ゾンビパニック ニ
日が暮れてきた頃、俺は目を覚ました。
「あーそう言えば力尽きて寝ちゃったのか」
いつものようにイナは俺の隣でぐっすりと寝ていた。
イナの頭に手を乗せ、軽く撫でた後、上体を起こす。
夕日が差しこんで穏やかな気持ちになる。
夕暮れというのはいつも考え込んだり、昔の記憶に思いふけってしまう
あのリビアのスキルはなんなのか。
スキルが発動した時リビアの声が歪んで、まるでバグが起きたかのように音声がとぶ。
リビアの正体もわからない。
聞いても答えてはくれないし。
自分の手を見ながらつぶやく。
「あまり自分の分かっていないスキルは使いたくないんだけどな。
また、この手で……」
「エノア様?」
隣のベッドでリィファが声をかける。
「あれ、リィファ? どうして」
「今日はわたくしの番ですから」
そういえばここに着た時、そんな話をしていた気がする。
いつもはドレスで隠れていた部分が寝るためなのか薄着だった。
コルセットを外し、スカートは無地の丈が短いものを着ていた。
俺は目をそらし窓の方を見てつぶやいた。
「夕暮れ時はいいな……穏やかで」
「そうですわね。なぜこうも陽の光というのはやさしく人の心を照らすのでしょう」
「いい言い方だな。
きれいだ」
「きっっ……こほんっ。
でもわたくしは月明かりも好きですのよ。
暗闇の中でも唯一平等に明かりを灯してくれますもの」
「太陽も月も人にとっては大切な存在ってわけだな。
にしてもこっちでも太陽と月なんだな」
「こっち?
そうでしたわ。エノア様は転生者でしたわね。
ええ、太陽と月という単語は異世界から来た人たちがそう呼んだのですわ。
それが今では定着しておりますの」
「それでか。結構昔からいるとは聞いてるからな」
「異世界の人々からわたくしたちが得たものは本当に大きいですわ。
だから私達はこの世界に来た異世界の勇者を、様々ものを残してくださった異世界者を”英雄”と呼ぶのですわ」
「俺もいつか、英雄と呼ばれるようにがんばらなきゃな」
「はい。その日を心待ちにしておりますわ」
リィファと話しているとお腹が空いてきた。
「お腹へった。下の食堂でなにか食べないか?」
「お付き合いいたしますわ」
「イナ、起きれるか?」
「はい……」
ムクッと立ち上がり目を閉じたままべったりと抱きつく。
リィファはふふっと笑った。
次の日のお昼前、早めの食事をみんなで取っていた。
俺はレアに焼かれたステーキを食べていた。
食後、水を飲みながらなにかできることはないかと考えていた。
その時だった。イナが耳をピクピクと動かしていた。
「なにか聞こえたのか? 死人か?」
「いえ、普段通りの街の声です」
「そうか……ん?」
「そうです。普段どおり活気づいているんです。
昨日リーシアさん達は家を出ないようにと国王さんに言ったはずです」
「出るぞ」
俺はイナ達にそう促し、表通りに出る。
表通りの人たちはいつもとおなじような他愛のない話をしていた。
「あはは、それでさー」
「聞いた? 昨日アンデットが入って来たって」
「聞いた聞いた!」
「今日の仕入れは少ないな」
「いつもそうじゃねーか」
「やすいよー!」
なぜだ。俺はリーシアを見る。
「エノア。これはおかしいわ。
昨日ちゃんと会って話をしたんだから。
即決だったのよ?! 今更意見を変えるはずがないわ」
俺は自分の思ったことを口にだした。
「何も聞いていないのか?
なんでだ、どうなってるんだ」
俺は近くに居た男にずかずかと詰め寄り問いただした。
「なぜ外を歩いてる!
なんの指示もなかったのか」
「な、なんだよいきなり!
なんの話してるんだ……
あんたたしか……疑いが晴れてないんだから宿から出るなよ……」
「それはお前らだ!
今すぐ建物の中に避難しろ!」
なんだなんだ? と買い物をしていた住民や商人が集まってくる。
都合がいいと思い、俺は叫んだ。
「昨日のアンデットは傷をつけた相手もアンデットにしてしまう!
とにかく建物から出るな! それが最善だ!
命を守りたきゃ、混乱を避けたければ出るな!」
口々にこう言い始める。
「そんなこと言ってもなー……」
「生きてる人間がアンデットに? そんなわけない」
「イマイチ信用しきれない……それに店閉めたら商売は……」
俺はまた叫んだ。
「信じてくれ! 俺は異世界の人間だ!
それと同じ状況を知っているんだ!
頼む! 今死なないために行動してくれ!
店がなくなっても死ぬことはない!
つらいだろうが――頼むよ」
周りの反応は薄かった。
だめだ、まだ実感がない。危険を肌で感じてない。
頭で危険と考えたって本能は気づいてない。
くそ……こうなったら、力づくで……
だめだ。それじゃ黒幕の思い通りになってしまう。
「あたしゃ帰るよ」
あの人は、以前カリムんとこの兵士に言い返してた。
「本気の声さね。
嘘ついているように見えるかい」
黙る人たち。
「あー俺も」
他の商人が手を挙げる。
さらに他にも。
「なんか騒いでると来てみりゃ……
なんの話かは知らないけど自分達のために家にいろって話だろ?」
そのあとクルケッドが急いで前に出てくる。
息を切らしながら言った。
「はぁ、はぁ……そう、ですよ。
エノアさんたちには関係がない。
メリットもない。それなのにこんなに本気で叫んでるんです!
