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血の契約

 俺の手がイナの頭から滑り落ちる。

 イナは呼吸が荒くなり声を震わせ目を開けながらあふれる涙を止めることなく座っていた。


「あっ……ぁ……」


 四つん這いになりゆっくりと俺に近づく。


「どうやって、生きたらいいんですか。

 暗い世界でしか生きてこなかったんですよ。

 明るい世界ではずっとご主人さまがいたから」


 うつむいて続ける。


「ご主人さまがいなくなったらどこにいたって暗いままですよ。

 考えたくない。いやだ」


 フラッドは何をするでもなく見ていた。

 他の魔族もだ。

 あいつらは今どんな感情なんだ。


 イビアはどこだ。上でリドと戦っているのか?

 シェフィは顎に手を当てながら考え込んでいる。


 こつっとイナの頭が俺の体に当たる。

 イナ……


 だめだ。もう体が動かない。

 一回撫でられたんだ。充分か。


 さっきよりも呼吸が荒くなっている。

 そんなに泣くなよ。心配になるだろ?


「ない……」


 イナ?


「ない、許さない。許さない。

 イナからご主人さまを奪ったこと、絶対許さない」


 イナ、なにして、るんだ。


 イナは四つん這いのまま頭を地面に近づけた。

 大粒の涙が地面に流れた俺の血液と混ざり合う。


 そしてイナは外に流れた俺の血を――舐めた。

挿絵(By みてみん)


 魔族達はその異様な光景に戸惑いを隠しきれなかった。

 ざわざわと騒がしくなっていく。


 死にゆく主人の血をなめるという行為が普通であるはずがない。

 だがただ一人冷静なものがいた。


 先程からずっと考え込んでいたシェフィだ。

 そのシェフィはつぶやいた。


「あの子やっぱり……混ざってるわね」


 ”強制システムダウンから回復しました”


 なに、言ってるんだリビア。


 イナはゆっくりと立ち上がりフラッドを見た。

 イナの服や口からは俺の血が垂れている。


 ”エラー 強制干渉を確認 対処を行いません”


 フラッドはその姿を見て一歩後ろへ下がった。

 イナも一歩、また一歩と近づいていく。

 フラッドは舌打ちをする。


 そしてイナの右腕を殴り飛ばした。


「それ以上近づくな。お前も死にたくないだろ」


 イナは自分の片腕がなくなったにも関わらず一切の反応をしなかった。

 そしてフラッドに言った。


「ご主人さまの命は私の命です。

 死んだも同然なんです。だからもう、なにをしてもいいと思うんです」


 イナは先程よりも大きく一歩進む。




 フラッドは拳を振り上げた。


 そしてそのまま硬直した。


 イナは言った。


「痛いですか? 痛いですよね。

 痛いのになんでしたんですか。

 イナは痛いです。心が痛くていたくて、ぐちゃぐちゃして」


 またイナは近づいていく。


 フラッドは俺と同じ傷を負っていた。

 硬直していたのは傷を負ったことを理解するのに時間がかかったからだ。

 血が止まらない腹部を抑えながら言った。


「なんで腕が……元に戻ってんだよ!!」


 その言葉を吐いた後、ぼとっぼとっとフラッドの右腕が転がっていく。

 今度は突然フラッドの腕が吹き飛んだ。


「痛いですか」


「いてぇさ。だからなんだ。

 俺は一国の主、ここで倒れるつもりは」


「一国の主なのに自分の感情だけでご主人さまを殺したのですか?

 今の状況はあなたが作り出したものじゃないんですか。

 イナ、どうしたらいいですか。


 ずっと見てるだけのみなさんを――殺せばいいですか?」


「はい。そこまで」



 シェフィがイナを強く抱きしめる。

 イナはゆっくりと振り向いた。


 シェフィの頭がぐるりと回る。

 シェフィはその状態から、頭を元の位置に戻しながら会話を続ける。


「ひどいことしないの。落ち着いて」

「落ち着いてますよ」


「ずっと泣きじゃくってるじゃない。

 涙は止められないのね」


「うるさい。うるさいうるさいうるさい!!

 うっっ!! あっちいって!!」


 イナはシェフィの頭を引き剥がすように押す。


 周りの魔族達はどうすることも出来ずただ警戒していた。

 ロッグがフラッドに近づいていった。


「随分と派手にやられたな」

「狂化状態の俺の体を一瞬だ。あんな強さじゃなかっただろあいつ」


「なにかしらの条件はあるだろう。

 ほれ」


 ロッグはフラッドの血の流れを止める。

 そしてフラッドに言った。


「お前ならそれだけで充分だろ。

 人間の魔王は手遅れだろうがな」


 シェフィはロッグに言った。


「あら? それはどうかしらね。

 あの子、助かるかもよ?」


 イナが反応する。

「たす、かる? ご主人さま、が?」


「全部あなたのおかげよ? 良かったわね。

 あなたがいたから。まぁ……あなたもその力には頼りすぎない方がいいかもね。

 二度と自分に戻れなくなるかもしれないわよ?

