私の知っている神話
私は痛みで目を覚ます。
頭がズキズキと痛み、腹部からは大量の出血。
持っていたポーションを使ったけど効果があるのか分からない。
目が霞む。でも分かる。エノア達が戦ってる。
衝撃が伝わってくる。こんな所でお荷物になんてなりたくない。
考えて、もっと、もっと考えて。
血が足りない。それでも考えるの。
だって、大好きなエノアがこのままじゃ死んじゃう。
私にとってかけがえのない誰かであるエノアがいなくなっちゃう。
後、もう少しだけ耐えれば……
あっエノア達が囲まれてる。このままじゃ間に合わない。
何が出来る? 私に。大声を出したって時間稼ぎになんかならない。
私は、そうだ、魔法使いだっけ。
余計な事は考えられない。正解だけ導いて。
そう、神話。魔法を使うには神話をもとにした詠唱を使って魔法を実現化させる。
だったら、だめ、この世界の神話じゃない。
私はこの世界に受け入れられてない。
そうだ、私は、異世界から来たんだ。
私は、大声でエノアの名前を叫んだ。
そして自分の気持ちを伝えた。
エノアは応えるように魔素を充満させてくれた。
エノアが私に付いて来いと言ったあの日。私をパーティーに入れようとした冒険者はこの魔素の量を見てこう言った。
”終焉魔法レベル”だと。
全部、全部使う。エノアがくれたこの魔素を余すことなく管理する。
私の世界の神話。それは私が魔法を使うための条件。
私は不満をこぼしながら意気込んだ。
「大嫌いだ。こんな国。
だって、エノアを、バカにして。
自分の目で見もしないでヘラヘラと処刑を見に来て。
文句言うだけ言って、その言葉の重さなんか考えちゃいない。
全部巻き込んでやるんだから。
恋した乙女がどんだけすごいか見せてやる。たとえ死にかけだって見せてやるって言ったら見せてやる。げほっっ」
咳と一緒に血が吹き出る。やばっ……
魔素に意識を回して、心を落ち着かせて……
痛みなんか考えるな。そんな余裕はない。
私の周囲に風が吹き荒れる。
魔法を使う前に反応する周囲の魔素。
地面に六芒星が描かれる。
きっと、私にだけ許された魔法。
二つの世界の力を使った複合魔法。
この世界の技術で別の世界の力を使う私の魔法は終焉の域に達する。
「好きだよっ」
もっと言いたかったなぁ……
「終焉魔法 ”ヨミ”」
エノアに憧れた私の氷の魔法。
ヨミは私を中心に凍らせていく。魔素も、地面も、人も、建物も。
私を囲っていたこの炎も全部。
エノアは影を使ってみんなを守っていた。
良かった。エノアまで氷漬けじゃ意味ないもんね。
ヨミは音を立てながら司祭や信徒、ヴァルクさんや遠くにいる国王も凍らせていく。
この魔法は止まらない。全部、全部凍っちゃう。
それが終焉魔法。この世界の全てが氷に包まれるまで、ヨミの世界となるまで永遠と凍り続ける。
エノアに止めてもらおうと思ってたんだけど……
エノアならきっと、止められるから……
止められないこと、言わなきゃ……もう少しだけ、生きなきゃ……
意識がとびそうになった所でトア達がエノアを抱えて私の場所まで来た。
私は止めて、と小さい声でお願いした。
トアに抱えられたまま、エノアはゆっくりと手を上げた。
そのやさしい手を私の頭に乗せて言った。
「死ぬ……なよ。空虚」
エノアのスキルによって六芒星の魔法陣が消滅した。
ヨミは動きを止める。
これが魔力回路かと実感する。体中の全てが痛い。
吐いた息がまだ白い。
「エノア……使えたよ、魔法。
最後みんなの……役に、立てたかな」
「聞こえ、なかったのか? 生きることを、あきらめるな」
エノアの後ろに視界を埋め尽くすほどのガーディアンが飛び出す。
