今だけの冗談
カンナの手がまだ俺の手の上に覆いかぶさっている。
打ち上がる花火はとてもきれいで、その光が一瞬だけカンナと俺の顔を照らす。
ふとカンナの方を向いてみると花火が上がった直後に映し出されたカンナの顔は美しかった。
花火に見惚れるカンナに見とれていた。
力になれるか、そんなことを考えていたがすでになれていたらしい。
カンナは今話したことで過去の苦しみから解き放たれただろうか、それともまだ残っているのだろうか。
そんなことを考えていても、頭から抜けていく。
今はこの時間を、この花火を、カンナと共に……
カンナが俺の目線に気づいた。
「どうしたの? せっかくの花火だよ? 見ないの?
あ、でもエノアはずっと見てきたんだっけ。
それとも、私に釘付け?」
「……そうだな」
「うっ……っあ、も、もう……
女たらしめ」
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
「ごめんね」
「なんのこと?」
「独り占めしたいなんて。
分かってるよ。いつ死ぬのか分からない。
たくさんの女性と結ばれる。子孫を残すこととしてとてもいいと思う。
この世界は死が近いから。
でも、私も育ってきた環境が環境だから……
欲深いって言うのかな。
私だけのものにしたいの」
「言いたいことは分かるよ。
もし俺がカンナだったら、俺だってカンナを独り占めしたいそう言うよ。
他の誰にも渡したくない。
今だって、そうだ。
お互い、欲が深いな」
「うん……
ほんとにね」
花火が打ち終わる。
火薬の匂いが漂う。
もう、みんなを探しに行かないと。
それはカンナも分かっているだろう。
だからなのか、カンナは体を寄せてくる。
手と手ではなく、体と体が触れる。
カンナは密着した状態で言った。
「もうこんなチャンス、中々来ないから。
後、一回だけ……いいよね。んっ」
俺とカンナはその後、ベンチから腰を上げる。
最初にリィファと会うまで、手をつないでいた。
そしてリーシア、イナ、ティアナとも合流する。
イナがぎゅっと抱きつく。その瞬間カンナとの出来事を思い出す。
リーシアが花火を俺と見たかったと言った。俺は明日見ようと言った。
それからベッドに向かうまで夢心地で、何が起こったのかよく覚えていない。
ふわふわした感覚でベッドに寝そべった。
仰向けの状態で自分の顔の上に両腕を置いた。
ため息をついた後、頭の中で出来事を整理しようとする。
しかし思い出すのはキスとカンナの顔ばかりで整理が全く進まない。
「あーだめだ。何も考えられない」
同じ部屋だったリィファが俺に言う。
「どうかされました?」
「その、いやなんでもない」
「……こちらへ来てください」
リィファは自分の隣に来るように言った。
イナが寝息を立てていた。起こさないようにゆっくりリィファの隣へと行く。
こうして隣に誰かが座っていると、また思い出す。
顔を背けていたらまるですべて分かっていたかのようにリィファは言った。
「カンナさん、ですか?」
「なっ」
「お二人を見ていれば分かります。
再会した時、手を離されましたね?
その後もお互い顔を背けたまま。会話は曖昧」
「うっ……」
「三人目、ですか?」
「いや、三人目と言うか……」
「何を、話されていたんですの?」
リィファの前では何の隠し事も出来ないような、そんな気がした。
「エルフの森で、カンナがなにかを抱えてるって話をしたのを覚えてるか?」
「ええ。なるほど、そうですか。
お聞きになったのですね」
「理解が早すぎるよリィファ。
この世界に来る前、カンナは」
俺はカンナが長い間いじめにあっていたこと、父親がいないこと、母親との関わりがなくなっていったこと。
そして、この世界に来てからカンナ自身がほしかったもの。
それが俺だったこと。
俺を求めたこと。
俺自身を独り占めしたいと言ったこと。
それらを話した。
カンナには悪いとは思ったが、俺は誰かに聞いてもらわないと自分の中の記憶や、感情や想いやこれからのことも含めて頭の中で整理出来ないと思ってしまった。
リィファなら大丈夫。そんな気がしてならなかった。
安心して話してしまった。
リィファはすべてを聞いた後、少し考え込んだ。
「わたくしの話になってしまうのですがわたくしも、誰にも必要とされませんでしたわ。
唯一わたくしは他国との政略結婚のコマとして、お父様に生かされていたにすぎませんわ。女であったこと。
それは幸運なことでしたわ。
おかげでお城を出ることは許されませんでしたが、お城の中では比較的自由に過ごさせてもらっていました。
よく、わからないとは思いますわ。エノア様にとってわたくしがなにを言っているのか。
お父様は自分自身以外をコマとしてしか見ませんわ。
お母様も、お兄様も。いらなければ捨てる。
そういうお方なのですわ。
