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誰か

 イナもいない。完全な一人って言うのはかなり久しぶりだった。

 寂しい。そんな感情に襲われる。

 こんなにも街は騒がしいのに。


 突然とんとんっと背中を指で突かれる。

 振り向くとそこにはカンナが立っていた。


「カンナ?」

「はい正解っ! いやーみんなとはぐれちゃったね」


 誰かがいるということで安心感が生まれていた。


「そうだな。みんなを探さないと」


「ねぇ」

「ん?」


「少しだけ喋らない?

 二人きりでさ。今はイナちゃんもいないし。

 それとも――嫌?」

「いやそんなことは……ない。

 嫌じゃないよ」


「分かった」



 カンナは俺の手を引いて歩き始める。

 人通りの中を歩いていく。段々と周りの人が減っていく。


 そして人通りの少ない道の橋にあるベンチに座った。

 ここは人があまり来ないから普段は暗いのだが魔具によって明るさが保たれている。

 ベンチの後ろではちらほらと人が歩いている。皆花火を見るために見晴らしのいい場所へ向かっていた。


 そんな中、俺とカンナはベンチに座っていて、自分たちだけが止まったような感覚に襲われる。

 目の前には小さな川が流れており、水の音が穏やかな気持ちにさせる。

 カンナが口を開く。


「日本と違って蚊がいないのがいいね」

「そうだな。その心配がないってのは大きいな。ただ楽しめる」


「お願いがあるの」

「……なんだ?」


「私のね、日本での話を聞いてほしい。

 ずっと心に残って、靄がかかったみたいになって、今でも思い出して苦しい。

 だから、意味があるかはわからないけど、ここに来る前のこと、話したい」


 いつかこの日が来ると思っていた。

 話してくれる。でも話してもらったとして俺に何が言えるのか。

 しかしカンナは聞いてもらうことを求めてる。

 だから、俺はその期待に答えるように首を縦に振った。


「いいよ。話してくれ。

 力になれるかは分からないけど」


「ううん。聞いてくれるだけで、いいから」

「分かった」


 俺はカンナの顔を見ていたが話しづらいかも知れないと正面の川を見た。

 カンナは深呼吸をして話し始めた。


「まずは、私の境遇から話さないとね。

 私にはさ、お父さんがいないんだ。


 お母さんがよくお酒に酔いながら話してくれた。

 違う人を選んだんだって。私達よりも大切な人のところへ行ったって。

 だから私にいるのはお母さんだけ。


 まぁ私は物心ついたときにはもういなかったから、お父さんって人には何も思うところはないんだけど、いたらなって……

 そんな風には思ったよ」



 父親がいない、か。

 エノアとしては今の俺と同じだけど、俺には前世の記憶がある。

 日本での両親は両親と呼べたものかはわからないけれど、たしかにいた。


 一呼吸を置いた後、カンナは続きを話し始める。



「だって、お父さんがいないってだけで……

 仲間はずれになることもあったから。たった一つのきっかけだったけど、それは始まりだったから」


 俺は頷いた。

 予想はつく。ただ静かに俺はカンナの言葉を聞き入れる。


「それでね。物心ついてから、お母さんが大変だから家事をするようになったんだ。

 そのせいであまり友達と遊べなかったけど、私にはお母さんが大切だったから。

 でもクラスメイトの恵まれた子達は足りない私に対して自分達とは違うっていう感情を抱いたんだと思う。

 いじめられちゃった。でも負ける気はなかった。

 何をされても、耐えてたよ。負けず嫌いだからさ。


 お弁当を捨てられようと教科書がなくなっていようと、椅子がなくなっていようと、たとえ大人の誰もが味方にならなくとも私は、耐えた。


 ときには捨てられたお弁当をその人たちの前で食べてみせた。

 さすがに引かれたけどね。絶対に負けないって意思を見せてた。

 そうして時間が経つにつれて、興味を持たれなくなった。

 勝った。そんなふうに思ってた。



 その頃、お母さんがおかしくなっていった。

 お酒の量が増えて、私に関わらなくなっていった。

 何も聞かれない。話しかけても疲れてるからと一人でお酒を呑んでた。


 外も、内も、誰とも関わらなくなってた。




 一人。



 何も言われないお弁当をつくり、何も言われない家事をこなし、話を聞くだけの学校に通っていた。



 誰も私を必要としてない。


 誰も私を見てくれやしない。

 歩いても、立ち止まっても誰も私を見ない。




 気にもとめない。

 ふと、こんな言葉が出たんだ。


 ”疲れた”


