二人だけの
リィファに起こされた後、リーシアがいないということを知った。
ティアナも、カンナも知らないと言う。
俺は焦った。カリムの元へ連れて行かれたんじゃないか。
手がかりになりそうなものを血眼で探した。
ゴミ箱の中に一枚の紙が入っているのを見つける。
俺はしわくちゃになった紙を広げると、すぐさま宿を出る。
リィファ達にイナを任せて俺は走った。
どうして行ってしまったのか。なにをするつもりなのか。
周りの視線など気にもとめず走る。
リーシアの屋敷に着く。ここに来るのはいつ以来だろう。
本来この土地に足を踏み入ることは許されない。
「リビア」
魔素が漂う。
まだ誰も起きてはいないであろう時間帯。
屋敷の前で侍女達の住む部屋の中を対象に魔法を使う。
当分目覚めることはないだろう。
それから一部屋一部屋声をかけ、扉を開ける。
いない。
どこだリーシア。
この部屋はリーシアの父親が普段使っている部屋だ。
誰もいなければ鍵がかけられている。
勇者候補として会っていた時は随分と歓迎されたがその後は一度も会っていない。
「リーシア」
声をかけるが反応がない。
ここでもないのか。
もう一度問いかける。
エノア、と俺の名を呼ぶリーシアの声。
扉を開けると二つの遺体。
そして片方の頬を赤くして、頭から血を流すリーシア。
果実酒の匂いと血の匂いが入り交じる。
俺はリーシアを抱きしめた。
大丈夫だよと、そんな意味を込めて抱きしめる。
それから、長いことそこに居た。
話をして、落ち着かせて、遺体を埋葬した。
掛ける言葉なんて見つからない。見つけることが出来なかった。
だからリーシアが今までしたようにリーシアの隣にいることを選択する。
その後、俺とリーシアは宿に戻った。
リーシアは血を洗い流し、着替えを済ませる。
ただいま、そう言うリーシアの顔は微笑んでいた。
おかえりと言った後、カンナはリーシアを叱る。
「ちょっと! 黙ってどこか行かないでよ!
心配するじゃない。
何があったかは知らないけどちゃんと一声かけてよね」
「ごめん……
私の問題だったから……
それに、焦っちゃってたのかも。
あの手紙を見た瞬間、息苦しくなって。
ほんとごめんね」
「んん……
すごく反省してる……
分かった。もう何も言わない。
ごはん食べて元気だそ」
「うん」
俺たちはギルトの食堂で注文した料理が届くのを待っていた。
今日は祭り当日だが楽しめる気がしない。
いろいろありすぎた。
カンナ、リィファ、そして……
リーシア。感情が複雑過ぎて、もはやずっと寝ていたい。
何も考えられない考えたくない。
料理が運ばれてくる。
それを口に運びながら頭の中でいろんな出来事を繰り返す。
答えの出ない、言い表すことの出来ない感情の言葉を探す。
巡らせ続ける思考を終わらせる言葉を探していく。
ごちそうさまと手を合わせる。
水を飲みながらぼーっと遠くを見ていた。
ティアナが顔を覗き込んでくる。
「元気ないね。
どうかした?」
「ちょっと、いろいろあってな」
「……お祭りどうする?」
「みんなで楽しんで来なよ」
「エノアがいないと楽しくないよ?」
「ごめん……
少し、考えたいんだ」
「むー……分かった。
今日はお祭りのこと忘れよ?」
「いいんだぞ。俺のことは気にしないで楽しんできたらいい。
この後死ぬかも知れない戦いに挑むんだ」
「……これはむしろ行った方がいいかな。
はいはい。行きますよー」
イナが袖を掴む。
「あの、ごしゅ」
「イナ。お前も行ってこい」
「でもっ」
俺はやさしく頭を撫でる。
「大丈夫だから」
「っ……」
耳と尻尾を垂れ下げて小さくはい、と返事をする。
俺はギルドの食堂で一人座っていた。
ぐるぐる頭の中が渦巻く。
なるようにしかならならない。
素直に感情を受け止めるしか無い。カンナも、リィファも。それが俺に出来ることだ。
リーシア。何が出来るかは分からないけど、俺はリーシアの味方だ。
ずっと隣にいるからいつでも寄りかかってくれ。そう言うだけだ。
それだけだ。
破龍。無に返す厄災の龍。
こいつとの戦いに集中するんだ。今はそれでいい。
俺は立ち上がり、街を散歩した。
陰口など耳に入らないほど頭がいっぱいだった。
