ゾンビパニック
「エノア遅いわねー。
やっぱり見にいった方がいいかしら」
「リーシア、エノア様なら大丈夫ですわ」
私は宿の中でリィファとカンナと話しながらエノアとイナちゃんの帰りを待っていた。
カンナは小さいパンを齧りながら言った。
「大丈夫だよ! エノア強いもん。
リーシアさん心配しすぎだって」
「でも……
私が守るって決めてるから、なんていうか落ち着かないのよ。
それとさん付けはいらないわ。
もうパーティーじゃない」
「そう? 分かった、リーシア……
やっぱ最初は言いづらいね」
「そんなものよ。
最初はリィファもたどたどしかったから」
「やめてくださいっ恥ずかしいですわ!」
「えー? 恥ずかしがることないじゃない。
初めてあった時のリィファは侍女の後ろでずっと隠れてて……
可愛かったわ」
「いつの話してるんですのっ!」
私は昔の話をしながら笑った。
「あははっ。はーっ、はぁ。エノア、なにかあったのかなー」
けど私はすぐにエノアの心配をしていた。
ただ見に行くだけにしては遅い。戦闘になったとしてもあの二人ならすぐに戻ってこれるはず。
苦戦してる?、それともなにか手がかりを?
カンナがなにかに気づく。
「ねぇ、なんか騒がしくない?」
私は耳を澄ませる。
「え、あー。たしかに。なにか聞こえるわね」
人の声であることは確か。
でもなんでこんなに騒がしいんだろう。
まさか、カリム達が来てなにかしてるんじゃ……
「見に行ってもいいかしら」
私は二人に聞いた。
二人は首を縦に振る。壁に寄りかかっていた剣を取り、表にでる。
遠くの方にこの騒ぎの中心であろう人だかりを見つけた。
「いくわよ!」
私は走ってその騒ぎの中心に入り込む。
「ごめん、ちょっとどいて!」
逃げていく人たちとは反対方向に進む。
その人達を避けながら私はそこにたどり着いた。
「なに、これ」
アンデットが人を食べていた。
「アンデット……よね。でもどうして、食べているの」
アンデット、死人と呼ばれるモンスター。
魔物の一種だ。
死んだものが動き、人や生き物を襲う。
「絶命させればもうなにもしないはずじゃ」
リィファとカンナが追いつく。
リィファが口を両手で塞ぐ。彼女にはまだ早いわね。
まだ、生と死、残酷さ、残虐さ。自分がこうなるかも知れないっていう実感。経験がまだ足りないはず。
カンナは引きながらもその光景を見て言った。
「うぅ……リアルゾンビのリアル捕食、きもい……」
カンナは大丈夫そう。
アンデットは魔素を元に動く魔物。
一番魔素が集中している頭を落とせば動きは止まる!
私は片足を前に出し体を低く構え剣を握った。
「ふっっ!」
一瞬口から息を吐いてアンデットの首に刃を当てる。
そのまま剣を振り切りアンデットの首をはねた。
ぼとっぼとっと首が転がっていく。
カンナはまだ動いてる……とさらに一歩引いた。
リィファに至っては目を塞いでいた。
「ごめんなさい……助けられなかった」
私は被害を受けたお年寄りの女性に手を当てる。
目を閉じさせようとした時、おばあさんは突然動き出した。
私は驚いて尻もちをついてしまう。
「きゃっ! なんで、大丈夫だったの?!」
おばあさんは尻もちをついた私の方に襲いかかってくる。
ゴッ
鈍い音が聞こえた。
私は一瞬なにが起こったのか分からなかった。
目の前にいたはずのおばあさんがいなくなっていたから。
私の右側に誰かが立っていた。
「ふー。鈍器系魔法使いなめんなよっ。
なんて、やっぱり人を殴るのは嫌……
大丈夫?」
「か、カンナ?!」
私は驚いていた。あの状況を察知していたというの?
それ以前に私は……
「はいカンナですよー。
そんなに驚く? だめだよ噛まれちゃ、ゾンビなんだから。
あれ? ソンビとは違うんだっけ?」
「あ、その、ごめんなさい。
あと助けてくれてありがとう。
私、カンナとリィファは守るべき相手でその、戦力として考えてなかったから……
驚いちゃって、その、謝るわ。怒ってもいいわよ」
「え? いいのいいの!
実際そうだし! 戦力にはなれてないけど足を引っ張らないこととほんの少しの助けくらいにはなれるから。多分」
「期待させてもらうわ。
でもなんで分かったの?」
「え、なにが?」
「いや、あのおばあさんが襲ってくるって」
「んーっとね。
エノアなら多分知ってると思うけど、私達の元いた世界では、こういうのをゾンビって呼んでたのよ。
ゾンビに噛まれると噛まれた人もゾンビになるの」
「えっっ! なにそれ強すぎじゃない?
そんな世界で生きてきてたの?
