魔王の焦り
炎龍王と話をつけたその日、俺たちはフェリルの城で一日、休ませてもらうことになった。出される和風の料理にシェフィやリーシア、トアが感激している頃、俺は懐かしい味を楽しみながらリビアと会話していた。
”まずは神の塔の攻略お疲れ様。ありがと”
いいさ。
”何があったのか、違和感とかあったら教えてくれるかしら”
塔の中は単純だった。階層ごとに試練をこなすだけだ。問題は最上階。範囲攻撃を持つ勇者候補しか攻撃が通らないような構造になってた。
”やっぱり出来レースなのね。そう……ならあなた一人では苦しかったんじゃない?”
ああ。一番いい選択はスキルを譲渡された状態で俺が戦うことだった。けど俺はアレンという格闘家の意思を尊重したよ。
”それがあなたの選択なら何も言わないわ”
その後、一人の遺体が落ちてきた。状態はひどかった。土に帰らないように残され続けてる感じだった。戦った相手はスキュール。そのスキュールを召喚することが出来る魔具が燃えた遺体から出てきたよ。
英雄の遺産の正体はこれか?
”おそらく、そうでしょうね。やっぱりそんなことになってたのね。勇者の魂が冥界に来なかった。神の元へ導かれたのだとは思っていたけれど、体から魂を剥がされず塔の中で人柱として存在していたのね。
死んだ後にまで神の娯楽に使われる。グロウの残した魔王という力と戦う為の遊びの為に人の魂をおもちゃにする。胸が痛いわ”
ああ。胸糞悪い話だ。精神を蝕んだ上で使い続ける。俺の魔王の力もそうだが誰かにそうなるようにされたものじゃない。
流れ込んだ魔力は……魔王の力は今まで未練を残したまま、戦い続けた魔王達の苦痛や苦悩、重圧その塊だった。
それなら納得できる。だが神のやり方は気に食わない。
”ええ。私もそう思うわ。長いこと人や魔族の魂と触れてきたけど決して神が好き勝手自由にいじっていいものじゃないわ”
リビア。お前の目的は、いや魔王たちやグラディアスの求めたものは神を終わらせること。それでいいんだな。
”いいの? あなたにはそんな責任はないのよ。このまま安定した力のまま死ぬまでを過ごすことも出来るのよ?”
日本からの付き合いだ。分かるだろ?
”あなたのそのやさしさが苦しいわ。だって責められると思って、酷いことだと思ってこんなことをしたのに、あなたはそれを自分が選択したのだと胸を張るのだから。少しは責めてちょうだい”
全部終わったらそうするよ。俺に立ち直る時間をくれてありがとうってな。あのまま死んでいたら俺はやるせなかった。
けど転生してリーシア達と出会って前を向いて人生を歩めてるんだからな。
”ある意味では責めてるわね。ほんといい子なんだから。ごはん冷めるわよ”
と、言ったものの神のいる天界とやらにどうやって行くかだな。今の俺の力で神を殺せるのかどうか。グロウよりも俺は強いのだろうか。
冥界とはスキルのおかげかは知らないがある程度の力を持ってくることは出来る。けど冥界に行くことは出来ない。それにクロエと別れてからは力が弱い。
なにか繋がりが必要か。手がかりとしてやはりダグラス王国から鍵を作れないか調べる必要があるな。
それにダグラス王国とは決着はつけておきたい。さっさとカリムにあの国を建て直させよう。ミレッド帝国もそうだ。今はフラッドが管理しているらしいがいつまでも王不在のままにはいかない。
ルーカスには王としての知識などはない。かと言ってヴァルクは前国王の血が入ってしまっている。本人の気持ちのこともある。トアは王になんて興味はないだろうしな。考えれば考えるほど問題が湧き出てくるな。
「エノア? 食べないの?」
リーシアは箸が止まっている俺にそう言った。
「あ、ごめん考え事してた。食べるよ」
「そう? このスープとかおいしいんだから。味自体は薄いのに、なんて言うのかな……
旨味? みたいな……うすいのに濃いのよ。んー! 伝え方が分からないわ!」
「出汁がすごく濃いんだよ。だから調味料が少なくてもおいしいんだ」
「詳しいのね」
「ここにある料理は俺が転生する前の日本の食事に酷似してるからな」
「これがエノアのいた国の料理……レベル高いわね。単純な味覚じゃない食材の旨味を中心とした食事。華やかさ……」
「普段はこんないい料理食べないけどな」
俺は魚介から出汁を取ったであろう汁物を口に運ぶ。
「はぁ……落ち着く」
次の日アビスと一緒に転移術式を使ってルーヴェスト帝国へと帰った。
私はルーヴェスト帝国の魔王エノア・ルーヴェストの帰国を待っていた。
「くくっ……どんな顔をするのか楽しみですねぇ」
ゼートに殴られつつも私は魔王に取り入ることが出来た。人間如きにディックなどと呼ばれるのは癪ですがこれも目的の為。
魔王に伝わっているかは知りませんがあれからこの国で功績を積み上げそれなりの信頼を得ることが出来た。
相変わらずゼートの監視の目は強いですが巨大過ぎることによって国の中にまでは入ってこれない。一万年の悲願がやっと叶うかも知れない。
胸が踊りますねぇ。
そして魔王城の屋根から魔王の帰還を待つ。そして魔王は自身が仕事をする部屋へと入っていった。たった一人で。
――ぁあ。来た、キタキタキタキタ! この瞬間、この絶望と焦りが来る瞬間が一番楽しい。ゼートをはめた時のグロウの顔を思い出す。
私は窓を蹴破り魔王にこう告げた。
「大変です! 魔王様!」
「ディック。玄関から入ってこい。俺からの信用は得て無いことを忘れるな」
「それどころではないのです! クロエという娘が行方をくらませてしまったのです!」
ああ、いい。魔王の目が開き、過呼吸に陥るその姿。素晴らしい。表情に出ないようにしなければ。ここまでうまくやってきたのですから。
「ッ……ディック、それは……本当か?」
「確認すればすぐに分かります! 早く手を打たねば!!」
焦っている。片手で顔を覆い隠しブツブツと呟く。目の前に拐った本人がいるというのにバカですねぇ。ひひっ。
「……クソ、どうして……俺は……クロエの警護を任せてたシェフィを呼んでしまったからか……だがそれに後悔は……考えてる場合じゃない。手がかりだ。集められる情報を全部集めて。
ディック、俺は出る。お前は待機だ」
「はっ!」
くはは、くくっ、あははははははははははは! 滑稽、哀れ! 血相変えて走り出す魔王。いい!
