混沌
動かない。でも、見える。ただ眺めているだけでいいんだ。仲間だけは殺さないでくれ。
……俺の問いかけには誰も答えない。
視界は晴れていた。何をしているのか、どうしようとしているのか分からない。もう自分の体じゃない。
グラド国王は顎をさすりながら俺を見て言った。
「これが終焉の魔王か……しかしなぜ動かない。まぁいい」
リーシアがグラド国王に向かって叫んだ。
「何が目的なのよ!! 自分の子供を意味もなく殺して! それだけじゃない! あなたは今まで殺される理由がないものを殺してきた! なんでなのよ!」
「お前だって殺したのだろう? 自分の両親を」
「っ……なんで……」
「私は愚か者ではない。わざわざエノアがお前の両親を殺す理由はなんだ? あくまで第三者。わざわざ殺す必要があるか?
ではなぜあの場にいた。エノアが呼び出されるはずはない。呼び出されたのはお前だリーシア。そしてお前の両親はお前を子供としては見ていない。
そう、私のようにな」
「うるさい! そんなことを聞いてるんじゃ……私は……」
リーシアは自分の胸を抑えた。
その後、玉座近くの扉から車椅子にのった一人の老人とそれを押す男性が入ってきた。片目に包帯を巻いている。片目だけではない。体の至る所に巻かれた包帯。両足はなく、左手も存在していない。車椅子を押している男性に手を上げて合図をした。
男性は車椅子を押すのをやめた。車椅子の老人はこう言った。
「私はハーネスト卿。久しぶりだな魔女」
リビアは体の痛む所を抑えながら立ち上がる。
「あなたのような人は記憶にないのだけれど」
「そうか? ああ、この姿だからか。そこにいる魔王を誕生させるための儀式を行なったのはこの私だと言うのに。忘れてしまったのか?」
「っ! あの時の……」
「そうだ! お前には感謝している! わざわざ教えてくれたのだからな!」
「感謝される筋合いはないのだけれどぉ?」
「お前の言う通りだったんだよ。カリム王子の時、私はそれを分かってしまった。間違っているのだと。何一つ掠ってすらいないのだと。そう分からされた。
だからこそ全てを犠牲にしたのだ!」
「いまいち話の核心に近づかないわねぇ。何が言いたいのかしら」
ハーネスト卿は右手を自分の顔に押し当て笑っていた。
「笑いがこみ上げてくる。押さえることなど出来ようか!
私は――神を越えたのだ」
リィファが立ち上がった。たち、あがった? リィファ、リィファ! くそっ、だめだ! 体が言うことを一切聞かない。自分の体の感覚ですらない。まるで夢を見ているようだ。
リィファは俺を見ながら黒い涙を流していた。口をパクパクと動かしていた。
なぜか俺にはその発声の無い言葉が理解できた。
”たす、けて……エノア、様”
リィファはその瞬間――白い繭のようなものに包まれた。包まれるまでの間、俺に向かって手を伸ばしていた。俺はその手をつかめない。
リビアはハーネスト卿に言った。
「神を超えた? あなたが? たかだか一般魔術師が?」
「そう思うのも無理はない。私は愚かだった。神の御業を真似ようなどと。それが出来た所で神と同等でしかない。
そんな時、グラド国王の野望を聞いた。私はそれが自分の新たな目的と合致していることに驚いた」
グラド国王はハーネスト卿の言葉を遮った。ここからは私が話すというとグラド国王はその野望を口に出した。
「私は神となる。ただそれだけの話だ。
主神ダグラスを殺し、その座に私が座るのだ」
リーシアが言った。
「あなたが神に? 冗談言わないで」
「冗談かどうかはこの先を見ていけばいい。その女が件の女なら分かるだろう?
この繭の中に眠るものがなんなのか」
リビアは震えながて口元を抑えていた。まるで信じられないと言った様子で。
「どういう、こと……そんな、ありえない」
リーシアはリビアに聞いた。
「ねぇ、どうしたの? どうなったのよ! リィファは……生きてるの?」
「私は、魂を司る冥王。そして勇者の力を神の命令により分け与えていた。同時に魔王の力の行き先も監視するよう言われていた……
だからこそ分かるわ……この世界には器というものが存在するのよ。世界を支え続けるための……エノアはその半分以上を使っているの。
――それがどうして! エノアと同等の器と力を所持しているの?! 私の目を、神の目を盗んでどうやって……その器に入るだけの力をいったいどこからっ!」
ハーネスト卿がそれに答える。
「どこから? たくさんの犠牲の元、それを増幅させていた……とでも答えようか。この世界でそれをしてしまえば器から溢れてしまい欲しい力に達するまで世界が耐えられない。
第一神に消される。だから私達は別の世界に魂を保存した」
「隔絶魔法を使ったというの? 神でもない、魔王でもない、勇者でもないただの魔道士が世界の器ほどの隔絶魔法を? 第一これだけの力に見合う犠牲を用意するなんてことは……」
「私一人ではそれは無理という話だ。しかし……こちら側に人間ではないものが存在しているはずだ。
そうディックだよ。
彼はもともと別世界を作り出していた。神の目を欺くためにイリアスの聖遺物を糧としてな。それを利用させてもらったのだよ。本来は竜種を使う予定だったそうだ。
しかし別世界はリィファの為に、聖遺物はより良いアイリスに近い素材の為にと計画は変更された。
生贄についても話しておこう。私は神を超え、異世界者を別世界で召喚することに成功していた。転移であればそのまま生贄、転生であれば力をつけさせてから。
そして少しでも足しにするべくこの国の人間も多く死んでもらった。新たな神の為に犠牲となれる。それは幸せなことだ。一千万の命という犠牲のおかげでリィファは完成する。異世界の皆様には感謝しなくてはいけない」
「狂ってるわ……」
「狂ってる? 最高の褒め言葉だ! これで私がしたいことの理解はできたはずだ!