とりあえず学園の前まで行った。もう鶏冠野郎も、カリムも、リーシアもいない。
遠くから城を眺めた。あの日俺に絶望を告げた場所。
それから街を外れて足元が石から土へ変わっていく。民家はそこになく、あるのは木々ばかり。
そこにあるのはもう誰もいない俺の家。
母さんとルミア、そして俺の住んでいた貴族としては小さい家を見ていた。
誰もいない。不思議だ。
この家に帰ればいつもおかえりと言ってくれる存在がいたのに。
俺には勿体ないようなそんな家族が。
ギシッと床が軋む。
ホコリが残っている。ルミアは掃除が好きだったからこんなことはありえなかった。
蜘蛛の巣がちらほらと見える。
二人を置いて出ていってしまったことを後悔していた。
母さんの寝ていないベッド。ちゃんと面倒を見てもらっているだろうか。
ルミアは元気か? そんな心配をしていた。
家を出る。そよ風が吹く。そよ風にのって土の匂いがする。
離れてから戻るとこの生まれ育った場所が妙に懐かしい。
その懐かしさに駆られて誰にも見られていないことをいいことにリーシアとよく遊んでいた泉のほとりへと向かう。
ずっと変わらない場所。鳥のさえずりが心地いい。
後ろから足音が聞こえる。
振り向く前に抱きつかれた。
柔らかい胸の感触がする。すぐに誰だか分かった。
「抜け出してきたのか? リーシア」
「元気なさそうだったから。みんなには悪いけど抜け駆け。
だって、私のせいでしょ?」
「まぁ大体は、かな」
「残りは?」
「言わなきゃだめか?」
「もちろん。
私に隠し事出来るとでも?」
俺は諦めて話し始める。
「カンナにさ。
好きだと言われたんだ。
独り占めしたいって」
カンナの過去を話す。親に愛されない。その点においてリーシアも思う所はあるようだ。
リーシアは俺に言った。
「そっか。ならエノアのこと、好きになるよね。
けど独り占めとは許せないわっ。なんてね。
私だって独り占めしたい気持ちはあるわよ?
でもこの幸せを独り占めするのは、ちょっと嫌。
変よね。独り占めしたいけど独り占めしたくないなんて。
でもこれが私なの」
「俺はリーシアを独り占めしたいけどな。
誰にも渡したくない。
けどアイリスやカンナの気持ちにも応えたい」
「ほほーう?
貪欲ね魔王様」
「からかうなよ……」
「えへへ。
それが残りの部分?」
「いや、その後リィファにその話をしたんだ。
それでリィファになんて言うのかな。
迫られた。言葉にはしていないけど、カンナと同じというような意味合いがあったと思う」
「あのリィファが……?
会う女の子みんなを恋に落としちゃうのかなエノアは。
さすがに妬けるわ」
ツーンとリーシアはそっぽを向いた。
リーシアは慌てる俺を横目でちらっと見る。からかわれてるのだと知った。
そしてリーシアは俺に謝った。
「あははっ。冗談だよエノア。
それよりも、ごめんね。二人の気持ちを真剣に考えてる中で私……
複雑にしちゃったよね」
「そんなこと考えなくていい。
俺が今ずっと考えてるのはさ。
リーシアの為に何が出来るんだってことだよ。
ズタズタになった心で絶望の中にいるリーシアに対して俺は何をしてやれるんだって、力不足を感じたんだよ。
リーシアの心に大きく存在していたはずの両親という存在がいなくなって空っぽになったその空間を俺は埋めてやりたいと思った。
やるせなかったんだ。何をしてあげればいいんだって」
「ううん。もう全部もらってるよ。
もうもらってるの。エノアは気づいてないだけ」
リーシアは俺に覆いかぶさる。昔のように。
リーシアは俺の上で言った。
「もうずっともらってた。
かけがえのないあなたを……
きっと一緒。私もエノアに与えてたんだよね。
ねぇ――いい?」
俺はその言葉の意味を理解した上で”いいよ”とリーシアに言った。
もう頭の中で渦巻いてた靄はなくなっていた。
お互いに満たされていたことを知ったから。
夜、みんなの元へと俺たちは帰った。終わりかけの花火を見た後、俺たちは破龍攻略の為に国王の城へと呼び出された。
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