凡人
「リーシア様。お久しゅうございます」
「あいさつはいいわ。今日は鑑定に来てるだけだもの」
司祭は言う通り鑑定を始めた。
リーシアの精霊は……
「これは……こんなことが」
司祭は宙に舞う精霊を見てそう呟いた。
広場いっぱいに精霊たちが滞在している。
勇者適正の白とさきほどの王子の金以外のすべての色が揃っていた。
「勇者以外のすべての才能を持つ存在……
リーシア様は勇者の仲間として選ばれるべくして生まれた。
世界に愛された存在……」
リーシアは当然といったすまし顔だった。
「まぁ満足だわ。勇者になりたいわけではないし。むしろ上々の結果ね」
リーシアは俺の事を見ながらウィンクをした。
その姿が結構可愛くて目を逸した。
王子はその精霊たちを見てこういった。
「おお。確かに勇者の仲間にふさわしい。
私のパーティーに入るべきだ……」
「はぁ? お断りよ。たとえあなたが勇者だとしても入らないわ。
それなら農業でもしながら暮らすわ。
きっといい生活になるわ。ね、エーノア!」
リーシアは肩に抱きついたが胸が、程よく成長しかけの胸が。
王子にとって気分のいいものではなく。
「ええいっ! 離れろっ! エノア次は貴様だ!
所詮私のための前座だった男よ!
どうせ勇者適正はあるだろうがそれまで!
私のように金色に光る精霊などいるはずもない!
貴様はただのテスト勇者だっ!」
わけのわからないことを叫びながら王子は俺の背中を荒く押した。
体勢を整えながら俺は魔法陣の上に立った。
結果がどうなるかは分からない。それでもリーシアの期待には応えたい。
俺は勇者候補になってリーシアをパーティーに加える。
俺はそうやって生きると決めたんだ。前を向くために。
「大精霊エルビアよ……」
司祭の言葉の後、魔法陣が光ることはなかった。
少しの静寂の後、王子は高らかに笑った。
「ははっ。あははは! 失敗していたのか! 哀れ! 残酷! 滑稽!
素晴らしい! 良い働きだエノアよ!
ははは! ここまで笑わせてくれたのは貴様が初めてだ!
これだけの観衆を集めるほど期待されて置きながら。
凡人!
なんの才能も持たない一般人だったとはなぁぁぁ!」
昔は求めていた結果だった。けどリーシアに期待されてその期待に応えようと思ったのに俺はその期待に応えられなかった。
リーシアの顔を見たくなかった。けど俺は、安心するためか、それとも踏ん切りをつけるためかリーシアの顔をみた。
「エノア……」
俺に対してどんな思いを抱いているのかは分からなかったがその顔は動揺していて、悲しそうで、ショックを受けていて……
もうなにも考えたくない。せめて今だけは……
「さぁリーシア嬢。行きましょう」
「はなしてっ!」
「だめだっ! 普段であればここでお別れといくが勇者候補と言わずとも必ず勇者の仲間に入ることを約束されたリーシア嬢には王宮に来ていただかなくては
凡! 人! と違ってあなたにはこの国に居てもらわなければなりませんから」
「いやよっ! なんでわたしが! わたしは! エノアのっ」
リーシアは俺の顔をみた。俺は一体どんな顔をしていたんだろう。
リーシアはそのさきの言葉を失って、兵士に連れて行かれた。
周りからの視線が怖い。雨が降り始めたが俺は動けなかった。俺の後に鑑定を受けるものはいない。俺が一番最後と決まっていたから。
魔法陣の上に立ったまま俺はぐちゃぐちゃの感情を整理していた。冷たい雨が今は心地よかった。人々はその場を去り、司祭もその場を離れた。
俺に声をかけるものは一人もいない。ただし、俺を憐れむ声はたくさん聞こえた。
ある程度の時間が立った後俺は自分の屋敷に戻った。意気揚々と出迎えてくれる母親と同じ年の侍女に結果を伝えた。
悲しんで、泣いて、それでも家族として受け入れると言ってくれた。
侍女はこれからもお仕えいたしますと言った。
久しく涙なんて流していなかったけど自然と溢れた。悔しかった。
許されないのか。俺が前を向くことは。生きたいように生きることは。
なら俺はどうしたらいい。俺は、リーシアに、失望されたか。
うまくいかない。日本でも、この異世界でも。
