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死の洞窟

 次の日、俺とイナは林への道中を歩いていた。



 国の外にでるまでの間、街の中で明らかに住民からの疑いの目があった。


「ご主人さま、昨日ギルド長達が傷を負って戻ってきました。


 けどあの人数が居て、なぜあそこまでの傷を負ったのでしょう?」



「そこなんだよな。


 前回死人に襲われたとき、俺たちは六人しかいなかった。


 それも戦うとなるとぐんと人数が減る。


 それでも傷を追うことなく帰ってくることができた。


 なら、なぜ何十人も連れた調査団が、しかもガルスとギルド長も居てあんな怪我をするのか」



「イナ達ってもしかして強いんですか?」



「強いだろうな。普通の冒険者よりは。


 俺は一時的に戦えるだけだからともかく、イナとリーシアは強い。


 実際あの国でギルドの中で戦闘した時は圧倒してたろ?


 そしてリーシアは今勇者候補のパーティーに入れるほど強い」




「勇者候補ってそんなに強いんでしょうか」



「そりゃ唯一魔王を討伐できる可能性を持った者たちだからな。


 国が英雄の遺産などの強力な力、兵器や大軍を用いたとしても倒すことはできない。


 結局の所、勇者が一番強いわけだ」



「ご主人さまは勇者を目指しているんですよね」



「目指しては、いるが想像が出来ないな。


 国を相手にしても勝てるような自分が頭に浮かばないからな」



「イナは信じてますよ。


 ご主人さまが世界でいっちばーん強いって!」



 俺は笑いかけながらイナの頭を撫でた。



「ま、俺たちは強いには強いがそれほどじゃないってことさ。


 ただガルスとギルド長がそんなに弱いわけがないとも思ってる」



「なにか別の相手が現れたとか、ですか?」


「そう考えるのが自然だろうな。


 もしくはあの死人達があの数よりも多く出現したか」



 俺とイナは林を抜けた。



「イナ、どうだ?」


 イナは耳を済ませた。


 以前と同じように、だ。


 だから俺はイナに無理はしないでくれと言った。


「聞きたくない音が聞こえたなら、聞かなくていいからな」


「大丈夫です」


 それから数十秒が経った。


 イナは立ち上がり俺の方を見た。



「だめです。何も聞こえません。


 土を掘る音も、声も、何も聞こえません」



「聞こえない?」


 俺は顎に手を置き深く考える。


 襲ってこない。そもそもいないのか?



 なぜ?


 俺たちを襲った時は戦力をすべて用意したわけじゃないだろう。


 なぜなら調査団がボロボロになるほどの戦闘を行っていたからだ。


 襲っておいて俺たちを追い詰めようと行動しなかったのは調査団が来るように仕向けたかったのか。そして俺を利用した。



 悪役に仕立て上げるために。


 なぜ? 目を背けさせたいのか? 何から? それとも全ての出来事を俺のせいにすることだけが目的か?



 リビア、ここに魔素や奴らの痕跡は?


 ”ありません”


 そうか……くそ、手詰まりか。


「ご主人さま、不自然です」



「不自然?」



「以前は気づきませんでしたけど、この匂いは自然のものじゃないです」


「匂い? なにか分かるのか?」



「説明は難しいです。匂いと言っても感じる程度で……


 変質した魔素みたいなものを感じます」



 スンスンとイナは匂いをたどる。


挿絵(By みてみん)



 俺はそれについていくことにした。



 イナは匂いの元に近づいているのか注意深く匂いをたどった。


 腰を低くしていつなにが起こってもいいようにしている。


 こうして見ると本当に動物のように見える。


 俺はなにも感じ取ることが出来ない。



 あたりを見回してもあるのはカラカラの土、まばらに生えてる木や雑草程度で動物の気配すら感じられない。


 なぜリビアには感知できなかったんだ?


 範囲外なのか、匂いは調べられないのか。


「ここです」



 イナはそういって地面を指差した。


「ここから匂いがきてます。


 この下です」



 ただの地面だ。変わったところなどなにもない。


 俺は剣を抜きその箇所を叩いた。


「なにも変化はないな」



 リビア、なにか分かるか?


 ”障壁が張られいます。破壊しますか?”


 できるのか?


