洞窟内部
それからトアは話しかけることが怖くなってしまったようで俺の元から離れなくなった。
「なぁトア。なら貧困街での性格のまま話せる相手と話せばいいんじゃないか?
ほらヴァルクなんか物怖じしなさそうだぞ」
「あいつとは合わない」
「なんかあったのか?」
「ああいう気取ってる感じのやつ苦手なんだよ。
それに何度か手合わせするんだけど軽くあしらわれて、昨日よりも強くなりましたねって言ってくんだが腹が立つ。あの顔の裏で何考えてんのかわかんねー。
涼しい顔しやがって。鑑定受けたらあいつも勇者候補なんじゃないか?」
「カリムもそうだが、勇者として覚醒するには時間がかかるんだろうよ」
実際俺もまだ魔王としては完全に覚醒してない。
トアは落ち込みながら言う。
「この性格で話せたら少しはマシだと思うんだけど」
「俺とは話せてるじゃないか」
「……はっ!」
「いや気づくの遅すぎないか?」
「なんでだ?」「俺に聞くなよ」
トアは頭を悩ませていた。
俺はその様子を見てトアに言ってみた。
「なら俺のパーティーで慣らしたらどうだ?
みんなやさしいからな。
同じパーティーに入ることは出来ないが擬似的にってのは問題ないだろ。
トアは勇者候補だからそのへんはさすがにな」
「……いいのか? こんな異物取り込んで」
「それは自分の目で確かめてこいよ」
俺はトアの手を引きながら足を早めイナ達に追いつく。
俺はみんなにトアを紹介する。
先日の出来事のおかげかみんなはトアを受け入れた。
擬似的なパーティーを組ませたいと話すとそれぞれが了承してくれる。
なにかと話しかけられるトア。
まだおどおどして言葉が出てきてないが次第に話せるようになるだろう。
俺はトアに聞く。
「一応聞いておきたいんだがどんな戦い方をするんだ?
やっぱり前線か?」
「そうだな。あたしはずっとこの拳で戦ってきたからな」
「イビアと同じか……」
「イビア?」
「いや、何でもない」
口を滑らせてしまった。
トアはまだ気になっているようだったがさすがに教えられない。
魔族の仲間だ。なんてな。
にしてもトアはちゃんと聞かないほうがいいんだなっていう線引を分かってる。
気になってはいるが無理やり聞こうとはしない。
トアならすぐ友達くらい出来るな。
さて、アタッカーが多いなこのパーティーは。
タンクはいないから敵の注意をそれぞれに振り分ける形にするか。
前線の俺、イナ、トアがその役目を担う。
本来リーシアは前線だが、前、後ろを守ってもらう為にあえて中衛にいてもらう。
完全サポートのリィファ、遠距離のティアナ、そして戦況把握と、ポーションなどの回復アイテムを適時使うカンナ。
ただ破龍に対してうまく回るかどうか。
立ち止まった後、上を見上げると天高くまで伸びる山。
その山に木や土は生えておらず、ただ岩で構成されていた。
生き物の存在しない断崖絶壁のような山。
そこに一つだけ大きな空洞がある。先が全く見えない。光が届いていないのが分かる。
カリムがヴァルクに合図を出す。
ヴァルクは空洞の一歩手前に立つ。
なにもない空洞の入り口に手を当てる。
詠唱を行いリビアがヴァルクによって入り口の障壁が壊れたことを教えてくれる。
ヴァルクは説明を始める。
「ある程度先までは我々聖騎士団も行ったことのある場所です。
しかし今回は破龍にたどり着くまで進むこととなります。
先に言っておきます。命の保証は出来ません。
そしてこの洞窟から魔物が外に出ないよう中に全員入ったら再び障壁を張ります。
その為一度入ったら破龍を討伐するまで出られないと覚悟してください。
と言っても中からであれば難しさはあれ障壁の破壊は可能ですが手間が増えるのでここで決めてください」
そんなことは全員分かっていたことだ。
異を唱えるものはおらず、洞窟内へと進んでいく。
最後尾の俺たちが入った後、ヴァルクは結界を張る。
