朝のハプニングと不穏
「な、なんでリーシアがここに?」
いくら思い出そうとしても寝ていたのだからわかるわけがない。
リーシアは俺の体に抱きついていて俺はその体を抱きしめていた。両腕の中で寝息をたてるリーシアに心臓の音がどんどん大きくなっていく。
俺の声で起きたのか、それとも心臓の音が大きすぎたのか、リーシアは目を覚ました。
眠い目を擦りながらただでさえ密着しているのにさらに力強く抱きしめた。
「ぎゅーっ。なんてね。おはよ、エノア。
こうしてると泉のほとりで遊んでた頃思い出すね。
毎日のようにこうして抱きついてた」
「も、もう子供じゃないんだ。あまり、近づきすぎるな……」
「照れてんの? いいわよ、チューくらいしても」
リーシアの顔が近づく。
これは、やばい。
と、その時リーシアの背後から声が聞こえた。
「イナの、居場所」
寝起きながらも絞り出すように声を出すイナ。
リーシアは後ろを振り返り口元に手を当てて言った。
「遅起きさんおはよう」
「ぅぅ……っ!」
イナは飛びついた。リーシアは飛び上がりベッドから身を引いた。
イナはそのまま俺に抱きつく。
「ご主人さまー……」
情けない声をあげながらくっつくイナ。
俺はリーシアになにがどうなったのか聞いた。
「え? どうやったのかですって?
まぁ確かに獣人のイナちゃんを出し抜くのは難しいけど私ならできる。
私のハイドスキルでイナちゃんに気付かれないようにしつつ感覚麻痺の状態異常魔法で私の寝ていたベッドに移したの。
そしてエノアのベッドに潜り込んだってわけ」
「むー……」
イナが俺の腕に抱きつきながらぷくーっとほっぺを膨らませる。
「ごめんごめん。もうしないから、たぶん。
ずっとドタバタしてエノアと距離を感じたから物理的に距離を縮めようと思って。
……でも、また逢えてよかった。
エノアにとって信頼できる人たちが増えてくれてうれしいわ。
少し妬けちゃうけどね。その役割は私がって思ってたのに」
「リーシア……今でも俺の支えはリーシアだからな」
「んーちょっと意味合いが違うかも。
私はもっと、踏み込んだ……ううんなんでもない。今じゃないかな。
朝ごはん食べに行こ」
「あ、ああ」
俺はベッドから立ち上がった。
ぶらん……
「イナ……動きづらい……」
俺はカンナとリィファを起こしに部屋へ向かった。
コンコン
「俺だカンナ、リィファ入るぞ」
「あっちょっエノア待ってまだ薄着っっ」
がちゃっ
「あっ」
カンナがみるみるうちに顔を赤くしていく。
リィファも体を隠す。
「しめろっっっ!」「あ、あのエノア様もう少しお待ちを」
下着姿のカンナに薄着のリィファ。思考が止まる。
いや思考停止してる場合じゃない!
「すまんっっ!」
バタン!
勢いよく扉を閉め、その扉に寄りかかった。
リーシアに抱きつかれた感触が蘇り、先程の光景が頭から離れない。
ああっ! お、落ち着かない!
がちゃ、がちゃがちゃ
俺が扉に寄りかかっていたせいで扉を開けられないみたいだ。
すぐにそこから退いた。
「エノア……」
カンナはゆらぁと歩く。正座とカンナが言うと俺は逆らうことなく正座した。
「ノックしたならちゃんと返事を待ちなさいよ……
大体ね、前回の川のときもそうだったけどもうちょっと注意深く行動してよ」
「も、申し訳ありません」
すすっと頭を下げた。
「わ、私だって女の子なんだから……
気にしちゃうでしょ……」
「すいません」
「分かったら次から気をつけてよね!
リィファは気にしてないって言ってたけどそんなわけないんだからね!」
「はい」
気まずくなりながらも朝食をとるため宿の食事スペースに来ていた。
いくつかの木で出来た長いテーブル、壁に描けられた絵画。外側の窓からは手入れされた庭が映る。
カンナはそれを見て言った。
「きれー……すごくおしゃれ。空気感もいいし、宿が営業開始するまで食事付きなうえにタダで泊まれるなんてなんか申し訳なくなってくるわね。
むしろちょっと怖い……かも」
リーシアがカンナに言う。
「こらっ。そんなこと言わないの。人の善意は疑ったとしても口に出しちゃだめよ。
もし本当に善意しかないのだとしたらすごく失礼じゃない。
割に合わないんじゃないかって気持ちも分かるけどね。
至り尽くせりだから。
割に合わないなら合わせればいいのよ。ギルドの依頼を受けていっぱい稼いでここを出る時に気持ちとして置いていきましょ。ね?」
「そうだね。そんなこといっちゃだめだよね。
よし、稼ぐぞー!」
二人の会話からしばらくして女将が扉を開けて入ってきた。
「思う存分食べていってね」
そういうと食事をのせたカートから一品また一品と机に並べていった。
薄切りにした生ハムに、香ばしい香りのパン。穀物のスープと大皿にのせられたサラダに俺たちは感謝の声を女将に言った。
すると女将は「いいのよ。お客さんを泊める前の最終確認も兼ねてるから。もしなにか不満や改善点があったらすぐに教えてね」と言った。
俺は不満などなにもないと言って朝食を頂く。
食事をしながら俺はみんなに提案した。
「今日はギルドに向かうつもりだけどいいよな」
リーシアがそれに賛成する。
「いいわよ。といってもそうするしかないんだけどね。
お金を稼がなきゃならないもの。
今回は幸運だったけどその日暮らしじゃ魔王討伐なんて夢のまた夢よ。
装備にもお金をかけたいし、万が一のためのポーション、マジックアイテムなんかも欲しいわね。
魔王が現れるのがいつになるのかわからない以上のんびりはしてられないわ」
「そうだな。強くならないと……カリムに先を越されちまう。
そういえばなんだが、その……
俺たちは、このパーティーは――魔王を討伐することが目標だ。
言ってなかったな。もし、不満があるなら言ってほしい。
自分で引き入れた以上無責任なことをするつもりはない。
もしそんな危ないことしたくないって言うならそこも含めて話し合おう」
「イナはご主人さまについていきます。
どんなに危険でもご主人さまの側を離れません」
カンナはうつむいた。
「私は、このパーティーにいたい。ほんとはもっと貢献もしたい。
死ぬだけだった私をパーティーに入れてくれて感謝してる。
でも魔王討伐ってことはすごく難しいんでしょ? 足手まといだよ?
