


挿絵(By みてみん)



「~~~ッ!」



 がしっとイナは俺に抱きついた。布一枚だから感触が……


 ぐぅぅぅぅぅ


「ウッ……ごめんなさい」


 腹の虫の正体はイナだった。かと言って俺も……

 ぐぅぅ



「朝から何も食べてなかったな……なにも買ってないし

 リビアでも食べ物作るのは無理だろうし」



 たとえ出来たとしても魔素の塊。空気を食べるようなものだろうか。


 栄養にはならなそうだ。


 確か魔物は死後、放置すると魔素に変換されたはず……

 それならリビアで作れば……腹は満たされるか?



 ”否定 食料を生成する魔法は存在しません”


 そうか……


 イナはお腹に手を当て、お腹を引っ込める。



「ぅぅぅ」


 そういえばこの子は出会ったときからお腹を空かせてたな。


 正直戦闘となるとまだ不安が残る。アシッドボアくらいなら素の戦闘力で倒せるか?



「イナ、戦えるか?」


「ごめんなさい。戦ったことないから、分かりません……」


 やるしかないか。このままだと飢え死ぬ。俺には冗談だがイナにとっては現実的だ。


「ここで待って、るわけないよな。


 今から魔獣を借りに行く。いわゆる魔物、モンスターってやつだ。

 そいつを狩って肉を剥いで焼いて食う!」



「がんばって、ください。力にはなれないですけど、応援します!」


 俺とイナは森を抜け草原にたどり着いた。


 見晴らしのいい草原に何体かのアシッドボアが居た。


 見た目はイノシシだが毛が硬く、口から伸びた牙は魔素を吸収し黒く変色していた。



 アシッドボアは魔素の薄い昼間の間はそこまで強くない。

 それでも人を殺すには十分すぎるほどの強さがある。


 もう日が落ちているせいで狩るには難易度が上がりすぎている。

 今は食料分の一匹でいい。


 ただ、俺の腕で倒せるかどうか……


「まぁアシッドボアの依頼で良かったかな。スライムだったら本当にきつかった。

 木の実を食べるしかなくなる」



 俺は近くのアシッドボアを狙うことを決め、剣を抜いた。見晴らしがいいということは向こうからもよく見えるということ。


 極力茂みの中から近づく。



 これはゲームじゃない。そこにはちゃんと死がある。言葉だけじゃない実体感を帯びた死が待っている。


 鼓動が高鳴る。俺も、アシッドボアも殺し合いだ。命がけだ。


 俺はまだ命を奪ったことはない。この手で、生き物を殺すことは初めてだ。




「ふー……」



 ばれないのはここが限界だ。



 剣の稽古はしていた。リーシアとだってなんども模擬戦をしている。

 俺は様子を見計らい飛び出した。

 

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