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静けさ

 あれから二日。あの怪物が集落を襲ったり、外に向かっていったりするようなことはなかった。    

 その間みんなと時間を共にしながら俺は手がかりを探っていた。

 集落の中で日常生活を送りつつ万が一に備え寝る場所もみんな同じ場所で寝ることにしている。


 いくら広くともこの大人数で寝れば狭さも感じる。

 ふと寝返りをうてば目の前にリーシアが居て、その吐息が聞こえたり、イナが徐々に近づいてしまって抱きつかれてしまったりしたこともある。


 今日の朝なんかはリィファが寝ぼけてしまったのか俺のことを抱きしめながら寝ていた。

 豊満な胸の感触が背中に当たってしまい寝ることに集中できなかった。

 おかげで俺は全く眠れず寝不足である。


「エノア様……さきほどは申し訳ございませんでした……」

 リィファがしゅん……としながら俺に謝る。


「いいって……むしろ、あ、いや、全然気にしてないから。

 せっかくエルフ達が朝食を作ってくれたんだ。

 冷める前に食べよう」

「はい……」


 エルフ達も事情を知り、食事や身の回りの世話などをしてくれる。

 差し入れを持ってきてくれるようなこともあった。


 あれから、ずっと考えていたがかけらも思い出せない。

 俺はあの時、気を失っていたんじゃないのか?


 考えていても出口が見えないなか、ティアナが弓をうってみては? と提案する。

「弓、か……使ったことないんだよな」

「やってみようよ! ずっと座って考えてたって仕方ないって」


「よしっ。やってみよう」

 以前リィファが練習していた場所に向かった。


 一通りの説明を受け弓を持つ。

 構えをとり、目の前の標的を見据え弓を引く。

 ぎりっ……と音がなり弓がしなる。

 狙いを定めて指を離す。

 射った矢は標的にはあたらず奥の土に突き刺さる。


 俺はティアナに弓を返して言った。

「難しいな。結構力いるし、魔力使いながらよく弓が引けるもんだ」

「慣れだよ慣れ! リィファもできるし」


 リィファは若干照れる。



 今度はカンナの提案で鬼ごっこをしてみようということになった。

 鬼ごっこではイナの圧勝。

 影まで使ったのに捕まえられた。



 その後、汗をかいた俺たちは川に向かっていた。

 交代で川に入るということで川に入らない俺とカンナ、ティアナは少し離れた木陰で休憩する。

 俺はカンナに魔素の修行は順調かと聞いた。


「んーそこそこ、かな。

 魔力回路もなんとなく分かるようになったし魔素を感じ取れるようになったから。

 精度はまだ低いけど」

「そうなのか。じゃあ調子はいいんだな」


「うん。こっちの魔法の詠唱についてもある程度聞いた。

 そろそろ魔法使ってみようかなって感じ。

 これで使えたらちゃんと戦力になって見せるからね」

「よしっ! じゃあ今からやってみよう。

 リビア」


 ”応答”


「カンナに魔素を通してほしい。

 プチファイヤー分くらいで」


 ”了解 手順確認 完了 手順開始”


 カンナが驚く。

「おわっっ! 魔素が流れてきた?!」

「ああ。リビアに頼んでみた。

 後は詠唱だけでいい。

 一度使えてしまえば感覚を掴めるだろう」


「よ、よーし……

 ”プチファイヤー!”」

 カンナは静かに手を下ろす。


 そして言った。

「だめだったぁぁぁぁ! なんでよぉ……」

「ま、まぁ落ち込むなって。まだだったってだけだよ。

 それにほら、神話だってまだ理解が浅いだろ?」


「そりゃー初めて聞く神話だもん。

 でもちゃんと勉強してたんだよ?

 魔法を扱うには十分なくらい……

 リーシアについてもらいながらさっ」

「そのうちできるようになるって」


「うん……もうちょっと魔素の感覚になれてみる。

 魔力の方が使えるかも知れないし、はぁ……」


 地面に指で文字を描きながらいじけるカンナ。


 交代がきて二人も川に向かった。

 その後俺も川に入るが、さすがに見ててもらうわけにもいかず、近くで待ってもらうこととなった。


 時間が遅くなりイナがお腹が空きましたと足早に帰ろうとする。

「こらイナっ。あんまり先に行ったら見失うだろ」


 イナを追いかけ俺はイナを捕まえた。

「ごめんなさい……」

「い……な」


「ご主人さま?」


「イナ、を抑えて、いや、無力化して?

 違う、いやあっている。

 魔素、が充満して、それがきっかけで?

 いやそんな状況いくつも、違う、俺が出せる魔素の密度じゃたりない。

 魔素か? それともリビアの判断で……

 足りない。もうひとつなにか……」


 結局思い出すことが出来なかった。

 夕食を食べている間、リーシアがなにか思い出せそうだったの? と聞いてきた。


「ああ。もう少しな気がするんだけどな。

 魔素が充満してた時、俺は気を失っていなかった。

 そしてイナもそうだった気がするんだよ。


 あの時の条件は異常なまでの魔素だ。

 俺が充満させる魔素じゃ足りないほどの。

 ただ思い出すべきはこれじゃないみたいだ。なんの変化もない」


「でも少しは進んだわ。

 後もう少しじゃない。手伝えることがあったらなんでも手伝うからね」

「ありがとう。じゃあ、魔王の剣に触れてもいいか?

