魔王の剣
「え……」
「少しでも気が紛れるなら俺の話を聞いてほしい。
俺は転生者と言って一度死んでこの世界に来ているんだ。
死に方的にはそうだな。木よりも硬い、石みたいな大きな塊に矢のような速さで押しつぶされと思ってくれればいいよ」
「そんな死に方……」
「あるんだよ。俺たちの世界では。こうやって死ぬ人がいる。
中には自分からそうする人もいる」
「どうして……」
「わからない。ただその人にとって死んだほうがマシだって思ったんだろうな」
「ああ、それなら少し分かるかも」
「でもな、俺は殺されたんだ。ティアナは自分自身が死んだほうがマシだって思うか?」
「それは……少しは……だって!」
「死にたくないもんだよ。生き物ってのは。
でも生きるには理由が必要なんだ。そうでないとがんばれない」
「あ……」
「そう。族長の言っていたことはそういうことだよ。
生きたいやつだっている。
ここにいるエルフが生きているのは、生きていられるのはあの剣があるからだ。
変わらない世界を千年なんて長い時間生き続けるのは簡単なことじゃない。
呪いを消したきゃ全部投げ出して全員で死んでしまえばいい。
でもここまでエルフは命をつなぐことを選んだ。
希望に託して。俺の予想だけどな」
「私子供だった……自分勝手だった……バカだ。私一人の感情でものを言っちゃった」
ティアナは下を向いて落ち込んだ。
「ははっ。俺だって自分勝手だよ。
わかりもしない絶望に打ちひしがれてる女の子に説教たれてるんだ。
俺の方がずっと自分勝手だよ。
ティアナ。ティアナはやり直せるだろ?
俺は死んだからもうあの世界でやり直すことは出来ない。後悔しかできないけどティアナの自分勝手はやり直せる。
剣を取りにいこう。
それにさ。ほら! 一万年ぶりにイレギュラーだ!
俺たちがきたじゃないか! 何も変わらないはずの日常に変化が訪れたんだ。
もしかしたら神の力が長年の劣化で弱まってるのかも知れない。
もし死を選んでいたらたどり着けなかった未来だ!
本当に希望を捨てるような状況か? 違うだろ?
ほら、立ち上がって。希望を拾いに行こう」
俺はそう言ってティアナに手を差し伸ばした。
ちょっとくさいセリフを言ったもんだからすこし恥ずかしい。
でもこういう言葉の方が人間はこころに響くもんだ。
いや、エルフか。でも中身は俺たちと変わらない。
ティアナは口を開けてぽかんとしていた。
そして涙を吹くとあははっと笑い始めた。
「会った時の印象よりずっと明るいんだね!」
そういって俺の差し出した手を握った。
俺はその手を引っ張り自分の方に引き寄せティアナを立たせた。
「ああ。ティアナも会った時の印象よりずっと子供っぽくて素直じゃないか」
「あはは。おい」
ティアナは目を鋭くさせて人差し指を俺の頬にグリグリと押し付けた。
かなり強めにやるもんだから結構痛い。
そして俺たちはこの驚異的な高さを登ってきたというのに今度は降りるという苦行をすることになった。
俺はティアナに言った。
「疲れないのか? こんな高さに住居作って」
「慣れてるからね。それに君たちを見てると体の作りからして違うんだなって思うよ。
やっぱ種族が違うからかな」
「エノアでいいよ」
「そっ。じゃあエノア。そこのひらひらした服を着てる女の子は歩きづらくないの?」
「ん? ああリィファか。それはまぁリィファに聞いてくれ」
リィファは足を止めるとドレスを掴み、裾を少しあげた。
「わたっ……くしは、リィファと、もうしますわ……
ティアナさん……慣れて、おります、ので……行動する際にっ……
邪魔になるようなことは……」
「ご、ごめん。その息、整えてからでいいよ。
失礼だと思うけど結構、体力ないんだね」
「はい……」
数分の休憩をとった後。
リィファはティアナに言う。
「わたくしは、その、運動を得意としませんの。
外に出ることはあまりなく、本来は外で体力を使うような人生を歩むことはなかった存在ですわ」
「なんか親近感湧くなー……外に出れないって。
でもどうしてそんなことに?」
「出たかったという思いは元々ありませんでしたわ。
ただ、つい最近になって出たいと思いましたの。経緯は傍から見れば仕方なくということになりますが自分の意思ですわ。
実を言うとわたくしは一国の王女です。
ですからおいそれと外に出るわけにもいかず……」
「えっっ! お姫様!?」
「っっ! は、はい」
ティアナはリィファの両肩を掴んで言った。
「本物だぁぁぁ! そっかぁリィファはお姫様なんだ……
すごいきれいな服着てるもんね」
「え、ええ。ただこの冒険というものをしてからどうしても汚れてしまいましたが」
「後で洗ってあげるよ。手洗いだからこの波うってる布? とかも大丈夫だと思う。多分」
「ほんとうですの? それならうれしいですわ!
