イリアスの聖遺物
クロエは太ももに巻き付かれた黒いベルトに触れる。その瞬間影踏みを使ったかのようにクロエは俺の目前に現れた。
「クロエ!!」
俺はクロエに重心を向けた。そしてクロエを抱きしめる。
そうすれば正気に戻るかも知れないと。
「がはっ」「……」
俺の淡い希望はクロエの行動によって儚く散った。
クロエはアイリスの剣を自分の方へと向けて俺と自分自身を貫通するように突き刺す。
俺は自分の体をいたわる気配のないクロエに危機感を感じ、一旦突き飛ばす。体を再生させるがクロエの体は再生しない。
クロエが口を開いた。
「対象を補足、地面による拘束をせよ」
前後左右の地面がひび割れ、それぞれ一つの大きな外壁となす。それらは俺を囲う。
「潰してください」
俺は隙間なく地面だった瓦礫に潰されそうになる。イナの力をしようして全てを砕いた。
間髪入れずにクロエは剣を振り上げる。
「くっ……クロエを傷つけないように拘束したいが……」
距離は離れているというのにクロエは剣を振り下ろした。その先にあった俺の腕が切り落とされる。再生を行いながら俺は言った。
「特化型スキル 魔術師特化 封印」
トアの封印を劣化した状態で使う。
「解除を要請 確認 実行しました」
まるで出会った頃のように淡々とクロエは自分にかかった拘束を解いた。
そして俺に向けて右手を出す。
「イリアスの篭手を発動します」
俺の真下に刻印が浮かび上がる。そして俺の体が硬直する。
「っ……これは刻印の拘束……右手が固定されて空虚が使えないっ」
リーシアが斬りかかる。
「今の内に拘束解いて!」
「そんなこと言われても……そうか! イナ!」
「はい!」
イナは俺の傍に走ってくると代わりに空虚を使用した。
クロエは石の盾のようなものでリーシアの剣を防いでいた。クロエ自身は自由がある。
リーシアの懐に入り込んだクロエは剣を横に振り払った。その攻撃をアイリスが防ぐ。
「ありがとうアイリス!」
「恋敵と言えど大事な友人ですから」
「素直じゃない、なッッ!」
リーシアは石の盾を弾き飛ばす。クロエは再びイリアスの遺品の力を使う。
「イリアスの自動障壁を展開」
石の盾がガコッと音をたてながら広がる。
イナとリーシアの剣撃をクロエは一歩も動かず守りきる。二人は俺のところまで一旦退いてきた。リーシアは俺に言う。
「全力出せないのがきついわ。せめて再生能力でも持っていてくれれば魔力使うんだけど」
「自我は完全にないと見るべきだ。血の契約も結べない。どうにかして正気に戻したいが」
クロエは躊躇なく次の力を使う。
「イリアスの仮面の力を使用します。領域指定。支配下を開始 完了しました」
グオッ。なにもないのに俺の体が勝手に持ち上がる。そして側面の壁に打ち付けられる。
「ガッ……」
手加減なんか……出来ない。強すぎる。
リビアがクロエに話しかける。
「もう戻ってきなさいクロエ! 誰を傷つけてるか分かってるの?!」
「対象を指定」
「ぶッ! ぐはっ……」
リビアは俺と同じように空中に浮かされた後、天井に叩きつけられる。そしてそのまま力なくうずくまった。
「く、ろえ……」
「リビアッッ! っ!」
リビアの姿を確認しようと一瞬振り向いた途端、俺の目の前にはイリアスの仮面をつけたクロエの姿があった。
「イリアスの肩当ての力を使用。魔力回路の破壊を開始」
そう言って俺の胸にトンッと手を当てる。
「ッッ!」
なんて能力だ。再生にいったいどれだけの時間が。
クロエの腕に黒い影が巻き付いた。
「なっ、どうして影が」
俺は影に押された。影はその後地面へと垂れ落ちる。そして拳の形をつくりクロエを殴り飛ばした。影は俺の体を支えてから少しずつ起こしてくれる。
「なんで……」
影はびょんびょん跳ねるようにしながら俺の周りを走る。
「力を貸してくれるのか? リビアという鍵が失われた今、影の世界から来るにはゲートを通じなきゃ…………もしかしてここまで来たのか? わざわざ?」
影は再びびょんびょんと伸び縮みする。
「そっか……俺の為に戦ってくれるんだな。
クロエが正気を失ってるんだ。手伝ってくれるか?」
影はグッと拳の形を作り親指を上げる。
「ありがとう。うれしいよ」
