収束
このままでは埒が明かない。
俺の予測は予測の域を超えない。リィファだと分かる何かがあると信じて行動を起こす以外に見つける方法がない。
一万人一人ひとりにリィファと呼びかけても仕方がないだろう。
「マスター、荒っぽいですが私が魂を操作して順番に見ていくという方法も」
「できるだけリィファの魂を傷つけたくない」
「分かりました……」
「提案してくれてありがとうな。
一人ひとり、か……もし術者が魂の場所を自由に置いているのだとしたらどこに置くと思う?」
「私なら一番奥です」
「そうだよな。あえてどうでもいい所ってのもありだが自分の体の自由や魂を渡してまで作り上げた傑作を失うかも知れない鍵をそんな所に置いておく覚悟があるものだろうか」
「ではリィファは最も奥にいるとマスターも思いますか?」
「正直ハーネスト卿は万が一程度にしか考えてないと思うんだよ。
覆せる可能性がある冥王の力を手元に置けていた。それが奪われることなどないという自信はあったはずだ。
今みたいにクロエが俺たちの手に渡った所まで想定して動いてないと思う。
それに浮足立っていた。自分の悲願が目の前で完成したんだ。盲目だったんだよ。
だから俺はクロエと同じ意見。問題は魂の形がどこまで残っているのか、だけどな」
「やはり魂の現状を知れないのは痛手です。
ですが私は大丈夫だと考えてます。リィファという女性は芯のある強いお方です。
力不足を感じながらも出来ることをし、マスターを支え、城での不自由を覚えながらも自分の足で立っていた方。
国王に毒されること無く自分を持っている方。そして兵士の方々に常識を忘れさせない接し方をマスターに出会うまで続けた方です。
その魂が国王の呪い如きで朽ちることはないと断言します」
「クロエ……そうだな、新しい冥王がそこまで言うんだ。見つけ出そう」
「はい、マスター」
俺はクロエの頭を撫で、歩みを進める。
一番奥というのがどこなのかを考える。どこへ行っても白い世界。右を見ても左を見ても道があるわけじゃない。
自分がどこを歩いているのか進めているのかも分からない。
オブジェクト一つない世界。
あるのは散らばる朽ちた魂。白い人だけである。
ピクッ。
俺はかすかに何か聞こえたような気がした。リィファとは魂の契約を結んでいない。
血の契約に意味はない。しかし俺はクロエにこう言った。
「クロエ、多分こっちだ」
「どうして分かるんですか?」
「俺が自分の魂の世界に居た時、カンナの声も聞こえてたんだ。
魂の契約を結んでないから魂に呼びかけても意味がない。それを否定する出来事だ。
決めつる必要はないんだ。何か聞こえた。それがなんの音かは知らない。
けどそれがリィファのものだったら? なら行くべきだ」
「そう判断したのですね。行きましょう」
俺は足早に音の聞こえた場所へ向かっていく。
朽ちた魂が行く手を遮るように増えていく。次第に朽ちた魂が邪魔をするようになる。
クロエが言った。
「今の私は冥王。この程度なら抑え込めます。ただその間私はマスターのお手伝いをすることが出来ません。よろしいですか?」
「いやいい。俺がやる」
最後までいいように使われてるんだな。この朽ちた魂達は。
けど悪いな。
俺は目を閉じた。
魂の世界ならば今ここにある俺の魂は魔王であり勇者である。相手が人間だろうと魔族だろうとその魂を震わせてやる。時間がないんだ。
「大事な人が待ってんだ――そこを退け」
朽ちた魂が逃げるように溶け出した。人の姿を保つのは一人のみ。
「リィファ、行く宛がないのか? それならまた俺の手をとってくれ」
俺はそう言って手を差し出した。
「助けにきたんだ。ほら、もう一度手を伸ばしてくれ。
今度はちゃんと――握るから」
人形のようにペタンと座ったままのリィファ。涙が頬を伝い、俺の手にはリィファのぬくもりがあった。
「怖かったですわ」
次の瞬間元の世界に戻ってきた俺はリィファをさらに強く抱きしめた。
「おかえり、リィファ」
「エノア様っ!」
リィファは巫女の姿からいつものリィファに戻った。
グラド国王が立ち上がり、よろよろと歩いてくる。
「そんな……バカな。あの状況からどうして全てを救える?!
