娘の行方
俺は二人の衝突を止めた後、フェリルと炎龍王と話し合いの為に閉鎖した部屋に来ていた。炎龍王は人の姿となる。
黒髪は癖がついて傷だらけの体や顔、レイヴィアのように牙が鋭い。服はミィレンの住人のマネをしたのか和服。
胡座をかいて、袖の中に両手を通す。まだ警戒は解いていないといった様子。そりゃそうだ。まだ誤解は解けていない。
フェリルはそれと反対に煙管を吹かしながら心を落ち着かせていた。
最初に口を開いたのは炎龍王だった。
「まずは謝罪する。無用な被害を出した。苛立っていたのは事実だ。復興にはうちのを使わせる。力仕事なら簡単にこなすことだろう。
そして決めつけを行なってしまったことも謝罪する。娘の言葉から育ち方が見える。悪意がこもってはいない。
だがそれこそ分からない。なぜ拐ったのだ」
フェリルは煙管を置いた。
「だから言うておるじゃろう。拐ってなどおらん。雪山で一人歩いてた所を妾達が保護しただけなのじゃ。
その面倒を見ていただけにすぎぬ」
「ではなぜ主従契約なんてものを結んでいる」
俺は話に割って入る。
「その件には俺の話をしなきゃならない。
以前破龍と戦いを繰り広げたことがあってな。俺の仲間がテイマーという特殊な主従関係を作る力があったんだ。それを破龍と結んだ。
奴隷や下僕などではなく、家族や友人の契りに近い」
炎龍王は食い気味で話す。
「なにっ?! 破龍とあったことがあるのか」
「ああ。知ってるのか?」
「私よりも年長の竜種は破龍だけだ。ゆえに知っている。
死んだものとばかり思っていたが……彼は元気か」
「男なのか。元気だよ。今はリィファという主人と仲良くしてるよ」
「あの破龍が主を……」
「話を戻す。俺はそのリィファと血の契約という契約を結んだ。その時テイマーという力を少し使えるようになったんだよ。
それでレイヴィアと初めて会った時、勝手に契約状態が結ばれたんだ。そしたらレイヴィアが話せるようになった。だから下僕や奴隷、自分の力にしようと思って使ったわけじゃないんだ。それを理解してほしい」
「うむ……そうなると別の疑問が生じる」
「なにがだ?」
「一体誰が我々の国に入り、さらには厳重に警備された卵の状態だった私の娘を奪い去ったのかということだ。そいつはなぜ卵を奪い去り、それを放置したのかが疑問となる」
「俺はおそらくレイヴィアが孵った場所を知っている。単なる偶然だったけどな。誰も居なかったし魔法や結界的なものは何もなかった。
つまりそこにただ置かれていた。俺が行った時にはもう鱗くらいしか残ってなかった」
「必要がなくなった。程度しか考えられんな。情報が足りん。目的やその人物が誰なのかまでは絞れはせんか。
我々の国に脅しをかけたいのか、龍という力が欲しかったのか」
そこから答えは出ず、それぞれ情報が出次第共有ということになった。
次にレイヴィアの扱いについて。
難しい話だ。今やレイヴィアにとっての母はフェリル。しかし血の繋がった家族は別にいる。そして娘といることを望んでいる。本人の気持ちを尊重するか、親の気持ちを尊重するか。レイヴィアがまだ幼いということがこの問題の難しさに拍車をかけている。
自分で責任をとる発言や行動が出来る年ではないということ。俺は炎龍王にそっちの母親はどう思っているのかと聞いた。
「妻か。妻は私に任せると言った。本来竜種は人間のように付き添って子育てをすることはあまりない。中には卵を産み落としたらそのままなんて輩もいる。
我々は生きる術だけを与えて後は自分で学ばせる。
その先悪になろうと善になろうとそれがその龍個人の価値であるということだ。
たとえ親子で殺し合うこととなってもだ」
これが価値観の違いというやつだな。
「けど炎龍王自身は娘を帰してほしいんだろ?」
「元々は悪用されていると思い憤慨していたにすぎない。むしろその方が良かった。
