勇者候補
「おはようございますエノア様」
眠い目を擦り上半身を起こす。
「おはようルミア」
俺と同じ年で侍女であるルミアが俺を起こしに来ていた。
「もうすぐ勇者適正鑑定の日ですね」
「乗り気はしないけどな」
「そうですか? またリーシア様がお見えになってますよ」
「……早く行くか。じゃないと乗り込んできそうだ」
「そうですね」
ふふっとルミアは笑うと朝食の準備が出来ていますと言った。
俺はベッドから出て着替えを済まし部屋を出る。
俺は前世の記憶を取り戻した。自分がどうやって死んだのかも全部。
ここは異世界だ。日本にはない花や木、明確に存在する魔法という概念。魔物といった動物とは違う生き物もいる。
勇者適正鑑定。
この世界には魔王と勇者という概念が現実として存在する。
今まで数々の魔王と勇者が現れた。ただしそれぞれが同時に、同じ世界に存在することはない。勇者と魔王はそれぞれ二人と存在しないのだ。
一人のみ。
この世界では魔王は誕生する前に勇者候補と呼ばれる存在が現れる。
今まで必ずその勇者候補の中から勇者が現れ、後に誕生する魔王を討伐したという。
魔王の力は絶大でもし勇者が負けるようなことがあれば人類は滅亡、あるいは奴隷のような扱いを受けるだろうと言われている。
人間にとっての悲惨な未来が待ち構えているのだと。
故に勇者は勇者たり、英雄とされ、勇者を生み出した国は繁栄すると言われている。
そして俺は人工的に転生者として召喚された。この世界においては転生者、転移者を人工的に召喚することはできないとされてきた。
しかしこの国は、この世界は――異世界の人間が欲しい。
なぜなら異世界から来た人間は強力な力を持っていたからだ。
今までの勇者のほとんどは異世界から来た人間だった。
たとえ異世界から来た人間が勇者でなくともその力は勇者に匹敵するほど強力だと言われた。
俺は人が召喚した初の異世界者。さらに勇者となればこの国は再び覇権を握る。
その技術で次々と異世界から人を召喚すればいい。この国にしか出来ないことなのだから。
「エノア様?」
ルミアが顔を出す。少し考えすぎた。遅かったから心配になったのか。
食卓に顔を出すとリーシアと母さんが居た。
リーシアは同い年の幼馴染である。茶色いツインテールにいつもつけているお気に入りのリボンを結んでいる。
「遅いよエノア!」
「ごめん」
母さんはその様子を見て微笑んでいる。
俺はこの国で特別扱いを受けている。一般市民だった母さんとその子供である俺は転生者として貴族の名を与えられたと母さんから聞いてる。
あまり大きな屋敷ではないが俺と母さん、ルミアの三人で暮らしている。
父親は不明。だれもその行方を知らない。
リーシアは貴族であり、エリートの集う学園という特別な場所に在籍しながらその中でトップの実力を持つ天才だ。
食事を食べ終わり、リーシアと一緒に表に出ていた。
近くに建物はなく、自然があふれるいい場所だった。
そこからさらにひと目のつかない場所へと向かう。そこには小さな泉があり俺とリーシアだけの遊び場だった。
リーシアは俺に提案をした。
「学園に来なよエノア。エノアがいないとつまんないもの」
「俺は誰とも会いたくない。勇者にだってなりたくない」
「いっつも同じことばーっか。どうして、逃げるの?」
「……逃げる、か。
正しいと思う。でも怖いんだよ。
自分の行動が全部正しくないようなそんな気がするんだ。
だから何もしないことが一番いいんだって思ってる」
「やってみなきゃわからないじゃない」
「やってみたのさ……」
「前世で?」
「前世で」
「どうしてもう一回やらないの?
同じ結果になるとは限らないじゃん。
今は私が隣にいるわよ?
私は勇者になったエノアがみたい。それに勇者になったエノアのパーティーに入りたい。
だめ?」
「だめ。そんな簡単に割り切れない」
「いじっぱり~」
リーシアは猫がちょっかいを出すように俺に飛びついた。
「うわっリーシアっ!」
「えへへ。素直になるまではなさーない!」
いくら離してもくっついてくる。いつもの戯れ。
結局俺が力尽きて地面に寝転ぶ。
そうするといつもリーシアはこういうのだ。
「私がいるから大丈夫。なにも怖くないよ」
幼馴染だからなのかとも思った。
でも俺はリーシアになにか特別なことをしてあげただろうか。そんな記憶にはない。それなのにリーシアは毎日のように俺のところに遊びに来る。
何も与えてなどいないのに与えてくれる。
俺が昔欲しかったものを与えてくれる存在だ。
そうするように言われているのかと最初は思っていた。
命令なんじゃないかと。
ただリーシアとは幼馴染。何年もずっと一緒にいればリーシアがそんな人間ではないことは分かっていた。
誰かの命令を聞くような性格じゃない。自分自身の信念に従う子だ。
「なんで俺に勇者になってほしいんだ」
俺はふとそんなことを呟いた。
「私が、なってほしいと思ってるから。
私にとってエノアは勇者なんだよ。
ほんとは、勇者じゃなくてもいい。一緒に居れたらそれで……
でもエノアが勇者になってしかもパーティーに入って世界を救う。そんな未来が私にとっての夢なの!
自分勝手でしょ? 私と幼馴染になったんだから諦めてっ」
「はは、本当に自分勝手だ」
でもまぁそれもいいかも知れない。ただ生きるより、求められて生きるのも……
ここまでリーシアが言うなら、勇者に……
たとえ結果を出せなくてもリーシアは俺を見捨てたりはしないだろう。
そう信じてみるのも。
それから数日後、俺はリーシアに連れられて街に出ていた。
俺のことはこの国のほとんどの人間が知っていた。そのせいか街の住民は声高らかに俺の名前を叫ぶ。
「エノア様ー! 今日はリーシア嬢とデートですかぁー!
お似合いですよ!」
リーシアがち、違うわよ! と言った。
他の住民が今度はこんなことを言った。
「もうすぐ勇者適正鑑定の日ですね! 楽しみにしてますから!」
今までだったら聞き流していただろう。なにせ勇者になどなるつもりはなかったのだから。けれど今は違う。
「期待に応えられるかはわからないが善処するよ」
そうすると歓声が上がった。そこまでに期待されているのだ。
もてはやされると少し心が浮ついてしまう。
「大丈夫よエノア! きっと大丈夫」
リーシアは俺の手を握った。その手を握り返し自分の心を落ち着けた。
もしこの期待に応えられなかったらと思うと怖さはある。
でもここまで信用してくれるのならきっと大丈夫だと。
たとえ、勇者候補でなくとも何も変わらない。
そんな風に思ってしまった。
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