私はもう一度と杖を手に取るが力が入らない。
その奥に、あのダグラスの槍が出現する。
国王は、凍っていなかった。溶かしたのか、エノアのように回避したのか。
エノアは呟いた。
「帰ってきたな、リビア」
エノアのスキルが帰ってきた。それはつまり……
ダグラスの槍が私を貫いた時のように向かってくる。
「お待たせいたしましたわ!!」
リィファの声が聞こえた。
私の後ろで破龍が羽ばたいていた。
破龍の背にはティアナとリィファが乗っていた。
大きく羽を広げ鋭い眼光を槍に向け、それに対し、準備していたのか殲滅魔法を放つ。
口から放たれた閃光は槍を消滅させ、ガーディアンを一掃し、そのまま国王へと向かっていった。
しかしその直前で魔法が弾ける。
国王の前にヴァルクさんが立っていた。
けど、もう充分。
私達は破龍の背中に乗せてもらい、空を舞う。
今はとにかく逃げなきゃ。そう思った。
追ってくるガーディアンから逃げ、やっと国の外に出れそうになった時、破龍が動きを止めた。
後ろを振り返り、空中に飛んでくる斬撃を避けた。
そのまま国の外には出れたものの、破龍は一度地に足をつける。
その斬撃を避けながらでは逃げられないとリィファが言った。
「まだ、国王の目が行き届いておりまして」
ヴァルクさんはそう言いながら空から私達の前に着地した。
彼は破龍に追いついていた。私達が落ちないように破龍が速度を調整していたにしても生身の人間が龍に追いつけるなんて……
エノアはヴァルクさんに言った。
「結構しつこいんだな。ヴァルク」
「満身創痍ですね。あの状況を打破したことは見事ですが、あなたがそんな状況なら勝ち目は私にありますね」
「どうかな」
まだ、戦力があることを私は知っている。
リーシアが誰の目にもつかない場所で連絡を取っていた相手がいる。
空でカラスが鳴いていた。
エノアは唇を触りながら言った。
「あの日の罰を告げる。
イビア! アビス! 俺たちを守れ!」
あの日と同じように魔人の二人は地面に空から降り立つ。
今度は味方として。
「分かったぜ魔王さんよ。
こいつをたおしゃーいーんだな」
「イビア。油断しないの。
私は見てたけどただの人間じゃないわ」
エノアは言った。
「目印かつ危険な状態の時に知らせることの出来る条件付きの魔法。
まさかこんな時に役立つとはな」
アビスという魔人がその言葉に照れながら返す。
「あの時はすみません……」
ヴァルクさんは剣を複数出現させ言った。
「魔人、ですか。
まぁ、魔人でしたら――殺しても構いませんね」
「はっ! 出来るってのかよ人間!」
「ええ。逃げる時間くらいは確保出来るといいですね」
トアが魔人二人の横に立つ。
「あたしも残る。少なくともあたしは勇者候補だ。
戦力にはなるはず」
「見くびられたものですね。
トア、あなたは……実力差も測れないのですか?」
トアは構えることでヴァルクさんの言葉の答えとした。
「そうですか……では」
ヴァルクさんが間合いを近づけて来る。
だけど破龍の作り出した障壁によって行く手を阻まれる。
しかしその障壁はいつのまにか壊れていた。
壊れた瞬間、トアとイビアの拳の風圧によってヴァルクさんは後ろに飛んだ。
にも関わらず体勢を崩すことなく地面に着地する。
破龍はそのスキにもう一度空に羽ばたいた。
ヴァルクさんから先ほどの斬撃が飛んでくる。
それをリーシアが魔力で生成した剣を使って軌道を変える。
私達は三人を置いてカラムスタ王国へと向かった。あの三人が無事であることを願って。
そして私は、ゆっくりと目を閉じた。
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