エルフの狩り
それから数日間リーシアとお互いうまく顔を合わせられないまま時間が過ぎていった。
話さないわけじゃない。どこかぎこちないような、以前とは変わった何かがそこにはあった。
リーシアとの間に抵抗を感じていた。
その間もリーシア達は修行を続ける。
俺はといえば魔力に対しては全く才能がないらしく、ティアナについてもらっても変化がない。
そのためみんなのサポートに回っていた。
と言っても飲み物や食べ物の差し入れ、言葉をかけるくらいのことしか出来てはいない。
そして俺は今、魔王の剣の前にいた。
ただそれを眺めていた。触れてしまうと以前のように気を失ってしまうかも知れない。
そのためただ眺めていた。
思うところはいくつもある。魔法の詠唱にかかれていない神話のこと。
そもそもグロウとは何者なのか。神話の物語は実在したという事実。
魔法を使うための補助という役割だけではない神話の真実。
もし、俺が魔王だったら、この運命にどう立ち向かうんだろうか。
なにをしようと、いや、なにもせずとも勇者候補は名を挙げるために俺を殺しに来る。
そういうことになる。
答えの出ない問題の答えをずっと考えていた。
「イナ。もし俺が魔王だったら、どうする?」
「? イナはどうもしませんよ?
イナはイナのままです。ご主人さまもご主人さまのままです。
だからイナはいつもどおりです」
「じゃあ、勇者候補が俺を殺しに来たら?」
「返り討ちにします! もしイナよりも強かったら命を賭けて守ります。
命を賭けてもだめなら、イナはご主人さまと共に」
俺はイナの頭を撫でる。
「そうか……俺はイナに生きてほしい。
だから魔王とか関係なく自分の命を優先してくれ」
「イナはご主人さまがいないなら……生きていたくありません」
あまり俺に依存するのは良くないと思うが、いやこれでいいのかも知れない。
まだイナの心に傷は残ってる。
それに俺がいることでこうして笑ってくれるのなら。
ただ俺がいなくなった時イナは、どうするんだろう。
本当に自分から命を落としてしまうんじゃないか。
そうならないようにイナはずっと俺の側にいるのかもしれない。
「ご主人さま。どうして死んでしまった時の事を考えるのですか」
「え……どうしてって」
確かにそうだ。そうならないためにがんばればいい。
それのなにが悪い。
そうなったらそうなった時に対処すればいい。
イナが一人になった時のことを考えて足踏みするくらいならそうならなければいい。
俺はイナに言った。
「多分。一度死んだから、かな。
今度は死んだ時に未練を残さないようにって。
もし、の話でこんな事考えたって仕方ないな」
「はいっ! イナは離れません。
イナは絶対にご主人さまを裏切りません。ご主人さまがイナを裏切らないから。
この幸福は死んでも手放しません!」
そう言えば初めて会った頃そんなことを言ったな。
俺は魔王の剣に触れた。
なぜ気を失ったのか。それを知る。強くなるための手がかりがほしい。気を失ってばっかりじゃ守られるしかない。
カンナ、俺だっておんぶにだっこは嫌なんだ。
覚悟を決めていた。
また不意に気を失うようなことはないようにしたい。
「あれ?」
「ご主人さま?」
「なにも、起こらないな」
ティアナがちょうどここに来たようで慌てて走ってくる。
「ちょっ! なにしてんの?!
また気を失うよ?」
「あっこれは」
俺は魔王の剣から手を離した。
気を失った原因を知りたかったと言った。
「はぁ……なら私も呼んでよ。
また看病させるつもり?」
「ごめんなさい……」
ティアナは翌日に狩りに行くから付いてくるか? という話をしに来たらしい。
俺がどこに行ったのか探していたら近くのエルフが上に登ったのを見たということでここにたどり着いたんだそうだ。
「で、どうする? 来る?」
「出来れば行きたいな。みんなの成長も見てみたいし」
「分かった! じゃあみんなには伝えておくから。
そんなに危険なものじゃないけど怪物と会う可能性はあるから気をつけてね」
「分かった」
そして翌日、俺たちは準備を整え集まっていた。
ティアナが説明を始める。
「今回は私が先導するからね。
みんなのがんばりの成果を試すっていう意味合いが強いけど狩った動物や魔獣は食べるから狩りすぎないように。
エノアのパーティーに私が同席する形で行くよ。
それじゃ狩りポイントまでついてきて」
俺たちはティアナの背中についていく。
俺はリィファに修行の成果を聞いた。
「結構使えるようにはなったのか?」
「狩りに参加出来る程度にはなりましたわ。
リーシアほどではありませんが」
「みんな頑張ってたもんな」
「それよりリーシアとなにかあったのですか?