一人になった部屋の中で私は手に持ったイリアスの仮面とアイリスの剣を眺めた。
「長かった。まさかイリアスの仮面は別世界のエルフの森で、アイリスの剣は鞘に細工し、力を隠していたとは。
いやはや、いけませんねぇ。こんな大事なものを盗られたことに気づかないとは」
いくら私のスキルとは言え平常時に奪い取れば即刻バレて命を落とす。しかしどんな強いものでも大事なものというのは目を奪われる。
グロウも、ゼートも、魔王エノアも。イリアスの遺産はすべて揃った。さらにあのクロエという娘。あれは素晴らしい副産物だった。
保険までできるとは。
「あら、それどうしたのかしら」
「っ! シェフィ。おやリドリスまでいるのですか?」
玄関にいつの間にかシェフィとリドリスが立っていた。隠しきれていない殺意に冷や汗をかく。
リドリスは私に言った。
「私に対する恩はお忘れですか? 堕天したあなたにこの世界での生き方を教えたのは私だというのに」
「それに対しては感謝していますよ。おかげでこうして魔王につけ込めたのだから」
シェフィがにっこりと笑いながら言った。
「それ、帰してくれるかしら。それとクロエも帰してくれる?」
「目を離したあなたが悪いのですよ」
「そんなことは聞いてないわ。あの子の大切なものを返せと”命令”しているのよ」
ゾクッ。これだから原初は。言葉一つで心臓が破裂するかと思いましたよ。しかし渡すなんてことはありえない。
「すべて自分の思い通りにならないということを覚えておくといいですよ」
「既に経験済みよ」
リドリスは手を合わせた後、その手を開いていく。
「キューブ。逃がすつもりなどないですよ。おとなしくすれば魂だけは残してあげましょう」
青い結界が私を包む。想定済み。
シェフィが私を凝視しようとする。
「おっと!」
私は体を瞬時にずらす。原初相手に油断は禁物。
「ふーん、でも逃げられるとは思わないことね。相手が誰だか分かっているでしょ?」
「一万年、ずっと考えていた。この程度の障害など想定済みなんだよ原初! 一万年もの時間と魔力があれば原初のあなた方からたった一度だけ逃げおおせることなんて余裕なのですよ」
再びシェフィは私に視線を向ける。私は魔法で認識をずらす。どうせ一瞬で破壊されるでしょうがたったの一瞬でいい。
にしても忌々しい。彼女の支配下に入った瞬間――私の不自由と死は確定する。
その条件は視界に捉え命令することだけ。さすがは原初の王。
私はキューブの中からゲートを作り出す。認識阻害の魔法が破壊された瞬間、私はその中に入り込む。
先に用意していた転移先へと移動する。アビスという娘ほど便利なものではない。出口は常に露出し、簡単に破壊可能、次に使えまでに一年という時間を要する使い勝手の悪い魔法。だがその一回だけでいい。
「くくっ、これで……!」
立ち上がろうとすると自分の両足がないことに気づく。完全にスキをついたはずなのに。
「両足を持っていきましたか。本当に油断ならない。仕方ありません。魔力で動く義足でも作りますか。
リドリスほどじゃないですが自分自身の体としてならある程度は扱えるはず」
今はそんなことよりも自身の欲したものを手に入れられた余韻に浸る。そして転移先はとある一つの部屋。
口を塞ぐ布。腕も足も椅子に縛りつけられ、身動きの取れなくなったクロエという娘。
「あなたには二つの仕事をしてもらいますよ」
面白いな応援したいなと思っていただけましたらブックマークと評価の程、お願いします。
喜びます。