居心地のいい場所
いろんなことを聞いた。話した、いろんなことを教えてくれた。いろんなことを教えた。
仲良くなればなるほど、ここに居たいと思うようになった。
楽しい。勉強よりも、強くなることよりも。
求めたくなった。この居心地のいい場所をずっと、変わらず。
私が求めれば求めるほど、エノアも私といることが楽しいんじゃないかとそんな妄想をしたりもした。
だって笑ってくれることが増えたから。
それからエノアが勇者候補であること、前世の記憶を持つことを知った。
同じように重圧を感じてることを知った。
前世の出来事からなにかを諦めてる。とにかく人と関わらないようにと距離を作っていることも分かっていった。
もっと仲良くなりたい。でもなんだか、周りの策略に乗っかるようで気に食わなかった部分もあった。
けどそんなことすぐにどうでもよくなった。
だって私は本心からエノアのことを、好きになった。
周りの策略だろうとなんだろうとこの気持ちは変わらない。全部無視して自分の気持ちに正直になろうと決めた。
その為に私はがんばった。エノアが勇者となるならば、私はそれに見合った実力が必要だ。ずっと一緒にいるために私は強くならないと。
たとえどんな結果だろうと、エノアと一緒にいるんだ。
だって、エノアの隣に座っているときが一番心地がいい。
次第にエノアの隣に座ってるだけじゃ物足りなくなる。
いろんな欲求が私を包んだ。
エノアに幸せになってほしい。私だけじゃなくて、エノアにも。
エノアが辛いのは知ってた。
勇者候補としての重圧はどれほどの重さなんだろう。
死んだ時の記憶を持っているというのはどんな辛さなんだろう。
前世の記憶を引きずるというのはどんな息苦しさなのだろう。
両親からいないものと同然として扱われるのはどんな苦痛なのだろう。
求めたのに実際には誰にも求めれられなかったのはどんな悲しさなのだろう。
私には分からないエノアの苦しみを取り除きたいと思った。
生まれる前の記憶なんて、全部忘れてしまうくらい、エノアにとって楽しい時間を過ごしてもらおうと思った。
それが結果的に私にとって最も楽しい時間になると思っていたから。
なにより、エノアが過去に思いを馳せる顔が嫌いだったから。
笑ってほしかった。
それなのに、私に出来るのはここにいることだけだった。
けどそれが少しでもエノアの為になるのなら、そう思ってエノアが笑ってくれるようにがんばっていたのに。
「あそこには行くなと言っただろ!」
強く叩かれたほっぺがじんじんと痛む。
「私はっ……
なぜですか! 今までは許してくれたでしょ?!
自分達で仲良くさせておいてどうして」
「とにかくだめだ!
あいつはもうお前と会う資格はない!」
お父さんの言うことは全部聞いてきた。
でも今回だけは抗った。
何度も叩かれて、その腫れが引くまでエノアとは会わなかった。
それからはリィファにお願いして、リィファに会うという名目でエノアに会いに行っていた。
時には訓練をこっそり抜け出した。
凡人と言われてから、エノアはまた笑わなくなってしまった。
私は何度もエノアに会いに行った。何度バレても会いに行った。
また笑ってくれるようになって、その時間が楽しくなってまた会いに行った。
エノアの所にいない時は一生懸命強くなろうと努力した。
私が勇者候補よりも強くなる。そして魔王を倒してエノアを勇者にする。
そうすれば誰も文句を言わない。エノアは期待された通りの人物だったって言える。
全員黙らせることが出来る。
許したくなかった。エノアを突き放した人たちを。見返してやりたいとなぜか私がそう思っていた。
私の大好きなエノアをバカにした奴らを許さない。
でもそんなにうまくはいかなかった。
神の力にあっさりと無力化されて、エノアを危険な目に合わせて、結局離れ離れになった。
リィファの力を借りて、貴族としての全部を捨ててやっと一緒になることが出来た。
その後、エルフの森で同じ想いだったことが分かって泣くくらい嬉しかった。
頼ってくれていることがなによりうれしかった。
エノアとのキスが幸せだった。
この暖かさが気持ちよかった。
全部、断ち切ったんだ。私は、この幸せを守るために戦える。
もう、私を縛り付けるものはない。
絶対に守るからね。エノア。
私は目を開け、現実に戻る。
エノアは私を抱きしめ続けてくれている。
「エノア」
「ん?」
「大好きだよ」
「俺もだ」
私はもう大丈夫と言って離れる。二つの亡骸を見ながら私はエノアに言った。
「余計なことしちゃってごめん。
面倒なことになるかも」
「そんなこと気にしなくていい。
リーシアの両親がどんな人達かは知ってる。
これがリーシアの選んだこと、なんだろ?」
「うん。
私は、二人に対して殺意を抑えられなかった。
ひどいね。私って。
何も殺すことはなかったんじゃないかなって」
「正しかったよ。
他の誰もが間違いだと言っても俺はリーシアの選択が正しかったと言うよ。
たとえ激情に駆られてしまっていたのだとしても、殺したことは、間違ってない。
殺されるだけのことを、この二人はしたんだ」
「私、ほっとしてるの。
二人を殺したのに、もう二人がいないことに安心してるの。
自分の両親をこの手で殺したのに」
「ずっと二人の呪縛に囚われていたんだ。
大丈夫。自分のしたことを罪に思う必要はない。
おかしくなんかない。
許されてもいいんだリーシア」
「……エノアの言葉、信じてもいい?」
「ああ。俺が責任もって言うよ。
俺はずっとリーシアの味方なんだから」
「……じゃあ信じる。エノアがそう言ってくれるから。
ねぇ……この後、どうしよっか」
「都合よくみんな寝てるからな。
せめて土に埋めてやろう。
このままってわけにもいかないからな。
その後のことはその時考えよう。
正直国王がどう動くか分からない」
「それはきっと大丈夫。
もう私にも、この人達にも国王にとっての価値はなくなったから」
「だといいがな……」
「それよりも侍女の方が心配。
仕事先とか」
「問題はないだろ。
行く宛くらいならいくらでもあるさ。
ルミアから聞いたがたとえ仕事がなくとも面倒は見てくれるらしい。
その代わり仕事がくればすぐに住み込みになるみたいだが」
「そうなんだ……じゃあ大丈夫なんだね」
胸を撫で下ろし、屋敷の近くに大きな二人分の穴を掘る。
布で包んだ二人をそこに運ぶ。
「不思議な感じ。
自分で殺したのに自分で埋葬するの」
「憎しみと同時に愛してほしいっていう感情も持ってたんだ。
墓に埋めるっていうのはお別れを言うようなもんだ。
虚しさも、切なさもあるさ」
「そう、だね。
二人だけの愛情を私にも分けてほしかったな……
じゃあね。お父さん、お母さん」
私とエノアはその後、宿に向かった。
何も言わずに出てきちゃったから心配させちゃったかも知れない。
私はみんなに会いたい。そう思いながら足を早める。
血のついた顔や服をローブで隠して宿につくとその血を洗い流した。
服を着替え、みんなと顔を合わせる。
「ただいま」
私はそう言うと、おかえりと言ってくれた。
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