英雄の旅立ち
体も完全に回復し、俺はイナを連れて街に出ていた。
今回の功績においてカラムスタ王国から報酬金が支払われたのだ。
そこで世話になったガルスの両親の宿に宿代をお礼として渡そうとしていた。
街を歩いていると様々な人に声をかけられる。
謝るもの、お礼をいうもの、自分のところで扱っている商品を渡してくるもの。
こうしていると、昔を思い出す。
今となってはいい思い出ではないが……
まぁ今回はいい思い出として残るだろう。
この扱いは自分達で得たものだ。今までは誰かに与えられ、期待され、それが偽りだったことから失ったもの。
これは、失われない評価だ。
俺は街の人と会話をしながら宿につく。
「こんにちは」
「あらーどうされました?
なにか御用でしょうか? 英雄さん」
「そ、その呼び方はやめてくれ。なんか恥ずかしいからな」
「ふふ。ガルス共々お世話になりました。
大したお礼も出来ずに……」
「それはこっちのセリフだよ。それでこれ」
「こちらは?」
「お礼だ。随分いい思いさせてもらったからな」
「いえいえ、受け取れません。
本来客人に対する無礼の元、謝罪の意を込めての行為だったのすから。
私共もみなさんに泊まっていただいたおかげで不安もなくなりました。
みなさんがよろこんでくださるものですから」
「そうはいかない。元々払うつもりだったんだ」
「結構です。もう十分なのですよ。
立て直してから最初に泊まったお人が英雄となったんです。
自然とお客さんも入ります。
それだけで十分なのです。
ですからお気持ちだけということでお願いできないでしょうか?」
「く……引き下がらないな」
「商人の国ですから」
「負けたよ。分かった。ただ次から宿泊するときはお金置いていくからな」
「はい。その時はこの宿のお客としておもてなしさせてもらいます」
俺はお礼を言った後、表に出た。
騒がしさがある。
その騒動を察していたのかリーシア達も合流する。
「エノア!」
「リーシア。この騒ぎはなんだ?」
「よく分かってないけど、その……
あいつが来てるみたい」
「……はぁ」
俺とリーシアはお互いの顔を見合わせた後、ため息をこぼす。
人だかりの横から顔を少しだけだし、ちらっと騒ぎの中心を見る。
本当にカリムがいたのだ。
それに騒いでいる。
「ここにエノアがいるのだろう?!
どこにいる!」
商人の男性が前に出る。
「まずは要件を聞こうじゃないか」
「なんだ貴様は! 私は王子だぞ? どこの国か教えてやろうか?」
「関係ないね。要件を言ってくれ。話はそれからだ。
あんたこの前来た兵士の仲間だろ」
「やつは私の部下だ。
なら分かっているだろう。私の要件はひとつ。
私はエノアをひっ捕らえに来たのだ!
やつは大罪人だからな!」
「じゃあなにも言うことはない。
帰ってくれ」
カリムは剣の鞘に手をのせる。
「無礼極まりないな」
「そっちがな。
彼は英雄だ。この国は彼につく。
この国において彼は罪人じゃない。英雄だ」
「英雄? あいつが?
ははっあははは! 凡人であるあいつが英雄になどなれるものか!」
「だったら目の前をちゃんと見てみろよ。
ほら、あんたの前に立ちはだかってるのはなんだ」
カリムは鞘から剣を抜く。
「戯言はいい。エノアをだせ」
「断る」
その言葉と同時にカリムは剣を振るう。
その剣をガルスが受け止める。
ガルスはカリムに対して言った。
「本来客人に対してこの態度は失礼だが、この国の英雄に対する侮辱をするものは客人ではない。罪人である。よって私がお相手しよう」
「貴様……隊長だな。どの部隊だかは知らないが勇者候補を相手取る自信はあるか?」
「英雄を守るためならば」
「くっ……エノア、エノアエノアエノア!!
どうしてやつばかり……やっと私が認められたというのに……
お前ら!!」
その掛け声と共にカリムのパーティーが構えを取る。
カリムを含めて五人。俺と同じパーティー人数だ。
「二四二! 三五!」
ガルスはそう叫ぶ。
カリムはガルスに斬りかかる。
剣を弾く音が聞こえる。
「な、なんだ!」
カリムは自分の剣がガルスに届かないことを知る。
「なんだこの、これは、障壁か?!」
ガルスは剣を仕舞い話始める。
「引き返す方には障壁は張られていない。
破壊するのは結構だが、これは英雄の遺産の効果だ。
私達は守らねばならない。
この国の英雄が世界に認知される真の英雄となるまで。
それが女王の意だ」
女王の、意?
