弱き者たちの住処
ゴブリン達と人間の傷をアビスに癒してもらった。
ゴブリン達は俺に指示されたとおり自分達の住処へと歩いていく。
スライムがぴょんぴょんと跳ねて進むのが少しかわいい。
そもそもスライムとは何で出来ているのか。物理で倒せるものなのだろうか。
考えても仕方ない。それにこんな話題を出したら怖がらせてしまう。
何時間か進み、日が暮れる。
そんな頃、奥に林が見えてくる。ゴブリンはその林を指差して言った。
「あの中を少し行ったところに僕たちの住処があります」
矢が俺めがけて飛んでくる。
その矢をイナが手で掴む。
ゴブリンはそれを見て大声で言う。
「敵じゃない! 味方だから攻撃しないでくれ!
すいません。その容姿だとやはり警戒されてしまうみたいで」
「構わない。誤解を解くのは後でいい」
ゴブリンは頭を下げまた歩みを進めた。
林に入った後、何もない空間で足を止めた。
俺はリビアに止まった原因を教えられた。それを口にする。
「認識阻害か」
ゴブリンは地面をいじりながら言う。
「さすがです。高いものではないですが魔具による認識阻害です」
そう言った後、魔具の効果を消滅させると目の前には武装したゴブリンとオーク、後ろにはスライムたちが身構えていた。
ゴブリンは警戒してる彼らに剣を収めるよう言おうとしたが俺はそれを静止する。
「こっちの方がてっとり早い」
仮面をずらす。
身構えていた魔物たちは剣を下ろした。お互いの顔を見合わせ動揺を隠しきれていない。
俺は魔物たちに言った。
「俺が何者なのかは言うな。
驚きも動揺も理解している。俺が人間を連れていることもその要因のひとつだろう。
だが彼らは俺が責任を持って君等に手出ししないと約束しよう。
手出しをしたら殺すと言ってある。
安心は出来ないだろうが信用はしてほしい」
少しずつだが受け入れたようでゴブリン達のパーティーが持ってきた食料を分配する。
余分だった人間のパーティーの食料は一度保管ということになった。
分配が終わった頃、俺たちに対して食事があてがわれる。
先程のゴブリンが俺に言った。
「こんなものしか出せなくてすいません。
僕はゴブリンのゴルです。この中で名前のあるものは少ないです。
ちなみに盾役のオークには名前があります。
彼はオリュヌスです。彼だけかっこいい名前なので覚えやすいと思います」
オリュヌスと言われたオークは答える。
「好きでこの名を名乗ったのではない。友がつけた」
イビアはオリュヌスに言った。
「その名付け親はどこにいんだ? そいつもさぞかしかっこいい名前をもってんじゃないか?」
オリュヌスは言った。
「いない。死に際につけてもらった」
重い空気が流れるところでイビアは言った。
「んじゃ見れねーな。友人が死ぬなんざよくあることだ」
オリュヌスは首を縦に振って言った。
「あいつの意思は受け継いだ。それだけでいい」
ぱちぱちと焚き火が音をたて、時間がゆっくりと流れる。
俺は人間のパーティーを見た。彼らは複雑そうな顔をしながら食事を見ていた。
そして彼はゴルに言った。
「なんで、俺たちにまで」
「今は客人だから。……正直飯なんて与えたくないし許してもいない。
でも今はもてなすべきだと判断しただけ。
あの方が言うのなら敵じゃない。まず僕らからその意思を示さなきゃならない。
僕たちがこの集団を引っ張っているから」
実際いまだ俺たちの周りには誰も来ない。距離をとっている。
魔族たちは人間から目を離さずに食事をしていた。
あきらかに警戒している。
人間の彼はがっがっと食事をかき込むと突然立ち上がって言った。
「ごちそうさま!
俺はルーカス! あんたらの仲間を殺そうとした人間だ!」
突然そんなことを言い始める。そして深く頭を下げていった。
「すまなかった! 俺はもう手を出さない。
剣も、装備もすべて置いていく」
口々に恨みの声も聞こえる。
ゴルはルーカスに言った。
「なんでそんなことを馬鹿正直に言ったんですか」
「信用されるためには包み隠さず話すべきだと思った。
自分だけ安全な立ち位置にいたんじゃ距離が出来て当たり前だからだ」
続いて後ろの二人の人間も立ち上がり頭を下げた。
体格がよい大男が先に話し始める。
「俺はグレンテ。普段は斧型の武器で戦う人間だ。
オリュヌスの盾を崩しきれなかった。
絶対に崩れまいとしたその意思に感服していた」
そして髪の毛先にウェーブがかかっている少女が言った。
「私はマリ、です。
今回こういうことには始めて参加したヒーラーです。
何も知らなくて、って言うのは言い訳にしかなりませんが、ごめんなさい」
頭を下げ続ける三人。俺は何も言わない。何かを言うべきではない。
静寂。食事にも手を付けない。するとスライムがぴょこぴょことルーカスの頭の上に乗った。
「ちょっ、なんだ?!」
他のスライムたちも三人に乗ったり、遊んだりしている。
最初に打ち解けたのはスライムだったのだ。
その状況に慌てる三人を見て周囲には笑いが起きた。
バカだなーと言われながら背中を叩かれ会話を始める。
イビアが俺に対して言った。
「満足かよ。信頼させて、裏切られたら、そうじゃなくても同じ人間に殺されたら心の傷はどんどん深くなるぜ」
「そのぐらいの区別は彼らにはつくさ」
「わかんねぇ。わかんねーよ」
「イビア、お前にも心の傷ってのがあるんだろ?
