僅かな可能性
破龍の背で揺られながらカラムスタ王国に着く。
俺はトアに抱えられながら門番にガルスを呼ぶよう伝えた。
ガルスは破龍に驚いていたもののすぐに事態の急用さに気づいたようで担架を用意した。
ガルスは俺も連れて行こうとしたが、俺はそれを拒否した。
「頼む。俺のことはいい。
早く、カンナと母さんを診てやってくれ」
二人が運ばれたのを見てから俺は気を失った。
ここで目を覚ますのは何度目だろう。
寝起きで頭がぼーっとする。
しかしすぐにカンナの事を思い出し飛び起きる。
同じ部屋に居たリーシアとイナを驚かせてしまった。
リーシアは近くに寄ったあと、こう言った。
「もう起きて平気?」
「ああ。俺は大丈夫。
それよりもカンナは……」
「……」
「なんで黙ってるんだリーシア」
「見たほうが早いかもね」
俺はリーシアに手を握られ、ある部屋へと連れて行かれた。
リーシアはドアノブに手を触れて開けようとしたが中々開かない。
最後は力づくで扉が破壊されるんじゃないかってくらい乱暴に開ける。
俺は部屋を見て状況を理解するのに時間がかかった。
当然そこにあるのは普通の部屋だ。
家具、テーブルと俺の寝ていた部屋と変わりはない。
ある一点を除けばだ。
それは凍ってしまっていることだった。床も、天井も、リーシアが無理やりこじ開けた扉も凍っていた。
アイリスがベッドの横に立っていた。
俺はアイリスに言った。
「アイリス……これは」
「お目覚めになられたんですね。
私にも、わかりません」
そう言ってアイリスはベッドから離れる。
そこには凍ったベッドで寝ているカンナの姿だった。
カンナが見えた瞬間、俺は急いでカンナのもとに行こうとしたせいか、床が凍りついていることを見落として転んでしまう。
そんなことお構いなしに再び起き上がりベッドにたどり着く。
カンナは――動いていなかった。
体は凍っていないものの、触れると冷たい。
あまりにも冷たすぎる。
凍った毛布をリビアを使って溶かしながらめくる。
傷はあの時のまま。
「カンナ……」
俺はもう一度毛布をかける。
するとその毛布はまた凍っていく。
アイリスは俺の横へ来ると俺に言った。
「判断が難しいのです。
生きているのか、それとも……亡くなっているのか。
亡くなっているにしては冷たすぎることと、この現象はカンナから発生していること。
現象が起き続けていること。
しかし、生きていると言っていいものかと……」
「終焉魔法だ」
「終焉魔法、ですか?」
「ああ」
俺はカンナの頬を撫でる。
人は凍らないみたいだな。
「少し、リビアと話をする」
リビア。
”はい”
彼女はいるか。
”呼んできますか?”
頼む。
”来たわよぉ”
まだ、生きてるんだろ?
”そうね。かろうじて、ね”
充分だ。
血の契約でなんとかならないか。
”不可能ね。あなたの吸血鬼の特性や魔王の特性をあげられるわけじゃないもの
そもそも意識がないものと契約することは不可能よ。
狐の子のような特殊な事例は狙っては引き起こせないわ。
せめて血の契約をしてから使ってくれればねぇ”
そんな余裕なかったからな……
そうか、これは終焉魔法を使ったことによる反動みたいなものか?
俺はそう思っているんだが。
”合っているわよ。
これはね、終焉魔法の代償よ。
自らの手に余る。器から溢れ出すほどの力を使った者への……ね”
だが都合はいい。
ここからなにか、手段を見つけることができればカンナを助け出せる。
そうだろ?
”ええ。もう助からないような人間を助けられるような力を手に入れることができれば可能でしょうね”
なら問題ない。可能性があるだけで充分だ。
助かった答えてくれてありがとう。
”うふふ、またねぇ”
「戻った。
カンナは生きてる。そしてわずかだけど――助けられる可能性もある」
それを聞いて安堵するアイリス。
リーシアとイナもお互いの顔を見合わせ喜ぶ。
ただ、助けるにはなんの足がかりもないこともしっかりと伝えた。
そして俺はカンナを撫でながら必ず助けるからなと言ってその部屋を出た。
部屋を出た瞬間、ルミアが俺に抱きついた。
「おはようございますエノア様っ!」
「おはよう。無事で良かった」
「はいっ! あの」
「どうした?」
ルミアから告げられたのは母さんが俺の事を呼んでいるとのこと。
俺は整理のつかない心を落ち着かせ母さんの部屋に入る。
久しぶりの母さんとの時間。
俺はベッドの上で上体を起こし、窓から空を見つめる母さんに話しかけた。
「やせたね、母さん」
「エノア。来てたのね」
「うん。ごめん母さん。勝手に出ていって」
「仕方のないことでしょ?