リィファ、私の」
アイギアが言った。
「どうだい。やって見せたよ」
「だが、誰かが居なくならねばこの世界はどちらにせよ崩壊するのだぞ!」
「その問題はない。ボクが全部持っていく」
俺はアイギアに言った。
「ちょっと待て、それはどういうことだ? どういう意味で言っている?」
「今、影の世界と繋がった所で力が溢れすぎているせいで器が足りない。
力を取り戻した原初はそれを一度も使わないことによって世界の器から溢れないようにしていた。
そして別世界から戻ってきた終焉の魔物、ゼートと言ったかな。彼はエルフの森に居れば問題はない。と言ってもボクがそこに行ってしまえばエルフの森が崩壊する。
特殊な方法で生まれたボクや終焉の巫女、力を使ってしまった原初。そして大天使の再現にこの世界に来てしまった冥王。終焉魔法を今や代償なしかつたった一人で使える少女。
過剰すぎるんだ。正直ボク一人いなくなった所で世界の崩壊は止められない。
けど、世界はもう一つある」
「それは、天界の事を言っているのか」
「そうだよ。君たちならもう天界に行くことは容易のはず。それだけの力があるから。
しかしここでもうひとつ問題が生まれる」
「……死後の魂の行方か」
「そう。輪廻させようにも滞在する世界は必要だ。もし輪廻をしないならいつか世界は滅びてしまう。なぜならこの世界において魂は新しく生まれない。
元となった魂が必ず存在する。魂の概念がなくなれば転移者も転生者もいなくなり別の世界での転生もなくなる。全ての輪廻から外れることになる」
「必要だ。俺は魂の契約を結んだ相手が二人いるんだ。それを安いものにはしたくない」
「ボクも死後の世界は必要だと思う。それにはある程度の器の大きさも必要になる。
そうなると話が元に戻ってしまうんだ。
天界、冥界、世界。これらを一つにして新たに冥界を作る。しかしそうなると結局今の状態では器が足りない。
そこでボクが余分な分を持って消失するよ」
「……お前はそれでいいのか?」
「愚問だね。ボクはこうするべきだと考えて実行するだけだよ。
ボクはそう学んだんだ。
エノア。君の勇者スキル、譲渡を真似させてもらった。回数制限ありの劣化版だけどね。君の勇者の力はダグラス由来のものだ。
それを前魔王を倒すことによって勇者の力に昇華させたもの。勇者の力とは神の力を借りることにある。おそらく天界では意味のない力になってしまう。
だから君の勇者の力を一度ボクに移して欲しい」
「どうしてそこまで」
「理由は簡単。人の平和を願うからさ。
そしてボクは君に期待したい。
ボクは神だからね。人の上に立っている身としては人を導く勇者としての君に期待したい。魔王としての期待も背負っているのに申し訳ないね。
はい。これでいいよ。ボクからも勇者の力を授けといたから。全部終わったら破棄してね。世界の崩壊の事を考えての言葉だよ」
「……アイギア、俺はその期待に答える。それがどんな結果を生もうとも」
「どんな結果だとしても……か」
「その結果がこれだからだ。期待に答えた目に行動した結果がかけがえのない人が出来る結果となった。結果論だけど俺は期待に答えるために努力するってことに前向きなんだ」
「うん、勇者らしいね。君らしくもある」
アイギアはそう言うとシェフィに声をかけた。
「原初の王、ボクの力を少し持っていくといい」
「あら? いいの?」
「いいよ。使い切りで申し訳ないけど」
「充分よ。ただ理解できる行為ではないわ。どうしてあなたが人の為にそこまでするのかしら」
「ボクの命は一万の上に成り立っているんだ。
ボクは、犠牲の元に生まれた神として……最後まで神らしく、ボクらしく人がボクを信仰できるような正しい姿として立っていたいんだよ」
「ふーん。納得はしたわ。あなたのような者が主神になれば良かったのにね」
「ボクはもうそうなることは出来ないけどね。この世界を引っ張る存在はすでにいる。
それに……もう人に神は必要ないんだ。導きなんていらないんだよ」
そしてアイギアはもう一度俺に話しかけた。
「これで最後。君の中にある魔王の魔力の変質してしまったもの、不必要な魔力もボクが持っていく。
そして終焉の巫女。彼女の中にある朽ちてしまった魂もまたボクが持っていく。残念ながらもはや輪廻からは外れてしまったものだからね……
持っていくのは魂だけだから力が衰えることはないよ。
これで世界を一つにした後に新たな冥界を作れば君たちが誰一人と犠牲になることなく世界を保つことが出来るはずだよ」
リィファがアイギアに言う。
「あ、あの……兵士の方々の魂は」
「それは冥王が冥界に持っていってくれるさ。ボクが持っていくのは朽ちてしまったものだけだからね。それに冥王はもう力をコントロールし、冥界の門も閉じれるはずだよ」
クロエはコクリと頷いた。
アイギアは宣告通り不要となったもの、邪魔となるもの全てを受け取ると聖書を胸に抱えて空を眺めた。
「これが空、なんだね」
そうか、アイギアは理解しただけでこの空を見るのは初めてなんだ。
実感という情報を初めて理解したんだ。
「人の未来が明るく晴れ渡る事を祈るよ」
そうしてアイギアは満足げな顔で消失した。
俺は必ず語りつぐ。正しい聖書としてアイギアを書き綴り、神としてこの世に……
偽物だったなんて誰にも言わせない。
本当に助けられた。お前がいなかったらいろんなものを失っていたかもしれない。
「返せ、私の娘を返せ! エノア!」
「グラド、手駒がいなくなった途端急に小物臭くなったな」
「私の、私の娘だ。世界を手に入れるための、私が新たな主神となる為の大事な」
「子離れするべきだ」
「黙れ! 私にいいように遊ばれていたお前如きが口を出すな!
