表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/178

旅立ち

 思ったよりもゼートとエルフの仲はそう悪くなかった。

 最初こそ戸惑い、怯えていたものの会話をしているうちに自然とそういったものは消えていったようだ。


 ゼートは神代での活躍を話したり、エルフ達は日々の出来事や死にかけた話をしたりした。そんなことが気軽に話せるくらいにはなっていた。

 俺自身もゼートと何度も会話を重ねている。


 数日経ってもゼートは暴走することなくおとなしくしていた。

 それはそれで暇らしく、会話の相手をしたりしていた。

 一段落つき、疲れた体や精神、魔力回路を休ませながら過ごす。



 例えばカンナは様々な料理をエルフ達に教えていて楽しんでいた。

 まだまだ教え足りないと言っていた。


 イナはリーシアと一緒にカンナの料理を出来上がるまで見ているらしく俺は一人で外の空気に当たっていた。


 ティアナが俺の横に座る。

「やっ! おつかれ! 魔王様!」

「慣れないな……魔王と呼ばれるのは」


「でも魔王なんだから仕方ないじゃん。

 結構時間が経ったね。もう行くでしょ?」


「そうだな……

 そろそろ体も休まってきたし、この森を出るよ。

 魔王として強くならないとな。


 必ず帰ってくるさ。

 長い間いたはずだけど一瞬だった。

 一旦この森ともお別れなんだな。馴染んできてたから寂しいよ」


「私も寂しい。

 大変だったけど楽しかった……

 何十年も待つって族長は言ってたけど、できるだけ早く来てね」

「……急ぐよ」


 そよ風がティアナの二つ結びの髪をなびかせる。

「死んじゃだめだよ?」


「死なないよ。絶対に。

 今まで生き残った魔王はいない。

 なら俺が一番最初に勇者に打ち勝つ魔王となる」



「ふふっ。

 つい最近まで魔王を倒そうとしてた人のセリフじゃないね」


「……今だって戸惑ってるさ。

 ずっとなんの能力もない凡人だと言われて来たのに魔王って。

 てっきり魔族がなるもんだと思ってたから。

 エルフとゼートの運命を左右する立場にもなったしな

 勇者も俺を殺しに来る」



「あのゼートを救ったエノアなら大丈夫だって」


 その時、イナが料理が出来たことを伝えにくる。


 俺は立ち上がり、ティアナに手を差し出した。

「ごはん食べようか」

「うん」


 明日この森を出ることをエルフ達に伝えていたからか、宴会になっていた。

 各々が大事にしていた酒を持ち出しそれを飲んでいた。


「俺は酒を飲まないな……」

 この世界において酒を飲んでいい年齢は決まっていない。

 それぞれの国で決まっていることが多いが十二を超えたらだいたい飲める。


「イナは怪しいな……しかしここは国じゃないし……」

「イナもお酒飲んでみたいです! 一口だけくださいませんか?」


「俺も飲むか。少しだけだぞ」

 俺はイナにコップを渡し、一口だけ飲ませた。


「……ほわほわしますね」


 イナはほんの一口飲んだだけで軽く酔ったらしい。

 俺もその酒を飲む。

 さくらんぼのような実で作られた果実酒で、甘酸っぱさの中に果実の香りが鼻を抜けていく。


「うまいな……」

 と、一口飲んで余韻に浸っていたのだがエルフ達はがんがん飲む。


「ご主人さまぁぁ」

 イナは一口の酒で感情を抑えきれなくなったのか甘えてくる。


「撫でてくださいー。もっとー」

「はいはい。ご要望どおりに」


「ちょっと、私にも構いなさいよエノア」

「リーシアッ!? 飲んじゃったのか?!」


「いけないの? 私がお酒のんじゃダメ?」

「ダメじゃないけど……覚えてるんだからその辺に」


「いっいっのー! もう遠慮する必要も我慢する必要もないんだもーん。

