ゼート
リーシアはぐんぐんと怪物に近づいていく。
怪物に変化はない。一点を見つめそこに佇んでいた。
「追いついたな」
足を止めたリーシアの横に立つと俺はそう言った。
そして不安そうなリーシアの背中を軽く押す。
「大丈夫だ。リーシアなら出来る。
魔素は充満させてから行くからな」
「ふー……よしっ大丈夫。
お願いエノア」
俺はこの周辺にリビアを使って魔素を充満させる。
「俺は反対側に行く。
大体一分経ったら始めてくれ」
俺はそうリーシアに言い残すと先程よりも速さを上げる。
このまままっすぐ進み、怪物を俺とリーシアで挟む形にする。
怪物は未だ気づいてはいない。
何を思っているのか。何があったのか聞かなきゃな。
俺は反対側に着いた。
怪物を見上げ今から自分がしようとしていることを頭の中で反復する。
リーシアがいるであろう奥の方で光が見えた。
始まった。今リーシアは俺の用意した魔素を使って詠唱を行っているだろう。
その光に怪物も気がついた。
今はただそれを眺めているだけだ。
それから数秒後、光が消える。
唱え終わったんだろう。
周囲に霧が蔓延する。ただのきりじゃない。
これは対象を幻惑させる。怪物はうつろうつろとしている。
このまま何もなければいいがそうは行かないと分かっている。
今、怪物に何が見えているのかは分からない。
このままぼーっとしてもらうか寝てくれれば一番いいのだが寝たところを未だ見たことがない。
「ゥゥ」
ここからだ。怪物は今、自分自身が何をしているのか、何を見ているのかもわからなくなってきているはずだ。
その間にリーシアはもう一つの魔法を詠唱しているだろう。
「ゥヴヴヴヴ、ァァアア!!」
やっぱりな。おそらくこの怪物は定期的に暴走、そして刺激などによるトリガーで暴走するようになっている。
神代でこの怪物が暴走したのは魔王グロウの力魔力に反応して引き起こしたものだろう。
怪物は暴れ始める。当然このさきの行動は読めない。
だが俺は覚えている。
暴走した怪物が一瞬自我を取り戻した瞬間を。
焦がれているんだろう? 暴走したとしてもほんの少し、自我を取り戻すほどに。
「かつての戦友を」
魔王の威圧 発動。
魔王の魔力を開放。
この剣に溜まった魔力は魔王グロウのものだ。
「お前を助けてやる」
お前の求めていた魔王ではないだろうがな。
集落にまで届いてしまうのではないかと言うほどの魔力が俺からあふれる。
何人かのエルフは気づいただろうがもうここにはたどり着けない。
この霧は外に出れず、中に入れずの幻惑の霧。
かつて神が魔王を閉じ込めた幻惑の霧。
おそらく、ここのことなんだろうな……
怪物は先程まで周囲の木を蹴り飛ばし、殴るなどの行為をしていた。
しかし俺の魔王の魔力に反応してその手を止めて俺を見る。
「話せるか」
この声が届くかどうか。
「もう、モダナ、い」
やはりだめか。だが返事がもらえただけ成果はあった。
「ガァァァァァ!」
怪物は俺に向かってくる。
おそらく最優先は魔王なのだろう。その呪いがずっと残っている。
故に魔王の剣に向かおうとするのだ。
俺は正面に空虚を使って怪物の拳が届かない空間を作る。
「グルァァァアア!!」
「ちっ……届くか」
俺は空虚を無視して超えてこようとする拳を避けるため大きく後方へとんだ。
威圧は効かない。
なら……
「魔王の特質発動」
魔力が渦巻く。
「死ぬまでやりあおうぜ」
俺は空虚を駆使しながら怪物の攻撃を避けていく。
次第に怪物が空虚に対応し始め意味をなさなくなる。
そしてその拳が俺の体をかする。
「くっっっ!」
俺の腕は吹っ飛び片腕がなくなる。かすっただけでこれか。
それを見た怪物が何かを思い出したように涙を流す。
「ニ、ゲ、ロ……グロ、ウ」
「俺はグロウじゃない。
逃げるわけにもいかない。
なぜならお前を助けるために戦ってんだからな」
俺のなくなった腕が魔力によって構成される。
魔力が尽きるまで俺は即死以外なら再生できる。
どこまでこの魔王の剣に魔力が溜まっているか。
「発動させしちまえばこっちのもんだ。
だが即死級の攻撃をどんどん出してきやがる。
厄介だな……」
俺はリーシアの魔法が唱え終わるまで怪物の拳を受け続けた。
痛いもんは痛い。魔王としての性格改変があるおかげで気を失わず対峙できるが……
本来なら気を失っているな。
「まずいっ正面にッ」
間に合うか。いや、間に合わない!
