冥界の門
リーシアと魂の契約を結んだその日、俺は体をしっかりと休ませた。
そして翌日、ダグラス王国へ攻め入るとリーシアに伝えた。
リーシアは少し待っててと俺に言うと部屋を出る。俺は装備を整え、頭の中で気持ちを整理していた。
自分が生まれ育ち、憎み、恨み、そして救われ、全てが始まった国。その国の王を、あの王を、リィファとカリムの父親を殺す。
一瞬俺に石を投げつけてきた住民をどうしてやろうかとも思ったがもはやどうでも良いと考えた。そういう奴らでしかない。ただ蚊帳の外。
もうどうでもいいんだ。俺はクロエを取り戻しリィファを助け、あの家を取り戻す。
それから数十分が経ち、リーシアが部屋に戻る。
「おまたせー」
「リーシア。なにか用事でも……ってなんでルミアもいるんだ?」
ルーヴェスト家の侍女、ルミアが動く台に食事を乗せてリーシアと一緒に部屋に入る。小さいテーブルに俺とリーシアが座り、ルミアが食事を置いていく。
俺は懐かしくなったと口に出した。ルミアは言った。
「こちらに来てからお手伝いこそするものの仕えていた時のような仕事が出来ず実は不満がありました。
また昔のように仕事がしたい、そうリーシア様に相談していたのです」
「そうだったのか……今は人がいるからどうしてもな」
「ふふっ。帰ってきたらちゃんと私の仕事を割り振ってくださいね。
エノア様と別れたあの日から私の手を離れどこでなにをしていたのかも分からないままでした。きっと勇者になって帰ってくる。そう思っていました。
まさか勇者と魔王とちらにもなるなんて思いもしませんでした。侍女なのに、私は何も出来なかったと後悔するばかりです。
今日だけは私の作った食事で英気を養ってくださいね」
「……ルミア。
元の家、ほこりだらけだったんだ。蜘蛛の巣も張ってるし。きつい仕事になるぞ」
ルミアは目を大きく開けた後、口元に手を当てて楽しみですと笑っていた。
食事を済ませた後、アビスからカリムの伝言が届いたと知らせを受ける。食後のコーヒーを飲みつつアビスの話を聞く。
「ダグラス王国の住民は魔王様が攻め入ることを知っているそうです。そして住民の避難は行われておりません。ガーディアンなどの設置はなく、王城の前にて聖騎士団が待機中とのことです」
「素通りさせて神の加護の恩恵を受けた上で戦いたいってわけだな。そうなると俺の処刑の時とは話が変わってくるな。
パンドラキューブ並の障壁を相手が仕える前提で戦わないといけない。それに神の加護の領域内でいつも通り力が仕えるか分からない」
リーシアがコーヒーカップを皿の上に乗せる。
「私が力を失った時のやつね。懐かしいわ。エノアとの学園生活が待ってると思ったのに」
「ああ。俺もまたリーシアとなんも気にすることなく会えると思ってたんだけどな」
過去の出来事に思いを馳せていた。その後俺はヴァルクの事を考えていた。ヴァルクはまだいるのか。それともいないのか。いたとして敵なのか味方なのか。
頭の中に入れておこう。後はクロエだ。向こうに着いた時クロエが居れば助かるんだがな……無事で居てくれよクロエ。どこにいるのか手がかりは全くないが必ず助けるからな。
アビスは俺に誰を連れて行くのかと聞いた。
「とりあえずアビスとイビアは待機。国民の安全が最優先。ゼートも待機。というか戦いに行かせられない。破龍同様更地になる。
だから俺とリーシア、イナ。それとトアとカンナ。
後はティアナも連れて行く。リィファも安否を確認する為に連れて行く。そうなれば破龍も連れて行くことになる。
そしてシェフィ。頼りになるからな」
「私はお留守番ですか……」
「悪いな。正直影の魂達との戦いの要、連絡網と移動や管理はアビスにしか出来ない。
頼むよ」
「仕事は問題ありません。ただ、お傍に居られないのはやはり辛いですね」
「俺は魔王であり勇者だ。必ず帰ってくる」
「その言葉しかと受け取りました」
窓の外でカラスが鳴いている。俺はアビスに聞いた。