 相思相愛なんだからっ」


 イナごと抱きしめる。


「キスしちゃう?」

「ここでか……?」


「後でにするー!」

 ああ。明日どうやってリーシアを慰めよう。


「のんでるかぁぁぁ!」

「カンナもかっ!」


 カンナはセーラー服のせいで非常に危ない感が出る。

 ここは日本ではないが……


 べろんべろんに酔いながらもどんどん飲む。

 カンナはふらふらと歩いてきてガシッと俺の肩を掴む。


「たしかにねー……リーシアとは生まれた頃から一緒にいるからねー。

 仕方ないよー? だからー、わたしはー」


 カンナは肩においていた手を離し、腕を俺の首に回す。

 イナとリーシアの上に覆いかぶさるようにして近づいてくる。


「か、カンナ? 酔いすぎだぞ!」

「よってらいもん」


「呂律まわってないって!」

「こういうふうに距離をー」


「か、カンナッ!」

「ちぢめーるーのー」


 顔を赤くしたカンナの顔が近づいてくる。

「後悔するって!」

「しないよー、だって」


 俺は近づいてくるカンナを見ながら戸惑った。

「まっっ、カンナっ」



 カンナから小さい一言が聞こえる。

「むっ」

 リーシアが下から手を上げカンナの口を塞いだ。


 そして一言。

「わらひのらからっ!」

「まけるかぁぁぁぁ!」


 ふたりはとっくみあいになり、そしてそのまま寝た。


「酒は……ほどほどに」

 俺はそう呟いた。


「あら、ほどほどとはどの程度ですの?」

「リィファか。あんまり酔ってないんだな」


「火照ってはおりますよ。

 ふふ。エノア様が隣にいるからかしら」

「なんか、いつもより大人っぽい、か?」


「疑問形なのですね。

 普段のわたくしは子供っぽいですか?」

「いや、そんなことはないよ」


「子供じゃありませんよ?」

 隣に座ったリィファが前かがみになりながら俺の顔を覗き込む。


「これでもエノア様と同じ年。

 大人の女性ですのよ。


 されたのでしょう? リーシアと口づけを。

 わたくしとも、してみますか?

 わたくしは構いませんよ。エノア様でしたらわたくしの初めての口づけを」



 リィファはお酒をおいた。



 そして耳元にまで口を近づける。



「エノア様になら、わたくしの体も捧げられますわ」


 吐息混じりに耳元でそう言われ背中がぞくぞくする。

 危険だ。このリィファは危険すぎる。ていうかリィファもめちゃくちゃ酔ってる!


「いかがですか?」

 リィファは俺の手をやさしくとり、自分の胸に当てた。


「わたくしは恵まれた体だとは思っているのですよ」

 柔らかい胸の感触が手に伝わってくる。

 手汗をかいて、心臓が高鳴る。


 逆らえない。


「そんなに緊張なさらないでくださいエノア様。

 わたくしもこういうのは初めてですから」



 そのまま体を押し付けてくる。


 頭がぐるぐるしはじめる。

 お酒が回ったのだろうか。


「ふふ、これ以上はリーシアに怒られてしまいますわ。

 でも、エノア様がお望みなら……


 この肌をエノア様の前で晒す覚悟は出来ているのですよ?

 お忘れなく」


 リィファはお酒を手に取り静かに飲み続けていた。


 俺は何も言えずぼーっとしていた。

 すると反対側にティアナが座って話しかけてくる。


「飲んでる?」

「飲んでるよ……」


「見てたけど、モテモテだね」

「お酒の勢いだよ……」


「そんなこと言ってうれしいんじゃない?」

「……」


「だんまりだね。図星?」

「俺だって男だからな……

 みんなかわいいんだよ」


「ふーん、私は?」

「かわいいよ」


「ほう……なら私とそういうことをしてもいいと」

「酔ってるのか?」


「あはは、まっさかー!