この事を街中に伝えて家の中に避難しましょう。
それに僕はまじかで大量のアンデットに囲まれました。
昨日の事件も見ています。
食われた人がアンデットになった姿を僕は見ています。
僕がその説を正しいと保証します。
ですから協力してくれませんか?」
流れが変わった。
これで……
「ぁぁぁ」
「……ぁ……ぅぅぅ」
このっ声は……
「ご主人さま! 死人です!
それもすごい数です! ここに集まってる人たちよりも多いです!」
「っっ! まずい! 早く行け! このままじゃやられるぞ!
誰の家でもいい! 入れ!」
そこにいた人だかりは蜘蛛の子を散らすように走っていった。
クルケッドが走りながら言った。
「僕は兵士に連絡してこの情報を共有、街の安全を守るように伝えます!」
「頼む!」
俺は向かってくる死人の首をはねていく。
凍らせるだけじゃだめだ。魔素も薄い。
リーシアは身体強化と剣に魔法で炎を纏わせ戦っていた。
リーシアが叫ぶ。
「きりがないんだけどエノア!」
「同感だ! 埒が明かない!」
「骨が折れるわね!」
リーシアが流れるように五体の死人の首を落としていった。
「やっぱりリーシアは強いな……」
まだまだ敵わない。
カンナが杖を振り回す。
「そりゃっっ!
とおっ!」
案外やるな。
さすが自分の身一つで生き延びた異世界者だ。
リィファは死人の攻撃を避けながら補助魔法でリーシアのスタミナの補助、魔素の供給をしているようだ。
「わたくし、魔法はほとんど使えませんがこれくらいならできます!
ですからサポートならおまかせください!」
頼りがいのあるパーティーだ。
リーシアとの息もぴったりだな。ちょっと妬けるが。
それにしてもこの数は本当にすごいな。
ここまでやるのに一体どれだけの時間を費やしたんだ。
「くっ」
兵士の死人の剣を受け止める。
思ったよりも力が強い。さすが魔素で動いているだけはある。
魔素? この薄い魔素の中でこれだけの死人を動かすための魔素は一体どうやって。
「考えてる場合じゃないっか!」
兵士の剣を跳ね返す。
後ろから気配を感じ振り向くと死人が切りかかってきていた。
俺はそれを無視して再び正面を向き、先程剣を弾いた兵士を斬りつける。
と、同時にイナが後ろの兵士の剣を蹴りで弾き飛ばしそのままクルッと回転し首を落とした。
「もう大丈夫なんだな」
「はい。イナは、斬れます」
それから倒して倒してそれでも倒してを繰り返していた。
明らかに体力が消耗していた。
「どうなってんだ……」
止まらない。
ここで耐えるしかないのか。
声が後ろから聞こえてくる。
「後は任せてください」
声の主はガルスだった。そして横にはギルド長。
「大丈夫なのか!? あの傷は」
ギルド長が答える。
「この程度の傷。大したことはない。とは言い難いが……
ここで立つしかないだろう。
それと君等が首謀者ではないことは分かった。
わざわざ誰も見ていないところでここまで疲労することはないだろうからな。
すまなかったな。余計なことを言ってしまった」
「いや……それはいい。
気にしないでくれ。だが」
「問題ない。”アンデット程度”なら戦える。
完全武装した選りすぐりの部隊をガルスが率いている」
「傷は負えないぞ」
「聞いている。依頼人、クルケッドからな」
「……そうか。分かった上で、か」
その会話の後、鎧に身を包んだ兵士達が次々と現れ、陣形を組む。
「隊長に続け! 我ら兵士! 国民を守らずしてなにが兵士か!
客人に守らせるな! 己の恥と知れ!
これより! 第一特攻隊アンデットの殲滅に入る!
第二! 第三も体制は整えております!」
ガルスは剣を抜き前に突き出す。
「この国に喧嘩を売った愚か者に、鉄槌をくだせ!」
「「はっ!!」」
その激励と共に兵士は盾を前に突き出し一歩、また一歩と進む。
死人はお構いなしに進むが完全武装をした兵士になすすべなく蹂躙されていく。
「俺は王城に行く」
そのことをギルド長に伝えた。
「なぜだ」
「昨日俺の仲間にこういう事態に備えるよう国王に伝えてるんだ。
だが誰も知らなかった。
なにも行動が起こされていなかった。
それを確かめに行く」
「国王が黒幕だと?」
「そうは言ってない。ただ、何かあったのは間違いないだろう」
「分かった。行って来るがいい。
いや、頼む。
客人に言うべきことではないのは重々承知だ。
それでも、君たちに頼るしか無い。
私達には力がないからな」
「俺の身勝手なわがままだ。
俺は勇者になりたいんだ。
だから――救わせてくれ」
「……すまない」
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