護衛依頼
俺は飲み物が空になった木のコップを眺めながら呟いた。
「こいつは困ったことになったな」
イナは首をかしげ俺の顔を覗き込む。
「どうかしたんですか?」
「依頼がない」
「するとどうなるのですか?」
「飯が食えない」
「ふぇっっっ」
放心状態のイナに俺は言った。
「冗談だよ。ただ、今残ってる依頼をオレたちが受けるべきかと言われるとな」
リーシアが飲み物のおかわりを持ってきてくれた。
「仕方ないわよ。魔物いないんですもの。
これだけ魔素が少なければ魔物がいなくて当然だわ。
さすが交易、商人の街。カラムスタ王国ね。
彼らに仕事はあっても冒険者に仕事はない、か。
んーもー! 足踏みしてらんないのにー……
ここのギルドの依頼も次の街への護衛だったり用心棒だったり……
これじゃお金は稼げても強くなれないわっっ!」
「落ち着こうリーシア。
お金がなければその依頼を受けるしかない」
「分かったわ……二日間くらいかかるけど隣の国に行くまでの護衛っていう依頼があるわ。
それにしてもお金が有り余ってるのかしら。
護衛の仕事と用心棒の仕事が多いのよね。
ギルド所属の冒険者を養うため?」
「もちつもたれつっていうことかもしれないな。
俺たちはできる仕事をしよう」
「んじゃあ受けてくるわね」
リーシアが受付に行った後、依頼人がわざわざ来てくれるということで俺たちはそれまで酒場で時間を潰していた。
「あ、あの」
一人の青年が声をかけてくる。
「依頼をしました商人のクルケッドです。
なかなか受けてくれる人がいなくて、助かりました」
俺はクルケッドという青年の言った言葉に疑問をもった。
「依頼を受けてくれない?
護衛の仕事くらいならいくらでも冒険者が集まりそうだが?」
「噂です。この国の近くを歩いていると突然姿が消えて帰って来なくなるって言う」
「噂、なんだよな?」
「はい。ですがこれだけ噂が広まり、実際に国の外に出ない人たちが増えました。
噂と言っていいものか……
僕の身の回りではいなくなった人はいないんですけど、なんだか人が減ったような感じはあるんです。
で、でも僕たち商人は交易をしなければ生きていけません。自国だけで成り立ってるわけではないのです!」
「分かった。君も覚悟をした上での依頼だと言うのは伝わった。
出発は何時頃だ?」
「っっ! ありがとうございます! 明日の日が昇る直前に出ます!」
「明日は早起きだな。ちなにに聞きたいんだがなぜ噂について俺たちに話したんだ?
言わないほうが都合がいいだろうに」
「何も知らない人を利用する形になるのは、嫌で……
本当にいいんですか?」
「ああ。商人には、というかこの国が故郷だという人達が居てな。
その人達には感謝してるんだ。
その人達のいた国に恩返しができるならできる限りの事はしたいさ」
「商人向いてますよ」
「ん?」
「商人っていうのは荷物や売り物もそうですが人と人との繋がりなんです。
繋がりを意識できるあなたは商人に向いてると思います。
もし冒険者をやめたくなったらどうでしょう?」
俺は唖然とした後、笑った後に言った。
「俺がそんなふうに思われるなんてな。
あーいや、気にしないでくれ。また明日」
「はい。依頼内容に変更もありません。
明日はよろしくお願いします」
次の日。肌寒い空気が体を包む。
心地よさもあれど肌に痛みが少し生まれる。
日は昇っていないものの、夜空が少し明るくなっていく。
白い息を吐きながら俺たちは商人のクルケッドを待っていた。
「みなさん! おまたせいたしました」
クルケッドは一頭の馬に荷台がついた馬車で現れた。
「すいません。荷物も多いもので、歩いていただくことにはなってしまうのですが」
俺は問題ないと答えた。
各々装備や、ポーションなどを確認して出発した。
数キロ歩き、林に入る直前一度休憩をとることになった。
そこで俺はあることに気がついた。
「人は結構通っているみたいだな」
「なぜ分かるんです?」
クルケッドが岩場で水を飲みながら聞く。
「跡だよ。馬車の車輪の跡があるし、雑草も踏みつけられてる。人が歩いたであろう足跡も残っている」
「たしかにそうですね……でもあまり人通りは多くなかったような」
「まぁ些細なことだろう。
クルケッドはなぜ商人に? 家族の影響か?」
「そうですね。僕たちの国は結構家族愛が強いところがあります。
周りも商人が多いので自然と憧れたり、そのままお店を引き継ぐことも多いんですよ。
あなたはどうなんです? なぜ冒険者に?」
「元々貴族だった」
「貴族?」
それから俺が貴族ではなくなったこと、転生者であることだけを話した。
「そんな……身勝手な……
でも仕方ないのかも知れませんね。人工的に転生者を生み出すなんて……
それだけのことをすれば期待も高まりますが扱いはあんまりです」
「でも今の自分があることには満足してるんだ」
「悪いことばかりではなかったんですね。
そろそろ行きましょう」
重い腰を上げ俺たちは林の中に入る。