ここ最近リーシアとエノア様の間に壁を感じるのですが」
「ちょっと、な。
悪いことじゃない。喧嘩とかじゃないから大丈夫だ。
時間が経てばまた元に戻るよ」
「そうですか……でしたらいいのですが……」
ティアナが木陰に隠れる。
集落から数キロ程度のところだ。
「着いたよ。ここの奥を魔獣のルガが通る。
一瞬だけど射抜けるはず。
リィファと私でやるからね」
俺はティアナに言った。
「今はお姫様とは言わないんだな」
「うん。今はお姫様って言うよりも友達って感覚が強くなっちゃったから。
リィファって呼ばせてもらってる」
「仲良くなったんだな」
「うん!」
「それとリィファ、服は元に戻したんだな」
「最近は慣れてきていたのですけどね。やはりその……エノア様の前、だ、と……」
どんどん声が小さくなっていってよく聞き取れなかった。
ティアナはその後、手で俺たちに静かにするようにと合図する。
ティアナはリィファと顔を見合わせると弓を出現させた。
リィファも同じように弓を出す。
ティアナはリィファに小声で言う。
「この先、六十から三百二十に向かってルガが群れをなして移動中。
後数秒で横切る。私は一体、リィファも一体だけを射抜いて」
「承知いたしましたわ」
二人とも魔力で出来た矢を出現させ弓を引く。
どどどっと鹿のような魔獣がかなり遠くの方で道を横切った。
リィファとティアナは同時に矢を射る。
それぞれルガの頭をきれいに貫通させる。さらには貫通した矢が他のルガに当たらないように消滅していた。
ティアナは言った。
「うん。リィファはもう十分だね。
狩りが出来るくらいの能力はある。一発本番でよく出来たね」
「みなさんの教えのおかげですわ」
振動音。
近くの木の上でガサガサと音がなる。
エルフ達が移動している音だ。
ティアナは言った。
「どうしてこうも毎回毎回なの?!
まだリーシアが試してないじゃん!」
俺はカンナに言った。
「あれ? カンナは……」
カンナは顔の前で両手をあわせ、人差し指をくるくると回しながら言った。
「魔素を感じられるようになったくらいでまだ……」
「慌てなくてもいいよ」
俺はそう言った。
ティアナは言う。
「この状況には慌ててね。でも冷静に。あれ? 矛盾?
まぁいいや。全員戦闘体勢!」
怪物は集落に向かって歩き続けていた。
ティアナとリィファが弓を引く。
リィファは弓に強化を施した。
「残念ながら私の矢では力にはなれませんがほんの少しでもお役に立たせてもらいますわ」
リィファは矢を射る。
怪物が見えるように木の枝を射抜く。強化した矢は周囲の枝も風圧で折っていく。
「いいよリィファ! これでよく見える!」
ティアナの矢に刻印の力が宿る。
それは怪物の目に刺さり怪物はうろたえる。
そして以前と同じように怪物は暴走を始めた。
「ァァァァァァアア!!」
怪物は空に向かって叫ぶ。
俺は耳を塞ぐ。
「しまっ。今は影が、使えない!」
するとリィファが耳を塞がず怪物を見ていた。
俺はリィファの近くまで行き大丈夫かと声をかけた。
リィファは涙を流した。
「悲しい、ですわ」
「リィ、ファ?」
弓と矢を消滅させ怪物を見ていた。
「悲しみと後悔、苦しみ、そして憎悪にまみれた天へと轟かせんとする声、ですわ」
「どうして、分かるんだ」
リィファに涙を溢れさせながら俺を見て言った。
「なぜ、でしょう」
怪物は叫び終わった後暴れ始める。
「話は後にするしかないな!」
エルフ達に援護を受けながら俺たちは逃げる。
足の速いティアナを見失わないように走りつつ木と木の間を走っていった。
前に茂みが現れてもティアナはそれを飛び越える。
俺は目の前に現れた茂みを切り裂く。
その後ろをみんなが着いてくる。
暴れ狂う怪物から逃げていた時、ティアナが立ち止まる。
「ティアナ?」
俺はそう呼びかけるとティアナはこういった。
「行って」
「どうして」
「私はループしちゃうから。
がむしゃらに逃げてたらこの森の端に来ちゃった。
寂しいけどここで死にたくないでしょ。
あー楽しかった! この思い出を抱えて後千年近くがんばろーっと!」
その言葉で俺たちは察した。
気づけば周りのエルフ達が増えていた。
まるで雨のように光の矢が怪物に刺さっていく。
それでもまだ怪物は止まらない。怪物は村ではなく進行方向を俺たちへと変えていた。
俺は考える。このさきを進めば出られるかも知れない。
そして戻る道はない。怪物と正面きって戦うことになる。
行くしか無いのだ。
俺は言った。
「こんな、もやもやした形で出たくない。
けど行くしかないみたいだな」
前を見ながら立っているティアナはこう言った。
「あはは。もしまたこれたらなにかお土産持ってきてよ。
唐揚げみたいなさ」
ティアナは子供のように泣き始める。
「やっぱり嫌だぁぁ! みんなと一緒にいたいよー!
私のばかぁぁぁ!」
俺はティアナの手を握る。
「走るぞ」
「えっ」
「もしかしたらこうして手を握って走っていれば一緒にいれるかも知れない。
そのさきが外なのか森の中なのかはわからないがな」
「なんでっ、出れるかも知れないのに」
「パーティーメンバー置いていけるかよ」
ティアナは泣きじゃくりながら走る。
リーシア達もそれに着いてくる。
そして俺たちは走り続けた。
「森の中、か」
俺はそう言った。
ティアナは泣きながら言う。
「私のせいかも……せっかく出れたかも知れないのに」
「全部済ませてからでいい。
こんな中途半端な状態でこの森を出てたまるか。
なにせこの森の謎が一つ解明されたんだからな」
「え? どういうこと?」
”解析が完了しました 世界の隔離を確認 何者かにより世界が生成されています”
何者かってのは神のことだろうな。
「一旦帰ろう。そして族長も呼んで話がある」
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