魔法で土埃などは落としているのですけれどその、血とか……」
「エルフの石鹸使えばそれくらい簡単に取れるよ!
その間は私と同じ服を着てもらうことになると思うけど……」
「同じ、服、ですの?」
エルフの服はシンプルなもの且つ布面積の少ない服だ。
普段ドレスで体のほとんとを隠すようなリィファには恥ずかしいものかも知れない。
実際俺も目のやり場にこまるような露出具合で困っていた。
ティアナは返答に困っているリィファを覗き込むようにして言った。
「いや?」
「いや……と、言いますか……その、肌の露出が多いといいますか」
「えー普通だってー。ってそっか。私の普通ってエルフでしかないんだった……」
「大丈夫ですわ……着ますわ!!」
「ほんとっ?! やったー!」
「それにしても……
どうしてそんなに王女であることに驚くのですか?」
「だって私達の中じゃお姫様って童話の世界の登場人物だからね。
女の子達の憧れなんだよー?」
「そうでしたの……通りで……」
俺はカンナに言った。
「俺たちでいうここの世界みたいなもんだな。
ファンタジーだ」
「そうねー。って言っても私達だってお姫様なんて一般人には到底会うことの出来ない存在じゃない?」
「ああ……たしかにな」
「ああって……」
「いやほら、俺一度転生して赤ん坊からやり直してるし、貴族だったから」
「おわっ……マウントとってる? お? 貴族マウントか?」
「とってないとってない!」
ティアナはカンナに言った。
「そこのおねーちゃんは? 変わった服来てるけど」
「私? 私はカンナ。私もエノアと一緒で異世界の人間よ。
これはセーラー服っていうレアアイテムよ!
私は死なずにこっちに着たから転移ってことになるかな」
「異世界ってお姫様いるの?」
「いるわよー。会えないけど。
あーでも魔法はないわね」
「なにそれ不便!」
「ちっちっちー。科学というものがあるのだよ!
魔法の詠唱を必要とせずスイッチひとつで洗濯できるし火もつけられる!
一度に何千人も運べるし空も飛べちゃうんだから!」
「おおおお!」
ティアナのテンションはあがりっぱなしだった。
当然といえば当然か。ティアナにとっては全て新鮮な話だから。
ティアナの質問攻めにあいながら俺たちは最初の広場にまで戻ってきた。
ここでカンナとリィファはダウン。
カンナは椅子に座りながら言った。
「ごめん……私らここでリタイアだわ……
もう一歩も歩けない」
「そうか……じゃあがんばれよ」
「は? 何いってんのエノア……
……ああなるほど。ヘルプミーティアナ」
続々とエルフ達が集まってくる。
俺たちはそれをほったらかしてあるき始めた。
「おい!! ちょっと! ごめんって! あのぉぉぉ!!」
カンナの叫び声に対応する元気は俺にはもうなかった。
リーシアも結構足に来てるらしい。
俺たちは木を降り剣が落ちているであろう場所に向かう。
ティアナは言った。
「ねぇ……なんで旅してるの?」
「ッッ! それは……」
俺は突然の質問にうろたえる。
それに対してリーシアはすぱっと答えた。
「魔王を倒すため」
「え、今……なんて」
「魔王を倒すためよ……今は」
「なんで魔王を、倒すの?」
「それが世界のためだから。かしらね」
「どうして魔王を倒すのが」
「魔王がいるとね。たくさんの人々が苦しむの。だから倒す。
そう思ってたのよ。ただ族長の話を聞いて実は複雑な気持ちよ。
私の中では絶対的な悪だったわ。と言っても私達が倒すのは初代魔王ではないからエルフにはなんの関係もないわ。
そして勇者になると栄誉が与えられる。
英雄になるのよ。
だからこそ私とエノアにとっては、複雑なのよ。
実際に過去の魔王は人々を苦しめた。なら倒すべき? じゃあ魔王が助けてるものがあったら? なら苦しむ人々をほっておく?
