影の力を持つ者たち
「ゴル、体はいいのか」
私がそう聞くとゴルはこう答えた。
「もう大丈夫だから。それにオリュヌスが心配だし」
「なぜだ?」
「だってこれから人間の国に対して背を向けて戦うことになる。だとしたら背中を守る誰かがいないとさ」
「心配ない。人間にどれだけ攻撃されようと今回行く国力では私が死ぬことはない」
「でも影達もいる。オリュヌスの友人はどうなの?」
「まだ確かめてはいない。もし敵対するのなら厳しい話にはなるな」
あてがわれた国へ向かう途中人間と会う。
「ひっ、な、なんでこんな所に魔族がっ! に、にげ」
腰を抜かして立てないらしい。見た所放浪してる人間のようだが……
私は彼に手を差し出した。
「大丈夫か」
「こ、こないでくれ!! 助けて……」
ピクッと私の手が途中で止まる。つい自分の国の人間と同じ対応をしてしまった。
このままここで誤解を解く理由などない。怯えている目の前の人間に出来ることなどない。
私は手を引っ込めた後、人間の横を通り過ぎた。人間達が魔族に対する眼差しなど分かりきっている。ルーヴェスト帝国はうまくいっている。それらが周辺の国に知れ始めていることも。
ただ世界という規模になった時、うまくいくものなのかと魔王様には失礼だがそんなことを思ってしまう。
もし、誰か一人でも裏切ったら……そのきっかけ一つで世界は元通りになる。
もし、魔王様が死んでしまったら。誰も統治するものがいなくなったのだとしたら……
それでも私が人間の国へ向かうのは命令だからではない。ルーカスとの出来事から希望が、可能性が少しでも見えたからだ。
信じたい。友のように命を失うものがいないように。その考えを持つものは人間の側にもきっといる。なれば世界がルーヴェスト帝国のようになることだって夢物語ではないはずだ。
後ろを付いてきたゴルが人間に声をかける。
「もしかしたらこの周辺が危なくなるかも知れないからどこか身を隠せる場所に居たほうがいいですよ。それじゃ」
「え……?」
ゴルはそれだけ伝えると私の後を追う。私は振り返り、ゴルが追いつくのを待っていた。
その間、人間は私達を見て呆然としていた。
そして私とゴルは人間の小国へと着いた。規模は小さく、外壁は存在するものの戦いの為に用意されたとは言いにくい。
高さも足りず、厚さも一人分程度しかない。これでは壁の意味がない。簡単に崩せてしまう。ただ出入り口を一つにして入出国の管理をしやすくしているだけか。
無意味に怖がらせる必要もない。とりあえず影が襲いかかってくるまでは近くの林で待機することにした。
「ゴル、模倣したアイリスの短剣をそのまま使い続けているのか」
「うん。使ってていいって言われたから」
「そうか。
ゴル、魔王様はダグラス王国を落とせると思うか?」
「信じてるって言うのは多分違う答えだよね。
ミレッド帝国でも攻め入らなかった。準備が足りてなかったからってのもあるだろうけどね。神に守られた国を魔王様が落とせるかどうか……
僕は魔王様が勝つと思うな。無理だと思ってきたものを全部覆してきたから」
「考えても分からない、か……
私も言ってしまえば信じている、としか言えぬ」
地面が振動する。
「ゴル!」「うん!」
私とゴルは林を飛び出す。
「……よりにもよって国の中とは」
「行くよオリュヌス」
「さすが、迷いがないな」
壁の外からでも見える巨大な黒い影の門。
私達は壁を駆け上がる。そこから門の場所までの道のりを確認する。そこから飛び降り、屋根の上を飛び移っていく。
正常な判断を失った人間達が四方八方に逃げていく。そして門の前へとたどり着いた。
すでに影たちがちらほらと出てきている。友のように形は保っているものの中には解けたようになってしまっているものもいる。
騒ぎを聞きつけた傭兵達が門と私達を囲む。
「なんだこの門は! なぜ魔族共がここにいる! 貴様らの仕業か!」
「私はルーヴェスト帝国、オリュヌス。
魔王であり勇者となった我が国王エノア・ルーヴェスト様の命によりこの国を守りに来た」
「何を世迷い言を! 魔王が勇者?! そんな馬鹿げた話があるか!