アイリス……そんなことを、ガルスに言ったのか。
期待してくれているのか。俺が魔王を倒し、かの英雄となることを。
勇者候補でもない俺が、本当に英雄になれると? 自分の立場を理解した上で他国からも守ると? 俺が英雄になると……本気で……
なんだ、涙が、出そうになってきた。目頭が熱くなってきた。
「女王だと! くそ、この国全体がやつの味方か!」
俺は目に浮かべた涙を拭き、大声を上げる。
「ガルス! 俺はこの国を出る! 魔王を倒すためにだ!」
この国にいればまたカリムは来る。
だから俺がこの国からいなくなることをやつにも知ってもらう。
ガルスは言った。
「我々は信じて待つ!」
そう言った途端、街の人達が声を上げ大いに盛り上がる。
カリムはその様子を見て信じられないといった様子だった。
去る瞬間、カリムと目があった。
「……エノア!」
「カリム……」
俺はカリムを横目にリーシア達と王城へと向かった。
リーシアは俺に言う。
「どこか行く宛は?」
「ない。ま、そんなもんだろ。旅なんて」
「……うん」
俺は王城へ着くと荷物を持った。
そして謁見の間に顔を見せる。
そこにはアイリスが立っていた。
「私は、この国を離れることが出来ません。
だから、待つしか無いんです。
お返事待ってますから。必ず生きて戻ってきてくださいね。
約束、ですよ」
アイリスはすでに察していたらしい。
「ああ。勇者の看板引っさげて帰ってくるよ」
アイリスは俺のもとに駆け寄り抱きつく。
数秒の間アイリスのぬくもりと押しつぶされた胸の感触がする。
そして踵をを上げ、顔を俺に向ける。
俺の頬にキスをした。
「行ってらっしゃい」
「っ、い、いってきます」
涙を浮かべ、アイリスは笑う。
「「なっっっっ」」
リーシア達は驚きの声を上げ詰め寄る。
リーシアはアイリスに言った。
「ちょ、ちょっと! 抜け駆けじゃないの?!」
「したもん勝ちでーす」
アイリスはあははっ、と無邪気に笑い寂しそうな顔をした。
「みなさんお元気で」
膨れていたリーシアも微笑み言った。
「この件については次帰ってきた時に問い詰めるから」
「ふふ、待ってます」
俺たちはカリムたちとは反対方向へ国を出た。
何も考えずにただ道なりを歩いていく。
リーシアは俺に聞く。
「ちょっと寂しいんでしょ。いつもよりさらにおとなしいもんね」
「まぁ、な」
「好きなの? 彼女のこと」
「い、いや! あー……と」
「考えてないのね。別に私は? 一夫多妻でもいいとは思うよ?
あくまでアイリスの提案としてね?
でも、まずはほら、ちゃんと一番愛すると決めた人をね?
その、正妻はせめて……」
リーシアは黙る。
カンナが小声で俺に言う。
「リーシアって以外と純情なのね。
もっとこう、積極的だと思ってた」
俺も小声返す。
「純情と言えばそうかも知れないな。
ただ無意識なボディタッチは多いな。
それとよくからかわれる。川で鮭みたいな魔獣が出たときとか」
「いやあんたそれ、無意識じゃなくてってラノベ主人公か!
リーシアは積極的といえば積極的だけど肝心なところで奥手なんだねー……
私が言うわけにもいかないし……
実際恋愛的にはどう考えてんの? 自分自身のこととかさ」
「そ、そんなこと言われたって考えてない!
ずっとそれどころじゃなかったんだ……」
「逆ギレしないでよ! この鈍感主人公!」
「なんのことだ! 怒ってなんかないぞ!」
「ごほん!!」
リーシアが咳払いをする。
「仲、いいのね」
カンナが両手を前に出し、その手を振りながら否定する。
「ま、まってまって。違うって。そういうんじゃないから!
ただ同郷なだけあってちょっと話が盛り上がると言うか」
「ふーん……」
ジトーっとリーシアはカンナを見る。
その後、リィファが話し始める。
「わたくしは、その、エノア様なら、いいかも知れません」
「「はっ?」」
沈黙と衝撃の後、俺たちは森深くで遭難した。
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喜びます。