誰がゾンビかも分からず噛まれるだけで自分も仲間になってしまうなんて、そんな過酷な環境なら異世界の人が強いのも納得できるわ……」
「ん? あー違う違う。
こっちだと、あれかな、おとぎ話みたいな、作り話みたいなものよ。
人を楽しませるような」
「こ、怖いおとぎ話ね」
「あははー……うん、もうそれでいいや。
こっちでは増殖したりしないんだ?」
「しないわね。
息絶えた人間や骨になった人間に魔素が取り込まれてなおかつ魔素が変異した時のみアンデットになるから、噛まれてもアンデットになったりはしないわ」
「なるほどねー。でも、今回は違うと」
「そうね。
この一連の騒動は誰かによって仕組まれたものだと言うのは分かってるわ。
その人物はカンナのいた世界のゾンビのようにアンデットを作り上げることができるのね。
とんでもない脅威よ。
もし誰も気づかずアンデットが街に放たれて、噛まれてしまえば一人、また一人とどんどん増えていくことになるわ……
これは報告して対策を取らないと。
騒動の解決まで外にでないように避難勧告もして……」
「でも、誰に報告するの?
隊長とギルド長は今治療中でしょ?」
「国王よ」
「会えるものなの?」
「乗り込むわ」
「ぜっっっったいやめた方がいいよ?!
ちゃんと手続きを踏もうよ!」
「そんな暇ないわ。通してくれるかもわからない。
私達は疑惑を掛けられてるわけだしね」
「あのぉ」
リィファが恐る恐る手を挙げる。
「わたくし……王女ですわ」
……
「「そうだった!」」
私達は王城へと足を運んだ。
リィファが王家の証を見せ謁見することとなった。
それからリィファはたんたんとするべき礼節を行った。
そしてこの国に迫っている脅威について対策するようにと言った。
「今、この国には正常ではないアンデットに襲われる可能性があります。
件のアンデットは人に傷を与えると、与えられた人間もアンデットになってしまうという特性がありますわ。
聡明な国王様であれば、どのような事態になってしまうか、もうお考えのはずです。
今すぐに対策をお願いいたしますわ。
この発言の責任はすべてこのわたくし、リィファがお受けいたします」
「そうせねば国が滅ぶ、か。
分かった。すぐに対処しよう。
障壁の数値を上げる。残った兵士にも巡回するように伝える。
もうすでに入ってしまったものに対しては英雄の遺産の効果は発動されないからな」
「ありがとうございます。
そしてもうひとつ。この件には黒幕がいますわ。
今その嫌疑はわたくしのパーティー、エノア様にかかっております。
ですが黒幕はほかにいますわ。
それが誰なのか、未だ検討もついておりません。
目的もまだ分かっておりません。
黒幕が分かるその時まで、誰も信用してはなりませんわ。
わたくしも含めて」
「肝に命じておこう。
そこの兵士、司祭を呼んでこい。
今後の対策に司祭と信徒に協力を要請する」
「はっっ!」
「お前達も下がって良いぞ。
ゆっくり休むといい」
私達は宿に戻ることにした。
リィファがベッドに腰掛けながら言った。
「あの、わたくしが言っておいてなんですが……
エノア様は帰ってこれるのでしょうか」
「「あっ」」
「ただいま」
ボロボロになったエノアが顔を出す。
「エノア! 大丈夫、じゃなかったのね。
でもどうやって中に入ってこれたの?」
「なんのことだ?
普通に入って来れたぞ。
それと死人を作り出していたであろうやつのねぐらを見つけた。
もう全部崩れちまったがやつは長い時間を掛けていたみたいだ。
それになにか実験みたいなものを行っていた痕跡がある。
そしてあの場所はもう、もぬけの殻だった」
「私達もいろいろあったのよ!
街にアンデットが入ってきて、そしたらそのアンデットに襲われた人もアンデットになってカンナに助けられたり、王城に行って話しつけたりと……」
「アンデットに襲われた人間がアンデットに……?
それはもうゾンビじゃ」
カンナはそういうこと! と言った。
そしてエノアはベッドに腰掛けると力なく倒れた。
私はエノアを受け止めた。
「どうしたの?」
「向こうでいろいろあってな。
生き埋めになりかけたがこの前の正体不明のスキルが発動したんだ。
そしたら気を失った。
目を覚ますまではイナに看病されてたよ。はは」
「そっか、それで遅くなったんだね。
ふふ、久しぶりにこのまま私の腕の中で寝る?」
「もうそんな年じゃないって。
ただこの後は戦闘続きになる気がするんだ。
今日はもうみんなゆっくり休んだほうがいい」
そう言ってエノアは目を閉じた。
その上にイナちゃんが被さる。
「んー……さすがに重いんじゃなかなー」
「離すまで離しませんっ」
「ふふ、とったりしないわよ。
イナちゃんとエノアの主従関係に文句を言うつもりはないわ」
「本当ですか」
「本当よ。エノアとイナちゃんを引き離そうなんて考えてないわ。
いなくなるのが怖いんでしょ?」
「……」
イナちゃんはこくっと頷く。
「エノアは信頼した相手には絶対に裏切らないわ。
だから安心して」
「それなら、いいです」
「エノアの事大好きね。
私もだけどっ」
リィファが「まぁっ」と赤くなる。カンナは片足を引いて真っ赤になる。
そしてイナちゃんは……
「はいっ! 大好きです!」
「ねー」
「でもご主人さまは離してくださいね。
うやむやはだめっですよ」
「うーん。鋭い……」
私は腕の中のエノアをベッドに寝かせた。
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