女店主とガディ
カランカラン……
以前イナや俺のシャツを買った服屋の玄関の扉を開ける。
扉についた鈴が鳴り、その後も人が入ってきて鈴が揺れる。
カウンターに肘をのせながらあくびをしている女店主ニーナに声をかける。
「服の修繕と服を見繕ってほしい子がいるんだが」
「あー、いらっしゃー……イナちゃん!!」
「俺は無視かよ」
ニーナはカウンターから飛び出るとすぐさまイナの元に。
そして以前と違って控えめに撫で始める。
イナはあいさつをした。
「お久しぶりです。この服、着心地がいいですよ」
「ほんとー? 良かったー! かわいいよぉ」
なでなでと周りを一切見ずに撫で続ける。
俺は呆れてその手を止める。そしてもう一度要件を伝えた。
「もっかい言うぞ。服を直してくれ。それと新しい服がほしい」
「ああ。居たんだ」
「そういえば今度祭りあるが……
そうだな、早めに悟らせるのもいいだろう」
と俺は向かいの店に向かおうとした。
「ごめんって! ごめんってば!!」
がしっとものすごい力で掴まれる。
その後、直してほしい服を渡す。向かいの素材売買をしてくれた男性とのことについて少し聞いてみた。
「どうなんだ。調子は」
するともじもじとしながら顔を赤くして答える。
「その……誘えた。今度の祭り一緒に回ろうって」
「良かったじゃないか。勇気だして」
「で、でもまだ……」
「……ついでだから馴れ初めも教えてくれよ」
「えー! 嫌よ!」
「いいじゃんか。気になる」
少し渋った後、ニーナは腰に手を当てこう言った。
「……分かった。言うわよ。そんなおもしろいもんじゃないよ?
まだ大人になる前、冒険者に憧れた私は当時、幼いながら冒険者になった。
それで危ない橋を渡りながらもその時限りのパーティーで頑張ってきたんだけど、ある日、彼と同じパーティーに入った。
やさしくて、気にかけてくれる人。そして私をちゃんと冒険者として見てくれた。
そんな時に私達の適正じゃない敵と戦っちゃった。
格上を相手に私達は死の覚悟をした。けれど最善の目標は生きること。
それで戦線離脱ってことになったんだけど、そんなスキもなくて私が怪我しそうになった時に庇ってくれたのが彼。
最後まで立ち向かって私達が逃げる時間を稼いでくれた。
まだ私が小さかったからかも知れないけど、彼にとって本来私はほっといてもいい命。 その日会っただけの命なのに……
私の憧れた冒険者そのものだったの。
その後、みんななんとか帰れたけど傷を負った彼は冒険者をやめて素材を売買するトレーダーとして働きはじめた。
私は彼の人生を変えちゃった。ううん壊したのかも知れない。
それなのに文句一つ言わず、やさしくて、生きててよかったって言ってくれた。
今でも時々うちの店に様子を見に来てくれる。
あれから私も冒険者を続けるには怖くなって、両親の店を引き継いだ。
冒険者は向いてなかったんだよ。私には。
それから私もちょくちょく会いには行ってたんだけど自分が彼の事を好きだと気づいて。
でも、言えなかった。私にそんなことを言う資格なんてって」
「そこで俺が来たと。
それを理由として、きっかけとして、言う決心がついたんだな」
「そう。だけどやっぱり怖い」
「でも言うしかない。俺との約束であり、言う以外の選択肢はそもそもない。だろ?」
「もうすぐ……」
さらに顔を赤くして顔を隠す。
俺はニーナに言った。
「さて、顔を赤くするほど恥ずかしい話を聞けたところで仕事に戻ってもらおうか」
「うっ……赤くありませーん!
ん? そういえばなんか人、多くない?」
「そうだな。以前は俺とイナの二人だったもんな。
今は王女のリィファに幼馴染のリーシア、珍しい服をしたカンナ、そしてティアナ。
さて、ここいらでちょっとお願いがあるんだ」
「なに?」
「今から言うことを秘密にしてもらいたい。
言ったら、やりたくはないが手荒なことはする」
「物騒ね。秘密にするだけでしょ? お客の秘密は守るわ」
「偽りはないな」
「当然」
俺はティアナのフードをさらっとずらす。
その耳が顕になる。
ニーナは瞳孔を小さくして驚く。
「この子、まさか……おとぎ話の……エルフ?」
「ああ。このことを黙ってほしい」
「……触っても大丈夫?」
「は?」
ニーナは俺を無視してティアナに話しかける。
ティアナはニーナの問にこくっと頷いた。
「きゃわいいいいい!」
俺は呆れた。
「お前あれだな。かわいければなんでもいいんだな」
「だって可愛いんだもん! きゃー! きれいな金髪!」
「まぁ任せた。それと人前ではフードを被せるつもりだ」
「えー、もったいない。かわいいのに隠しちゃうなんて」
「仕方ないだろ」
「ま、世の中物騒だもんね。ただでさえこの国じゃ災いの種とか言われてるあんたの仲間なら余計に気を使わないとね。
よしっまっかせなさーい!」
「任せる」
「あっでも今から作るからサイズだけ図らせてね。
服の修繕もまとめてやっちゃうからしてほしいのは置いて行って。
あとちゃんとお金ある?」
「そこは心配しなくていい」
「んじゃこの子ちょっと借りるねー」
その後、俺たちは次にガディの店に向かった。
少し薄暗い店内。そこまで広くないこの店はこの大人数が入るとさすがに狭すぎた。
店内に入った後、俺はガディに声をかけた。
「ひさしぶりだなガディ」
「おおっ! エノアの旦那! 随分と女引き連れて大所帯になったじゃねぇか!