構わないわよ」
「そう、かな?」
「ねぇ、エノア」
「なに? 母さん」
「少し、外に出たいの。
おぶってくれるかしら」
「分かった」
俺は母さんを抱きかかえ、外に出る。
母さんは強くなったのねと俺を褒めた。
俺はうれしくなりながら外の中庭に行った。
手入れされた芝生の上に座った。母さんを芝生の上に寝かせる。
「んー、いい天気ね」
「ああ。ほんとだよ」
「エノア。あなたにお父さんはいないのよ」
突然言われた衝撃的な事実に声が出なかった。
母さんはそのまま話を続けてしまう。
「ふふ。驚くのも無理はないわ。
コウノトリが運んできたなんておとぎ話じゃないんだから。
これはね、誰も知らない私だけしか知らない事実なの。
ある日自分のお腹が大きくなっていたことに驚いたわ。
えっ、太っちゃった?! って焦ったんだから。
でも、夢の中である女性に謝られたの。勝手なことをしてごめんなさい。
そう言われて私は命を宿したことに納得した。
いろいろな事を聞かされて、そして誰にも父親がいないことを言わずにあなたを生んだ。
父親はミレッド帝国との戦争で戦死した兵士ってごまかしたわ。
ふふっ、以外とだませるものなのね」
「まっままって、ごめん、ほんとごめん、理解が、追いつかないんだけど」
「そりゃそうよ。
私だって理解するのに時間がかかったんだから。
でも日に日に大きくなる自分のお腹の中で、あなたが生きているって思ったら理解するしないなんてのはどうでもいいんだって思ったわ。
たとえ父親がいなくても私の子供ですもの。
でも、つらい思いをさせて、ごめんね」
「そんなっ……つらいことは母さんだってあっただろ? 俺、可愛げはなかったと思うし……」
「そんなことないわ。確かに前世の記憶を取り戻してからは暗かったけどすぐにリーシアと仲良くなっちゃったじゃない。
そーだっ! 今はリーシアとどうなの? どこまでいったの?」
「どっ、こまでと言われても」
「ははー。その反応はそう……
母親としては満足だわ」
「いや、でも……他にもその好いてくれる人が」
「他にもっ?! 悲しい思いさせてないでしょうね」
「それは、わかんないです」
「ふふっ冗談よエノア。きっとあなたは悲しませようとはしないもの。
喋り疲れてきたわ」
「か、かあさん」
「ん? どうしたの?」
「俺、魔王だったんだ」
母さんは口を少し開けて言葉を失っていた。
そして、俺の頭を撫でながら言った。
「もう……どうしてそんなにつらいことばかり起きちゃうのかしらね。
後悔はしてない? 二度目の人生を歩むことに」
「してないよ。魔王でも悪いことばかりじゃないんだ。
魔族だって悪い奴らじゃない」
「そう……
あっ話忘れてたわ。
これでも私は貴族なのよ。
エノアは勇者候補だからって勘違いしてるかも知れないけど私は貴族の一人娘。
ルーヴェストは私の貴族としての名字なのよ。
一応教えておくわね」
「えっ」
先程から驚かされてばかりだった。
そして母さんは俺の頬に手を当てる。
「こんな運命ばかりでごめんね」
「何言ってるんだよ母さん。俺は」
「もっと苦労しない幸せな人生を送らせてあげられればよかったのに」
「そんなことないって」
「最後にもう少しだけちゃんと顔を見たかったわ」
「……は? 何言ってるのさ母さん。俺なら眼の前に……」
俺はなぜか理解してしまった。もう、母さんは。
「愛してるわよエノア。私の自慢の息子ですもの。
本当にいい子で、本当にやさしくて……あら、泣いてるの?
ごめんなさい。もう、時間が」
「っぁ、ぁぁ」
俺、母さんに迷惑しか……
母さんは俺の頬に手を当てた。
「一緒に過ごした母親としての時間はとても楽しかったわ。
ああ、少しだけ……見え……」
「母さん? かあさ……っ」
母さんは最後、微笑んでいた……
母さんの前でひとしきりに泣いた後、突然の別れに俺は傷心していた。
そして母さんが亡くなったことをみんなに伝える。
みんなのおかげで最後の家族の時間が作れたとお礼を言った。
リーシアとルミアは泣き崩れた。
みんなも母さんの為に悲しんでくれた。
母さんの遺体をカラムスタ王国内で埋葬させてもらうことが出来た。
母さんが眠る墓標に手を合わせ、あの頃の思い出を振り返りその場を後にした。
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喜びます。