夜風
俺はイナ、ティアナと一緒に広場でくつろいでいた。
唐揚げが好評を称し、みなの夕飯が決まったところで俺たちはキッチンを出た。
そしてここで空を眺めながらぼーっとしていた。
「こんなにゆっくりしたのは久しぶりかもな」
俺はそういった。
実際ずっと戦って来ていたし、旅をしているときも魔獣に襲われることは多々あった。
気が休まるこういう時間は久しぶりな気がしていたのだ。
ティアナは俺に言う。
「いいとこでしょ。ってここしか私知らないんだけど」
「いいとこだって自覚してるのはいいと思う。
森の中だから風は気持ちいいし程よくにぎやかなのもいい。
大抵自分の住んでるところってのは魅力が分からなかったりするもんだからな」
「そうなの?」
「生まれた時から居ればな。
それが当たり前になってしまうから」
「私にとってはたしかに当たり前の一部かも。
でもここにいると満たされる。さすがに何百年もって言われると厳しいけど」
ティアナは笑いながら言った。
俺は空を見ながら魔力変換してみようかなと言った。
ティアナはそれに答える。
「いいじゃん! やってみなよ」
「それじゃちょっとやってみるかなっ!」
俺は体を勢いよく起こす。
リビアを通しながらだけど俺は魔法が使えた。
リビアの説明を聞く限り俺にはしっかりと魔力回路があるようだ。
だったら俺にだってできるはず。
「まずは魔素を意識……」
魔素の意識は得意だ。さんざん呼び寄せたからな。
魔素が充満するイメージではなく体の中に溜め込むように。
そしてそれを外に出さずに体の中で循環……
「っだぁ! だめだっ! 全部漏れていく」
「あっちゃーだめだった?」
「ま、一回失敗したくらいで諦めはしないさ。
ん? 魔力回路……
カンナは、あるのか?」
あるのならば確実と言っていいほどの可能性を秘めている。
俺だって長い時間をかければリビアを使わずとも魔法事態は使えるはず。
俺はそれを知らなかった。リビアが代わりにやってくれているから自分で出来ない。
なにせ魔法の使えない一般人ではないことになる。
それならカンナも何かのきっかけで魔法が使えるようになるんじゃないか?
リビアに聞きたいが今は解析に使ってるからな……
いち早く知りたいところだけど今はそっとしておくか。
”肯定 カンナという人間には魔力回路が存在します”
「うわっびっくりした!」
「なにっ?! びっくりしたのはこっちだよ?!
突然どうしたの!」
「あ、ああごめん」
俺はリビアに話しかける。
解析はいいのか?
”会話程度であれば問題ありません”
そうか。ならさっき言ったことは本当か?
”肯定 彼女には魔力回路が存在”
魔法を使えるようにするにはどうしたらいい?
”不明 しかし魔素の認識は必須”
魔素の意識、か。感じ取れているかどうか……
俺はリビアとの会話を終了し、夕飯を待った。
日が落ち始めた頃、エルフはそれぞれグループごとに食卓を囲んでいた。
俺たちも広場にてカンナが食事を持ってくるのを待った。
その時、リーシアとリィファが到着する。
リーシアはくたくたに疲れており椅子に座るなり机に突っ伏した。
「大丈夫かリーシア」
「魔力回路を酷使しすぎたわ……
痛い……」
そしてリィファは……
「わたくしも、ですわ」
どうやらリーシアよりリィファの方がひどいようで……
「わたくしは魔素酔いをしましたわ……
きもち、悪いですわ」
そのままリィファとリーシアは食事が来るまで休憩をしていた。
カンナが食事を運んでくると突っ伏しいる二人に気づく。
「あれっどうしたの? 大丈夫?」
リーシアが言った。
「うん、大丈夫。休憩したらよくなったから。
ちょっと魔素酔いしちゃって」
「え、それじゃ唐揚げだめだったかな。
これ油多いし、もっと気持ち悪くなっちゃうかも」
「大丈夫よ。魔素酔いよりもどっちかって言うと疲れの方が深刻だから」
リィファが言う。
「わたくしもですわ。すこし新鮮な空気を吸っただけで良くなりました」
カンナは本当に大丈夫? と言って唐揚げを机に並べた。
大丈夫と二人は言うのでカンナは次々と料理を運んでくる。
そして唐揚げの説明を始める。
「えーすでに食べ始めたイナちゃんはかわいいので置いておいてこれは唐揚げです。
私とエノアがいた日本という以前の世界の食事です。
食べすぎると胃が持たれちゃうから食べすぎないでね」
リーシアは唐揚げを口に運んだ。
「なにこれっ! さっくさく!
