人質
俺はディックからの情報を信じ、まずはリーシアに相談した。
「リーシア! クロエが、クロエの居場所が……」
「落ち着いて、まずは本当にいないのかどうか調べないと」
そしてそれが事実だと分かった時、俺は頭を抱えた。
「ここの方が安全だって、ここに残していったんだ。みんなが守ってくれるからって」
「うん、私でもそうする。だから今は出来ることをしましょう」
その後、探しても探しても手がかりさえ見つけることが出来なかった。自分の部屋に戻るとシェフィとリドが膝をつき、頭を下げていた。
俺は何してるんだ? と聞いた。シェフィは頬に汗をかきながら言った。
「申し訳ないわ。目の前に犯人を捉えながら逃してしまった」
リドもそれに合わせ俺に謝罪した。俺は二人に聞いた。
「どういうことだ?」
「犯人はディックよ。ひと目を盗んで物を盗む。そういう力を身に着けていたわ。私達がいない間にクロエを連れ去ったのだと思うわ。そしてあなたが飛び出した後、イリアスの仮面とアイリスの剣を盗られていたの。それを見つけた私達はディックを捕まえようとしたのだけど、取り逃がしたわ」
「行方は分かるか?」
「ごめんなさい。アビスと同じような移動術式を使われたわ。私がいながらこの有様。好きに罵って頂戴。契約をしたのに……私達はあなたの期待に答えられなかったわ」
俺は歯を食いしばりながら言った。
「お前たちのせいじゃない。俺が……」
「いいわよ。罵って。その方がすっきりするでしょ? 私もそうだもの」
「やめろ、今は冷静じゃないんだ。本当に罵ってしまう。心にもない言葉を吐いてちまう」
「ならその怒りはどこへぶつけるのかしら」
「自分への罰にする」
コンコン、ドアをノックする誰か。俺が誰だと聞くとアビスですと答えた。
「どうしたアビス」
「魔王様、カリム様がお見えになっています」
「こんな時にか……通せ」
「はい」
カリムは中に入ると、張り詰めた空気に気づいたのかいつものような煽るような態度はとらなかった。
「久しぶりだな、エノア」
「ああ。何用だ」
「……何かあったのか」
「お前には関係ない。どうした」
「今こんなことを話すべきではないのかも知れんな」
「言えって」
「我が父上から伝言だ。我が国ダグラス王国を攻めてこいと」
「そんなことか、誰がそんな言葉を……なんだそれは」
カリムは俺に一枚の手紙を差し出した。赤色の粘土のようなものがダグラス王の刻印の形をしていた。まだ誰も封を開けていないという証拠だ。
中に書かれていることを読むとそれはシンプルなものだった。
ガチッガチガチガチッッ。怒りが、食いしばった歯が何度も当たる。手紙はぐしゃぐしゃになり周囲の魔素は俺に反応して部屋を揺らした。
部屋に置いてあった机の側面を殴りつけた。机はいとも簡単に吹き飛び、壁へと衝突した後粉々になる。
「また、またあいつなのか。俺からいつも、いつもいつも大事なものをッッ!」
カリムは俺に聞いた。何が書いてあるのかと。
「リィファの心臓に呪印が施されている。失いたくないのなら素直に殺しにこい。
そしてディックとは手を組んでいる」
ガリッ、カリムの口の中から歯を食いしばる音が聞こえる。
「私は、あの国で王となる。父上を殺せ。本来は王位継承するつもりだった……
私には力がない。凡人だからな。何も出来ずに要求することしか出来ない。向こうの情報は私が全て集めてやる。妹の命を助けてくれ。たった一人の家族なんだ」
そう言ってカリムは部屋から出ていった。
しかし俺は床に両手をつき、打ちひしがれていた。
「どうして、どうしてこんな目に合うんだ。またあいつか、またあいつが邪魔をするのか。
どうして、どうしてどうして!! クロエを返せ……返せよ。リィファの命をコマにすんなよ」
地面に触れた俺の手は床にヒビを入れる。抑えきれない。
ガンッ、ガンッと地面を叩きつける。
「くそ、くそくそくそくそくそ!!」
シェフィは俺を正面から抱き包む。しかし俺の怒りや後悔は全く収まらない。そんなシェフィが言った言葉は自分にぶつけて頂戴という言葉だった。
そんなことしたくないと言った。すると”お願い”と言われた。
