ダグラス王国
転移術式の前で、俺は深呼吸する。
できればアイリスを連れていきたい。パンドラキューブの力を使って神の力に対抗出来ないかと。しかし連れていってしまえばカラムスタを一体だれが守ると言うんだ。
ティアナがどうかした? と顔を覗き込む。
「いや、アイリスを連れて行きたいって思ったんだがそうするとカラムスタ王国の戦力が大幅に削減されちゃうって問題があってな」
「みんなに頼めば?」
「みんな?」
「そっ、みんな。
エルフの森は別世界のままだから影に襲われることもないでしょ? 避難すれば街はどうなるか分かんないけどこの国の人や魔族の命は守れる。
だったらみんなにお願いしてカラムスタ王国を守ってもらえばいいじゃん」
「……わざわざ危険に遭わせるのは」
「エノア、忘れてない? 私達が一万年誰を相手してたと思ってるの?」
「ティアナがそう言うなら……相談してみるか」
転移術式先をエルフの森に切り替え、俺はその中へと入っていく。
「どうしたんじゃ、生まれの国を攻め入ると聞いておったが?」
族長が食料の管理をエルフに指示している。しかし俺が突然来たせいか手を止めて俺に声をかけてくれる。
「その、頼みがあるんだ」
「お主の頼みなら何でも聞いてやるわい」
「人間の国を守ってくれないか?」
「ふむ、分かった。人数は?」
「結構大きい国だから少なくとも五百」
「よかろう」
そう言って族長は振り返る。コンッと木を叩くとそれがこの森の住居全体に響く。エルフ達は作業を止めて静かになっていた。
「これより人間の国を守るための人材を集める。戦いは避けられん。
カラムスタという国に行くが五百人程度連れて行くことになる。行きたいものは?」
ガッ! とエルフ達が駆け寄った。我先にと族長にアピールする。
予想外の結果に驚いているとティアナが頭を俺の腕にコツッとあてて言った。
「ね? 頼んでみてよかったでしょ? これで連れていけるね」
「俺、こういうのをさ。求めてたんだ。転生する前から」
「エノア?」
「俺が誰かを助けてさ。そしたら誰かが俺のことを助けてくれて、かけがえの存在になるんだってさ……そう思って俺はずっと」
ティアナは俺の足を払った。俺は体勢を崩してティアナの胸に顔を埋める。
「それはエノアがすごすぎるんだよ。きっとこの世界に来る前から。だってエノア全部自分でなんとかしちゃうじゃん。助けてって全然言わないじゃん。
みんな頼ってくれるのを待ってるんだよ。泣いちゃうくらいうれしいんならもっと私達を頼っていいんだよ。
みんなエノアの事、大好きだから。
あっ、でも今回はみんな外の世界を見たいってだけかも? あははっ」
俺はその状態のまま、ティアナに腕を回して強く抱きしめた。離れた後、涙を指で拭いてからティアナの頭に手を乗せる。
「ありがとな」
「うん」
エルフ達の人選が終わり、一度ルーヴェスト帝国に戻る。そして行き先をカラムスタに変えて術式を使う。
王城の庭に出ると兵士達が訓練してる最中だった。続々と現れるエルフ達に困惑する中、ガルスに声をかける。
「訓練中に突然大勢で押しかけてすまない。アイリスに会いたいんだけど」
「エノア様、お久しぶりです。同盟の時以来でしょうか。ただいま手配してまいります」
「頼む」
アイリスが庭にまでわざわざ足を運んでくれる。
「エノア! どうしたんですか?」
「頼みがあるんだ」
「はい」
「今からダグラス王国に攻め入る。そこでアイリスにもパンドラキューブを持って同行して欲しい」
「ですがこの国も影の魂達に襲われる可能性はあるんですよね」
「ああ。だからエルフ達を連れてきた。一人ひとりの身体能力、目の良さや戦闘能力もずば抜けている。数は五百。今までゼートという強敵と毎日戦ってきた者たちだ。
影の相手くらいは造作もないだろう」
「……分かりました。信じましょう。ガルス、いいですか?」
「はっ……」
「では全ての指揮はガルス、あなたに任せます。万が一の為にギルドにも要請を」
「了解致しました。すぐにでも」
「エノア、準備してくるのでちょっと待っててくださいね」
「待ってくれ」
「エノア?」
言え、言うんだ。
「俺、アイリスから渡された王族の剣を……」
「失くしてしまわれたのですか?」
「ごめん」
「仕方ありませんね」
「し、仕方ないですませられるはず……」
「はいちょっとお口閉じてください」
「っ」
「大事にされてることくらい分かってます。それがなくなるというのはずさんな管理だった……とは言えないでしょう。
会った時間は短くともエノアのことはある程度分かってます。一緒に旅をしてる時もずっと手を私から渡された剣に被せてましたね。
極力無くさないよう注意を払っていた証拠です。では私から何が言えましょう。
そういうことです。でも必ず見つけてくださいね」
「アイリス……ああ、絶対だ。必ず見つけ出す」
「ふふ、よろしいっです! では準備してきますね」
アイリスの準備が整い、俺たちはもう一度ルーヴェスト帝国に戻る。すると転移術式の先でリビアが待っていた。
「リビア?」
「その、なんの力もないけれど私も連れて行ってくれるかしら。私は死なないから一切守らなくていいわ……だから」