しかも噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出て来たわ!
この衣で閉じ込めてるのね! このまぶしてあるのは小麦粉かしら?
でも香りがいいわ。しかもこんなに厚い衣なのにこんなにサクサクしているなんて……
小麦粉をまぶしてからカリッと焼いて食べることはあるけど……
これはおいしいわ!」
リィファも同意する。
「ええ! おいしいですわ!
鶏肉にまで味が染み込んでますわ!
絶妙な塩加減っ! お料理上手ですのねカンナさん!」
カンナは照れる。
「ま、まぁ少しはねっ。
本当は醤油とかあるといいんだけど」
「醤油……? 以前この国に訪れる前に言っていた調味料のことですわよね」
「そうそう。大豆、えーっと豆を発酵させたものなんだけどこれが本当に便利でね……」
料理トークが止まらずいつ魔力回路の話をしようかと悩んでいた。
ある程度落ち着いたころ俺はカンナに言った。
「カンナ」
「ん? どうしたの?」
「カンナは魔法を使えるかもしれない」
「? それは、慰めの続き?」
「違う。俺にはリビアって言うスキルがある。
俺はこのスキルと話が出来るんだがリビアが言うにはカンナには魔力回路があるらしい。
だから何も変わらずこの世界に来たわけじゃない。
一応適応してるみたいなんだ。
もしくは元の世界でも元々魔力回路があるのかも知れないがその可能性はまず無いと思う」
「えっちょ、ちょっとまって。
私、魔素を通すための魔力回路、あるの?」
「ある」
「あはは、冗談きついよ。ぬか喜びさせちゃだめだよ?
私に魔力回路? だってなにも分からなかったし、これで嘘だったら泣いちゃうよ?
確証だって」
「ある。リビアが嘘を言ったことはない」
「じゃあもしかしたら」
「ああ。ただ魔素の意識は必ず必要らしい。
だからその練習をすればあるいは」
「そっか、じゃあ可能性はあるんだ。あるんだ……」
涙目になるカンナ。カンナはずっと自分の弱さに苦しんでいた。
以前の俺と同じように。
力不足を感じそれに対して何もできないということはもどかしくて苦しみに押しつぶされるような感覚がある。
だが今は魔法のことは一旦置いておこうと言った。
「今は唐揚げを食べよう。と言ってももう残り少ないけどな」
「そうだね。よしっ食べるぞー!」
翌日。リーシアはカンナと一緒にいた。
俺もその場に同席し、カンナの調子を見ていた。
リーシアはカンナに言う。
「じゃあここに魔素を滞在させるから触ったりしてみて?
なにか感じる?」
リーシアは手で何かを包むような動作をした。
その中に魔素を集中させていく。
「ん、んー? なにも……」
リーシアは魔素をどんどん濃くしていく。
リーシアの高い能力のおかげか魔素の密度がどんどん高くなる。
次第に俺が魔素を充満させた時と同じくらいの魔素がたまる。さらにそれを越えていく。
リーシア自身は少しつらそうだがカンナの為にがんばっているのだろう。
するとカンナは魔素を感じたのかリーシアにこう言った。
「きたっ! なんか、手が重く感じる! 動きづらいというか」
「おっけー。今は?」
俺には見えるがリーシアは手の中の魔素を薄めた。
「あ……なくなった」
「うん。でも魔素は感じ取れたわね。
じゃあこれを繰り返して感じ取れる感覚をどんどん鋭くして行きましょ」
こうしてリーシアはカンナの特訓に付き合っていた。
そして数日たったころ俺は夜遅く、寝付けないためイナを起こさないようにしてベッドから出た。
イナはすぐに気づいたが夜風にあたるだけだからと言って再び寝かせた。
こういうことが出来るようになってイナの心の傷が少しずつだけどやわらいでいると分かる。それがうれしく感じる。
昔はトイレにまでついてくる勢いだったからな。
部屋を出るとリーシアが椅子に座っていた。
「なにしてるんだリーシア」
「あれ、エノア? どうしたの?」
「俺はちょっと寝付けなくてな。
夜風にあたろうと思って」
「そっ。ここの風は気持ちいいものね」
「ああ。昔リーシアと泉の近くで遊んでたことを思い出すよ」
「あそこも風通し良かったからね。
ちなみに今は魔力に変換するための練習中。
エルフ達はこの魔力で弓と矢を構成するみたい。
練習とか魔法が使えるまでは木で作ったもので代用するんだって。
この力を使えるようになればもっと強くなれるわ」
「まさか今までもそうやってみんなが寝静まった後に練習してたのか?」
「まぁねっ! 私が最初に出来るようになればリィファに教えられるし、エノアにだって教えられるでしょ?