私の今の決断は倒すべき、よ。
ただ……魔王を前にして素直に剣を触れるかと言われれば難しいわね。
でも魔王を倒さなきゃ勇者にはなれない。
そうならなきゃエノアは……報われないわ」
「わかんない……わかんないよ。
なんの、話をしてるの?」
俺はリーシアの肩に手をおいた。
「ここからは俺が話すよ。
俺は勇者になるべくこの世界に生まれたんだ。
ティアナ達エルフが神の責務を果たすために生まれたように俺は勇者になるはずだった。
今ティアナ達がしている事が、もし、悪なのかも知れないとしたら……
どうする? 同じ状況だ。
でも俺は勇者としての資格がなくなった。迫害を受けて名誉が地に落ちた。
だけど勇者になるとリーシアと約束したんだ。勇者の資格を失う前から。
昔からのリーシアの思いだったから俺はその約束を守るために生きてる。
旅をして魔王を倒す。
まずは、そうだな。よく知ってもらうために包み隠さず世界がどうなっているのか。
そして魔王と勇者の関係を話すよ」
俺はティアナに今の魔王という存在の事情と勇者という存在の事情を話した。
ティアナはそれを静かに聞いていた。
俺は最後にティアナに言った。
「だから複雑なんだ。俺たちにとって魔王とは完全なる悪だったから。
けど俺は魔王を倒す。そして勇者になる。
それが自分がするべきことだと思ってる。
もし、もしだが……魔王が人に危害を加えないのだとしたら……
その時は…………」
俺は黙ってしまった。
そして続けた。
「すまん。やっぱりわからない。
想像がつかないんだ。俺は……
あいつらを見返したという気持ちも、リーシアの昔からの期待に応えたい気持ちもある。
勇者になれなかったら俺はこの世界で……
でも、ああああ! わからん!!」
ティアナは言った。
「エノアが私じゃわからないような苦痛を味わってきたのは分かったよ。
みんな抱えてるんだ。
その、私も正しさってのがよくわかんないや。
難しいねっ正義って」
「そうだなー……その時にしかわからないのかも」
「だって魔王は全部同じ人じゃないってことでしょ。
だったら今考えたって答えは出ないよ。
知らないんだから」
「……そうだな。
考えても仕方ないな。そもそも魔王を倒せるほど俺は強くない!
魔王を倒せるくらい強くならなきゃな! そうでないと選択肢すらない!」
「そうだそうだ! で、魔王ってどれくらい強いの?」
「あー一説には終焉魔法でも倒すことが出来ないと言われているらしい」
「終焉魔法?」
「なんだ知らないのか? それはなー」
話しているうちに俺たちは剣が落ちている場所にたどり着いた。
俺は剣を見つけて言った。
「おお。結構遠くにあったな。
やっぱ高さがあった分距離が出たんだな」
「ガァァァァァァァ!!」
その叫び声に俺は身構える。
リーシアもティアナもイナも武器を手に取る。
走ってくる怪物にエルフ達が立ち向かう。
エルフ達は俺たちにいった。
「ここは私達で大丈夫だから先に戻ってなさい!」
俺は分かったと返事をして魔王の剣を掴んだ。
”解析を中止 魔力の逆流を防ぎます”
「エノア? どうしたのエノア?! 怪物が来てるわよ!
早くっ……」
「リーシアだっけ? エノアどうしたの? 固まっちゃったけど!」
「わかんないわ! どうして……」
「大丈夫だろうけど安全な場所に……」
”魔力の逆流に対処しました 入り込んだ魔力の排除を行います”
「ちょ、ティアナ! 来てる! 来てるわよ!?」
「どうしてっ! いつもなら素直に引き返すのに!」
「まって、急に、おとなしくなったわよ?」
「え? 本当だ……なんで……こっちを見てる?」
俺は怪物を見た。怪物は俺の目を見て後ろにたじろいだ。
「ァァァ……グ……ロゥ……グロ……ゥ、ァァァァアアアアアア!!」
そして俺は気を失った。
怪物はその後退けたとティアナから聞いた。
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