「冥界か?」
「……はい。ゲートが出現し各地にて影の侵攻が開始されました」
「それぞれの国に魔族達は配置されているか?」
「既に臨戦態勢をとった状態で待機中です。中には人間の国との接触をまだ済ませていない者たちもいるようです」
「仕方ないな……フェリルのとこはどうだ?」
「あちらでは炎龍王が待機、竜種による協力も見込めるとのことです」
「ミレッド帝国に着いたルーカスは?」
「ルーヴェスト帝国の魔族数名とスライムの配置が済んでます」
「そうか……アビス」
「はい」
「これをカルガディアのアレンに届けてくれないか? 貸すって言っといてくれ」
「これは?」
「魔神スキュールを召喚する為の魔具。つまりは英雄の遺産だよ。あの国で強いのはアレンしかいない。
後は盗賊ギルドの頭ジン。アレンはまだ回復してないだろうしジンだけじゃあの港は守りきれないだろうからな」
「わかりました」
カラムスタはパンドラキューブがあるから問題ないな。ギルド長やガルスもいる。
「アビス。今から一時間後ダグラス王国に攻め入る。
忙しくなるがこの国を頼んだ」
「必ずやお守りいたします」
「よし、じゃあリーシア……決着をつけに行くぞ」
「ええ」
俺は立ち上がり魔王の剣とガディから受け取った剣を腰に差す。
そしてルミアに行ってくると伝えた。
「行ってらっしゃいませエノア様。ご無事に戻ってくることを心より願っています。
英雄となって帰って来てくださいね」
「期待に答えるよ」
主の魔王がダグラス王国へと向かわれた後、私リドはリビアと久しぶりの会話をしていた。
「冥界の仕事は大変だったでしょう。話が通じませんからねぇ」
「大変だろうとこなすしかなかったわ。あなたが冥王の地位を落とされたおかげで私の人としての生は終わりを告げたわ」
「おや、怒ってらっしゃいますか?」
「神にね。あなたはあなたのしたいことをしたのでしょ? 私もそういうふうにしたんだから文句なんか言えないわ」
「私を恨んではいないと?」
「恨んでどうするのかしら。もう興味もないわ。人間だった頃なんて……」
「あなたは行かなくてよろしいのです?」
「どこに?」
「本当は行きたいのでしょう? 助けに。あなたがすくい上げた魂なのですから」
「……そんな資格ないわ」
「はて、資格なんてものが必要などと一体誰が決めたのでしょう。私? いえあなたです。魔王が連れて行くと言わなかったらおとなしく座って私と談笑をしている。
それもこんな国の外で」
「行きたいわよ。でも今の私にはなんの力もない。元はただの人間。今は職務をこなすだけの冥王よ。
それに私の命令はもう聞かない。ただの邪魔じゃない」
「力だけが必要というのは些か疑問ですねぇ」
「なにが言いたいのかしら」
私は仮面を外した。
「行ってきなさい。あなたはもう冥王の責務を外れてしまった。
責任だの資格だなんてのは全て私が背負ってあげましょう。怒られるのなら私。あなたのせいで全てうまく行かなくても私の責任。それでいいでしょう。
せめてもの償いです」
「…………」
リビアは私に背を向けた。小さくありがとう、と言い残しこの場を去った。
それでいいのです。あなたは自分の為に生きていい。わがままになったっていいのです。
あなたも理不尽な運命に振り回され、組み込まれてしまったただの女の子なんですから。
さて、予想通り目の前にゲートが開きましたねぇ。
「一、二、数えるだけ無駄ですね。一面真っ黒ですし」
仮面を付けないまま私は前へと進む。
「随分と大勢で来たものです。全く、いやぁひどい話です。私の事を殺そうなどと。
――かつて自分達を支配していた冥王の顔を忘れる愚か者共が」
私は両手を広げた。冥界の仕事は久しいですね。
「回れ右のやり方を教えてあげましょう」
面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。
喜びます。