侍女が俺の事を抱きしめてくれた。
何も言わずに俺は侍女の優しさに甘えた。ほんの少しでも心が落ち着くように。
そして俺は屋敷と所有する土地からほとんど出ることなく時は過ぎ
十六才となり学園への入学許可が降りた。
本来俺のような存在は通うことはできない。
才をもつか貴族であるか。
俺の家は貴族ではあるものの、勇者適正のある俺という存在が居たから貴族の名を与えられた。
勇者適正という存在がいないこの家に本来貴族としての名はない。
にも関わらず貴族の名は剥がれず貴族としての土地、金をもらっている。
もう価値のないはずの俺に学園の入学許可? どういうことなのか。
俺は、ただの凡人だ。
そして俺はこの意図を考えながら近くの泉に来ていた。
しずかで、心地いい。
ここなら誰にも見られない。
誰も傷つけない。
ここで感情を顕にしても、スキルを使っても誰にも見られない。
一人を除いて。
「エーノア!」
リーシアはがしっと俺の背中に抱きついた。
あの日からリーシアは俺に会うことを禁じられたそうだ。
それでもひと目を盗んでここに来る。そしてまた俺の隣に座って話始める。
今日も同じようにこっそりと来たのだろう。
「……」
リーシアはそのまま会話を始めた。
「あのクソ王子に聞いた。
学園の入学許可が下りたんでしょ。
でも……行きたくないなら……
エノアが来ないなら私も退学して」
「リーシア。リーシアは小さい頃からずっと通ってたろ。
学園に通えば天才の先生達に授業をしてもらえる。魔法もスキルもレベルをあげるのに一番適した場所だ。
そんなところをやめるなんてもったいないよ。
凡人の俺のために」
「で、でもっ……
エノアは適正なかったけど、ほんとは強いんでしょ。
見返そうよ。適正なんかなくったって勇者になれるよ。
適正がないとなれないなんて他の誰かが決めたことじゃない!」
「大精霊が決めたんだ。
何千年も生きて、勇者を見てきた大精霊が」
「うっ……
もうばかっっ! そんなことどうでもいいのに!」
「どういうことだよ」
「もういいっ! 知らない! 私より大精霊を信じるのね! ふんっもうこの話おしまい!
またここで一人魔法の練習でもしてればっ!」
「また見てたのか」
先程まで怒っていたのにころっと表情を変えてリーシアは元気に話し始めた。
本気で怒っていたわけじゃなさそうだ。
「まぁねっ。なんの練習してるかは全然分かんなかったけど」
「危ないかも知れないからって言ったのに」
「自分の身くらい自分で守れるもの! そうじゃなきゃエノアを助けられないでしょ」
四年経ってそこまで成長してない胸を張った。
「今失礼なこと考えなかった?」
「あ、いや人並みにはあると思います」
「ふんっ!」
「うっ」
リーシアは俺にぐーぱんちをかました。
俺はその痛みに耐えながら言った。
「学園には、通うよっげほっ。
落ちこぼれかも知れないけど、リーシアが俺に期待してくれるなら」
リーシアはうつむいた。
「わたしはっ……
エノアが辛くないのなら来てほしい。エノアがいないと寂しいし、会ってることがバレるとお父様にすごい怒られるし、でも学園ならクラスメイトだから不自然じゃないし……
このままだとあのバカのパーティーに入れられそうだし……
わたしは、大精霊の言葉なんかより自分を信じたい。
エノアは勇者になる。エノアは絶対一番強いんだって。私はずっとエノアの隣にいるんだって。そう信じさせて」
「リーシア……」
「勝手だけどわがまま言ったっていいよね。幼馴染だもん」
そして俺は学園に通うことになる。
見渡す限り学園の土地。とてつもなく大きい建物が校舎。
そしていくつかの塔がありその一つ一つが見上げても先が見えない高さ。最低限のルールは学園の中において許可のないスキル、魔法の使用を禁止。
破れば退学処分とされている。
そんな学園の中に俺は足を踏み入れた。
「おやぁ? おやおやおやぁぁぁ?!」
嫌な声が遠くから聞こえてきた。
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