さぁ、リィファ、いい子だ。私の悲願の為に」
炎の剣が六つ、グラド国王の行く手を遮るように刺さった。
リーシアが言った。
「まるで私の両親を見てるみたい。あなたのせいで……
あんたのせいで私とエノアはッッ!」
俺はリーシアの頭の横に手をおいた。やさしく自分の方へ向ける。
「それは俺たちの役目じゃない。一緒なんだ」
「でも……手にかけるのは……」
「分かってる。でもリィファは一人じゃない。俺たちがいる。リーシアと同じように」
リィファはグラドの前に立った。
「お父様」
「リィファ……!」
グラド国王は嬉しそうな顔をしながらリィファに命令する。
「さぁ殺せ! お前と私で、いやカリムも含めてこの世界を手に入れるのだ。
たくさんの犠牲を無駄にしないためにもだ!
このまま終わってはお前の母の死も無駄にすることになるんだぞ」
リィファは頭を下げた。
「これまでわたくしを育てていただきありがとうございました」
「何を言っている……リィファ……なにか怒っているのなら」
「もう手遅れですわ」
グラド国王の胸の前に四角い輪っかが出現する。
その中心から白い剣が飛び出した。
「がはっ……なぜ、だ……私は、間違ってなど」
リィファはただ黙って頭を下げ続けた。そしてグラド国王は息を引き取った。
俺たちに背を向けたまままリィファは頭を上げた。
俺とリーシアはリィファの後ろに立ちその背中に手を当てた。
リィファは小さな声で俺たちに言った。
「甘えてもいいですか?」
感情の溢れるまま涙を流すリィファ。俺とリーシアはそんなリィファを優しく抱きしめていた。
何もない空間に一つの歪が生まれる。
「がっ! クソッ! はぁ……あの神め……クロエ!
……なんです、どうなっている。神は、国王はどこへ」
俺はリィファの耳元に口を近づけて小声で言った。
「すぐ戻ってくるから」
無尽蔵の魔力が周囲に影響を及ぼす。
「ディック……」
「な、や、やだなー……ちょっと手順が変わっちゃっただけで目的は同じなんだからそこまで怒らなくても」
俺は殺意と怒りの籠もった目でディックを睨む。
「今は分が悪い。逃げさせていただ……か、体、が……
ッッ! シェフィ……きさ、ま!」
俺たち全員が一つの影に覆われる。シェフィによりディックは無理やり振り向かされる。
「ぜ、ゼート! なぜここに! なんです? 何が悪い! 私は私の目的の為に最善を尽くしたまで! あなた方のように失敗するのは嫌なんですよ!!」
俺はディックに言った。
「グロウからの伝言だ。
お前がグロウにしたことは何も言わない。
ただそれ以外の裏切ると言った行為は許さない。グロウ以外に被害が及んだその全てを許さない」
「知りませんよそんな事! あんな人間に何を言われようと私は」
俺は残った伝言を口にした。
「そんな毛嫌いするなよ。俺はお前の事そんなに嫌いじゃなかったぜ」
「グッロウ……」
ディックの口から血が溢れ出る。魔王の剣がディックの胸を差していた。その剣を手に持つのはシェフィだった。
「終わりよ。自分の失態は自分でケリをつけなきゃね。
……せめてもの慈悲よ」
ゼートがその後に言った。
「我がここにいるのはリーシアがカラスを通じて連絡を寄越したからだ。アビスの転移術式により今ここにやってきた。
グロウはお前が裏切る可能性を示唆していた。他の誰もがそれを気にもとめなかった。
そしてグロウ自信もなにも言わなかった。
お前を信じていたからだ。それを踏みにじったお前が許せない。
そして今回もまた我の友を裏切ったな」
「がっ、ぐっ……はぁっ、はぁ……」
ディックの帽子が落ち、髪が乱れている。息を切らしながらディックは言った。
「だから嫌いなんですよ。勝手に信じられて……その挙げ句結果は伴わない。
最後まで性に合わない人ですが、下らないことに夢中になるのはもう疲れた。
グロウに殺されるのなら報いとして素直に死んであげますよ」
魔王の剣だけがそこに残った。
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喜びます。