大事に育てられていることを知り、私もどうしたらいいのか分からない。娘とは顔を合わせたい。口には出さなかったが妻もそうだろう。
過保護だとは言われるが娘の成長は見たいものだ」
フェリルもまた、レイヴィアを家族として見ていた。だがフェリルはこの国の姫。王である。この国から離れることは出来ない。
炎龍王も同じく王。自分の国をほったらかしには出来ないだろう。
「なぁ炎龍王。娘の顔や成長さえ見れればいいのか? 一緒に過ごしたいとかではなく」
「そうだな。龍とはそういうものだ。時々一緒に時間を過ごせればそれでいい」
「ならフェリルの所に預けておいて、定期的に帰省させるってのはどうなんだ?」
「私はそれでいい。娘が自分自身でそれを選ぶのならそれでいい。それが娘個人の生き方となる。檻を作って守って過保護になる必要などない。
ここならば今は信用できる。魔王も今回のように駆けつけてくれるのだと分かったのでな」
価値観の違いのおかげで丸く収めることが出来た。
そして炎龍王はフェリルに頭を下げた。
「家畜と言ったことを詫びよう。獣人、そしてフェリルがすべての元凶だと思っていた。 噂でしか聞いたことのない獣人を家畜と呼び、蔑んだことを詫びる。
すまなかった」
フェリルはふー、とため息をこぼしてから言った。
「良い。お互い頭に血が昇っていたのは事実じゃ。娘をさらわれて冷静でいられるはずもない。後始末もするというのじゃ。ならそれで手打ちとする。
なにより大事な娘を預けてもいいと言ったその言葉が妾はうれしかったからの。またレイヴィアとの日々を過ごせると思うと胸が踊ってどうでも良くなってしまった。
そうじゃ。妾達はずっとレイヴィアと呼んでいるし、今後もそう呼ぶがお主らの中で呼び名は決まっておるのかの?」
「まだない。成長し、自我が形成され通り名が付けられる。その時に親が名を与えるか自分が名を名乗るかだ。
実際私と妻には名前がない。破龍もそうだろう。大事なことではないのだ。
しかしレイヴィア。良い名だ。気に入った。娘自身がそう名乗るのなら娘の名はレイヴィアだ」
そしてレイヴィアをこの部屋へと連れてくる。炎龍王は娘の頭を撫でながら謝った。
「お前の家族を消そうとしてすまなかったな。こちらの母と仲良くするのだぞ。そして今はわからなくても良い。私も、そしてお前がまだ見ぬもう一人の母親もまた家族なのだ」
「なんかぽわぽわする……」
エノアが炎龍王とフェリルという娘と話している間、私は甘味処にてリドと和菓子を楽しんでいた。店の外に座る所があり、そこに腰を下ろしていた。
「おいしいわねこれ。中に入ってるすり潰された甘い豆がこの餅を引き立てているのね。先に消えてった原初は勿体ないことをしたわ」
「ええ。この甘い菓子にこのほんのりと苦い茶がよく合いますねぇ」
「素顔はさらさないのね」
リドは食べる時に仮面を少し浮かせてから口に和菓子を運んでいた。
「私のこだわりですよ。それ、どうするのです?」
そう言ってリドが指差したのは私の持っている指輪。契約の証である。
「ああこれ? んー、いらないわ」
と言って私はその指輪を捨てた。
「ちょおおおッ! 何してるんですか!」
リドは地面に落ちかけた指輪を空中で拾い上げ、地面に袖と膝を滑らせる。
「あははははっ」
「なに笑っているんですか! これは大事な契約の証ですよ」
「別に誰が拾ったって意味なんてないじゃない」
「そうではなく、せっかくの魂を」
「言ったでしょ。いらないの。破壊して頂戴」
「……真意を聞いても?」
「自分の思い通りなんてつまらないじゃない。それをこの前知ったのよ。自分すらも思い通りに出来ない。いろんなことに踊らされ、戸惑う楽しさを知ったのよ。
それにこの二人の魂を私が好き勝手なんて――野暮でしょ?」
「まだ心が残ってたんですねぇ……」