 あの剣もまた気を失ったきっかけだ。前回は何もなかったけどもう一度だけ」


「いいよ。付き合う」

「ありがとう。みんなも構わないか?」


 全員の了承を得た俺は魔王の剣の前にいた。

 ここは見晴らしがいい。この木が一番高いからだ。


 遠くに怪物の姿も見える。どこにいくでもなく彷徨っている。

 俺は魔王の剣に触れた。


「だめ、か」

 落ち込む俺をリーシアは慰める。


 どうしてもここで考えたくて長い間そこにいた。

 夜は冷えるのでティアナや他のエルフ達が毛布を持ってきてくれる。

 お礼を言ってみな毛布にくるまり一人、また一人と眠りにつく。


 ありえないくらい広いのでいくら寝相が悪くとも落ちることはない。

 ついには起きているのは俺とリーシアだけになった。

 俺はリーシアに怪物のことについて言った。


「あの怪物のことなんだけど、もし後悔していて一万年も死ぬことが出来ず、嘆くのだとしたらどれだけの苦痛なんだろうな」

「私達にはわからないけどね。

 一万年経った今も後悔を声に出す苦しみは理解の範疇を超えるわ」


「そうだよな。エルフは寿命が尽きるまでだがあの怪物は……

 一万年自分ひとりだ。そしてこのさきもずっと」


 俺はそよ風に肌寒さを感じ、毛布を深くかぶる。



 リーシアは俺の毛布の中に手を入れる。

「寒い?」

「少し、寒いかな」


「私も。手、握っていい?」

挿絵(By みてみん)

「……」


 俺は黙って毛布の中に入ってきたリーシアの手を握った。

 何を言うでもなく、ただ握った。


「エノア?」

 俺は目を開けたまま、涙を流していた。


 唐突だった。ただ、リーシアのこの手を離したくないと、守りたいと思った。

 きっかけとしてはあまりにも関係がなく、思い出すにしては残酷な事実だった。


 俺はリーシアの方を向いて言った。


「ごめん……リーシア」


 リーシアは俺の言葉を聞いて、何も答えず、ただ手を握り自分の方に引き寄せた。

 俺はリーシアの行動にあらがわず自分の顔がリーシアの胸の中に収まる。


 リーシアはただ、やさしく抱きしめた。

 俺はリーシアの胸の中で謝った。


「ごめん、ごめん……」


 俺はリーシアの期待に応えられなくなったこと知った。

 何人もの勇者になってほしいという期待に応えられなくなってしまった。


 リーシアは一言呟いた。



「全部受け入れるよ」


 俺はリーシアに告げるのが怖かった。

 それでも、言わなければならない。




「俺だったんだ」

 リーシアは俺の頭を撫でた。


「そう……私が一番求めてることって、なんだど思う?」

「勇者になること……」


「違うよ。あれは単なる憧れ。私の願いじゃない。

 エノアが勇者になると期待されていたから私はそうなると信じて、私が捨てられないように努力して、ずっと一緒に居れるように言ったことなの。


 支えたかった。エノアは前を向いてくれた。だからずっと勇者になれるって言う期待を込めてた。途中からはカリムや住民に対する反抗心みたいになっちゃったけど。


 勇者なんて本当はどうでもいいのよ。


 もう、夢は、願いは叶ってるの。

 なんで同じパーティーに入るためにがんばってたのか、どうして努力を続けていたのか。そうじゃなきゃ選択肢すらないからよ」


「じゃあ……求めてることって」



「言わせるの?

 しょうがないなーエノアは。

 昔から重要なことは私ばっかり」


 リーシアは俺の肩を少し押した。距離が離れた分お互いの顔がよく見える。


「大好きだからに決まってるじゃない。

 ずっと言ってきたわ。


 本気なのよ。私は、エノアと結婚したいくらい好きなの。

 大好き。大好きよ。今までずっと言えなかったくらい本気で大好き。

 ずっとエノアの隣にいれること、それが私がエノアに求めてること」



 リーシアはそう言うと俺の口を自分の口で塞いだ。


 初めてのキスだった。

 柔らかい唇が心地よくて、温かい。


 リーシアのいろんな想いが流れてくるような感じがした。



 一瞬唇が離れたが俺はリーシアの口を追った。

 そのまま自分からリーシアの口を塞いだ。お互い求め合うように。


 そして唇同士が離れ、お互いの顔を見合わせた。


 見つめ合いながらリーシアは言った。



「勇者なんかじゃなくていい。

 たとえ魔王であろうとエノアが好きよ」


 その時、魔王の剣から魔力が流れ込む。

 薄暗い魔力が体に入り込む。



 リーシアは俺を抱きしめ続ける。

「逃げるなんて許さないわよ。

 絶対、エノアの口から好きだって言葉を聞くんだから!」


「りー……しあ」


 意識が朦朧とし始める。

「みんな起きてっ! イナちゃん!

 なんでっ……」


「包まれてる……俺、たちの声は、誰にも、届かないっ」


「エノア! しっかりしてエノア!!」


 リーシアが強く抱きしめる。


 あたたかい。





 暗闇の中、俺は一人だった。


 気を失ったのだろう。でも暖かさは感じる。

 ここから抜け出すこと。それが自分が自分であるために必要なことだと本能で感じ取った。

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喜びます。

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