力なき奴隷の廃棄処分
早めに宿を出たせいか人を見かけない。
それでも薬草屋、武器屋などの商業人は店を開けていた。
俺は自分の心臓が恐怖を訴えてくるのを必死に抑え薬草の店に入った。
「回復の為の薬草と低級ポーションが欲しい」
この店を切り盛りしているのは腰の曲がった婆さんだ。白い頭巾を頭に巻き、店の入口が見える位置にカウンターを置いていた。
「いくつ欲しいんだい?」
「え」
「なんだい。買いに来たんじゃないのかい」
「あ、いや薬草が五つとポーションの方は三つ欲しい」
婆さんは重い腰を上げると店の中に陳列された商品の中から俺の注文した品を一つ一つ取っていく。
「あいよ。今度からは自分で取るんだよ」
「あ、ありがとう。これで」
俺は金貨を一枚取り出した。
「こりゃお釣りが大変だ。まさか金貨の方で出してくるとはね。あいよ」
この国に流通しているお金は二種類ある。
昔から使われている金貨、銀貨、銅貨。
銅貨十枚で銀貨、銀貨五枚で金貨。一日の食事は銅貨数枚程度だ。
現在の主流はお札である。これは他国との共通硬貨であり他の国でも同盟国なら自由に使える。
お札での価値は生前の日本円と大差はない。あくまで食事や宿を基準とした場合だ。
「すまない……」
「あんたエノアってんだろ?」
ビクッと肩が跳ね上がった。
「怖がらせるつもりはないよ。住民と違ってあたしら商人にはただの客さね。
山賊だろうと盗賊だろうと冒険者だろうと兵士だろうと一緒だよ。
下を向きながらビクビクされたんじゃ仕事しづらいったらないよ」
俺は言葉が思い浮かばずただ無言で頷いた。
「もしこの国が居心地悪いんなら他の国に行ってみればいい。
西に進んだところにわたしの故郷の国がある。
商人の国だしこの国で何したかなんて知られちゃいないよ。
たとえ知ってたってそんな肝っ玉の小さなやつらじゃない」
「ありがとう。この国にいることに限界を感じたら行ってみるよ」
「あいよ。気をつけなよ。ただ程よく怪我してこい。
じゃないと薬草売れんからね! ははは!」
バシンッと背中を叩かれ俺は店を出た。
軽い足取りで国の外に向かっていると何かを叩く音が聞こえた。
「これは……喧嘩か?」
そう思ったが様子が変だ。ムチで叩いてるような音がするがそれ以外の音が何も聞こえない。音の軽さからして叩かれている相手は生き物だと思うが、気のせいか?
動物であっても泣き声くらいは上げるだろう。
忍び足で音の場所に向かった。
そこであった出来事は悲惨なものだった。
薄汚れた布をかぶった少女が上等な服を着た太った中年のおっさんにムチで叩かれていたのだ。声を上げることなく耐えていた。
なぜ助けを呼ばない。
目が虚ろだ。そして俺でも分かる。少女は死にかけてる。男は罵声を浴びせながら手を止めることはなかった。
その時布が少しズレて顔が顕になった。まだ年端も行かない少女。折角の金色の髪は泥や土で汚れていてホコリまみれ。
赤色の瞳に光はなくもう手遅れではないかと感じるほど。
そして特徴的な耳。人間の位置に耳はなく頭部にぴょんと出た大きめのけもの耳。
「獣人か。おそらく狐型だろうな」
少女は力なく、何かを呟いていた。
「……なさい。ごめんなさい」
「うるさい! 高く仕入れたのに買い手が全くつかないじゃないか!