 不思議でしょ? もういじめもなくて、母親の愚痴も聞かない。

 なのに、疲れたって私は言った。


 もうなんにもわかんなかった。

 なにも分からずぼーっとしてた。


 学校の机に座ったまま私は放課後、家に帰ることも、学校から外にでることもなんにも出来る気がしなかった。

 先生に追い出されていきたい場所がなかった私は公園のベンチに座ってた。



 帰って家事しなきゃとか宿題しなきゃとか、いろいろやらなきゃいけないことはあったんだ。

 でもそれになんの意味があるんだろうって。


 雨がふった。まるで、私の心模様を空が体現してくれたような雨が。



 ふと気づいて目の前を見るとね。

 にやにやしたクラスメイトがいた。


 私をいじめてきた子達。

 もう、何をされてもいいやと思った。


 腕を掴まれて、公園のトイレに連れて行かれた。

 犯されるのかと思ったけど違かった。ただトイレの中に閉じ込められた。



 それだけだった。

 ほんの、いたずらだった。


 なにか、嫌なことがあったんだろうね。

 もう透けるくらい濡れてるのにさ、上からバケツで水を被せられたよ。


 かわんねーっての。

 もう、いいやって。


 もうこのまま死んじゃって、逮捕されてしまえと思った。

 だから私はペンを持って壁に犯人はクラスメイトだって書いた。


 寒かったけど、このまま死ねるかなってぼーっとしてた。


 何日たったのか、分からなかった。真っ暗で、生きているのか死んでいるのかも分からなくなってた。


 暗くて、でも途中で自分の体が重くないことに気づいたんだ。

 きっとエノアがいた場所と同じ。

 暗い世界で声が聞こえた。


 それで視界がだんだんと明るくなって目を覚ましたらこの世界にいた。

 でも何も変わらない。


 私はこの世界でも日本でも必要とされてない。

 ここで何をしたらいいの? また死ねばいいのって。


 お腹が空いてきて、なんだか悔しくなった。

 ここで終わらせたらなぜだが悔しいって思った。


 私はクラスメイトがどうなったのか知らない。


 お母さんが何をしているのか、私がいなくなっても何も変わらないのかも知れない。

 何も知らないままお父さんは幸せかも知れない。


 ”私は幸せじゃない! 一度だって自分のために生きてない!”


 だから、今度は抗ってやるって、決めた。

 何がなんでも生きて、幸せになってやる。


 私を本当に必要としてくれる人を見つけてやるって。

 私は、幸せになりたい」



 そうか、カンナは……

 俺と同じだ。誰にも見てもらえなかった。

 なら、俺がカンナに言った言葉はきっとカンナのためになっていた。

 自分だったら、いや自分が求めていたから俺はああ言ったんだ。

 カンナはまるで俺の心を読むかのようにあの日の出来事を話始める。


「だから……

 私に頼れって、パーティーに入れって言ってくれたこと、本気でうれしかった。

 エルフの森の時、私が必要だって言ってくれた時、うれしかった。

 道具としてじゃなく、人として、私自身を見てくれるエノアが、みんなが居てくれたことが私は泣きたくなるくらいうれしかった!

 私、生きてるって感じたんだよ」


 そういいながらカンナはもう泣いてしまっていた。

 俺は、簡単にだが自分の事を話した。


「俺だって、頼ってくれたことがうれしかったんだ。

 カンナ、俺も同じなんだ。


 前世での俺には両親がいたけど、なんていうのかな。

 無関心だった。俺を育ててくれたのは日に日に変わっていく世話係で両親は仕事、家に居てもなにかをしていた。


 なんで俺は生まれたんだ。俺もそんな疑問をずっと持ってた。

 必要とされない自分が誰かに必要とされるために、助けることによって助けられる関係を作れるように生きた。


 結果は散々だったけどな。

 一年間一度も両親と喋らないことなんてザラだった。

 話しかければ迷惑そうな顔をして無視されることばかり。


 だから、同じなんだ。

 誰かに必要とされたかった」



「そっか、一緒だったんだ。

 ちょっとうれしいかも。喜んじゃだめなんだけどね。

 ねぇ、エノアにとってその誰かはリーシアなんでしょ?」


「まぁ、そうだな」

「私にとっては――エノアなんだよ」

「っ」



 それはつまり、そういうことだ。

 俺がリーシアに抱いている感情と同じということは。

 カンナはベンチに置かれた俺の手を握る。


 やさしい肌が自分の手にあたっているのが分かる。

 カンナは俺の目を見ていた。


 そして俺も吸い込まれるようにカンナの瞳を見つめていた。

 手の先からカンナの緊張が伝わってくる。

挿絵(By みてみん)


 カンナの目に涙が浮かび、やさしい微笑みを見せながら呟くように俺に言った。


「私の言いたいこと、分かるでしょ?」



 俺はカンナに見惚れてなにも返せなかった。

 カンナは俺の言葉を待たなかった。


 俺の手を握るカンナの手が若干震え、力が入る。


 カンナはゆっくりと顔を近づけ、口と口が当たりそうになった。

 カンナはそこで一度止まった。

 数センチ先でカンナは吐息混じりに言った。


「好きだよ」


 その言葉の後、唇と唇が触れる。

 長いキスだった。


 そして少し離れると、カンナは言った。


「私はエノアを独り占めしたい。

 わがままだけど、諦めたくない。

 絶対、私だけを見続けるようにして見せるから。

 いい女ってとこ見せてあげるから」


 少し下を向いて上目遣いで俺に告げた。


「覚悟しててよね。

 私にとっての誰かさん」


 そうしてまた俺は唇を塞がれる。

 それは花火が打ち上がるまで何度も繰り返された。

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喜びます。

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