「あなた私のこと舐めてるわよね」
「いえいえ尊敬してますよ。我が王よ」
リドは指輪をキューブで包み込みそれを破壊した。
「やめなさい。私はもう王じゃないわ」
「ですがいくらあなたと言えど世界に抗うことは代償無しには不可能でしょう。どうされたのです?」
「私の力を半分使ったわ」
「はっ、んぶん?!」
「驚くことじゃないわ。むしろ助けた二人を見てみなさいよ。
世界に干渉する終焉の技を使った子と終焉の魔王よ? むしろ半分で助かったわ」
「はぁ……私も充分おかしいですがあなたもおかしいですねぇ。盲目になるとは」
「あら、あなたほどじゃないわよ。適わない恋、それに焦がれいつまでもアイリスという人形を作り続けるあなたほどじゃないわ」
「これで良いのです。私はグロウのことも気に入っているのですから」
「美しいと思うわよ。今ならその気持ち……分かるもの」
【隔離された世界――神代】
「ここは……なんだ、白い世界? 俺は一体」
「ごめんなさい」
「ニーア……? なんで」
「リドリスの計らいよ。グロウ」
俺は……ダグラスに敗れた。命を落としたはずだ。そしてニーアがいる。冥王リドリスの計らい。ならここにある俺の身体は、魂か。
「そうか……俺は死んだんだな。くそ……約束を、守れなかった。
ニーアとの約束も、ゼートとの約束も、エルフ達との約束も、俺に付いてきた魔族や人間の思いも全部裏切ったのか……」
「もういいのよ。私達はもう……いいの」
「ごめんな。俺がこの世界を変えようとしたばっかりにお前は」
「もうっ! いいって言ってるでしょ? いつも背負いすぎなのよ。
――私達はもう……終えたのよ。
それとこの世界は長くないわ。ダグラスにこの場所のことがバレたの。リドリスも冥王の地位を降ろされるはずよ。
だから少しの間だけ昔みたいに一緒に居ましょう。戦いに明け暮れる前の毎日を」
「ニーア……」
俺はもう触れることができないと思っていたニーアを抱きしめた。背負ってきたものすべてが体から抜け落ちていく感じがした。
守りきれなかった俺の大事な……ああ、情けねぇ……
「グロウ、私ね隠してたことがあるの」
「なにか隠してたのか?」
「私は、天使アイリス。堕天してからはイリアスを名乗ってた。ずっと騙しててごめんなさい。ただの村娘じゃないの」
「そんなことか。そんなのいいよ。全部ニーアだ」
「良かった……ずっと心の中でこの嘘が燻ってたの」
俺はニーアが死んでからの事を話した。そして昔のようにただの村人だった俺と、ニーアとして崩壊までの時間を過ごした。
「この先の世界、どうなると思う?」
「神の独裁になると思うわ。原初ももう力を持たない。逆らうことも出来ずに神の作った運命に沿う世界になる。そう思ってるわ」
「なら、可能性は残さなきゃな。やっぱり俺は何も残せずにこの世界とさよならってのは無理だ。俺たちの魂は消えてなくなるかも知れない。
でも力だけは、残し続けたい」
「けど、呪いになるかも知れないわよ? 責任と重圧という呪いに」
「隠せばいい話だ。その力をどう扱うかはそいつ次第さ」
「受け継がれれば受け継がれるほど、それは変質するかも知れない。それでもいいの?」
「……それでもこれを残さなかったら、可能性が潰える」
「恨まれるかもね」
「ああ。どうか正しく扱ってくれる者が居ればと思うよ」
世界の崩壊が始まった。消えてく世界の中、俺はニーアと手をつないでいた。
「リドリスに礼も言えないのか」
「きっと伝わってるわ」
「ニーア。最後の時間を一緒に過ごせて良かった」
「私も……幸せだった。大好きよグロウ」
「俺も……愛してるよ。ニーア」
隔離された世界が潰える時、俺はニーアと最後の口づけをした。
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