 ”肯定します。存在を誤認させるための障壁です。少量の魔素で破壊可能”


 頼む。


 ”了承しました。障壁の一部に改変を行い崩壊させます”



 パキン


 なにかが割れたような音が地面から聞こえてくる。


 と、同時に上に乗っていたと思われる土が落ちていく。



 人一人が入れる程度の穴が現れた。



 高さは目視できる程度で四メートルほどだ。


 俺とイナなら問題なく降りられる。



「行くぞ、イナ。大丈夫か?」


「問題ないです!」


 俺とイナはその穴に飛び降りる。



 地面は先程落ちていった土でクッションのようになっていて、痛みをほとんど感じなかった。



 その後落ち着いて周りを見ると土が固められたような洞窟があった。


 その規則正しさから人間が生み出したものだと言える。


 明かりは魔素を変換して光る魔具を使用している。


 魔素の少なさゆえか非常に薄暗い。しかし道を視認できる程度には明るさがあるためこれで十分なのだろう。



「ご主人さま、この洞窟怖いです」


 イナはそう言って俺の服を掴む。その後さらに抱きついてくる。


 強く抱きしめてくるものだから心配にもなる。


 イナの頭を撫で、離れるように言った。



「嫌ですっ。暗いの怖い……」


 獣人であるイナは俺よりも暗闇が明るく見えているはずだが、それでも怖いということなのだろう。


「大丈夫だ。何も怖くない。俺もいるからな」



「手、つないでてもいいですか?」


 イナは俺の手を握った。


「分かった。ただし敵が出てきたらすぐに離すんだぞ」



「わかりました……」


 やっぱりまだ子供、怖がりだな。


 いや違うか。暗いところは……嫌いなのだろう。


 そういう世界にいたから。



「おばけ出てきたらどうしましょうご主人さま!」


 あ、そっちかー。


 俺はイナの手を引きながら洞窟をあるき続ける。


 ところどころに部屋と思わしき空洞があるが中を見てもなにもない。


 いや、何かあったと見るべきか。


 机のような台や不自然な凹凸がある。



 これはなにかに利用していたのだろう。第一ここで首謀者は生活をしていた可能性もある。もぬけの殻だと予想するならもういないだろうが遭遇する可能性は十二分にある。



 やはり土は土。上から土が落ちて音がなる。



「こんっっっ!」



 イナがびくっと音に反応した後再びガシッと俺に捕まる。


 俺より耳は敏感だろうが引き剥がすのに苦労するのだ。




 かなり深く進んできたが今のところはなんの手がかりもない。


 ただこんな地下空間を用意するということは長い間ここでなにかをしていた、つまり計画的な行動だった可能性が高い。


 襲撃場所の近くにこんなものを用意したということは緊急時に自分自身が対応するためか。それとも距離が離れると命令が加えられないからか。



 

