王女
目を覚ますと後頭部にやわらかい感触がある。
「ん、あれ」
俺は状況を確認しようとあたりを見回した。
「アイリス?!」
上を向いている自分の視線の先にアイリスがいた。
なにごとかと思い、つい声が大きくなってしまった。
「目が冷めましたか?」
「あ、ああ、うん目はぱっちり覚めたけども」
俺は体を起こそうとした瞬間。全身に力が入らないことに気がついた。
「あれ、体が、まってくれどうなったんだ。
たしか司祭が魔素を充満させてそれから……だめだ覚えてない」
「私もそこから先は覚えていません。
私は一番最初に目を覚ましました。
パンドラキューブは起動されておらず、きっとエノアがなんとかしてくれたんだと思いました。
操られていたお父様の遺体とアンデットの主が動かなくなっているのを見て、事態が収束したことを知りました。
ありがとうございます」
「いや、覚えてないんだ。
後で他のみんなにも聞いてみてくれないか?」
「わかりました」
「司祭は」
「殺しました。
ただ、正気を失っていました。
あの魔素のせいなのか、それともなにか別のなにかに怯えていたのか。
私は剣を向け、お父様を殺害したこと、反逆を起こしたことを罪状として口に出しました。司祭はただ怯え、何も語ることはありませんでした。
ただ”お許しください”と、私に向けられたものではないような感覚を覚えましたが関係ありません。
私はそのまま司祭の胸に剣を当て、押し込みました」
「そうか。じゃあほんとに全部終わったんだな」
「はい。エノアのおかげ……です。
ほん、とに……あ、ありが」
顔の上にアイリスの涙がぽたぽたと落ちてくる。
気が抜けたのだろう。もう泣いてもいい。
「ごめんなさい。こんな、最後まで王として、でも……
いろんなものを失って……
お父様もお母様も他にも侍女や兵士の方も」
俺は動かない腕を無理やり動かす。
動かせているのかどうか全くわからない。力が入っていないのに動いているようなそんな感覚だった。
そしてアイリスの頬に手を置いた。
「よく、がんばったな。もう泣いてもいいんだよ」
アイリスは緊張の糸が一気に途切れ、子供のように泣く。
自分から溢れ出る涙をこぼさないように必死に両手で顔を抑える。
そして泣き声が止み、落ち着いてきたころアイリスは聞いた。
「エノア、と呼び捨てしたままですが、いいんですか?」
「はは、いいよ。呼び捨てにしながら丁寧な口調だと、ちょっとおもしろいな」
「からかわないでください……」
「ごめんごめん」
「エノアのおかげで自分がどうするべきなのか、しっかり見えました。
私はこの国の王として正式に即位します。
お父様の守った国を今度は私が守ります」
「そうするといい」
「エノアは、なぜこの国に?」
「そうだな、貶められた。が一番わかりやすいかな。
国を追い出されたんだよ。そして逃げてきたんだ」
「そうでしたか」
「でも悪いことばかりじゃない。敗走ってわけでもないさ」
「そうなんですか?」
「ああ。もともと国を出るつもりだったのさ。
途中諦めようとしていたけど自分がやるべきことをやる。
自分が何をなそうとしてるのか、はっきりと分かってる。
アイリスと一緒だよ。やりたいことがある」
「お聞きしても?」
「もちろん。
俺は勇者になる。
そのために国を出て、強くなって現れた魔王を討伐する」
「エノアならできます。かっこいいですよ。
夢を語るエノアはかっこいいです」
「あ、ありがとう。なんか照れるな」
リィファが目を覚ます。
「な、なな、どういう状況ですの?!」
経緯を説明。
「そうでしたか。体が全く動かないんですのね。
もうすべて、終わりを迎えたのですね」
リィファはパンドラキューブを見ながら続けた。
「英雄の遺産。終焉魔法をいくつも放つことができるなんて、とんでもない代物ですわ。
……はー……うー……」
「リィファ?」
「役立たずでしたわ!」
「うおっ。びっくりした」
リィファは勢いよく言った。
「リーシアもエノア様もほんとかっこよくて、つよくて羨ましいと感じましたわ。
弱い自分が情けないですわ……
イナさんも大活躍でしたし、カンナさんに至っては異世界の知識を存分に使い、特殊なアンデットに対抗しておりましたわ。
それにくらべわたくしは」
「頑張ってたじゃないか。一度も守られてなかった。
自分の立ち位置をしっかりと理解してリーシアをサポートしてたろ?
