勇者候補らしく
カリムとリィファが住んでいた王城を守るように建設された城壁。その城壁を守るように聖騎士団は固まって配置されている。ヴァルクはいない。
歩く隙間もないほどびっしりと。そして城壁の上には司祭とその信徒。
「リーシア、イナ」
「分かったわ」「はい」
魔王の威圧を三人で発動する。魂の契約を結んだ二人と俺の威圧は相手を死の恐怖に陥れるには充分だった。
シェフィが一言添える。
「どきなさい」
抵抗力はなくなり、シェフィの言葉を受け入れる聖騎士団。
かろうじて城壁の上にいる司祭と信徒達は本を掲げる。
「神の加護に守られし我々は……神の使い。ならばその声を聞きとど」
複数本の矢が本を貫いた。ティアナが矢を作り出しそれを操作した。本が貫かれると司祭は詠唱を止めた。
「悪しき魂がッッ!」
そう叫んだ瞬間、司祭の体が赤く燃える。
「ァァァァァアア!」
そして司祭はそのまま燃え尽きた。俺は理解ができない突然の出来事が起こり困惑する。
ティアナに何したんだと聞くとこう返される。
「私……何もしてないよ。ただ本を射抜いただけで……」
次の瞬間、聖騎士団、信徒の足元から突然炎が湧いて出る。円を描くように現れた炎は一人ひとりを燃やしてしまう。
灰も残らないまま。俺たちは呆気にとられていた。誰も何もしていない。そしてそれから何も起きない。
「なんだ……どうしてこんな」
リーシアは俺にこう言った。
「分からないわ。今更罪を押し付けるなんてことしないと思うし……何がしたかったのかしら……」
「でも行くしかない。行こう」
俺たちは門を通り過ぎる。すると今度は兵士達が待ち構えていた。
カリムめ……聖騎士団だけじゃないぞ。それとも後から配置させたのか?
リィファが前へと歩きだす。そして頭を下げる。
「突然姿を消し、挙げ句には自分勝手な行動をしてしまい申し訳ありませんでした」
すると一人の兵士が答えた。
「本当ですよ。鍵奪われてから怒られたんですから。死ぬかと思いました」
「そこを退いて頂けないでしょうか」
「リィファ様……大きくなられてうれしいですがそれは出来ません」
リィファはゆっくりと頭をあげるとこう言った。
「これでも……でしょうか」
上空から別行動で飛んできていた破龍が地面に着地する。土や整備された地面に破龍の爪がめり込んだ。
キュルルルルルと破龍は鳴いた。その破龍の頭を撫でながらリィファは言った。
「殺したくありません。顔なじみの皆様を」
兵士達は剣の構えを解いた。
「もうちょっとだけリィファ様の成長を見ていたかったなぁ……
すいませんリィファ様」
「なにを」
彼らの足元から先程の炎が湧き出る。リィファは慌てて駆け寄る。
「そ、んなっ! 待ってください! どうして!」
「リィファ様、お幸せに。ばかな国王もこっちに連れてきてくださいね」
そう言うとリィファを突き飛ばす。そして皆口々に国王を罵倒し始めた。今までの不満をぶちまけるように。
そして最後は口々にリィファやカリムへ自分の言葉を残して燃えていった。
「っ……どうして……」
トアがリィファの肩に手をおいた。
「行こう。それがあたしらの出来ること。どっちにしろ助からなかったんだよ。それを分かってたんだ。避けられなかったんだ。
まるでお前らが攻め込んできたせいだとでもいいそうだよ。あの国王なら」
「トア様……どうして」
「トアでいいよ」
「トアだってはずですわ……聖騎士団は」
「ああ。泣きそうだよ。ずっとあいつらと生きてきたから。
だからこそあたしは国王を許せない。あたしは勇者候補だ。勇者候補として魔王を倒すんじゃなく勇者候補として、勇気ある者として誰も逆らえなかった愚王を殺しに来たんだ。
たとえこの国で生かしてもらったとしても、それがあたしのするべきことだと思うから。