だから種族としての違いで隔たりを生んでる
」
「だからなんだよ」
「いや? ただ俺は魔王であり人間って話だよ」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
がたっと音を立て、イビアが俺の胸元を掴む。
イビアと俺の食事が地面に落ちる。
辺りは騒然とした。
「こんなもん見せられて何を言えって? 人間の魔王に頭を下げたあたしの気持ちを考えたってのか?! ふざけるな!」
アビスはイビアに強く叫んだ。
「イビア!! あなたそれ以上は――お姉ちゃん許さないからね」
「っ……外の空気吸ってくる」
そう言って俺たちから離れていく。
アビスはその後ろ姿を眺めていた。
「バカね……ここも外よ。まぁここが中と言うのもわかる気はするけどね」
アビスはそうつぶやくと俺の隣にくる。
「ごめんなさい。魔王様。私達は、いえ、私達の種族はもう私とイビアしか残っていないのです。魔族には自然発生するものもいますが私達はみなさまと同じく生殖行為を行う種族です。
家族も、友人もすべて虐殺されたという過去があるのです。
どうか、それをご念頭においておいてくださいませんか」
俺はアビスに言った。
「俺は最初から怒ってないよ。こうなることも覚悟していたし、イビアの言い分から人間に対しての恨みがあることも分かってた。
こうなることも、こうなったことでイビアの傷をえぐることになったのも」
「すべてはイビアの為、だったのですか」
「後はアビスな。それにルーカス達のこともある。
ルーカス達に関しては判断したかった。罪と認識した時、彼らはどうするのか。
本当に悪なのか。
イビアとアビスの件にちょうど良かった。
勝手だとは思ってるが向き合わなければならないものもある。
なにせイビアとアビスは人間の下につくことになるからな」
俺も……魔王としての覚悟をしなきゃならない。
人間の敵の王となる覚悟を。
アビスはなぜか涙を流しながら言った。
「ありがとうございます」
なんの涙だろうか。俺はただひどいことをしていると思っている。
無理やりイビアが抱いてる感情を引き出そうとしているのに。
ルーカスが俺を指差しながら言った。
「ま、ま、魔王? あんた、が?」
「あれだけ大きな声で言えば聞こえてしまうよな」
俺は仮面を外した。
ルーカスは手を横に振りながら言った。
「いやいやいや! 人間にしか見えねーよあんた」
「これでもか?」
魔王の剣に触れ魔王の威圧は放つ。
ルーカスは再び威圧に触れ、俺の目を見て納得したようだ。
イビアとの衝突で場が凍りついていたがだんだんと楽しい声が戻ってくる。
ルーカス達とゴル達はお互いの話をしていく。
それぞれの話は楽しいものだろう。俺達とエルフたちの話のように。
俺たちもまたその対象であるらしく、イナの耳やティアナの耳、それぞれの服装や俺の仮面にも興味を示されたりもした。
ある程度の時間が経ち、ちらほら眠りにつくものが現れた頃。
ルーカスが俺の隣に座る。
「あんた、魔王なのに人間なんだな」
「知ってるか? 初代魔王はグロウだ。
そしてグロウは人間だった」
「そうなのか?!」
俺と似たような反応をする。
「ああ。
詳しいことはまだ良くわかっていないがそれで間違いない」
マリやグレンテが魔物達と戯れている。
ルーカスは言う。
「信じられるか? さっきまであいつらを殺そうとしてたんだ。
変な感じだよ。なんでこんなことしたんだ?」
「言ったろ? 罪は罪と思われければ罪ではない。
今自分がしたことにどう思ってる」
「最悪だ。最低だよあんた」
「ははっ。俺かよ」
「ああ。知らなければ罪じゃないんだ。
重いよ。情が湧いた。今では守ってやりたいと思うほどだ。
たった一晩だぞ。これから先どうしろってんだ。どうやって冒険者すればいいんだ」
「選べばいい」
「選ぶ?」
「守る命と狩る命を自分で選ぶんだよ。
種族ではなく、自分の意思で」
「簡単に言うな。あんたは人間を斬れるのか?」
「斬るべき相手なら」
「そんな簡単に割り切れるやつは少ない」
「そうだろうな」
「はぁ……人間は中々変われないぞ」
「変われるさ」
俺がリーシアに変えてもらったように。みんなが変えてくれたように。
俺はルーカスに言った。
「いいか。俺の正体もここのことも誰にも話すな。
もし裏切るのならば」
「念を押さなくても分かってるよ。約束する」
俺はルーカスに言った。
「と、まー真剣な話をしていたわけだが……
ルーカスの頭にずっとスライムが乗っかっているとどうも場の空気が重くならないな」
「言うな……」
ぴょんぴょんっとスライムはルーカスの頭の上で跳ねて遊んでいた。
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