それが終わるのを待ってこの暗い洞窟内を進む。
各々が魔具を使って道を照らす。
イナが構える。剣を抜き神経を尖らせる。
気づいていないものは進もうとする。
トアが突然先頭に向かって走り出す。あまりにも小さすぎる音。
耳を澄まさなければ聞こえないような音だが、その音の正体は俺たち全員を丸呑み出来そうな巨大なムカデ型の魔物だった。
一瞬魔具の灯りによって映る外骨格はその反射からかなりの硬度があることが分かる。
音をほとんど立てないのにその速度は目にも止まらないという劣悪っぷり。
すぐに影を展開出来るようリビアに準備させる。
トアが俺から離れ、ムカデ型の魔物の正面に着く。
ティアナは火の矢を魔力で生成し、それをトアの正面に向かって射る。
トアは「完璧だ!」と言った。
丁度そのタイミングでムカデ型の魔物が顎を開き、トアを捉えていた。
ティアナの火の矢がそれを照らしていた。
矢がムカデ型の魔物に当たり散っていく最中まだ光が残っている。
その時ヴァルクがムカデ型の魔物の進行を剣一本で支える。
ヴァルクの横でトアが今まさにその拳を打とうとしていた。
音速の打突。それはフラッドと同等と言って差し支えないものだった。
洞窟内を衝撃波が縦横無尽に響き渡っていた。
ムカデ型の魔物は内部から粉々に割れるようにして崩れ落ちる。
衝撃波の余韻が残る。トアはヴァルクに言った。
「邪魔すんなよヴァルク。あたしにタンクはいらねーぞ」
「余計かとは思いましたが一応、ですよ」
悠々と戻ってくるトア。
俺はその強さに感服していた。
「すごいな。今のは勇者候補の力か?」
「ッッ! あ、ああ。
今の所あたしには二つのスキルがあるんだ。
一つは不屈、もう一つは特化型。
今のは特化型。自分の能力やスキルをその戦闘スタイルに特化させるっていうやつ。あたしは格闘しか使わないけど、一応他の剣士とか、魔法使いとかでも特化出来るんだ。
すべて同じ強さまで能力上は持っていけるのが強みだな。
だから強くなればなるほどほかのも強くなる。利便性がすごい高いんだ。
他の職業も扱えれば、な……
あたしは拳一筋だからちょっと勿体ないかな」
「そうだな、出来ることならいろんな状況に対応出来るようにしておいた方がいい。
ちなみになんだがその二つのスキルの習得は同時だったのか?」
「いや? 最初は不屈、その後特化型を習得した。
まぁこんな感じで魔王が現れるまで少しずつ開放されて行くんじゃないか?」
「いつだった?」
「たしか、勇者適正鑑定の日と、特化型は一ヶ月くらい前かな。
元々格闘型だったからちょっとスキルが強くなったくらいであんまり強さの変化を感じなかったなー」
「そうか……」
勇者適正鑑定の日と、俺が強制的に魔王に覚醒した日、か。
偶然か? それとも……俺が魔王に近づくに連れて勇者も強くなっていく?
そんなタイミングを見計らったようなことが起こりうるのか?
魔王が現れる時、勇者が現れる。
それが運命というやつなのか?
そうなると魔王として覚醒しないようにしながら魔王以外の力を強くしていく必要があるな。
考え事をしていたがざわつきに気が付き周囲を見た。
少し観察してざわつきの正体に気づいた。
それは興奮が冷めない。だ。
この洞窟に入ってからはじめに出会った驚異的な魔物。
そしてそれをあっさり倒してしまう聖騎士団長と勇者候補。
尊敬、畏敬、恐怖、興奮。
こんな魔物が蔓延る洞窟内を探索しなければいけない。
そしてそんな魔物よりも遥かに強い破龍の倒せるのか。
二人の勇者候補がいれば、聖騎士団帳がいれば、と他人に期待を込めるようになってしまった。
人任せでは一歩出遅れる。
俺は先行きが不安になるが、仕方ない、こいつらを帰られせる方法もないと諦めてカリムとヴァルク達について洞窟内を散策していく。
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