日中はカンナに付き合ってるから練習は出来ないし……
あっでも少しずつカンナも成長してるのよ?
私だって魔素酔いしなくなったし……
それにカンナ、ずっと悩んでたから。
力になれないって苦しいものね」
「だからつきっきりなのか?」
「パーティーだもの。出来ることはしてあげたいじゃない。
私しか出来ないことだもん。
それに私だってカンナが大好きよ」
俺はリーシアの隣に座った。
「がんばってるな。俺はここに来てなにも変われてないけど」
「そんなことないよ。みんなに気を使ってるじゃない。
今だって私の隣に座ったでしょ?」
「それはいつものことだよ」
「へへっ……えいっ」
リーシアは俺の肩に頭をのせる。
そしてゆっくりと呼吸をして話し始めた。
「実はちょっと疲れてた。でもみんなの気持ちを無下にはしたくない。
だって頑張ってるんだもん。
こうしてエノアが一緒にいてくれるだけで私はがんばれるよ。
それとね、エノア。私、ずっと考えてたんだけど、やっぱり魔王がやさしい人だったら、斬れない。
そこで斬ったら私の正義が崩れちゃう。
私はエノアの意思を尊重するけど……」
「俺も斬れないよ」
「でもそうしたらもうあの街でエノアはずっと馬鹿にされたままだよ。
いいの?」
「俺は見返したい気持ちで勇者になろうって決めたわけじゃない。
リーシアにそうあってほしいと言われたから勇者になると決めたんだ」
「……聞いてもいい?」
「長い時間こうして隣に居続けてくれたから。
それが理由」
「ふふっ。なにそれっ。
理由になってるの?」
「分からん」
「心のどこかで魔王が魔王らしくあればいいと思っちゃってる。
私最低だね」
「いいさ。それは今まで通りなんだから」
「やさしい方がいいわ」
「それでも勇者は現れる。魔王を倒すために。
そういうふうに世界が出来てしまってるんだよ」
「もしかしたら、グロウみたいな魔王が他にもいたかもね。
それを勇者が倒して」
「英雄譚になっている、か」
「それって、英雄なのかな」
「英雄だよ。人間にとっては」
「複雑」
「仕方ないさ。俺たちに知るすべはないし。そうだとしてもそれが人間としか言えない」
「あーあ。他の勇者候補はどうしてるのかしら」
「カリムはいつもどおりなんじゃないか? どこを冒険して強くなっているのか。
もしかしたら塔を攻略してるかもな。
攻略できたとしたら手強いな」
「そうね……英雄の遺産が手に入るとか、それに匹敵する力が手に入るとか言われてるものね」
「俺たちもいつか攻略しないとな」
「うん。がんばりましょ。でも今日はもう疲れちゃった。
このまま寝ていい?」
「ちゃんとベッド入んないと」
「一緒に寝よっか」
「イナがいるから」
「私のとこで」
俺はそういうことを意識してドキドキと胸が鳴る。
これは聞こえていてもおかしくはない。それぐらい胸の鼓動が大さきい。
よく見るとリーシアも顔を赤くしている。
これは……
「い、いやっ! 今は、ほらリーシアもリィファと同じ部屋だし、それに長く出てるとイナが起きてきちゃうから」
「わ、分かったわ。ほ、ほんの冗談よ?」
「わ、分かってるよ?」
「……」
「……」
俺は顔に熱がこもるのを感じた。
じゃ、じゃあと言って俺は立ち上がる。リーシアはまだ座っていた。
「リーシア?」
「これくらいならいいよね」
リーシアは椅子から立ち上がると俺の頬にキスをした。
「頬は先に取られちゃったけど、それ以外は全部私がもらうからっ」
「りっ」
リーシアは勢いをつけて椅子から立ち上がると月明かりに照らされながら言った。
「今のは、全部忘れてっ!
忘れて……」
そう言って自分の部屋に走っていった。
俺はほとぼりが冷めるまでそこに立っていた。
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喜びます。