神の呪い
俺は仲間と族長、ティアナの前に立つ。
「今から話すことはただ外に出られる。ということじゃない。
それだけは先に言わせてほしい。
これは希望にはつながらない。ただ現状を知るためのものだ。
それでもいいか?」
俺は族長とティアナにそう伝えた。
族長は構わないと返す。
「ほっほ。
まぁそんなもんじゃろうて。じゃが知らないことを知れるのは良い。
わしらは知識に飢えておる」
ティアナも知りたいと言う。
「エノアが希望だから大丈夫。
もし出れないって確定したとしてもきっと覆せる」
「はは……その期待はちょっと重いな。
ただ悪くない。その期待は背負いたいと思うよ。
さて、じゃあ始めよう。
この森は結界や魔法によってたどり着けないようになっているのではないみたいだ。
この森の隔離が始まったのはおそらくあの怪物と、魔王、エルフ達がここにいた瞬間だと推測している。
そこはそこまで大事なことじゃないからな。大事なのは次だ。
この森は世界から隔離されている。
正しくはこの森は一つの世界としてなりたっている。
つまり俺たちが来た場所とこの森は別世界ということだ」
族長は驚きを見せた。
「別、世界とな」
「そうだ。
俺のスキルは英雄の遺産という強力な装置が作り上げた障壁をものの数分で解析、破壊までこなした。
もともとそういう用途の遺産ではなかったが……
そんな俺のスキルでもこの世界を元の世界に戻すことはできない。
ここまで十日以上解析に費やして事実が分かっただけ。
俺のスキルでもこの世界の戻し方はわからない。
悪いな」
「構わんと言ったはずじゃよ」
「そう、だな。
続ける。
ならなぜ俺たちがこの世界に来れたのか。
可能性があるとしたら魔王の剣だ。どうやって世界を飛び越えたのかはさすがに分からないがそれしか考えられない。
なぜ魔王の剣で俺たちだけがイレギュラーとして来れたのかはわからない。
ここを出る方法もわからない。
ただエルフ達がこの世界を出るには刻印を消す必要がある。
なぜならあの怪物が外に出ようとすれば刻印が呪いを発生させるからだ。
外に出ようと怪物の為に戻ってくるハメになるだろう。
もしあの怪物が外に出たら、エルフがどうなってしまうのか。
それもわからない。もしかしたら命を落とすかもしれない。
ここからは俺の推測の話になる。
伝承や神代の歴史から読み解くと族長の言ったとおり魔王はグロウで間違いないだろう。
魔王と怪物は仲間だったと仮定する。
そして魔王と神は敵対していた。
そんな時、あの怪物を捕らえることに成功しここに罠を張った。
怪物を助けに来た魔王と怪物を閉じ込めるため、神はこの世界を隔離した。
この規模の森を隔離するだけの力があったことになる」
ティアナが言う。
「じゃあ、なんで私達は」
「これは推測だ。あの怪物を外に出さないためじゃないか?
ただの見張りだったら外に近づくにつれて呪いが発動するようには作らない。
ならどうしてそうする必要があったか。
あの怪物は外に出れるだけの力があると考えるべきだ。
神にとっては都合が悪かったのかも知れない。
本来は魔王も外に出すつもりはなかったんだろうが魔王は外にでる事ができた。
だがエルフに止められる怪物と、怪物を止める役割を担うエルフは外に出れない。
魔王は知っていたのかもしれない。こうなることを。
この世界に怪物とエルフが一万年閉じ込められ続けることを。
だから必ず助けに来ると魔王の剣を置いていった。
この神の作った世界は魔王自身が外に出るだけで精一杯だったんだろう」
ティアナは胸を抑えながら言った。
「じゃ、じゃあ神は」
俺はその言葉の続きを言う。
「神は最初からこの世界で永遠に隔離するつもりだった。
エルフはそのための生贄。
神の策に利用するためだけにエルフをこの世界に子孫共々永遠と閉じ込めた。
最初から世界の外に出すつもりなどなかった」
族長はパイプタバコを取り出し火をつけた。
煙を燻らせその煙を見つめながら言った。
「神とは、なんなんじゃろうな。
きっとわしらの祖先は誉に思ったはずじゃ。
神に与えられた仕事をこなすことを。
外に出ることはないと知るまで。
すー……ふぅ……
わしらは使い捨てのコマか。エルフというひとつの種族を私利私欲で世界から消す。
なんと傲慢で自分勝手。
いや、それこそが神なのかも知れぬな。
圧倒的で強大な力を持った」
「ああ。はっきり言って神代の神はとんでもないクズだと感じたよ。
たとえ神と魔王の戦争だとしても関係のないものを利用し使い捨てた。
当事者以外を巻き込んだんだ。戦っていないものを巻き込んだ。
その生命を軽視した。
……そんな神が、勝ったんだ。
だから魔王は来ない。
刻印を消してもこの世界から出るすべがない。
刻印がなかったとしても怪物が外に出ることになる。
はっきり言おう。俺が知っているこの外の世界であの怪物を止められる者は今、いない。
この世界にいる神の力を持ったエルフ達だけだ。
救いが……ない」
静けさが漂う。
俺は暗い面持ちで族長とティアナに伝えた。
「これがこの森から出られない理由だ。
呪いと、世界の隔離。
この二つがエルフを永遠に閉じ込めている。
あの怪物を殺すか、おとなしくさせる。そうするしかない。
そしてこの世界をどうやって元の世界に戻すか。もしくはみんなの刻印を消すか。
……殺せるか?」
族長は言った。
