スピード勝負
足音がした。ヴァルクが全身に怪我を負った状態で戻ってくる。
「すみません……無傷で戻ってくるつもりだったのですが……」
俺は倒れそうになるヴァルクに駆け寄った。
「ヴァルク!」
ヴァルクは片膝をつき、剣を地面に差し、倒れないように支える。
息を荒くしながら冷や汗と血が流れる。
「みなさんが行った後、破龍にいくつもの魔法攻撃を受けていました。
一つ一つは対処出来るものなのですが終わりがなく、その場から動けないという状況になってしまいました。
仕方なく傷を負うことでなんとか抜け出してきましたが満身創痍です」
「おつかれ、よく生きて戻ってきたな。
それにヴァルクのおかげで俺たちは無傷でここに来れた」
「ですがこのままでは」
「分かってる。
少し俺に考えがある。破龍は任せてほしい。
かならず討伐してみせる」
「しかしっ!」
「ヴァルク。信じてくれ」
「……説得力に欠けますが今は信じましょう。
どちらにせよ今の私に止める力はありませんから」
「ああ。ヴァルクはここで一度休むんだ。
カンナ、ポーションと添え木、薬草と包帯」
「まっかせて!」
カンナは慣れた手付きで鎧を脱いだヴァルクの治療をする。
ヴァルクはそれに関心して以前教会などで働いたことがあるのかと聞いた。
ないよとカンナは答える。会話をしつつもカンナは適切な処置を済ませる。
「はいっ! これでよし! ちゃんと休んでね」
「は、はい……」
ヴァルクはどうやら落ち着かない様子だった。
だから俺は言った。
「連れて行かないからな。後カンナはやらん」
「ち、違います! みなさんを行かせていいのかと未だ心配で」
「人の上に立つものの性なのかもな。
カンナのことは冗談だ。
もし本気で惚れてたら冗談じゃすまなかったけどな。
ヴァルクは頑張りすぎだ。おとなしく休め」
「分かりました。ここは我慢して見せましょう。
それにしてももしや全員侍らせているのですか?
私は特に文句を言うつもりはありませんが……」
「ご想像におまかせするよ。
じゃあ俺たちは行くからな」
休憩もほどほどに俺は立ち上がる。
カリムが俺の肩を掴む。
「貴様らだけで行くつもりか」
「なら付いてくるか? カリム。
お前達には何が出来るんだ。ここに入ってからずっと――何もしてないだろ」
「凡人の分際でっ」
「またそれか? カリム、お前が一体何に囚われているのかは知らない。
だが戦う気がないのなら帰れ。
俺はお前の父親のせいで死んでも破龍を倒さなくちゃならないんだよ」
ヴァルクが口を挟む。
「それは困ります。
カリム王子には残っていただかなければなりません」
俺はカリムの手を退かす。
「なら足は引っ張るなよ」
「……くそっ」
カリムは歯を食いしばりながらそう言った。
俺たちは再び破龍への道を進む。
中に入った瞬間、俺は破龍を眺める。
当然眠っているわけはなく、いくつもの魔法陣を展開した状態で待機していた。
今度は自分ひとりではなく、ちゃんと”パーティー”として陣形をとる。
説明してる暇はない。
「リーシア、トア、とにかく破龍の近くにまで行きたい。
あの瞬間移動みたいな影の技は使えない。
だから」
リーシアとトアは任せてと言った。
トアは一番前に立つ。
「何考えてるのは知らねーが、つまりはあいつの攻撃全部無効化すりゃいいんだな!」
その隣にはリーシアが立っていた。
「まぁ元々前衛だし。特訓の成果を出すには充分すぎる相手よね」
俺はイナの耳元で小さく話す。
「イナ、頼みがある」
ぴくぴくっとイナの耳が動く。
「なんでしょうご主人さま」
俺が小さい声を出したせいかイナの声も小さくなる。
俺はイナの頭に手を置いて言った。
「隣でリィファを守ってくれ」
「分かりましたっ!」
俺たちはカリム達を置いて走り出す。
とにかくスピード勝負。体力の差で勝てる気は全くしないからな。
当然最初に出てくるのは無数の鉱石。
しかし前の二人にそんなものは聞かない。
リーシアは走りながら剣に魔法を付与させる。
「ニーアアタッチメント」
剣の周囲に稲妻が走る。
瞬時に複数の斬撃。触れた鉱石から雷撃が発せられる。周囲の鉱石が弾ける。
トアは急ブレーキする。目の前に存在する鉱石ではなく、その手前、なにもない空間に向かって拳を振った。
直後爆風が正面に向かって吹き荒れる。
鉱石は破龍のコントロールを離れ散り散りに吹き飛ぶ。
「ははっ! こんなもんかよ!」
そう言ったトアの目の前に魔法陣が出現する。
あれは、確か破龍に触れた時に俺を襲った……
まずいっ! もしその魔法陣に重なった状態で魔法が発動されたら、トアの頭にっ。
「私が戦っていないだと! 戦うなと念を押されているだけだ馬鹿者め!」
カリムはその魔法陣を剣で切り裂いた。
剣で魔法陣を切り裂くだと?!
