お母……さん
「何してるのリーシア!!」
後ろから怒鳴り声がする。
私のお母さん。もう、この人も。
パチンッ
頬を叩かれる。もう叩かれ慣れたけど、今日のは少し違う。
お母さんはお父さんの隣へと行き、自分の夫を心配する。
どうして私にはそれがないの?
まるで殺人鬼を見るような目で私を見る。
あなたから生まれたのに。
この人達同士には愛情があるんだ。
なんで……エノア、苦しいよ。
苦しい。
手をつないでほしい。抱きしめてほしい。
私は呼んだ。
「おかあ」
「あなたなんで娘じゃありません!
自分勝手して!」
「」
私は開いた口が塞がらなかった。
分かっていた。分かってはいたけれど。
「なに泣いてるの!
自分がしたことを考えれば涙なんて出るはずないでしょう?!」
睨みつけている二人の目は娘に向けるものだろうか。
私は親不孝なのかな。
ああ、最後まで私は……
娘であったことはないんだね。お母さん、お父さん。
私はそれまで人間だった物を見ながら放心していた。
私の剣からは血が滴っている。
二人の血が流れている。
これで良かったんだ。そう自分に言い聞かせる。
辛いよ。
エノア、エノア……
愛情がほしい。抱きしめてほしい。
でも足が動かない。
やっと開放されたのに苦しい。こんな最低な人間を斬っただけなのに罪の意識を感じる。
もう陽が上っている。
侍女達が来る。言い訳なんてするつもりはない。
そんなことどうでもいい。
ずっと頬が痛い。果実酒でベタベタする。
わたしはその場に崩れ落ちるように座った。
いつまでも手をつないでいる目の前の物が余計に私を苦しくする。
「あっ……ぁぁ」
陽が私を照らすのにずっと暗い。
「ぅっ……ぇっ」
嗚咽混じりの泣き声が勝手に漏れる。
膝を抱えて顔をうずめて一人で泣き続ける。
こんこんっと扉を叩く音がする。
驚いて私はすぐさま振り向いた。
きっと侍女だ。立てない。開けてどうしよう。
その後は? 彼女達はこれからどう生きていけばいい?
無理だ。私はなにも出来ない。
このままずっと泣いていたい。
エノア……
エノア、助けて。
苦しいよ。立てないの。
エノアがいないと私、何も出来ない。
「リーシア」
「えっ……」
ノックしたのは侍女じゃなかった。
「リーシア。侍女達には眠ってもらってる。
見られるとまずいからな。
ここにいるんだろ?
あれ、別の部屋かな」
「えの、あ」
小さくエノアの名前を呼んだ。
でも、聞こえてない。
「あの手紙見て屋敷にいると思ったんだけど……
ここじゃないなら」
「え、のあ!」
私は精一杯の声を出した。
きっとまだ小さかっただろうけど、その声は届いていた。
「リーシア!
入るぞ? 大丈夫か?」
「あっ」
どうしよう。この惨状は見せられない。
けど私は何も出来ず扉が開いてしまう。
ああ、驚いてる。当然だ。
見知った顔が二人死んでいるのだから。
そうしたのはどう見ても私なのだから。
エノアが歩いてくる。怒られるかな。
エノアが私の前で立ち止まった。
力なく座っている私の前でエノアも座った。
「えっ?」
私はエノアの行動にびっくりしてしまう。
エノアは私の前に座った後、私を自分の方に引き寄せた。
私はエノアに体重を預ける。
どうして?
そんな疑問を持ったまま、エノアは耳元で言った。
「痛かったろ。
もっと泣いていいよ。全部、俺が支えるから」
「っぁ……うぁっああっ!
っっ! エノアっ、えのあ、えのっあぁ」
泣いた。私はエノアの上着を強く握った。
力任せに、泣いた。
これだ。私は、この場所の為に剣を振るったんだ。
感情をぶつけるように泣く。
頬の痛みなんて忘れるくらい、心の痛みなんて消え去ってしまうくらい泣いた。
だってエノアは全部受け止めてくれるから。
痛みを一緒に背負ってくれるから。
この人を好きになって、本当に良かった。
そのまま、泣き止んだ後も私はエノアのことを離さなかった。
エノアも私を引き離そうとはしなかった。
私は、エノアに自分のしたことを言った。
「私……お父さんと、お母さんを殺しちゃった」
「うん」
「私は、愛されなかった。
愛情なんてなくて、ずっと最後まで……
自分たちの利益のための人形だった」
「うん」
「でもこの人達同士には愛情があった。
愛情を知ってた。なのに私には愛情を与えられなかった!」
「うん」
「ずっと私にとって、この人達は……
私を縛り付ける重荷でしかなかった」
「うん」
「本当は、ちゃんと愛してるってお父さんとお母さんに言ってほしかった。
ほんの少しだけ、期待して……」
返事の代わりにエノアは私の頭を撫でる。
温かい。
エノアは私のことをやさしく抱きしめなおす。
頭を擦り付ける猫のように頭が触れる。
そしてエノアは私に言った。
「愛してるよ。リーシア」
「私も、愛してる」
ぎゅーっと抱きつく。
このままずっとこのままこの心地いい時間を。
エノアを抱きしめながら私は物思いにふけった。
この居心地の良さの為に私は頑張ったんだ。
初めてエノアにあった時、つまらないと思った。
ずっと一人で何も言わないし。なにか考え事してるし。
でもわたしはエノアの、勇者候補であるエノアの妻となる為に、ここにこさせられた。
当時はそんなこと知るよしもなかったけど、仲良くしろとだけ言われてきた。
お父さんの言うことは聞かなきゃって思ってけどどうすればいいのか全然分からなかった。
そもそも私自身勉強と訓練で友達なんかいなかった。
ただお父さんと周りの期待に応える。その重圧に耐えるだけで必死だった。
でもここにいる時は訓練しなくていいし、勉強もしなくていい。
うるさい大人達もいない。
あそこよりはマシだと思ってずっとエノアを見てた。
暇じゃないのかなって。ずっと見てた。
隣に座ってなんとなしにそこにいた。妙に心地よかった。
エノアは何も要求しないし、何も言わない。
遊んでくれるわけではない。けど、静かなこの時間が好きになっていった。
仲良く、そう言われたけれど、私自身エノアのことを少し知りたくなった。
なにか言えば話してくれるだろうか?
試しに私はエノアに触れてみた。
驚いた顔をしてこちらを見る。ちゃんと人間なんだってそう思った。
なんだかうれしくなった。私を見ているその目が。
他の誰とも違う私を見る目が。
だから私はなにかを話そうとする。でも話題が出てこない。
中々話しかけられなかった。だって私は世間知らずだったから。
戦い方を話して楽しくはないと思った。歴史の話をしても意味がないと思った。
だって私自身が楽しいと思わなかったから。
でも小さな、本当に価値のないような話題を少しずつ話すようになった。
寒いね、とか。今日のご飯なんだったとか。
それから生活の話をしたりと、時間はかかったけど私達は少しずついろんな事を話すようになっていった。
面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。
喜びます。