お父さん……
私は深夜に目を覚ました。
ティアナとカンナはまだ寝てる。
隣の部屋ではリィファとイナちゃん、そしてエノアが寝ているはず。
私が起きたのは自然と目が覚めたからじゃない。
この部屋の前に気配を感じたからだ。
私は二人を起こさないようにベッドから抜け出す。
部屋の扉の下に隙間がある。そこから一枚の紙が入れられる。
気配が消える。扉の前の人物はいなくなったみたい。
私はその紙をとりたくはないけれど、手にとる。
折り曲げられた紙をゆっくりと開いていく。
そこに綴られていたのはお父さんからの言葉だった。
私のしたことへの言葉。
それは私がすべてを捨ててエノアについていったことだ。
そして私自身に対して、なんの愛情も抱いていないこと、お母さんも同様であること。
けれど、本当は愛情がある。
だから帰ってきなさい。そしてカリムの元へ行きなさい。
とにかく話をしよう。
と、なんて都合のいい。
私とエノアを引き合わせてくれたことには感謝してる。
でも、それ以外は……
どうして、私達は……私達の近くにいた人は、こんなにも人を道具としてしか見ないのか。他人をコマとしてしか見ないのか。
なぜ愛情がないのか。どうしてエノアの前世での両親はエノアを愛さなかったのか。どうしてリィファは不自由のまま育てたのか。
どうしてイナちゃんは奴隷にされてしまったのか。
どうして私は勇者候補としてのエノアにしか会うことを許されないのか。
どうしてお父さんとお母さんは私を勇者候補の妻としてしか育てられないのか。
そこまでして貴族としての立場が、地位が、名誉がほしいのか。
自分の子供を……
私は下唇を強く噛んだ。
誰も彼もが利用されている。
周りの都合で振り回されている。
カリムですら、歪んだ。
なんでエノアが魔王なのか。どうして勇者じゃないのか。
どうして街は勇者候補しか求めないのか。
自分達が勝手に理想を押し付けただけなのに私とエノアのことを勝手に失望して、罪を与えて。
でも、もう違う。
もう振り回される私達じゃない。
リィファも、エノアも私も自分で動ける。
イナちゃんは幸せを、頼れる人を、見つけた。
カンナだってきっと同じ。私達と一緒に居たいと自分の意思を持ってる。
ティアナだって自分の足で世界を見ている。
お父さん、いえ……あなたたちの思い通りになんてならない。
私は剣を手に取り宿を出た。
魔具を使った灯りも今は消え、静かな街が顔を見せる。
ところどころに夜勤の兵士が立っている。
私のことを見ても何も言わない。
私にはなんの価値もないか、利用価値があるから放っとかれているだけなのか。
私は足を早める。街を少し離れてひとつの領地に着く。
数の多い民家、一際大きな屋敷。
私の生まれ育った屋敷。ここまでこの屋敷と領地を大きくしたのは私への期待だ。
国王による私への期待。
私の強さ、私の立場。
自分の足音だけが響く。
石道の上を自分の足で歩いていく。
玄関の前に私は立った。
玄関の大きな扉がゆっくりと開いていく。
複数人の侍女が頭を下げて待っていた。
昔から世話をしてくれた一人の侍女が告げる。
「リーシア様。おかえりなさいませ。
ご主人が自室でお待ちです」
「ええ。ありがとう」
私は二階へと続く階段を上っていく。
おかえりなさい。その言葉に違和感を覚えながら私は屋敷の中を見渡す。
黒漆を塗られた木でできたこの家で私は育ってきた。
魔具の灯りが照らすこの家の中は職人の作った作品だ。
そう言えるほどにお金がかけられている。
元々貴族のこの家は私という存在によって急激な権力を手に入れた。
そんな私を手放したくない。
利用する為に私を呼んだ。会いたかった、
自由にしていい。自分の好きなようにしていい。味方になる。
そんな言葉は期待出来ないだろう。
言われたとして到底信用はできない。
漆黒の扉の前で私はノックをした。
「お父さん。リーシアです」
「リーシア、こんな夜中に帰ってくるとはな」
「この時間に使いを出したのはお父さんでしょう」
「そうだな。入れ」
私は自分で扉を開け、部屋に入る。
この土地で栽培された果実を使ったお酒をグラスに注いでいる。
私はお父さんに聞いた。
「何用でしょうか? 私はリーシア。
貴族の名など持ち合わせておりませんが」
「わがままを言うなリーシア。
もう子供じゃないんだ。分かっているだろう」
「私にどうしろと?
王子の元へ行け、ですか? それとも自分達の都合のために利用したいのですか?」
「随分と偉い口を叩くようになったじゃないか。
その口が聞けるのは誰のおかげだと思っている。
その生を受けたのは誰のおかげだ」
「私は恩に恩を返すほど人間出来てはいません。
私はエノアと」
ぱりんっとグラスの割れる音がする。
私の頭から、果実酒以外の液体が流れているのを感じる。
お父さんは声を荒げる。
「お前のせいでこっちはとんだ迷惑だ!
お前のその反抗のせいで不利益をこうじたんだぞ!
国王に対して面目が立たなかった!
どうしてくれる!」
「私に対しては……面目が立つのですか」
「馬鹿なことを言うな!
まだ間に合う。私の元へ帰ってきなさいリーシア」
「私は国王の使いに命令を聞かなかったことで犯されかけました」
「それがどうした! お前が悪いだろう!」
「愛情は、どこにあるのですか」
「愛情が欲しければ言うことを聞くんだ!
お前が私達の愛情に応えてくれれば私達もお前に愛情を」
「そんなのは愛情なんかじゃない!」
「なに?」
「愛情とは利益によって生み出されるものではなく、心からあふれるものです。
私は本当の愛情というものを、エノアに教わりました」
「お前が固執しているエノアとだって誰のおかげで」
「その件は感謝しております」
「だったら」
「だったらなんですか。
私がここに来たのはあなたへの愛情が故だとでも思いますか」
私は剣を引き抜いた。
私にとってこの屋敷は帰る場所じゃない。
「なにをしてるリーシア。
なんだその剣は」
この関係はしがらみだ。
私を縛り付けようとする障害だ。
「リーシア! 今すぐその剣を収めなさい!
何をしようとしている!
自分がしていることを分かっているのか」
「あなたも、ご自分の立場がおわかりですか」
「そんなことをすればお前は国王によって」
「首輪をつけられないあなた自身にあの国王が価値を見出すと思いますか?
自分のために動いてくれるとでも?」
「まて、リーシア。私はお父さんだぞ」
「私はあなたをもうお父さんとは呼ばない」
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