「無理じゃ。お主らのちからを借りても無理じゃな。
すぐに再生してしまう」
リィファが言った。
「殺してしまうのですか? わたくしは、殺してほしく、ありません……」
俺はリィファに言った。
「そういえばリィファ、あの怪物の叫び声から感情を感じ取っていたよな。
苦しさや後悔とか。
ただ、その苦しみを終わらせるべき、って考え方もある。
おそらく一万年――叫び続けたんだからな」
「そう、ですが」
「分かってるよ。
俺は、あの怪物も助けたい。
なにせ勇者になるんだ。今から生まれる魔王の傘下じゃあるまいし、怪物は関係ない。
なにも悪さをしないっていうなら俺はあの怪物を助けたい。
俺は勇者になる男だ。
仲間がそう言うならば、自分が助けたいと思ったならばその信念に背くことはしない」
俺はリィファの頭に手を乗せる。
「すくい上げるぞ。
エルフも怪物も」
「……エノア様。
わたくしのわがままですのに……」
「仲間の気持ちを無下に出来るかよ。
ま、現状残された手はひとつしかない」
リーシアが俺に聞く。
「手があるの?」
「絶対とは言わない。それにきっとこの話を聞いたら信用性がなさすぎてがっかりすると思う。
ただ今はそれにすがるしかない」
「それは、なに?」
「覚えてるか? カラムスタで全員気を失ったことを」
「覚えてるわ。気を失った後のことは当然覚えてないけど」
「全員の記憶にない記憶を思い出す。
それを思い出した時、道が拓ける。
と、寝ている時夢の中で会った女性に言われた」
「夢?!」
「そう夢」
「がっかりするってそういう事なのね。
でもエノアがそれにすがるっていうことはエノアの中では信じてるんだよね」
「ああ。
あれは夢だったとは思う。ただし、あの場所は一度だけ行ったことがある。
俺が死んだ時だ」
カンナが俺に対してこう言った。
「それって……あの黒くて暗い世界のこと?」
「そうだ。はっきり言ってこれにすがるしか無い。
俺の持てるリビアというスキルもここで打ち止めだ。
知ることまでが限界。
この先は自分自身でたどり着くしか無い。
全部助けるっていう方法を」
ティアナが言った。
「じゃあ本当に、死ぬ気で思い出すつもりだったんだ」
「ああ。まさか本当にこの森を出る前に思い出す必要があるとはな」
「あはは。まるで予言だね」
「本当にな。
それと、ここでみんなに言っておくことがある」
各々が固唾をのむ。
俺の真剣な表情に気を引き締めたのだろう。
「断片的にだが覚えていることがある。
もしこの話が本当なら……
俺はあの言葉、あの出来事を思い出すのがなにかのきっかけになる。
そしてそれを思い出した時……
俺が俺じゃいられなくなるかも知れない。
夢の中の女性にそう言われた。
だから俺が思い出したら今話している俺はいなくなってしまうかも知れない。
それがエノアなのか別のなにかなのかっていう判断は任せる。
ただ固執はしないでほしい。
もし他人のようになってしまったら、他人として扱ってくれて構わない。
きっとその時に俺は死んだんだ。
イナ、やっぱり俺は俺がいなくなったとしても生きていてほしい」
俺はイナを抱きしめる。
「お願いだ。俺が助けたかった命を捨てないでくれ」
「いや、です。そんなこと聞きたくありません」
「これはお願い、だから」
そしてリーシアにも言った。
「リーシア。もし俺じゃなくなった時、捨ててくれて構わない。
もし悪人になるようなら切り捨ててくれ。
そのさきは自由に」
「そんなこと言わないで!!」
「ッッ」
「信じてるから。
私はエノアを信じてるから。
私も、イナちゃんもリィファもカンナもティアナだって信じてる。
だから他人になんかならないで。
私の期待に応えて」
リーシアは涙目になって俺の頬を両手で触れる。
「万が一のつもりだったが……
これは許されないな」
ティアナが言う。
「私達のために、自分を犠牲にするの?
勇者になるために、自分のために自分を失うほどのことなの?
そんなだったら私は、救われなくていい」
「ティアナ。俺が決めたことだ。
自分達のせいだとかは思わなくていい。
打ち勝つさ」
「でも……
……私も信じるから」
族長はパイプタバコを仕舞い、俺の元へと歩いてきた。
「エノアよ。
もし恐怖を感じたのならやめなさい。
それこそまた呪いになってしまう。
全てを助けるというのならば向こう見ずではなく、そのさきも見る必要がある。
ときには逃げることも勇者とやらには必要なんじゃないかの?」
族長は俺のお腹に軽く拳を当て、そう言った。
その後俺の横を通り過ぎていく。
そのまま広場から姿を消した。
「リーシア。隣にいてくれないか」
俺はリーシアにそういった。
「当たり前じゃない。そこはずっと私の場所よ」
「リーシアがいてくれたら、きっと大丈夫」
カンナが俺とリーシアの間に割って入る。
「ちょっと私達はー?」
「もちろんみんなもだよ。
順番に声をかけるつもりだった」
ティアナがじゃあ私は……と言って立ち去ろうとした。
だから俺は呼び止めた。
「ティアナもだよ。
一緒にいてくれ」
「え……いいの?」
「今は俺のパーティーだろ?」
「ッ……そっか、まだ私みんなのパーティーに入れてるんだ。
よしっ任せたまえ!」
どんっと自分の胸を叩いて言った。
面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。
喜びます。