魔族が人間を守るなどあるものか! 全員狙いを定めよ!」
ゴルが心配そうな目で私を見る。
「オリュヌス……僕は大丈夫だけど」
「私も問題ない。伝えるべきことは伝えた。この国を守るぞ」
鎧を貫通する矢、魔法などが私達に襲いかかる。
傷から血を流しつつも私は振り返らない。
私は出てきた影に対し、剣を振るう。物質化しているのか剣を受けた相手は転がっていく。
傭兵達がどよめく。矢が刺さったまま自分たちを無視して影と戦っているからだろう。
それか、効いていないのが不思議なのかも知れんな。
再び人間は私に狙いを定めていた。
「ちょっとマッタァァァァァ!」
「なっ!」
先程道端であった人間が私達の後ろに立った。しかしもう既に矢と魔法は放たれている。
「ひっひぃぃぃぃっ!」
「馬鹿者が!! 友よ!」
人間の前に影溜まりが出来る。その中から友が現れ、人間達の攻撃を全て飲み込む。どうやら友は敵対はしていないらしい。
「なぜこのような危険な真似をした!」
私は人間に対してそう言った。
「ちゅ、忠告を受けて戻ってきたら大変なことになってて……そしたらさっきの魔族が傭兵に攻撃受けて瀕死で……
ルーヴェスト帝国の噂は聞いてたから、もしそうなら俺たちがしてることって君たちの善意を踏みにじることじゃないか。
そりゃ、俺もさっきは怖くてあんなこと言ったけど……腰を抜かしたから手助けしようとしただけなんじゃないかって……」
……ふっ、ふふ……本当に馬鹿者のようだ。私は手を差し出した。
「逃げろ。ここは危険だ」
その後、傭兵達にも言った。
「人間を相手にするつもりはない。戦えるものは手伝え」
「しかしっ……その影は門から出てくるものと同じだろう?! どう信じろと」
「影とは魂だ。この影は私の友。ゆえに敵ではない」
それだけ言い残し私は門の方へと振り向いた。友に拳を突き出す。友はその拳に自分の拳を当てた。
影の中からそろった足音が聞こえてくる。それらは見覚えのある黒い影。
「再び相手となろう。ミレッド帝国の兵士達よ」
「僕も相手するよ」
ゴルはその中に飛び込む。傭兵達がそれを心配していた。だがそんなことは心配するだけ無駄だ。第一陣の影を殲滅して佇むゴル。背後から雷撃の魔法を直線状に撃たれる。
ゴルを範囲に入れたまま伸びる雷撃を友が飲み込む。
ゴルに傷は一つもない。
「ごめんね。君たちの力使わせてもらってるよ」
そう言ったゴルの片目は緑色になっていた。
聖書の力がなくなった今、ゴルに攻撃を与えられるのは聖遺物であるアイリスの剣とその模倣のみ。
「行くよオリュヌス。いつまで戦うのかは分からない。魔王様が全てを解決するその時まで人間を守るよ」
「頼もしくなったものだ」
死体から剥ぎ取った武器や防具で戦っていたあの頃とは違うのだな。
「こいつは……」
魔王会議で魔王が言った通り俺の国、ディルマ王国にも影で出来た冥界の門が出現していた。まだ何者も出てきてはいないが……
「フラッド王!」
「どうした」
「ミレッド帝国にルーカス様が到着したとのことです」
「半数をこの国に戻せ。残り半数はそのままミレッド帝国周辺を警備」
「はっ!」
その後、ロッグが大荷物を持ってくる。
俺はロッグに何を持ってきたのかと言った。
「ただの魔具。魔力を貯めておいたものだ。
こんな時の為に用意して置いた」
「こんな時の為だぁ? なんでだよ」
「研究費用をもらいながら住まわせてもらっているからな」
「俺の子供達に邪魔されてるけどな」
「だが才能はあるぞ。肉体派のお前とは違う。
説明を省くと要は私にとってただの狼っ子じゃないということだ」
「お前……表情がわからないから何考えてるか予想もつかなかったが……」
「骨だからな! あははは!」
「なんでそんな楽しそうなんだよ」
「研究していようとそれを使う時が来なかった。しかしついにその時が来た」
「それが目的じゃないだろうな。しんみりした俺の時間を返せよ」
「さて、お見えだぞ。これも運命とやらか」
「ちっ……話を反らしやががって。後でかじるぞ」
「もうお前の子供達に噛まれまくってるがな」
冥界の門から現れたのはかつての民。俺が影の力を使う時に現れてきていた者たち。
そして人間との戦いや病で死んでいった者たち。
「正直、お前らになら殺されても良い。そう思ってしまった。お前達が死んだのは俺が不甲斐なかったからだ。
しかしな、そういうわけにもいかない。
俺はお前たちの王であった。そしてこれからもこの国の王として生き続けていなきゃならない。
来い。かつてお前達が王と慕った俺の強さを見せてやる」
「吹雪はその者の動きを止める毒となる」
ロッグが突然魔法を唱え目の前の民達が硬直する。
「お前な、今は俺が戦う所だろうが」
「どうだフラッド! 神話は所詮補助に過ぎない! それを証明するかのように自分の言葉とイメージだけで天候の力を使うことが出来たぞ!
次は……」
「この魔法大好きバカが……」
魔力を体から放出させる。次々と魔法を使うロッグを横目に俺は自分自身の強化を行う。
そしてロッグが俺の異変に気づく。
「なんだ、使うのか」
「もしこの状態が終わっても影の侵攻が終わっていなかったらその時は頼むぞ」
地面が遠くなっていく。最も自然に攻撃的な姿へと俺は変わっていく。
二足で立つことが難しくなり両手を地面につける。王の血筋にしか扱えない――原点回帰。
”獣の原初”その力と血を色濃く受け継ぐ王の奥の手。
「原点回帰――狼王フラッド。この俺がお前達に再び王の姿を見せてやろう。
かつての王の姿をな」
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