 私は普段から飲むくらいお酒には強いよ。

 饒舌にはなるけど」


「顔も赤くないもんな」


「もっと楽しみなよ。

 最後なんだから」

「最後じゃないさ。

 帰ってくる。またここに」



「やっぱり酔ったかも」


 ティアナはテーブルの上に乗りあげ、俺の手を握って言った。


「エノアは妻は一人しかめとらないの?」

「……分からない。リーシアは他にいてもいいっていうけど」


「っ……その」

「ん?」


「やっぱり、なんでもないっ!」

 ティアナはお酒を持って別の席につこうとした。


 しかし途中でコップをおいて戻ってきた。



 そして頬に長めのキスをされる。

「お礼。私はかわいいんでしょ。

 だったらお礼になるよね。じゃっ!」




 いろんなことがありすぎて何も考えられなくなった俺はそのまま寝た。


 次の日起きるとみんなここで寝てたらしい。

 もれなく全員昨日の出来事を思い出していたらしく、うつむき、赤面し、時には叫ぶカンナ。

 リーシアは顔をぶんぶんと横にふり、ティアナは転げまわり、リィファは机の下に潜っていた。


「イナはいつも通りだなー」「イナはいつもイナですよ!」

 そしてこんな声が聞こえてくるのだ。


「「もうお酒は飲まない!」」


 俺は知っている。お酒を飲まないと宣言したものがいつかまた飲んでしまうことを……

 そんなことを考えているとティアナと目が合う。

 ティアナは恥ずかしそうに目をそらし、去っていった。


「友よ」

「うわぁびっくりしたぁ!」


「今日出るのだろう」

「あ、ああ」


 突然ゼートが広場に顔を出した。

「これを持っていくのだ」

「これは?」


 それは黒い仮面だった。

 目元が空いているだけの仮面。多少傷ついて中の木目が見えているが……

「これはグロウの使っていた仮面だ。

 この場においていったものでな。隠しておいたのだ」

「なにか……これ、普通の仮面じゃないな」


「偽る事の出来る魔具だ。

 ぬしの力を隠せる」

「だけど俺は秘密主義ってスキルで隠せるぞ」


「魔王としての力を扱う時は別だろう」

「ああ、なるほど」


「それにそのスキルを打ち破るものが現れるかも知れない。

 そしてグロウの剣からは魔力が流れ出ている。

 魔族ならすぐに気づくだろう。

 故にそれを持っていくがいい」


「いいのか? これは」


「形見として持っていたわけではない。

 友、グロウとの記憶がある。それで十分だ。

 誰にも負けない強さになるまで、魔王の力を使う時はその仮面をつけるといい」


「分かった。ありがたく使わせてもらうよ」


「うむ」


 それぞれの酔いが覚め、後悔による感情の高ぶりも落ち着きを取り戻したころ俺たちは旅立ちの準備をしていた。

 持ってきたもの、持っていこうとするものを荷物に詰める。


 俺は外に出て族長に言った。

「いいのか? 魔王の剣持ってっちゃって」

「帰ってこれるのじゃろう?」


「ああ。ゼートの刻印があるからな。

 今は俺があの刻印の使用者だ。

 だからあの刻印をたどれば帰ってこれる」


「なら持っていくがいい。

 そもそもその剣は魔王のもの。今はおぬしの剣じゃ。

 新たな希望はもらった」


「分かった。必ず帰ってくる」

「ほっほ! 強くなったおぬしが楽しみじゃ」


 荷物を整え俺たちはこの世界の端につく。

 ゼートとエルフが見送りにくる。


 ゼートにはもう旅立ちの挨拶はした。

 だから俺はエルフ達に言った。


「約束する。全員助けるために必ず戻ってくる。

 それまで、ゼートのことを頼む」


 エルフ達は手を振って答えた。

 そしてティアナが近寄る。


「いっちゃうんだよね。

 うん。仕方ないよ。


 私、早く外に出てエノア達と一緒に旅がしたい。


 だから早く、してね。



 あ、まりっまだせっ、ないでっ、ね」


 ぼろぼろと大粒の涙を流すティアナに言った。




「なら今くればいい」

「えっ」


 ティアナは驚いた顔を見せる。


 想像していなかったのだろう。


「だって、私は、責務があるし……

 そんな、私が、エノア達と、エノアから聞いた旅に一緒になんて」


 族長がティアナの肩に手を乗せる。

「早く準備して来なさい。

 わしらだけでゼートは大丈夫じゃ。

 行きたいんじゃろ」


「そんなっわたしだけ」


「すでにみんなで考えておったのじゃよ。

 分かっておった。おぬしがエノアと旅にあこがれておるのはな。

 この話を最初に持ちかけたのはエノアじゃ」

「エノ、ア?」


 ティアナは俺を見ながらそういった。

 俺はそんな泣き虫なティアナに伝えた。


「ああ。みんなにも話した。

 ティアナをパーティーから離脱させるつもりはない。

 このさきも」

「信じられない……

 私が外にでて、世界を旅できるの?」


「危険だけどな。ついてくるか?

 その判断はティアナに任せるよ」

「だって、外に出たら、私、神の刻印の力使えなくなっちゃうよ?」


「だから?」

「だからって、よわいよ? いいの? ほんとに、私が」


「この手をとるか?」


 俺は手を差し出す。

 ティアナはその手を見て少し考えた後、意を決したようにこう言った。


「私、世界を見たいっ!」

 ティアナは俺の手を握った。


 俺はその手を引き寄せ抱きしめる。


「えっ……」

 パリンッと刻印が割れ、消滅する。


「これからもよろしくな」

「っ……っ!」


 ティアナは俺を強く抱き返し、自分の家へと足早に戻り、準備を整えてきた。

 赤く目をはらしながら後ろを向いてティアナはエルフ達に言った。


「みんなっっ! ありがとう! 私は一足先に世界を見てくるよ!

 今度はみんなで見ようね!」


 エルフ達は大声をあげて返事をした。


 ティアナはその様子を見た後、涙を浮かべながらも俺に手を差し出し言った。

「行こっ! エノア!


挿絵(By みてみん)


 私を世界に連れ出してくれるんでしょ?」


「ああ」


 俺はその手を引く。そして魔王の剣に触れる。


 ”魔王の魔力を使い外の世界に目印を設置”


「出るぞ」


 ”魔王状態を解除 魔力の道標 継続を確認”


 リビアに作ってもらった道標を元に俺たちは森の外へ向かう。

 段々と光が強くなっていく。




 後ろを振り向くとそこにもう森はなかった。


 草原が広がり太陽が眩しく照らしている。


 ティアナは口を抑え感動していた。

「これが、森の外、なんだね。空は、こんなに広いんだ。世界は広いんだ」


 俺はティアナの頭を撫でて言った。

「いろんなものを見せてやるからな」



 本当はきれいな街とか国とか、砂漠とか、見せてやりたかった。


 俺は、失念していた。


 ここにたどり着くために使っていた魔王の魔力は森の外にまで伸びていたことを。


面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。


喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