”魔力回路の補填を開始
一時的に魔王状態を解除
影による攻撃への対処を開始します”
一瞬魔王状態から解除され目の前が見えなくなるほどの影が現れる。
その間にその場から離れ木の枝に乗る。
拳が当たった影が四方八方に飛び散る。その後再び魔王状態に戻った。
「助かったぜリビア。
ありがとな」
そういった後、再び怪物との対峙を再開する。
「っ……魔王としては完全に覚醒していないな。
体感で分かる。魔王としての力が弱い。
所詮魔王の剣の力を借りただけの中途半端な覚醒か」
俺は赤色の光が見え足を止めた。
向かってくる怪物の足元に二本の剣が突き刺さる。
片方はリーシアの普段持っていた細身の剣。
もう一つはおそらく魔力で作られた剣。
「そうか。剣を媒体にした最上位魔法を魔力を通して二本の剣で使ったのか。
最上位魔法を同時に二つ唱えてるんだな。
そりゃ魔素と魔力の消費が激しいはずだ。
しかも最上位魔法に耐える魔力の剣を創造するか。
さすがリーシアだ」
地面に刺さった剣は爆炎を発し渦巻ながら怪物を包む。
しかしその爆炎が怪物を中心として消えていく。
「魔法に対する耐性ももっているのか」
このままではまずい。
この怪物の足を奪いたい。
ならその耐性を上回るしかない。
「魔王の特権発動 詠唱の省略。
最上位魔法 ダグラス・クルーティス」
剣を媒体とせずリーシアが使った魔法と同じ魔法を使用する。
爆炎がさらに怪物の足を焼き焦がす。
その後、なぜか奥の方で再び赤色の光が輝く。
「なっ……まさかリーシアッ」
魔力で作られた剣が消滅する。魔力で作った剣を消滅させその魔力を使ってリーシアは最上位魔法をさらに一つ使ったのだ。
魔力で作った剣はその姿を最上位魔法へと姿を変えた。
つまり最上位魔法を三つ。同時に使用したことになる。
そして今この怪物はリーシアの最上位魔法を三つ、そして俺の一つを受けてまだ立っている。
「リーシアが心配だが……」
魔力回路、魔素、魔力、リーシア自身の体力。
だが心配してる余裕はない。
くそ……今はこいつに集中するしかないな。
怪物の足は焼け焦がれる。地面に刺さったもう一つの剣が焼け焦げた足に突き刺さる。
リーシアが追い打ちとして操作して差したのだろう。
剣の刺さった場所から怪物の体内に爆煙を発し、更に燃やしていく。
「痛いだろうが我慢してくれよ」
怪物は体勢を崩し前に倒れそうになる。
早くしなければこの魔法も対策されてしまう。
「わりぃな。後ろに倒れてくれ」
俺は魔素を集中させ、リビアを使った。
「言葉による世界の干渉を開始。 対象の前方から後方にかけて最大の衝撃を放て」
魔素が反応し、怪物が衝撃と共に後ろへと倒れる。
倒れた怪物は仰向けになり空を見る形となった。
怪物の胸の中心に俺は乗った。
神の刻印の位置を把握する。
怪物が少し自我を取り戻したのか忠告する。
「ヤメ、ロ。ボウ、ソス、ル」
「うるせぇ黙ってろ。そんなことは分かってる。
お前が見たあの日のようにはならねーよ。
おそらくな」
俺は会話の途中で魔王状態を解除する。
「頼んだぞ、リビア」
”肯定 刻印の解析を開始します”
リビアが解析を開始する。
その間もリーシアの最上位魔法は発動されている。
”解析完了 エルフの刻印の情報から解析時間が短縮されました
解除は不可 書き換えを推奨します”
「仕方ない、か」
”刻印をマスターの刻印として書き換えます
意識酩酊 昏睡 混乱 記憶の改変を解除 トリガーによる制御不能状態、突発的な制御不能状態の解除が可能です”
「完璧だ。頼むぞ」
”直接の書き換えを行います 剣を媒体として使用 刻印に突き刺してください”
「すまない……また痛いと思うが最上位魔法よりはマシだろ。
我慢してくれよっ!!」
俺は剣を突き刺す。その間怪物の意識が元に戻る。
怪物は低く、響く声で話し始める。
「こわく、ないのか。なにが起こっているのか我にはわからないが」
「怖いさ」
俺は剣を突き立てながら続けた。
「怖いに決まってる。今だって手が震えてる。