って、あっごめん……父親……だったんだよね」
リィファはクスッと微笑むとトアに言った。
「良いんです。あの人は生きてちゃいけない人なんです。行きましょう。
破龍さんはここでお留守番しててください。何かあれば呼びますのでその時は天井を破壊してしまって構いません」
「キュルゥ……」
そうして俺たちはついに王城の中へと足を踏み入れた。
静かだ。兵士は一人もいない。侍女もいない。ガーディアンも姿を見せない。
誰一人ここにはいない。だが王は必ず待っている。きっと俺が実質追放を言い渡されたあの場所で。警戒しながら俺たちは階段を上っていく。物音なく、静かな王城の中を歩いているとリィファは不思議な感覚に襲われると言った。
俺が誰も居なかった自分の家を歩いていた時と同じだろう。
謁見の間へと入る門は閉じられたまま。
「準備はいいな」
俺は皆にそう言った。それぞれが頷くと俺は謁見の間の扉をゆっくりと開ける。
以前のようにガーディアンは存在せず、玉座にダグラス王が座る。
ダグラス王は頬杖を尽きながら体勢を崩していた。
人が居ない分広く感じられるこの謁見の間にいるのはダグラス王だけではなかった。
ダグラス王の横にカリム。さらにその横にはまとまってカリムのパーティーメンバーが立っていた。そして玉座へと続く階段の下にヴァルクが立っている。
俺はまずヴァルクに言った。
「ヴァルク。お前の目的は達成出来たのか?」
「エノア君。君のおかげで自分の目的は達成出来ましたよ」
「ならそこにいる理由はなんだ」
「私は魔王である君を倒さなきゃならない」
「勇者気取りかヴァルク。お前らしくもない」
「まぁそんなものでしょう」
続けて俺はダグラス王に話しかけた。
「ダグラス王。お前には随分と迷惑掛けられた。今回で最後にしてほしいんだがな」
「私をダグラス王と呼ぶな」
「なんだ嫌なのか? この国は主神ダグラスの国。そしてその王は代々ダグラスの血を持つ者。敬意を込めて歴代はずっとダグラス王と呼ばれてきただろう」
神の名を名乗れるんだ。良かったじゃないか」
「口の減らない男だ。私グラド・ダグラス。グラド王だ。ダグラスという神の名で呼ぶな」
「だから頑なにダグラス王と呼ばない用、国民に強要させてたのか? 国の名前すらも」
「態度がでかくなったものだなエノア」
「問答は終わりだ。リィファの呪いを解け。そしてディックをここに連れてこい」
「リィファの呪いは私を殺せば消える。術者本人が死ぬのだからな」
「お前自分自身の娘を……いつからだ。ずっとリィファは俺たちと一緒に居たはずだ」
「いつから? 生まれた時からだ」
「生まれたときから? なぜそんなことをしたッ!」
「いつでも殺せるようにだ。カリムの時からするべきだった。
そうだ、ディックだったな。入ってこい」
玉座の近くにある扉からディックとイリアスの仮面を被ったクロエが歩いてくる。そこに拘束はない。
クロエは俺に気づくはずだ。しかしクロエに反応がない。宙に浮く四角い石、クロエの首にかけられたネックレスの先にある石。そして左の太ももに黒いベルトのようなものを巻きつけている。右腕には兵士がするような肩当てや篭手。その手にはアイリスの剣を握っていた。
ディックはけらけらと笑いながら歩いてくる。
「どうもどうもっ! いやぁすみませんねぇ……皆様の大事なものを盗ってしまって。
あ、返しませんよ?」
バキッと俺の足元の地面がひび割れがら沈む。
「ディック」
「おお、怖い怖い」
「クロエに何をした。何が目的だ。全て話せ」
「わざわざ素直に話すのですかぁ。そんなバカだと思われているのです?」
俺は短く息を吸い怒りを顕にする。
「お前ら……俺から、大切なものを……奪いやがって……いい加減にしろよクソ野郎共がッ!」
