エルフ
口々に聞こえる動揺の声。
「なんでここにエルフ以外の種族が……」
「耳が、尖ってないわ……」
「獣人がいるぞ……!」
「大丈夫なのかしら」
もし本当に一万年も誰も来ていないというのならここまで動揺するのも頷ける。
ティアナにここで待ってるように伝えられた。
その場所には広めのスペースがあり、いくつもの椅子がきれいに置かれている。
そして前には長椅子が一つ置かれていておそらくここに族長が座るのだろうと想像していた。
「またせたの」
声の主は俺たちの後ろから聞こえてきた。
腰の曲がったエルフのおじいさんが杖を使いながら歩いてくる。
「族長のマカじゃ」
そういって想像していた通り前の長椅子に座る。
そして腰掛けた後はパイプタバコを腰のポケットから取り出した。
魔法で作った少量の火を使いパイプの上に滞在させタバコに火をつけた。
「すー……はぁ…………
よく来たのー……どうやって来たんじゃ」
俺は聞かれたことに対してこう言った。
「まぁ想像していた通りの第一声だった」
「はっは! げほっ」
煙を多く吸い込んでしまったようだ。
族長の問いに俺はティアナに言ったように自分達でもわからないといった。
すると族長はパイプタバコを吸いながら少し考え俺たちに言った。
「誰も来れないはずなんじゃよ。
魔王以外は」
「魔王……だって?」
「その話は後で詳しくするとしよう。
この森には誰も近づくことは出来ん。そして我々エルフも出ることができない。
あの怪物ですらその森から出ることはかなわん。
ここは神の作った領域だからじゃ。
出れないんじゃよ。
そうじゃな……ティアナにもそろそろこの話をせねばなるまい」
ティアナは席を外そうとしていたが族長が呼び止めた。
「我々エルフは代々この森を守ってきたんじゃ。
わしも聞いた話にはなってしまうがの、神代と呼ばれた時代にある怪物がこの森に現れた。そしてその怪物を神が拘束したのじゃ。
そしてその怪物を処刑するまで見張っていてほしいと神に頼まれた」
族長は後ろを向き、服をまくりあげ背中を見せた。
「ほれ、ここに見えるじゃろ?」
「これは……ティアナと同じ……」
俺は出会った頃にティアナが見せてくれた刻印を思い出していた。
「そうじゃ。これは神の刻印」
族長はまくりあげた服をおろし再び前を向いた。
「この神の刻印の力は偉大じゃった。
お主らは見たのか? あの光る矢を」
俺は返事をする。
「ああ。一度消えた後にさらに衝撃を放つすごい威力の矢だった」
「あれは神に与えられたものなんじゃよ。
神代に魔王が現れたが我々の祖先は魔王に手出しはせんかった。それが神のお告げだったからじゃ。
そして怪物は枷を外されこの森を破壊した。
エルフも同様深いキズを追った。その後魔王はこの森から立ち去った」
「立ち去った? なにもせずにか?」
「ついてきなさい」
族長は立ち上がるとこの木の頂上まで登っていった。
そして当然俺たちも歩くことになる。
疲れが溜まったからだにこの高さは酷だった。
もっとも疲れを出していたのがカンナとリィファだった。
俺とリーシアは訓練を積んでいるしイナは獣人であるがゆえに一日中あるき続けても平気でいる。
その分食べるが。
歩いている様子を見ていると先程のダメージは残ってないようだ。
くたくたになりながら頂上に着くとそこには一本の剣が置かれていた。
俺は聞いた。
「この剣は? なぜこんなところに無造作に置かれているんだ?
雨でも降ったら錆びるんじゃ」
「降らんよ」
族長はそう答えた。
「それは高さ的な意味でか?」
「ここに雨は降らないんじゃよ。一万年の間一度もこの集落に雨が降ったことはない」
「まてまて! それじゃこの木はどうやってここまで成長を」
「しとらんよ」
「は?」
「この木は、いや、この森全体がずっと一万年同じ状態なんじゃよ」
「理解が及ばなくてすまない。なにを言ってるのか俺には」
「この森は元の状態に戻るようになっとる。
幸い川が流れているおかげで飲み水には困らん。
動物や魔物も同じ日に同じ場所に現れる。
この森は隔離されとるんじゃ。ずっと一万年変わらないままわしらだけが時間というものに触れておる。
あの怪物もまた時間を感じておるがの。じゃがどんなに傷つこうと一瞬で回復してしまう手前真相は分からんがな」
「それは……神の仕業、なのか」
「神の加護と言うものもいるがわしは呪いじゃと思うね。
ただ神に任された仕事をするためだけの種族となってしまった」
「ああ。俺からすればそんなのは……呪いだ」
「外の世界を知ってるお前さんからすれば特にそう感じるじゃろうな。
ただ最初からこの世界の中でしか生きてないわしらはお前さんの思うほど苦痛ではないよ。食べるものに困らんしの。
じゃがまぁ……外の世界は見てみたいのぉ」
「……」
リビア。
”応答”
この結界について分かるか。
”困難 解析に数日の時間を要します 解析の結果が解析不能の可能性もあります”
お願いできないか? 俺の自己満足だがなにか分かるなら知りたい。
そして助けられるなら……
”了承 解析の開始を行います その間影の使用は不可です”
分かった。
「かっかっか! わしの未練などどうでもよいの。
さてこの剣について話すとしようかの。
これは魔王の置いていった剣じゃ。
正真正銘の魔王の剣じゃよ」
「なっっ! これが魔王の、剣?