息ピッタリだったから俺はリィファに嫉妬してたんだからな」
「えっ、そう、なのですか?」
「ああ。だからそう悲観するな」
リィファはもじもじとおとなしくなる。
リーシアも起きてくる。
「なにごと?!」
「だよなー……」
俺はリィファに言ったのと同じように状況を説明する。
「じゃあ全部解決かー。守れたんだね、この国を」
「ああ。全部、とは言い切れないがな」
リーシアは亡くなった国王の方を見ながら言った。
「うん……もっと強くならないとね」
「ああ」
イナは起き上がると何を言うでもなく体を起こす。
そして四つん這いになりてくてくと俺の方に歩いてくる。
「イナ、大丈夫か?」
イナは何も言わず寝ている俺の上まで来るとそのまま力を抜いた。
俺の上にのっかり、息を整えていた。
「イナ、何があったか覚えてるか?」
「覚えて、ません。自分が自分じゃなくなるような感覚に襲われた後の記憶がありません」
「そうか……」
イナはそのまま寝息を立てる。
リーシアが心配そうに見つめる。
「イナちゃん大丈夫なの?」
「んー多分魔素切れじゃないかな。俺もなぜかあれだけの魔素に包まれてたのに魔素がからっからなんだ」
リビア、なにがあったのか。お前は知ってるのか?
”全て記憶”
教えてくれ、何があった。
”拒否 権限がありません”
またか。なんだ権限って。俺のか? それとも別の誰かか持つものか?
お前は一体なんなんだ。
”答えられません”
いつか俺がそれを知ることはあるのか。
”あります”
あるのか。なら今は時期じゃない。もしくは知る権利がないってことだな。
ったく。もやもやする。
誰なんだ。リビアの上に位置する権限を与えている存在とは。
最後にカンナが目を覚ます。
「オー……ナニガアッタ」
「いやなんでカタコト?」
「びっくりもするよ。目を覚ましたらアイリスさんがエノアを膝枕してそのエノアの上ではイナちゃんが寝てるんだもん」
あー。確かに普通の状況ではないな。
そして俺とイナはリーシアとカンナに肩を借りてアイリスの案内する部屋に移動した。
その間、全ての討伐を済ませたガルスたちが城に残った動かないアンデットの処理を行った。
俺は動けないため全部聞いただけだがあのあと街は大変だったらしい。
アンデットと言えどそれは人間の死体だ。
死体に耐性のないものは家を出れず、そうじゃない人間でも腐敗した人間を運ぶのは苦労したらしい。
ただギルドが仕事として冒険者へ積極的に依頼を回したおかげで死体の件は順調のようだ。
アンデットの軍団の襲撃に対する街の人の被害はなんとゼロ。ガルス達の迅速な兵士の配備のおかげだ。
それから被害を受けた国の建物の修復には時間がかかるようだ。
これから国をあげて復興していくとのことだ。
今街では俺たちを国を守った英雄として持ち上げられているらしい。
城の前で謝罪させてほしいと何人もの人が来てるんだとか。
司祭の反逆から数日間、俺はほとんど動けず寝たきりだった。
イナはリィファから魔素を与えられながら看病されて元気になっていた。
そして隣に今、イナはいない。
そう。俺から離れることができるようになったのだ。
ただしその間は他の仲間が俺と一緒にいないとだめらしく、今俺と一緒にいるのはリーシアだ。
それとイナが俺から離れるときはイナ自身も信頼している誰かと一緒にいなければいけないらしい。
イナはカンナとリィファと一緒に街に出てるようだ。
うれしい限りだ。自分で行動できるようになったとは。
別に寂しくは、いや寂しいかな。
と言ってもほとんど一緒にいるのだ。ただいつか自分から離れていくかも知れないと思うと漠然とした恐怖に襲われることもある。
一週間ほどたって体が動くようになってきたころ、アイリスが顔を見せる。
「どうしたアイリス。なにかようか?」
「はい。街も出歩けるようになり、城の中も落ち着きを取り戻しました。
なので私は国王として即位します。
その準備はもうすでに済ませているのですけどね。
即位式が明日行われることを伝えに参りました。
来て、いただけますか?」
「ああ。当然だ」
「その、もう一つだけ……
国民に姿を見せ、国王に即位したことを国民に宣言するのですが……
そこに一緒にきていただけませんか?」
「別に構わないが……」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
不安だったのだろうか。俺なんかで支えになるなら力になってやりたい。
そして翌日俺たちはアイリスと食卓を囲んでいた。
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