俺は待っていた方がと言いかけたがもし俺がリビアの立場なら行きたいと言うだろう。俺はリビアの気持ちを察して言った。
「分かった。前線からは離れろよ」
「っっ! ええ、ありがとう」
こうして集まったのは俺、リーシア、イナ、カンナとリィファ、それにシェフィとティアナにトア。さらにアイリスとリビア。
この十人で今まで誰も落とすことの出来なかった国を落とす。
俺は意を決して転移術式を使い、ダグラス王国の門へと出る。術式はカラスを連れたカリムに出口を設定してもらった。
アビス自身一度あの国には行っているから転移先の設定としてはそれだけで充分だった。
門の前には兵士が二人いるだけ。俺たちが現れたことに驚きはしつつもなんの行動も起こさない。目の前に魔王がいるというのに。
ふぅ……もう一度この国の敷地をまたぐのか……
門を越えると生活している人たちの空気が一瞬固まる。そして道を開けてヒソヒソと小話している。
「どうせ勝てやしないのに」
「魔王が神に愛されたこの国を」
「やっぱり反逆者だった。もっと先に殺しておけば良かったんだ」
「あーほんと厄介だわ……なんて子を生んでくれたのかしら」
リーシアは深呼吸していた。怒りを抑えているのだろう。
すると住民はあの日のように石を投げつける。
「この裏切り者が!」
裏切り者か、先に裏切ったのはお前らだ。
少し圧をかけようとした時、道を歩く俺たちの周辺に壁のようなものが衝撃波と共に発生する。
アイリスが口を開いた。
「カラムスタ王国を救った英雄に対し石を投げつけることは私が許しません」
そしてその一帯に重圧がかかる。シェフィが俺たちより一歩前に出る。
「私は血の原初シェフィよ」
そう言って頭を軽く下げる。
「自分達が安全だとでも思っているのかしら。今あなた達が生きていられるのは魔王の懐が深いからよ。でなければあなた達全員私が殺してるわ。忘れないで頂戴。あなた達は所詮その程度。この重圧こそが証拠よ。
私にとってあなた達を殺すことなど造作もない。ほんの少しだって心が痛むことはないし躊躇もないの。
――言葉に気をつけなさい大衆共」
「シェフィ、いいよ。こういう奴らなんだ。この国には世話になったやつもいる。薬草売ってる婆さんとかな」
「そう。ならやめておくわ」
シェフィは重圧を解除し、アイリスは障壁を消した。
トアが薬草を売ってる婆さんについて聞いてくる。
「エノア、その薬草売ってるおばあさんって、これさね、とか言う? 後はなんかこう、ちょっとめんどくさそうな喋り方するというか……
まっすぐものを言わない感じっていうか回りくどいっていうか」
「ああ、大通りにある薬草売ってる婆さんはそんな感じだったな」
「それあたしの育ての親だ! 元気してた?」
「なんだ、会ってないのか?」
「それが……大通りに店を出すようになる前は貧困街にいてさ。前に言ったけど……
勇者候補って分かってからほとんど聖騎士団の所にいさせられて外出れなかったんだ」
「そうだったのか……」
多分ヴァルクはそれを知ってるだろうな。聖騎士団長になってから大通りに店が出せるようにお金を出したのか、交渉したんだろう。
トアの面倒を見てもらってる代わりにって感じか? 詳しくは聞かないとわからないな。
その後、住民は言葉を発すること無くただ俺たちを見ていた。きっと神の加護に守られているという絶対的な安心感があったのだろう。もしくはそう国王に言われていた。
それで崩れ口を出すのが怖くなったんだ。少しいい気味だとすっきりする。リーシアはまだ足りないといった様子。俺たちは悪意に触れた時間が長かったからな。
聖騎士団が待ち構えている王城へ向かう道の前に数多くの子供が立ち塞がっていた。その前には学園長が立っていた。
「まさかこんなことになるとはな。エノア君」
「お久しぶりです」
「あの日君を受け入れた後、塔を破壊してしまった君は追い出されてしまった。しかし恋路はうまくいったようだ」
「いじられたこと忘れてませんよ」
「はっはっは! いやぁすまないすまない。できれば学園内でそれを眺めていたかった」
「すいません」
「君は悪くないさ。謝るのはこっちの方だ。逆らえる立場には無くてね。今も、昔も」
学園長は手を挙げる。
すると子供達はそれぞれ剣や杖を掲げる。学園長は言った。
「この子達は君等の後輩だよ。悪いが相手してもらう。王からの指示でね」
「結果が分かっていても自分の生徒を戦いに巻き込みますか」
「どちらにせよ運命は変わらない。王に逆らうことの意味、君なら分かるだろう?」
「掛けたんですね」
「よろしく頼むよ。ほどほどにね」
「フィシア」
俺から放たれた氷の魔法が生徒たちの服や武器、足元だけを凍らせる。
「これほどとは……」
「学園一の落ちこぼれの力です。俺も学園長に教わってみたかったですよ」
「私も教えてみたかった。君とリーシア君が授業を仲睦まじく受けているところを」
「ええ」
そして俺たちは動けなくなった学園長とその生徒達の横を通り過ぎていった。
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