今は魔王じゃないからな。再生能力もない。
今暴走が始まったら確実に俺は死ぬだろう。バッドエンドだ。
だが俺はこの剣を抜けない。それが俺の求めてることだからだ。
仲間がな、お前が苦しんでいると言った。それを信じてる。
そしてそれを信じた俺はお前を助けたいと思った。
自分が魔王だったという真実を受け止めて、お前やエルフを助けるためにここにいる。
けどな、自分の命がどうなろうといいってわけじゃないんだ。
絶対生きて全部解決して帰る。
だからお前も自我を失わないように全力だしてがんばってくれよ」
怪物は俺を見るために顔を上げていたが元に戻した。
空を見ながら呟いた。
「我の名はゼート。ぬしの名はなんと言う」
「エノア。魔王エノアだ」
「魔王……エノアよ。分かってはいる。
分かってはいるが……
グロウは」
「神代で死んだ。一万年も前にな」
「我らは、負けたのか」
怪物は俺に負担がかからないように静かに涙を流した。
俺はゼートに言った。
「魔王グロウは死んだ。だが終わってはいない。
魔王は代々続いてるんだ。なぜかは俺にもわからない。
だが、これはグロウによる希望なんじゃないか?
まぁ俺は戦いたいだとか、神に復讐するだとかそんな大それた考えはないが。
完全に負けたとは言えないんじゃないか?
おそらくまた立ち上がれる。そのために魔王が何度も誕生しているんだと思うぞ」
「慰め、か。ぬしはお人好しなのだな。
かつての友、グロウを思い出させる」
「俺は残念ながらグロウじゃないけどな。
なら俺は俺として友にならないか?」
「友、だと?」
「ああ。一万年も一人ぼっちで友人なんていないだろ。
俺がなるよ。
グロウの代わりにはなれないかも知れないが、その穴を埋められるよう努力するさ。
話してて分かった。あんたはいいやつだ」
「ふっ、ふははっ! 今の我を見て友となる、か。
はははっ! 肝の据わったやつだ。
我などで良ければ喜んで友となろう。……グロウよ。我はお前のいなくなった世界で友が出来たぞ。お前のようなお人好しが他にもいたのだ」
ゼートは片腕で顔を隠す。
「我は新たな友に助けられた。やっとこの苦しみから開放されるというのに。
涙が止まらんのだ」
きっと心を許し合う唯一無二の友人だったんだろう。
ゼート……
助けて良かった。リィファの声を信じて良かった。
”書き換えが完了しました 刻印の所有権はマスターのものとなります
忠告 完全な書き換えに失敗しました 暴走の可能性があります”
どの程度の確率だ?
”ほぼ皆無と言って差し支えありません”
ゼロではないってことか。
「ゼート。書き換えが終わった。
意識は自由だし、酩酊することも混乱することもないだろう。
記憶に靄がかかるようなこともない。
暴走の心配もほぼない。
ただ、ゼロじゃない。すまない。俺じゃまだ力不足だった。
ほとんど暴走することはないが、極稀に暴走してしまうかも知れない」
「十分だ友よ。ありがとう。
エルフには迷惑をかけた。これでエルフたちも楽になるだろう。
それと、友よ。できれば取り合ってほしい」
「何をだ?」
「エルフたちだ。我は彼らに謝罪をせねばならない。
そして今のエルフたちに一万年前にあった出来事を話しておきたい。
たとえ信じてもらえなくともだ」
「分かった。ただ暴走の可能性はある。
集落までは連れていけない。すぐに対処できるようにして集落の近くの木をなぎ倒し、ゼートが入れるだけの広場を作ってもらう。
そこから会話する形にしよう。
この条件で取り合ってみる」
「感謝する友よ。それとこの魔法を解いてもらいたい。
熱いのだ」
「わっああっ!
リーシアァァァァ! もう大丈夫だからぁぁぁ!」
最上位魔法の爆炎が消滅する。すぐに再生した。
「すごいなこの再生能力」
俺はゼートにそう言った。
「これにも事情がある。後で話そう」
俺はゼートにおとなしくしているよう言った。
面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。
喜びます。