もっとこう大きいのを想像していたんだが」
「そりゃそうじゃ。
この剣は最初の魔王、グロウの剣じゃよ」
「最初の魔王ってグロウだったのか!?」
「なんじゃ知らんかったのか」
「罪人としか……はるか昔で最初の魔王なんて知るよしもなかったよ。
そんな昔の話、今には伝わってないからな。しいていえば神代の話だが魔王だとは知らなかった。俺の勉強不足の可能性もあるが……」
「わしが知っておる話にはなるが……
神から逃げおおせたグロウは魔王となったのじゃ。
じゃがあくまで神話じゃ。わしらの中でも一万年も前の話なんじゃよ。
正しいとは限らんよ」
「たが、これは魔王の剣なんだろ」
「そう言われておるな」
「どうして、確証もないのに……」
「これは希望なんじゃよ」
「希望?」
「これもまたあくまで言い伝えでしかない。
魔王はこの世界を立ち去るときわしらエルフを助けるといったのじゃ。
必ずこの森から出すと。
そしてこの剣を置いてった。それはなぜか?
入れないはずのこの森に再び入るための目印として自分の魔力を注ぎ込んだこの剣を置いていったのじゃ」
「そうか……
じゃあここに置き続けてるのは」
「本当はもうみんな気づいておる。
自分達の運命に。宿命に。
魔王はもう来ない。それでもわしらはここに剣を置いておくのじゃ。
二度と外に出ることはないとしてもな。
子供達には外の世界があることは話しておる。いつか出れるということも。
それは、残酷なことかもしれんがわしらは知って、知り続けて、紡ぎ続けていかなければならないことだと感じておるのだよ。
魔王という存在が残していった言葉を一万年。そしてまたこの先もずっと、かもしれん。
あの怪物もまた魔王を待ち焦がれているのかも知れんな」
「……」
俺は……魔王を……
リーシアが俺の手を握る。
「リーシア……」
族長は続ける。
「わしらは普通に死ぬんじゃよ。
この森と違って。じゃからこの集落は守らねばならん。
怪物を追い返しこの剣も守る。
そして怪物が禁止区域に近づいた時もわしらは矢を放つ」
「なぁ、その禁止区域ってのはなんなんだ?」
「分からんの。じゃがその区域にあの怪物が近づくと刻印がうずくのじゃ。
一万年の間わしらはずっとその刻印に従ってきたんじゃよ。
それが神の責務じゃ」
「神の……責務。
外には出ようとしたのか?」
「だめじゃった。
わしらはこの森を熟知しておる。
この森の端も知っておる。その端に向かって歩いても気づけば反対側の森に出るんじゃよ。
西の端を始まりとして東の端の終わり。
つまりは東の端をあるき続けると西の端から森に入ることになるんじゃ。
一直線にあるき続けることが出来てしまうということじゃな。
じゃが入ってきたお主らならあるいは……
まぁ当分ゆっくりしていきなさい。ここにいれば怪物はわしらが対処する。
落ち着いたらこの森を出るといい。保証は出来ないがの」
「いいのか? 受け入れてくれるのならお言葉に甘えたいが」
「構わん構わん。
村の者も楽しかろうて」
ティアナは叫んだ。
「嘘つき!」
ティアナはそのまま手を震わせ、下を向きながら続けて言った。
「外から入ってくることは出来ないのは知ってた。
でもいつか外に出れるって。言ってたじゃん!
じゃあわたしは死ぬまで怪物の相手をして死ぬの?
エルフの寿命なんて千年以上あるんだよ?!
そんなの……わたしはっ、だって、十六歳よ……
後九百八十四年あるんだよ? そんなのってないよ……
ねぇ魔王は生きてるんでしょ? 絶対来るんだよね!」
ティアナは俺の服を掴んで言った。
俺は目を逸した。それを見たティアナは察してしまったようだ。
「っ……そっか。いないんだ魔王。
じゃあこんな剣もういらないよ。だって来ないんだ。
私はもうずっとこの森で千年生き続けるしか無い!
希望なんかじゃない! ただ私に絶望を植え付けただけの剣だ!!」
ティアナは走り出した。その剣を持って外に投げ捨てた。
「ティアナ!!」
族長はそう叫んでティアナの頬を叩いた。
「痛ッ……」
「ティアナよ。全員同じじゃよ。
みんな外を見たい。その上で自分の運命を受け入れておる。
しかしあの剣はそれでも希望をつくる。希望にしがみつくことのできるものじゃ。
唯一我々が前を向ける宝なんじゃよ。
自分で拾って来なさい。反省するがいい」
「ごめん、なさい……」
ティアナはその場にうずくまり泣いていた。
俺はティアナを責められなかった。それどころか俺は魔王を倒して勇者になろうとしてる人間で……
俺はなんて声をかけたらいいのか分からなかった。
ティアナがこの先の人生から生きる意味を失わされた瞬間に立ち会ったのだ。
自分から行動するのは怖い。でも俺は行動を起こした。
俺はティアナの隣に座った。
「俺には、ティアナの絶望は想像が出来ない」
なにせ千年だ。その事実を突きつけられたのだ。
ティアナはそっぽを向いたまま俺に言った。
「慰めなんかいらない」
「俺は一度死んだんだ」
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