俺はシェフィを押し倒し、いい加減黙れと叫んだ。シェフィはそれを受け入れる。誰のせいにもしたくない。全部自分のせいだと、そう思った。
シェフィは俺に手を伸ばし、俺の顔を胸に埋めさせた。頼りなくてごめんなさいという言葉と共に。
続けてこう言った。
「あなたの重荷は重すぎる。だから少しは私に押し付けて頂戴」
俺は悔し涙を流しながらそのままシェフィを抱きしめた。そしてほんの少しをそのまま過ごした後、俺はシェフィから離れる。
俺はアビスに言った。
「リィファを連れてきてくれ。それから重要な戦力をゼート以外全員集めてくれ。これからダグラス王国を攻める会議を始める。ゼートには後で俺から伝える。
クロエを奪還し、ダグラスの王を撃ち落としてリィファを救う」
「かしこまりました」
俺は起き上がったシェフィの頭を撫でる。シェフィは戸惑いつつもはにかんだ。
まずはリィファを呼び出す。そしてシェフィに頼み本当に呪印なんてものがあるかどうかを確認させる。
シェフィはうつむいた。
「本当にあるわ……」
「そうか」
その事実をリィファに伝えると、そう、ですか……と呟いた。
「わたくしはずっと城の中で人生を終えるものだとばかり思っていました。ですがエノア様には本当にたくさんの世界を見せてもらい、たくさんの幸せを教えてもらいました。
――この生命、エノア様にお預けします」
「リィファ……絶対助けるからな」
俺はリィファに怖くなったらいつでも俺のところに来いと言った。
それから集まったみんなにダグラス王国を攻め落とすという話をしていた。ミレッド帝国を打倒した俺らなら、とは思ったが神の加護に守られたあの場所をどう落とすのか。
そしてわざわざ責めさせたい、むしろ今責めなければいけないようにしたダグラス王の真意が分からない。
ある程度の情報や目星がつくまでは各々覚悟を決めるなり準備するなりをして待機と伝えた。
その後俺は自分の部屋のベッドに一人座り、リビアに謝った。
「ごめんリビア。クロエが連れて行かれた」
”そう……早く助けてあげて頂戴。きっと不安がってるわ。あなたに会えなくて”
「ああ。ただ相手の狙いが分からない。なんでクロエなのか、ディックが何を企んでいるのか。アイリスの遺産を集めているのはなぜなのかってとこだ」
”後はディックとダグラスの王がなぜ手を組んでいるのかって話もあるわ。あの二人の共通点はなにかしら? ダグラスの王はあなたを殺したいのでしょう。けれどディックに関しては謎しか残らないわ。なんの情報も残されていないもの”
「どうにかしないとな……」
”そう、ね……?”
「どうかしたか?」
”いえ、ちょっと。なんでもないわ。少し席を外すわ。その前に少しだけ。
誰しも失敗はするわ。自分を責めすぎちゃだめよ。あの子だから余計にあなたは自分自身を責め立てるでしょうから。まずは助けることを優先にね”
「ありがとう。分かったよ」
その後リビアは会話から外れた。
「はぁ……とは言うけどな……大事な仮面と剣を盗られたあげくにクロエまで」
俺はベッドに仰向けで倒れ込んだ。
「もっと強く、もっと……神よりも、か。
ダグラス王、ディック。お前達の狙いは全て俺が潰してやる。
俺から大切な人を奪い、奪おうとし、奪っていた報いを受けさせる。絶対に」
俺は次の日、実体化したリビアに叩き起こされた。
リビアは謝りながら助けて欲しいと俺に懇願する。俺はまず状況を説明してほしいと言った。
「全ての魂が、影が私の手を離れたのよ。支配権が完全に消えた。それだけじゃなくて……」
「それだけじゃない?」
リビアは俺の膝の上でうつむきながらその現状を話した。
「影の世界、言わば冥界とこの現世が一つになろうとしてる。いくつも冥界からの入り口が開いて影たちが流れこんでるのよ……このままだとこの世界が混沌とした世界になってしまうの……もう誰も私の言うことを聞いてくれない。お願い……無責任だけどあなたに頼ることしか今の私には出来ないの」
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