魔法、使えないよ? いいの?」
「俺は承知の上でパーティーに誘ったんだ。いいよ。本当に魔法使いかどうかはギルドでちゃんと確かめよう」
「……うん」
次はリィファが口を開いた。
「わたくしも同じですわ。本当によろしいのですか?
多少の知識はありますが魔法はほとんど使えません。自分の身を守ることすらわたくしには難しいです」
「一緒に強くなればいいさ。カンナもリィファもこれから強くなればいい。
俺だってまだまだ弱い。一番強いのはリーシアだろう。もしかしたら俺はイナよりも弱いかも知れない。自分のスキルをうまく使いこなせてはいない。
時々スキルが過剰に効いてしまって自分の体にダメージを受けることだってある。
俺も弱い。だから一緒に強くなろう。
弱いから、魔法が使えないからって俺は突き放したりしないよ」
「そのお言葉に感謝しますわ。
信じさせてくださいね。わたくしも戦えるようになると、足手まといにはならないようになれると。
わたくしをやる気にさせたんですから」
「ああ」
そして俺たちはギルドへ向かった。
内装などの作りはミルさんのいたギルドとあまり変わりはない。
そして俺たちは今、ギルド内に作られた酒場にいた。
カンナがぐでーっと机の上に上半身をのせてうなっていた。
「うぇー……うー。最後の希望がぁ」
「カンナ。諦めろ。お前は鈍器だ」
「私は鈍器じゃないよ?! だってさぁ……もし魔法使いじゃないならまだ希望が持てたんだよ。でも、でもぉ魔法使いだってぇぇぇ!
能力が魔法使いに寄ってるって言われたけど魔素の使い方だってわかんないよ。
私は今まで魔法使いとして鈍器を使用してただけだよ? もうわかんない……どうしたら魔法使えるのぉ」
「俺は特殊だからな……」
リィファが口をはさむ。
「まだいいですわ。魔法使いという職業に当てられただけわたくしより恵まれているかも知れませんわ。
わたくしにははっきりと職業の適正がないと言われましたわ。
スキルも持ち合わせておりませんわ……荷物持ちとしての覚悟が生まれました……」
カンナはリィファの方を見ながら言った。
「私だって同じよ。ないようなものよ。
もしお金が入ったら杖の強度を上げにいくわ」
どんよりとした空気が流れる。
「俺はさ。急にスキルに目覚めたんだよ。
だから二人もなにかのきっかけで突然スキルに目覚めたりするかもしれない。
それに職業なんてなくても英雄の遺産や神の代物が手に入ればかなりの戦力になる。
魔王を討伐するんだ。それくらいなんとかしよう」
リィファが否定する。
「エノア様……そう簡単にはいきませんわ……
国に一つあるだけでとてつもなの利益を生み出す英雄の遺産。国と国が戦争を起こすほどの代物をわたくし達が手に入れる確率は低いですわ。
現にわたくしの国にはありませんわ。神の代物によって自分の国を守っているにすぎません」
「まぁ、分かってはいたんだがな……
ただ希望をもつことは悪いことじゃない。な?」
リィファとカンナはため息をついた。
リーシアが二人の背中に手を置きながら大丈夫だってと励ます。
エノア達が酒場にいた頃、薄暗い空間の中に一人の男が立っていた。
灯りは蝋燭程度でしかなく、男の顔もはっきりと見えなかった。
男は口を開いた。
「そちらの準備は整ったか?」
男が言うとフードをかぶった怪しげな存在が答える。
「まだだ。もう少しかかる」
「偶然ではあったが手はず通り一定値まで障壁を弱めたんだ。
失敗は許されない」
「分かっている。お前はお前の仕事さえしていればいい。
我々は仲間ではない。ただ各々がすべきことをするだけだ。
栄養を蓄えた我の子供たちも喜んでいる」
地面から突如人間の頭が現れる。しかしそこに精気などなく、腐敗し口を開けるのみ。
「ふん。趣味の悪い魔術だ」
その言葉を男が放った途端、謎の人物が振り向く。男の周りに数え切れないほどの腐敗した人間が取り囲む。
「子供たちを侮辱するな。我の作品だぞ」
「お前の方こそ相手は選べ。自分で自分の首を落とす気か?」
謎の人物の首元にはナイフが。
謎の人物はナイフを腐食させてから言った。
「まぁいい。貴様への報いはこの計画が済んでからだ」
「そうした方がいい。お前のためにもな。
せっかく蓄えた魔素を無駄にするな。
お前の魔術が私に効くはずがないだろう」
「どうかな?」
にらみ合いが多少続いたが、それ以降二人の会話が続くことはなかった。
男はその場を立ち去った。
謎の人物は自分の作業に戻った。
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