カリムは失敗だった! だが、リィファは完成だ!
リィファの運命は避けることが出来ない! そして共に行動している相手が魔王だと知った時、感涙した……
お前を越えることが出来る。そしてリィファは魔王を喰らい神を……喰らうのだ」
「無理よ! 世界の器を考えなさい! この世界が崩壊するわよ」
「そうだろうな。世界の器は溢れてしまうだろう。
だが今――この世界はどうなっている?」
「ッッ……影の世界とこの世界を一つにしたのは……」
「そうだ。これで器は広がった」
「この世界の住人がどうなってもいいと?」
「そんなものを気にするような人間に見えるか?」
「……」
シェフィはディックに問いかける。
「あなたは何がしたいの? 神への復讐かしら?」
「ええ! そうですとも!
いわれのない理由で堕天させられ、手を貸せば大天使の座を約束すると言われた。
だが全て嘘だった。私はアイリスのようにこの地で満足するつもりはない!
私を騙し、利用した神を殺す! ただそれだけなんですよ」
「目的は一緒だったはずよ。どうして裏切ったのかしら」
「吐き気がするからですよ! あなたも! リドも! グロウも! 仲良しこよしで結局敗北している!
情けない! それなのにまたあなた方は馴れ合っている。バカですか?! 学ぶべきだ!
己の目的だけを追求すればいいんですよ! 気に食わない。だからあなた方を殺してやりたい。
そう考えていたんですよ」
「はぁ……つまらない子」
「いつまでも上から目線でいれると思うなよ原初!!」
白い繭が脈打つ。その度に外側から繭が剥がれていく。
ハーネスト卿が大声で笑う。
「はははは! やっと、やっとこの悲願が叶う! さぁ……術者の私も喰らいなさい。
喜んで受け入れよう。あなたの父を神とするんだ。
お前は神の子となる。神子、異世界でまたの名を巫女という。
全ての終焉を喰らえ、終焉の巫女――リィファよ」
ハーネスト卿は一瞬にして姿を消した。車椅子を押していた男性はこう言った。
「最後までご一緒しますハーネスト卿。今度こそ、あなたの悲願はせいこ」
言葉半ばで男は消失した。
繭が完全に割れた。その中心に立つリィファは巫女のような姿をしていた。どこも見ていないような状態。今の俺のように。
常に浮いているリィファの背後には白い四角形の輪っかが折り重なっており、時々回転している。それ以外はリィファの姿である。
ただ、巫女の服以外が極端に白い。目から色が消え、白く美しく。
ディックが大声を上げる。
「さぁこちらも始めると致しましょう! 天界への扉すらも作ることを可能としたあの女の聖遺物で覚醒しなさい!
世界に愛されたクロエよ」
「了承しましたマスター。真名による開花を始めます。アイリス・グリザイアの名を元に制限の排除、融合を開始します」
ディックはシェフィに言った。
「さぁどうします? 今更私を殺したとて意味はない。
そしてこの中の誰か一人は死ななければならない。今この瞬間、影の世界を一つにしたとしても器から溢れてしまうようになった。
天界を足しても足りないでしょう。さぁ、さぁさぁさぁ!」
クロエの頭の上に白く輝く輪っかが現れる。背中から六枚の翼が生える。右側は黒く、左側は白く。そして仮面も同じように半分白く変わっていく。
仮面は形を成さず、ゆらゆらと炎のように揺らめいていた。
「大天使アイリスを彷彿とさせる……人であり、天使であり、悪魔である。
ああ、最も神に近いと言われた大天使が再び……
アイリスもグロウなど捨て置いて自分自身がこうなれば良かったのです。自分の命よりもグロウを選んでしまうから……
全く、馬鹿らしい」
国王がリィファに命令した。
「リィファよ! 終焉の魔王を殺すのだ!」
リィファが俺を見た。待ってくれ、リィファ……一緒にグラド国王を倒そう……
だから、その手を……こっちへ向けるな……
俺の体が……リィファを殺そうとしてしまう……
風圧。リィファから鋭い風の壁が当たる。俺の背後にあった壁は全て小石のように細かくなっていた。
やめろ、やめてくれ。リィファを殺そうとしないでくれ。そんな声を、出すな。
「ァァァァァァアアアア!!」
上空に城を越える大きさの黒い塊が出来上がる。影たちが俺にのまれていく。
影と魔王の魔力が混ざり合う。
黒い塊は太陽の光を遮っていた。濃くなっていく影は俺たちから光を奪い近づいていることを意味する。クロエが黒い塊に両手を向ける。
「 」
何かを言って黒い塊は消失した。
次の瞬間、遠くに黒い柱が天高く伸びていた。
――世界が……壊れてしまう。いやだ……この世界を壊すな……
シェフィが俺たち三人の中へ歩いてくる。そしてリーシア達に言った。
「もうどこに居ても安全ではないわ。でも下がっていなさい。少しは寿命が延びるかも知れないわ。
もはや人や魔族が立ち向かえる段階を超えたのよ。守れる保証はないし巻き込まない保証もないわ。力の半分を失ったのがちょっと痛いわね」
シェフィの体から血が流れ出した。それらはこの部屋の床をくまなく覆い尽くした。
「私からエノアを奪うなんて許さないわ」
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喜びます。