”剣に付与された魔法です”
そんな剣があるのか。
とリビアと会話していたのだが……
トアが短く「あっ」と声を出す。
カリムが地面に転がる。
「トアッ! きさまぁぁぁぁ!!」
カリムはすぐに起き上がりトアに文句を言う。
トアは余計なことするからだと言う。
どうやらトアはすでにその魔法陣を体を捻りながら避けていたらしい。
避けた先にカリムが現れ邪魔だったから蹴ったとのこと。
「いやホント悪かったって。まさかあんたが誰かを助けようするなんて思って無くて。
ちなみにあんたのパーティー後ろで待機してっけどいいのか?」
「あいつらはいい。
実力はある。だが破龍の前では戦力にはならないだろう」
「ふーん。お前もじゃね」
「トア、貴様誰のおかげで飯が食えてると」
「国民」
「ぐっっっ!!」
”殲滅魔法の術式展開確認”
「頼むぞリビア」
俺はリビアに破龍の魔法を任せようとした。しかし。
”消滅は不可能です”
は、はっ?!
”三つの術式展開を確認 対処できるのは一つのみです”
同時に、三つ?!
”発動前に近づいてしまうことを推奨します”
「喋ってる場合じゃない! 急げ! 全員死ぬぞ!」
カリムとトアは喧嘩をやめ前を見据える。
パリンッとガラスが割れる音がする。
カンナがカリムにポーションを投げ込んだのだ。
「今は味方だから。エノアにひどいことしたのは許せないけどね」
「っ、エノアのくせに……ふん、好きにしろ」
地面に魔法陣が出現する。
地面からもかよ! こいつ一度に一体どれだけのことをしてくるんだ!
俺は地面に影を展開する。これで地面は問題ない。しかし守りに影を全部使ってしまった。
「わっっ!」
ティアナの声が響く。俺は驚いて後方をすぐさま確認した。
ティアナの前にトアと同じ用に魔法陣が出現していたのだ。
しかし今回は重なるのを待つのではなくすでに出現しかけていた。
弓じゃ、間に合わないっ!
「ほっ!」
ティアナは走りながら頭を後方に下げる。
地面から少し浮いた場所にさらに魔法陣が出現する。
地面と空中から鉱石に挟まれる形となる。
ティアナは弓を消失させ短い剣を二つ生成。
体を空中で捻りその鉱石を斬ってみせた。
「あ、あぶなかったぁ……」
俺もはっきり言ってヒヤヒヤしていた。
だが褒めている時間はない。
鉱石だけではなく、ニーアのような雷撃、地面を伝う炎など、いくつもの魔法が襲いかかってくる。
それをどう対処しているか。それはすべてリーシアのおかげだった。
リーシアは雷撃を確認すると俺たちに当たる前に同じ雷撃を出現させ相殺する。
地面を這う炎には風雷を。それを行いながら向かってくる鉱石を粉々にしていた。
リーシアは破龍相手に渡り合っていたのだ。
破龍も、リーシアも理解が及ばない。この場においてもっとも実力が近しいのはリーシアだった。
それでも流れ弾は飛んでくる。
飛び交う鉱石や瓦礫は俺たちで対処する。
カンナをティアナが、リィファをイナが守っていく。
傷を終えばカンナがポーションをかける。時には杖で瓦礫を弾き飛ばす。
イナは狐氷の鋭い切れ味を思う存分発揮していた。
だがイナはリィファに当たる鉱石だけではなく他の鉱石にまで手を出していた。
後方にいるカンナやティアナの為だろう。若干の疲れが見えていた。
リィファに当たる前に瓦礫や鉱石はいくつにも分散され、リィファを避けていく。
着実に破龍へと近づいていく。
しかし、俺は疑問に思った。
勇者が封印するしかなかった相手が、こんなものなのか? と。
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