林の中でも何も問題なく歩き続けた。
「魔物にすら出会わないな。評判通りと言ったところか」
「まだ効果範囲内ですからね」
「効果、範囲内?」
「ご存知ないですか? カラムスタ王国には英雄の遺産がありまして、その効果でこのあたり一帯の魔素を消滅させているんですよ。
なので魔物が寄り付かないんです」
「英雄の遺産の効果だったのか」
「はい。かなり昔にはなるんですけど、カラムスタ王国から勇者が誕生したんです。
その勇者が残した英雄の遺産が王国内に残ってるんです。
だから魔物が現れず、安定した交易場として発展したんですよ」
「なるほどな。地形的な問題なのかと思ったが英雄の遺産か。
一度、目にしてみたいものだけどな」
「難しいですね。王城の中で厳重に管理されてるので」
「そりゃそうか」
そして林を抜けると。
「なんだ、これ」
俺はその光景に目を疑った。
「足跡が多すぎる。それも四方八方に、どこに向かってるんだ?」
クルケッドはその足跡をしゃがんで観察していた。
「これは、変ですね。もう少し進んでみましょう」
「慎重にな」
「はい」
「リーシア達も一応警戒はしといてくれ」
「分かったわ」
目的地に向かって俺たちは歩みを進めた。
「ここで途切れてる」
俺は屈んでその足跡をよく見た。
続けてこういった。
「なんだ、この足跡。靴じゃないぞ。
裸足だ。裸足で歩いている」
わざわざ裸足で歩くか? ここは裸足でもあるけるような土だが裸足である必要はない。
それに馬車はどうした。車輪の跡がない? 途切れている。
「……ぁぁぁぁぁ」
っっ!
うめき声が地中から聞こえてきた。
すぐさま立ち上がり全員に警戒するようにと声を上げた。
「地中だ! なにかいる!」
イナは竜剣を構え、目を閉じて耳を済ました。
「イナ、聞こえるか?」
ピクピクと耳を動かしイナは言った。
「……はい。聞こえます。地中から人の声が、それもたくさ……」
「イナ?」
イナは震えだし、涙を浮かべた。
「イナ?! どうした!」
「声……うめき声のほかにも、聞こえたんです」
俺は恐る恐るどんな声が聞こえたのかきいた。
「助けてって」
「助けて?」
イナは恐怖心に立ち向かうかのように答えた。
「いっぱいいっぱい助けてって声が聞こえるんです!
土の中から!
人が、イナたちの足元に、土を掻き出そうと」
「イナ……もう聞かなくていい。耳を塞いでろ。すまなかった」
「っっ」
イナには伝わったのだろう。人の苦しみと助けの声が。
イナは耳を両手で閉じて屈んだ。
怖かったんだろうな。
俺は全員に言った。
「正直俺はこの後どうするべきかと悩んでる。
おそらくこの下にはうめき声のやつと生き埋めの人間がいる。
だが助け方が全くわからない」
「あっ」
イナが小さな声を上げた。
俺はイナに言った。
「イナ、耳をちゃんと塞いで……」
「声が、途絶えました……もうっうめき声しか」
「っっ……」
地響き。人の死に惑う時間などもなく地面が揺れ、ひび割れていく。
その中から到底生きてるとは思えない顔色をした人間が出てくる。
何も持っていないもの、兵士の格好をしたもの。
カンナはゾンビじゃん! と言った。
俺は構えながらカンナに言った。
「ああ。俺の知る限りゾンビにしか見えないな」
リーシアがゾンビ? と聞いてきたが詳しく説明する時間はない。
「死んでも動き続ける人間。噛まれたらそいつもゾンビになるっていうやつだ。
そこまで一緒かはわからないが、こいつらは生きてはいないだろう」
「そうね。腐敗してるわ。そうじゃないのもいるみたいだけど、手遅れでしょうね」
「リーシア、人を斬れるか」
「誰だと思ってんの? できるわよ。エノアを守るためならなんでもできる」
「分かった。俺とリーシアでこの場を切り抜ける!
次の国に向かうのは無理だ! 引き返す!」
クルケッドはわかりました! と答え馬車の向きを変えた。
俺はイナの頭を撫でた。ついさっきまで生きてたこいつらの声を聞いてたんだ。
イナは戦わない方がいい。
「イナ、今は逃げることだけ考えるんだ」
「で、でも」
「今は俺の言うことを聞いてくれないか? 無理するな。
今は目を背けるんだ。代わりに俺がその現実を見てやる」
「っ、わかりました。でも、できる限り頑張らせてください」
「分かったよ」
もう一度頭を撫で今まで来た道を引き返そうとする。
当然ゾンビである死人達は行く手を塞ぐ。
「逃さないつもりか?」
俺はそうつぶやいた。
そしてリーシアは詠唱を始める。
長めの詠唱ということは範囲魔法である可能性が高い。
だったら俺はリーシアを守らなければならない。
「システム ”リビア” 起動」
俺は剣を抜きリーシアの前に立った。
俺の周りに魔素が集まり始める。
この魔素の少なさなら以前より規模を大きくした方がいいかも知れない。
剣を構え、俺は呟いた。
「フィシアアタッチメント ブースト」
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