 イナが口を勢いよく塞ぐ。



「うっっっっ」


 涙目になり一歩後ろに引いた。



「なにか、あるのか」


 イナは首を縦に振った。


 俺が前に進もうとするとイナは握った手を離さず静止した。


 イナは俺を見て首を横に振った。


 今度は進んではいけない。ということだろう。



「イナ、俺は進まなきゃならない。


 このまま放っておけば住民は危険にさらされる。


 そして俺は罪をなすりつけられたままだ。


 喧嘩を売られてるのさ。


 俺を利用している。侮辱されたままじゃいられない。


 俺は魔王を討伐する勇者になる。



 ここでおいそれと引く気はないんだ」



 イナは口を塞いだままこもった声で言った。


「後悔、しませんか?」



 そう言えるだけの根拠があるのだろう。


 そしてそれは俺も感じている。


 イナの嗅覚でなくともこの匂いは分かる。


 腐敗臭だ。それだけじゃない。生臭さも感じる。


 十中八九人間だろう。



「このさきに残酷な光景があるのは分かってる。


 それでも行く。



 俺は、俺を裏切り、陥れ、石を投げ、奴隷を売買するあの国の連中を見返す。

 後悔させてやる。


 自分たちの行いを、イナを、人を軽視した愚かさを」



 俺は歩み始めた。


 イナはその手を離さなかった。


 ついてきたのだ。言葉はいらない。



 それがイナの覚悟ということだ。


 その空間に入ると、複数人の死骸があった。



 解剖された後、四肢をもがれた人間。つなぎ合わされたもの、足だけがぶら下がっているもの。

 魔具や様々なものを埋め込まれた人間。


 その惨状から麻酔などされていなかったことが分かる。


 不用意に置かれた内蔵、苦痛の表情。




 ここで首謀者は実験を行っていたのだろう。


 死人を使ってなにができるか。人間を使って何ができるのかと。


 横でイナの泣き声が聞こえる。



「よくがんばった。俺はイナの覚悟を評価するよ」



 そう言ってイナの頭に手を置き自分の方に寄せた。


 広い空間ではあったが窮屈に感じた。


 苦しい。そして怒りが湧いてくる。



 なんの目的があるかは知らないがここまで残虐な行為をするやつを俺は許せない。


 俺は勇者になる。そう決めたんだ。


 だから俺は勇者としての自覚を持つことにした。



 俺はこの国を守る。


 俺はもう一度、自分の身勝手で正義を語る。




 打ち付けられていた死骸が震えだし、口を開けた。


「お、まえが、エノア、だな」


 死骸はそういった。


「てめぇが首謀者か。死人を使ってなにをする気だ」



「かははっ。話すはずがない。


 我の目的は我が知っていればそれでいい。


 まさかこの場所を見つけられるとは、褒めてやろう」



「お前の称賛はいらねーよ。


 俺を利用したな。罪の擦り付けか」




「そんなことはどうでもいい。


 我の知ったことではない。我が決めたことではない。


 運が悪かったな」



「運が悪かった?」



「もはやお前がなにを言ってもあの国の連中は信じないだろう。


 第一お前はもうここから生きて出ることはない。


 だからこれだけは話してやろう。


 最後の土産話だ。


 たまたま選ばれたんだよ。障壁を弱めるきっかけとしてな。


 その必要はなかったようだがな」



「きっかけ、だと?」



「ここまでだ。


 このまま生きて返す必要もない。


 死ぬがいい。


 エノア」



「おいっ! まて!」


 死骸は動きを止めた。


 そしてがらがらと周りが揺れだす。


 今、この場所は崩れようとしていた。



「しまった! 入り口までが遠すぎる!


 俺が使える魔法じゃ間に合うことも天井をぶち抜くことも出来ない!」



 固められた土と地上までの厚さを考えると到底できそうもない。


 かなり深くまで来てしまっていた。



「あえて泳がせていたのか」



 俺は固まってるイナをお姫様だっこで抱えて出口に向かう。


 せめて頭上の土が浅いところまで……!



「ああああああ!」


 叫びながら走る。そして無情にも土で出来た通路が崩れる。


 俺はイナの上に覆いかぶさった。



「フィシア、ブースト」



 自分に纏うのではなく、周りを固めるように氷を這わせた。


 既のところで氷が土を固める。


 ここからどうするか。この状況を打開できるような力はない。


 イナだけなら土を掻いて出られるだろうか。


 酸素がなくなる。どうにか空気穴くらいは……




 俺は目を開く。


 俺とイナの頭上に小さな魔法陣が出現したのだ。


 俺のものではない。


 魔法陣の類は俺には使用できない。




 魔法陣は頭上に向かって衝撃を放った。


 氷が砕け、土に亀裂が入る。




 用意周到なやつだ。




 くそ、イナにあれだけ意気込んでおいてこれか。

 




 一か八か、リビアを暴走させて……



 

 ”スキル、eerr 発動。自己防衛を開始します”



 俺が暴走させようとする前にリビアが突然起動する。


 リビアがスキルを発動すると黒いなにかが俺の周りに発生する。




 ゆらゆらとして実態の掴めない黒いなにかは氷と地面の隙間に入っていく。



「なんだ、これは。リビアがやったのか」



 全体を覆い、黒く包まれた後、衝撃音が聞こえた。


 黒い何かが晴れていく、その隙間から日が差し込む。



「空?」



 円柱型の空間空に向かって出来ていた。



「助かった、のか」


 俺はイナをやさしく抱きしめた。


「良かった……俺が進んだせいで巻き込んでしまったからな……


 無事で良かった」



「い、イナが決めたんです。だから責任を感じないでください」



「それは難し、っっっ!」



 一瞬全身を焼かれたような痛みの後、俺は気を失った。

 





 その頃、カラムスタ王国では一体の死人がゆらゆらと街の中に入っていった。



 血色のよい死人は街を歩いていても、住民に死人だと気づかれなかった。



 ふらふらと歩いていてもおかしな人だと思われる程度だった。


 すると一人のおばあさんが声をかける。



「あなた大丈夫? 熱さにやられたのかしら。


 これそこで買ったお水なんだけど、飲めるかしら?」



 死人はおばあさんを見た後、おかぁ、さんと言った。



「あらあら、ふふ。わたしには子供なんていないわよ。


 お医者さんに見てもらおうかしらね。っ」



 おばあさんの腹部に死人の手が突き刺さる。


 その手を引き抜くと死人はおばあさんの肉を食べ始めた。




 それに気づいた住民はパニックを起こす。




 ずっと魔獣の驚異すらない街に悲劇が訪れる。

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