いくらしたと思ってる?! お前にいくら使ったとッ! この!」
「ひぐっっ」
「狐型の獣人で瞳が赤い希少種と聞いたから取引したのに、前例がないからと! 奴隷紋が働くか分からない、いつ殺されるか分からないだと?! 奴隷紋はどんなものにも効くんだよ! たとえ人間だろうと魔物だろうと! あの貴族共が!!」
「がはっ」
男は少女の腹を蹴り上げた。お腹が見えたがひどかった。アザとそして……
あの様子だとまともに食べてないな。
胃の中に何も入ってないのか少女は両手で必死にお腹を抑え、息ができないままうずくまった。
吐くものなんてなにもないのだろう。
このクズが……
俺は助けようとした時、俺に何ができるんだと考えてしまった。
助けて、どうする。
もしかしたら殺すかもしれない。
助けた後どこに連れて行く。
仲間にするのか?
俺が? 危険に晒すだけだ。
今も十分危険だろ。
めぐる。恐怖が、自分の不確定な強さが中途半端な気持ちが。
だったら、俺は……
「俺が買う」
俺は男の手を蹴りとばしムチを手から離させた。
「イッッッ! 何しやがる!」
「買うって言ってんだよ。いくらだ」
男ににやつくと。
「百金貨。金貨でいただこう」
手持ちは五十。
「値段を偽るなら相手を選べ。欲をかいて損したくはないだろ」
「こいつは五十金貨で仕入れてるんだ!」
「お前は商品価値を下げただろ。ならいらないとしたらどうする」
「うくっ……だが本当にちょっとやそっとの値段じゃ」
どうしようもない怒りが溢れてくる。
「ひっっ」
俺は手持ちの金貨の入った袋をそいつに投げつけた。
すまんルミア。リーシアが来る前に飢えるかもしれない。
「中に五十金貨入ってる」
「へ、へへ。まさか儲けが」
俺はそいつの胸ぐらを掴んだ。わかりきったことではあった。
「今度から相手は選ぶんだな。覚えておけ」
男はさらに怯え金の入った袋を落とし、頭を抱えた。
「す、すいませんすいません!」
俺は少女を連れていこうとした。
「まっまってください」
「まだなんか」
「ひっっ違いますって! 違くはないんですがね!
奴隷紋の儀式をちゃんとやっていただかないと」
「いらん」
「これでも国の公認でやってるんですよ!」
「つっ」
この国はほんと……
「それに逃げられることもないですし言うことも聞かせられますよ」
「必要ない」
「いやぁしかし……
私が言うのもなんですがあんたは今助けたんでしょう?
だったら奴隷紋あったほうがいいと思いますよ。
奴隷紋はいわば契約。奴隷からすれば簡単には捨てられない鎖です。
そっちのほうが奴隷としては安心なんじゃないですかぁ?」
「……そんなもの無くても信頼は……」
言葉に詰まった。
今まで人を避けてはきたけれど、住民のことを悪くは思っていなかった。
もしかしたらリーシアのように心をひらいてもいいんじゃないか。
また昔のように普通に接してもいいんじゃないか。
まぁ結果的にはもてはやされていただけで信頼なんて生まれてはいなかった。
「おやぁ? 心当たりが? ん、ん? もしや……このお姿、え、エノア様?! こ、殺されずに済んでよかっ……ひぃっ冗談! 冗談ですって!! だからそんな怖い目しなさらないで!」
俺は自分で決めることは出来ない。だからこの少女にどうしたいか聞いた。
「お前はどうしたい」
「すて、ないで」
「ああそいつはもう廃棄処分だったもんで」
怒りを通り越して呆れてきていた。こんな国滅んでしまえばいい。
「はぁ。分かった。こいつがそういうんなら俺はこいつの意思をくむ。
正常な判断とは思えないがな」
「へいっ! 助かります」
男は俺と少女をテントの中に入れた。
外から見るとサーカスや見世物小屋のテントだが中はひどかった。
薄暗く、ひどい匂いがした。掃除なんてほとんどしてないのが分かる。
いくつもの檻があり、中には獣、魔獣、獣人多くの生き物がいた。
みんな弱っていた。弱らせる必要があるのだろう。
あきらかに危険な魔獣もいるが用途が違うとみた。
最初から危険と分かっていればいいがこの少女のように扱いに困る存在は買い手がつかないということか。
ついたところでそれがここよりマシかは分からないな。
「早くしてくれ」
俺は男に言った。早くしないと手遅れになるかも知れない。
「大丈夫ですよ。そいつは異常なまでに頑丈なんです」
俺は今朝買ったポーションを少女に渡した。
「飲め」
少女はコクリと頷くとごくっごくっと勢いよく飲んだ。
ポーションは薬草から抽出したものだからそんなにおいしいものではないはずだが。
目を輝かせていた。そしてこちらを見た。
男が準備する間残りの二本も飲み干した。水を飲んでなかったのか?