魔王の力を全開にする。リーシアと共に前線へと出た。魔王の剣を右手に握りしめディックの首を落とすために走り出す。
しかしヴァルクがそこに立ちふさがる。
「退けヴァルク!!」
「いえ、私は勇者候補なので」
「寝言言ってんじゃねぇぞ」
「随分と魔王らしいですね」
「純粋な怒りだッッ!」
「空現」
その瞬間、パンドラキューブの障壁が俺たちを守る。ヴァルクの横を通り過ぎようとした時、ヴァルクは自分の背後に一枚の障壁を隙間なく展開する。
「お前、あくまで邪魔する気なんだな」
「勇者候補ですから。勇者スキル 落胤の対価 ”不敗”」
「なっ、まさか本当に」
「ええ。一旦落ち着いてください」
「落ち着けるわけが」
いつの間にかトアがヴァルクを間合いに入れていた。
「勇者スキル 格闘特化 もうお前には負けない! そう決めたんだ!」
俺たちは一度退いて距離を取る。ヴァルクは言った。
「私のスキルは不敗。死を覆すスキルですよ。強力すぎて他のスキルは手に入りませんがこれでもあなたと同じ勇者候補です。
そして実力の差も分かっているでしょう」
「それを覆すのが勇者だ」
「私も勇者候補です」
そうか、そうなのか。ヴァルクは勇者の性質に寄っている。その精神汚染を克服出来なかったんだ。自分の父親を殺すという自分を支えていた目的が失われた。
だから……
俺は魔王の剣を振り上げヴァルクに斬りかかった。その剣はヴァルクに防がれ鍔迫り合いとなる。
「見損なったぞヴァルク! お前勇者候補の性質にのまれたのか!」
トアでさえのまれた精神汚染。だがヴァルクならそれを覆せるはずだ。ヴァルクにはまだ自分を支える柱となるものがあるはずだ。ヴァルクは、神の力に負けはしない。
「なんのことです? たとえそうだとしてもそれがなにか?」
「妹の前だろうが! お前自身でいるべだろうが!」
「はて、妹? 誰のことですか?」
「とぼけんなよ。お前自分自身の妹を守らなくてどうすんだよ!」
「トアはあなたのもとへ行った。私が守らなくても良い」
「その俺を殺せば誰が守るんだ。言ってみろよ!」
「それは……?」
「この大ばか野郎が。お前が殺すのは自分の父親だけでいいだろうが! どんな事情があるのかは知らない。
けどお前自身が望むことじゃないだろ! その剣は何のために振ってんだよ!」
「わ、たしは、勇者候補。人類の為に」
「人類守る前に自分の大切なもんぐらい守れ!!」
俺は剣を弾く。距離をとるとヴァルクは頭を抱えた。
「違う、私は……空現!」
俺は時間を止めた。選択した時間はヴァルクが斬れたであろう可能性の時間。
だが俺は何もせずに時解を解除した。
俺の頬や、服。どれも致命傷には程遠いかすり傷だったからだ。
トアが腕を下ろす。
「はっ? ちょ、ちょっと待ってよ。どういうこと? ヴァルクがあたしの兄貴?
いや、だって……どうして、エノアは知って……」
「目を覚まさせてやれトア。ヴァルクは勇者候補の性質に負けている。あの時のトアみたいにな」
「……分かった。もう全部分かんないや。だから兄貴の顔ぶん殴ってから正気にさせて全部吐かせてやる。
家族だったんなら言ってくれよって。血の繋がった人なんて誰もいないと思ってたのに自分だけ全部分かってますってずるいじゃんか。
目ぇ覚ませバカ兄貴!」
トアは腰に帯刀していた一本の短剣を手にした。
「勇者スキル 盗賊特化。
死なないってんなら本気で行くから兄貴」
「ト……ア……」
国王が玉座の上からヴァルクにこう伝えた。
「勇者候補としての責務を果たせ。ヴァルク」
「……仰せのままに」
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