俺は体勢を立て直したクロエを眺める。正直言って正気に戻す方法が分からない。なら術者本人を殺すのが手っ取り早い。
その術者本人は……ディックだろう。
「シェフィ。ディックを殺してくれ」
「当然よ。私の不始末だもの。私がきっちり殺すわ」
シェフィはゆっくりと歩きながらディックの方向へと進む。ディックは笑った。
「おおっ! 怖い怖い!」
ディックの前にクロエが立ちふさがる。
「退きなさい」
しかしクロエはその言葉を無視していた。
ディックは大笑いした。
「くははははは! この世の魂でもない、この世の肉体でもない彼女はあなたの支配下には入らないんですよ!! ばぁぁぁぁか!!」
「ふぅ……」
シェフィの足元が一気にひび割れる。地面が崩れるように割れたせいでクロエは足元がおぼつかない。
クロエは自分を対象にして空中に自分を固定する。
「おっとと……怖いですねぇ。気に触りました?」
そうディックが言った瞬間、ディックの逃げ場を無くすように地面が鋭い針のような突起を作る。それらは何重にも重なりディックは身動きが取れなくなる。
「私が支配下に置けるのは物質全てよ」
「このクソアマが! クロエ! 自害の準備です!」
スッとクロエが首元に剣を当てる。
「ッッ」
「もうリビアに冥王の力はない。なぜならその力は今クロエが握っているからです。
彼女もまた世界に愛された者の一人。
彼女が死んだらその魂はどうなるのでしょうね。ちゃんと捕まえられますかぁ?」
「あなた――本気で私を怒らせたわね」
「そこで突っ立ってるしか出来ない落ちぶれた原初に言われても全く怖くないですねぇ。
さっさとこの岩どかしてくれますか? 邪魔なんですが」
シェフィはその岩を元に戻した。
「……」
グラド国王は俺に言う。
「リィファの事も忘れているのではないか? 早くせねば呪印を発動してしまうぞ? ん?」
俺は下唇を強く噛んだ。人質が二人。クソ……何がしたいんだこいつらはッッ!
俺が苛立っているとヴァルクが俺の横に来て言った。
「私が神の加護に傷を入れます。空現ではそれが限度でしょう。その間に神の加護を破壊しグラド国王の首を落としてください。
クロエという少女はトアの封印で守らせます」
「分かった。出来るんだな?」
「信用ないですか?」
「いんや? 頼むぜ聖騎士団長」
「ええ」
ヴァルクは右足を踏み込む。その間グラド国王は言った。
「神の加護を忘れたか? いくらお前と言えど神の加護には傷一つ付けることはできん。
これまでこの国をどんなものからも守ってきたこの世で最も上位の力だ。
貴様の力など空想に等しい」
「空現とはその空想を現実にするものです。私の斬れたという可能性は必ずや見出すでしょう。
妹の前です。かっこつけさせてもらいますよ。
”空現”はその空想を現実とする!」
訪れた静寂。国王が大笑いする。
「ふははは! ヴァルク! 所詮」
ピシッ。
「私の体の事を考えなければそのくらい……余裕ですよ」
ヴァルクは微笑みながら余裕を見せるようにしてそう言った後、剣を落とした。ヴァルクの服が血で滲んでいく。ヴァルクはその状態のまま座ることも、立つこともしない。もうほんの少しだって筋肉を動かせないのだろう。
「後は頼みましたよ。エノア君」
「任せろ。お前が作った可能性は絶対に無駄にはしない――時解」
選択した時間の中、俺は神の加護という名の障壁の前に立つ。
そこに一個だけ存在する傷。これはヴァルクが全ての可能性から作り出した唯一の希望。
俺はガディの剣を引き抜いた。
「ガディ、お前の作ったもう一振りの最高傑作――使わせてもらうぞ」
知らない技術を盗み取り、学んだガディは俺に素材を要求した。俺は各々に頼み、その素材を用意させた。ガディは俺の血を受け取ると、寝る間も惜しんで打ち続けた。
”エノアの旦那。くれぐれも加減はしてくれよ。わしの打ったこの魔剣は危険すぎる。 嬢ちゃんの剣が一人を対象とするのならこの魔剣は全てを対象とする”
俺はその剣を振り上げた。
ガディはその魔剣を史上最高傑作、これ以上の剣が出来ることはないと断言した。
故に自分の名をその銘に刻み込んだ。
その一振りの銘を「終焉の魔剣――ガディウス」
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