試しに薬草を取り出すと渋い顔をした。いやほぼほぼ同じものなんだがな。
「できやした。血をいただけますか?」
「ほら」
俺は手を差し出した。男は持っていたナイフで俺の人差し指にナイフを滑らせた。
少女はその様子を凝視していた。
指先から血が滴り、その血が男の用意した器の中に一粒落ちた。
器の中に入っていた水が赤く染まった。その中に男は筆を落とし込んだ。
「ほら、腹だせ」
「今は俺の所有物だ。言葉遣いに気をつけろ」
俺は今恐れられている。反逆者として名を上げてしまったからだ。
ならその立場、思う存分利用してやる。
「すいません……お腹を見せていただけますかな?」
少女は戸惑いながらもお腹を出した。こちらを心配そうな目で見つめる。
ふいに俺は少女の頭をなでた。反射的になのか少女はビクッと身を引いた。
その様子をみて俺も手を引いた。
「あっ……」
少女は申し訳無さそうな顔をしてうつむいた。
男は少女に言った。
「ほら動かないでください」
男は筆を奔らせ、奴隷を示す紋様を描いた。
描き終わると紋様が赤く光った。同時に少女はちょっと苦しいのか、痛いのか瞼を強く閉じて俺の袖を掴んだ。
「はい。終わりです」
俺はその言葉を聞くと少女の手を引いて外に向かった。男は大声で俺に言った。
「またよろしくおねがいしますねー!」
俺はその言葉に応えること無く外に出た。
街の外に出てすぐさま川に向かった。国の外に出るのはこれが初めてだった。
本来であれば新鮮な気持ちでこの新たな世界を楽しみたいものだがそんな気持ちになるわけもなく俺は歩き続ける。
この辺の地形は屋敷の中で勉強したことがあった。
南の門を出て正面に進むと森にぶつかる。
その中に舗装された道が続いているが途中で切れている。
魔獣が存在する為作業が進まないのだ。
そのお金も出なかったのだろう。このさきにこの国の同盟国はない。
舗装された道が切れるたら今度は左に向かって進めばいい。
数百メートルも進めばその先に川が流れてる。
「ここで汚れを落とすんだ」
少女は川の中に入った。布を身にまとったまま。
「まぁどうせ汚れてるから洗うことにはなるが」
少女と侮っていたが発育は進んでおり濡れた布が少女の輪郭を確かに表していた。
あまりにも際どい姿に俺は罪悪感を感じ少し離れた。
「いやっっ!」
少女は急いで俺の方に走ってきた。水の抵抗を考えず必死に足を前に出した。
びちゃっと濡れに濡れた少女は俺に抱きついた。
「いか、ないで……」
「くっ」
発情してる場合では無い。というかするな。決して心が揺らいだのではない。
水が冷たすぎて変な声がでただけだ。
と自分に言い訳しつつ少女に言った。
「どこにもいかない。女の体を見るのに抵抗があるんだ。
終わったら声をかけてくれ」
「ほんと? ですか?」
「ほんとほんと」
少女は常に俺を見ながら歩いた。後ろを見ながら歩くもんだから……
「ひゃあっ!」
案の定川に落っこちた。幸いこの川は浅い上に流れも遅い。
すぐに起き上がり俺がちゃんといるかどうか確認していた。
「心配しすぎだ」
なんだかほっておけない子だなと感じた。
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喜びます。