もしわたくしが男ならば……
でもその役目はお兄様でした。
ですから、その、お兄様のことは……
許さなくてもいいのですが少しだけ、情を持ってはいただけませんか?」
「リィファ。分かってるよ。
あいつが虚勢を張ってることくらい」
「えっ」
「分かるさ。リーシアのように幼馴染ではないけどな。
何度もあってる。あいつ自身が俺にぶつけてる視線は嫉妬のような……
自分の持ってないものを持っているかのような、そういうものだと思ってる。
きっと比べられただろう。勇者候補にも関わらずリーシアに及ばない力。もうひとりの勇者候補。
そして俺が凡人と分かるまでずっと前世の記憶を持ってる俺を目の敵にしてただろう。
凡人と知った時のカリムの目は、安心しきっていた。
そういう事情があったことは知らなかったが、あいつ自身だって背負ってるものがある。
きっとリーシアも分かってる。
それでも仲良くはなれないがな。
嫌いさ。そりゃ今までされたことを考えれば当然だ。
けど、ただ嫌いなわけじゃない。知っている。知った上で、あいつとの仲が悪いのさ」
「っあ……そう、ですか。お兄様も、理解をしてくれる方がちゃんと……」
「今までのこと全部頭下げて謝ってきたら仲直りも考えてやらんこともないかな」
「ふふっ。無理ですわね」
「無理だな」
「お兄様の話はここまでですわ。
つまり、わたくしも誰にも必要とされていません。
この国に戻ってきた時も、呼び戻されることすらされませんでしたわ。
必要となれば戻されるでしょうが、所詮その程度。
誰かに必要としてもらいたいその気持ち、よく分かりますわ。
劣悪な環境ではなかったので、きっとカンナさんの方がお辛いことかと思いますわ。
そう考えると、きっとエノア様自身はカンナさんにとって唯一無二の存在。
独り占めしたい。そんな気持ちも分かりますわ。
その愛を自分にだけ向けてほしい。
他の誰かではなく、わたくしだけを、と」
リィファは俺の方に体重を預ける。
「疲れましたわ。
もう今日一日でいろんなことがありましたから。
カンナさんにとっての誰かとはエノア様だったということ。
では、わたくしにとっての誰か。それは……
いえ、なんでもありませんわ」
リィファの体温が伝わる。
自分の心臓の音がでかい。
もうだめだ。自分の中の余裕というものが完全になくなった。
俺はリィファの肩に手を置いてやさしく遠ざける。
リィファは言った。
「わたくしのこと、お嫌いですか?」
「ち、違うんだ。もう、精神が持たない。
ずっとどきどきしっぱなしなんだ。
だめになりそうなんだよ」
「ショックですわ」
「嫌じゃない! 嫌じゃないんだ!
ただ、もうわけが分からない。
泣いてしまいそうなくらい感情が溢れてくる。
おかしくなりそうだ」
「……」
じーっとリィファは俺を見る。
俺は言い訳するようにリィファに対して嫌じゃない理由を述べた。
むしろ好感を持っていることも。
しかしリィファはじーっとこちらを見てくる。
俺はどうしたらいいか分からず混乱していた。
リィファがやっと口を開いたと思ったら言った言葉がとんでもなかった。
「おかしくなったらいいではありませんか。
どうなるんでしょう?」
「はっ?」
混乱している俺の手を引っ張る。
俺はその手に引っ張られてリィファを押し倒すような形になる。
ショートした。頭でものを考えられなくなった。
何も考えず、ただ女の子のリィファを見ていた。
「覚えていますか? わたくしがエルフの森で言ったこと」
エノア様になら、わたくしの体も捧げられますわ。その言葉を思い出し自分でも分かるほど顔が赤くなる。
「まぁ、赤くなってしまって。
って、わたくしも――ですわね」
とリィファは自分の頬に手をあてる。
へ、あ、する、のか? 俺は。
「はぁ、はぁ……」
息が荒くなる。どうしたらいい。
リィファは覚悟が決まったかのような目で、見つめてくる。
そしてクスッと小さく笑う。
「冗談ですわ」
そこで安心と後悔が生まれる自分が居た。
リィファは俺の背中に手を回し俺を抱きしめた。
豊満な胸が押し潰れるほどに。
その力に抗うこと無く俺は覆いかぶさる。
なんだ、この状況は。頭の中に疑問符ばかりが浮かぶ。
リィファは耳元で呟いた。
「冗談、は今だけですわ。
赤くなった自分の顔を見られたくないだけです。
今日はわたくしも浮かれてしまったみたいですわね。
せめてこのまま朝までわたくしの顔を見ないでください。
恥ずかしいですから」
それはこの状態で寝ろということだ。
持たないぞ俺の理性。
と思っていたのだが、疲れ切った俺の脳みそはぐっすり寝ていた。
朝、ちょっと不機嫌なリィファに起こされる。
一夜置いても俺の頭は混乱したままだった。
ここ最近投稿が遅れてすいません。
今回も滑り込みセーフでの毎日投稿継続です……
がんばります。