 さて、もう落ち着いた? そこで苦しんでるあなたのご主人さまの近くに行きなさい」


 イナは俺を見る。


 俺は――叫んでいた。

「あああああ!! うぐぁっああっっ!!」


 イナは急いで駆け寄る。そして俺に抱きつく。ティアナも俺のことを抑える。

 イビアも駆け足で戻ってくる。


 奥でシェフィとリドが会話をしている。

 シェフィは変わり果てたリドの姿を見て言った。


「随分とまた、歪になったわね」

「いやはや。速く強く体がねじまがってしまいました」


「あなた、これでうまくいかなかったらどうするつもりだったの?」

「飾るつもりでしたよ? 負けるのは日常茶飯事。私が死ななければよいのです」


「ふふ。今回は失敗してたら私と一悶着あったわよ?」

「おや。私もお気に入りでしたがあなたもそこまで気に入っていたとは」


「まあね。一目惚れってやつかしら。

 それに今回は失いたくない理由が出来たから。

 初代魔王以来じゃない。血の契約を結べるものなんて。前魔王ですら無理だったのよ?」


「前魔王は強かったですからねぇ。さすがに勝てると思っていたんですが。

 勇者の勝利宣言で終わりましたからねぇ」



「さて、うまくいくかしらね」


 体外に出た血が蒸発を出し始める。

 熱い。全身が熱い。魔力回路だけじゃないすべてが、熱い。


「ぁあっ! がっっっああっ!」


 俺は暴れる。抑えられながら痛みに耐える。


 ”体の修復を開始 魔王スキル 血の契約 <イナ>を獲得”


 ティアナが俺の変化に気づく。


「エノアの目が、赤く……なんか歯もするどくなって……

 イナと同じ……」


 見えない、何も見えない。ただ叫ぶ。天井に向かって叫ぶ。


 ”魔力の不足を確認 魔王の魔力を使用”


「がはっっ! はぁ、はぁ……」


 俺は汗だくになり自分の腹部を何度も触る。治っている。

 さすがに服までとはいかないが傷がすべて治っている。


 イナが抱きつく。


「ご主人さまっご主人さまっっ!!」


 もう一度イナの頭を撫でる。

 ティアナも同じように抱きついたまま言った。


「心配させないでよ……」


 シェフィが歩いて近づく。


「うまくいったみたいね。

 でもその力は諸刃の剣だから使っちゃだめよ。

 まぁ使おうとして使えるものじゃないと思うけど。

 使うかどうかの決定権はあなたの意思ではなく血の意思よ。


 ま、気まぐれってことよ。それを扱うのは難しいの。

 今は言ってることが分からなくてもいいわ。

 まだ人でいられてよかったわね。歯も目も元に戻ってる」



 俺は疲れ切っていて、頭の中でシェフィの言ったことを理解し整理する体力など残ってはいなかった。

 イナとティアナの頭を撫でた後、魔王の椅子だった瓦礫の高い位置に座り見下ろす。



 そして魔王状態となってから言った。


「今は魔王として納得が言ってないだろう。

 はぁ……っっはぁ……

 それもそのはずだ。俺はまだ魔王として真に覚醒していない。

 無理やり魔王の力を使ってるにすぎない。


 この瓦礫になった魔王の椅子が今は丁度いいだろう。

 次に魔王会議を開く時は俺が完全に魔王となったその時だ。

 それまでにこの椅子を直しておけ。


 いいか。俺がこの椅子に座る時はお前ら全員を強さっていう説得力で認めさせる時だ。

 お前らが俺を魔王とするかどうかじゃない。


 俺が魔王かどうかだ。

 これで解散だ。充分だろ。

 これが今回の、まお、う、えの、あ……だ」


 俺は言い切った後その瓦礫から崩れ落ちるようにしてアビスに抱えられる。


 フラッドは言った。

「次に弱いと感じたら今度は完全に殺すからな」


 ふしゃーっとイナが毛を逆立たせる。

 フラッドも毛を逆立たせぐるると唸る。


「この子狐が……いいか、俺にも奥の手ってのがあるんだ。

 お前なんぞ一捻りで」


 ロッグが言った。


「それでも難しいだろ」

「お前な……」


「まぁせいぜいがんばれ人間よ。

 その嬢ちゃんより強くなったのなら認めても構わん」


 ロッグはローブを外して骸骨の姿を見せた。

 フラッドは舌打ちをしてロッグとともにその場を離れた。


 各々が会話をしながらぞろぞろと出ていく。



 最後にシェフィとリドが手を振る。


「また会いましょうね新魔王エノア。

 次に会う時はもうちょっと強くなってね」


「それではまた。おさらばです」



 イビアが叫ぶ。

「おいまてこらっ!

 リドてめぇは残れ! 殴りたりねぇ!!」


「ははっあはは」


「ごまかすんじゃねぇ!!」

「お好きなんですねぇ」


「はっ、はぁ?! そんなんじゃねぇよ!」

「あはははは!」


「野郎……殺す」

「お断りします」


 リドは天井に溶けるようにして消えていった。

「あっおい!!」


 そしてシェフィはそれを見届けると歩いてゆっくりと退室する。

 アビスの胸の中でゆっくりと意識が遠のいていく。


 アビスが言った。

「よく、がんばりましたね。

 かっこよかったですよ」


「まぁ……イナのおかげかな。

 アビス達の期待もあったからな。さすがに今回ばっかりは死んだと思った」


「おやすみなさい」

「ああ、すこし、だけ……」



 俺は目を閉じた。

面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。


喜びます。

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