全員侍らせてるのか?」
「違う! 相変わらずだな」
「まぁこういう性格も商売にはいいのよ。
んでイナの嬢ちゃんの剣は今のとこどうだい?」
「ああ。一回かなりの危機に陥ったんだがな。
触れたものを溶かすっていう相手と戦った時、イナの狐氷だけは大丈夫だった」
「それだけ?」
「? それだけだが」
「まだかぁ……」
ガディがなんのことを言っているのかは俺には分からない。
「なにかあるのか?」
「いや? それはわしにも分からん。
それよりちゃんと宣伝してくれてる?」
「あ……」
「頼むぜだんなぁぁ!」
「悪いって! それどころじゃなかったんだ。
それに以前打ち直してもらった剣もなくなっちゃったしな」
「さっき言った敵のせいか?」
「そうだ。さすがにきつかった」
「まぁ特殊な素材が使われているわけでもないし簡単に取れたり折れちまうのは仕方ねぇが……その腰に指してる二本はなんだ?」
「こっちはアイリスの剣だ。
貰い物なんでな。打ち直したりとかはするつもりはない」
「ちょっと見せてくれ」
ガディに剣を渡すとそれをじっくりと眺める。
そして俺に言った。
「打ち直す必要なんざない。
これで完成されてる。
それにしても……これは、何時のものだ。使われてる素材が分からない。技術もだ。
いい剣だ。もう少し詳しく調べたいがそういうわけにもいかんな。
大事にした方がいいぜエノアの旦那」
「そのつもりだ」
「そっちのも見せてくれよ」
と魔王の剣を指さされる。あのガディだ。見せてしまえば俺の正体がバレるかも知れない。
渋っていた俺にいいじゃねぇかと言ってくる。
俺はそれでもだめだと答える。
「これは……見せられない」
「頼むぜエノアの旦那。気になるんだ。
それに……そんな剣見たこと無い。この剣といい……わしの血が騒ぐのよ」
「だめだ」
「たとえどんな剣だろうとおどろかねぇって!」
「だめだ!!」
「っ……
旦那。頼む。わしはどうしてもその剣が見たい。
事情があるのは分かってる。旦那の望むようにする。
だから見せてくれ」
ガディには鑑定スキルがある。この剣を見せてしまえば……
「約束できるか。たとえどんな代物であったとしてもそれを口外しないと」
「死んでも守る」
俺は恐る恐るその剣を渡す。
ガディならば、信じても構わないんじゃないか。俺は恐る恐る剣に触れるガディを見る。
鞘から刀身を抜き出すとじっとその剣を眺める。
様々な角度からその剣を見る。
そして静かに鞘に収めた。
「よく見せてもらった。素晴らしい剣だ。
もし同じ素材を渡されて同じ剣を作れと言われてもわしには出来ない。
特殊すぎる。どうやって素材を加工しているのか分からない。
なんの素材なのかも……
わしも随分とがんばって来たが魔界にはわしの知らない技術があるようだな……
先程の剣よりさらに古い技術だと思うが……これは……」
「分かったか?」
「エノアの旦那……
なんで魔王の剣なんか持ってるんだ」
「それは……」
俺は事実を伝えた。
ガディは多少驚きはしたものの静かにこの話を聞いていた。
そして椅子の背もたれに体重をかけ、上を見上げた。
「エノアの旦那……
つらすぎやしねぇか」
「一人なら、な」
「そうか」
それ以上ガディは何も言わなかった。
それぞれの剣を渡し、次の日にとりに来るからと言った。
ガディに研磨をしてもらうつもりだったからだ。
帰り際ガディに言われた。
「わしはなにも変わらん。宣伝頼むぜ」
俺は手を上げてそれに答える。
しかしどう宣伝しろと言うのか。俺は、魔王なんだ。
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