炎龍王
ミィレンの城、最上階で妾は指示を出すのに忙しかった。
「今すぐ住民を東の都に移動させよ!」
妾に仕える一人の者がこう告げる。
「フェリル様! 竜種の大群がすでに押し寄せてきています。東の都だけでは」
「遅れてきたものはこの城へ誘導じゃ。それが済み次第お主らもこの城にて住民の安全を確保するのじゃ」
「はっ……」
アビスに救援は要請した。エノアならレイヴィアの事とすぐに分かるじゃろう。
レイヴィアは妾の裾を引っ張った。
「ママ……どうしたの?」
「なんでもない。心配することはないぞ」
「でも……なんか、みんなお顔が怖いよ?」
妾はレイヴィアに優しく微笑みかけ、大丈夫じゃと優しく抱きしめる。大丈夫じゃとそう言い聞かせた。そしてこれが別れになるかも知れない。こう思うとこの手にも力が入ってしまう。
狙いはレイヴィア。炎龍王がドラゴンの大群を連れてくるということはそうとう位の高いドラゴン、もしくは炎龍王の実の娘。
まさか実在するとは。人が踏み入れたことがなく、どこに存在するかも分からない龍の国。
当然本来の親はあちらじゃ。元の母親と父親の元へと返す必要がある。しかし母親としてこの子と過ごした毎日。
惜しいという気持ちではなく、心配という気持ちが妾を包むのじゃ。どんな相手か、引き渡して本当に大丈夫なのか、と。
エノアよ。お主ならどうするのかの……
「姫様! 避難及び兵の配置が完了致しました」
「分かった。お主も自分の持ち場へ戻るのじゃ」
「はっ」
妾は短くも、濃く、長いようなレイヴィアとの時間を思い出していた。ほんとエノアと契約を交わすまでは手のつけられないわがままっ子じゃった。
それは今でも変わらんかの。ふふ。
龍の羽ばたく音が近づいてくる。妾はレイヴィアの頭を撫でた後、そのまま頬に手を回す。そして最後まで名残惜しむように手を引いていく。指先までレイヴィアを覚えておくように。
「ママ?」
「そこで待っておれ」
妾は街を眺めるために用意された場所に出た。そして跳躍し、城の瓦の上に足をついた。
竜種が大群で押し寄せてくる姿はまるで終わりを告げているかのような絶望感を感じてしまう。
街を飛び越え、彼らは街を焼き払うつもりはないと分かる。あくまで話し合い。場合によっては実力行使と考える。
じゃがそれはお互いに話が通じれば、じゃ。
どんな相手か、レイヴィアを引き渡してもいい親なのかどうか見極めたいのじゃ。
炎龍王は先陣を切り、城の上に立つ妾に空を飛びながら高さをあわせる。
炎龍王は自分の後を付いてきた龍に言った。
「者共よ。その場で待機せよ」
硬質化した鱗、鱗の先は黒く棘と出しく攻撃的、角はレイヴィアと同じ形状。黄色の眼は妾の姿を映し出していた。牙は鋭く表情は妾をにらみつけるように険しい顔をしていた。
喉を威嚇するように鳴らしながら口から煙が漏れている。間違いない。レイヴィアの父じゃ。
「お前はミィレンの姫、フェリルだな」
「そうじゃよく知っておるの。用はなんじゃ?」
「白々しい。分かっているだろう。娘を返せ盗人が」
「出会い頭に盗人と決めつけるのはどうなのじゃ?」
「戯言はいい。娘を出せ」
分からぬ。この者がどういう龍なのか、未だに分からぬ……
渋る妾に炎龍王は炎を鱗に纏わせながら威嚇する。
「出せと言っているのが聞こえないのか」
「娘がなぜいなくなったのか、妾はそれが知りたい。親でありながら娘を守れなかった理由を聞きたいのじゃ」
「知らぬ。気づけば卵がなくなっていた。貴様らの姑息な魔法で手に入れたのだろう?
自分達が力を得るために」
「なぜ妾達がそんなことを」
妾が外にでた場所からレイヴィアの声がする。
「ママ……」
「レイヴィア?!」
レイヴィアは外に出てきてしまった。そして妾の元まで跳躍し、妾に抱きつく。そして顔をうずくめた後、後ろへ隠れる。
炎龍王はその姿を見て、こう言った。
「ああ、娘よ。やっと顔を見ることが出来た。さぁ、帰ろう」
レイヴィアは何を言っているのか理解出来ていないようだった。妾はお主のことじゃと伝えるよこう言った。
「やだ! レイヴィアはママのところにいる!」
「娘よ。お前の母はこの者ではない。こちらにいるのだ」
「レイヴィアのママはママだけだもん!」
レイヴィアの気持ちを尊重したい。そう思った。
じゃが母としての気持ち。それを考えた時、自分ではない他の者が母と呼ばれ愛していたとしたらどう感じてしまうか。
妾は炎龍王に言った。
「ちゃんと……話がしたいのじゃ」
「黙れ盗人。口を開くな」
「盗人ではない。妾達はただこの子を保護しただけなのじゃ」
「ならその契約状態はなんだ。レイヴィアが下僕となっている理由を説明せよ」
っ! これはエノアが結んだ主従契約。下僕と主とはまた違う話じゃが怒りを持った相手に説明出来るものなのかどうか……
「こ、これには事情があるのじゃ。だから話を」
「問答無用。渡さないのなら強行手段に出る」
レイヴィアは手をのばす炎龍王に対して妾の前で両腕を広げた。
「来ないで!」
「娘よ。断るのならばこの国をすべて燃やし尽くすぞ」
「えっ……ママも、この街も人も?」
レイヴィアが腕を下ろし、うつむいた。妾はその瞬間炎龍王に向かって叫んでおった。
「いいかげんにせんか! 話をしたいと言っておるじゃろうが! 一方通行な言葉しか使わず、娘に脅迫と重荷を背負わせ強硬手段に出る? 笑わせるな!」
「口を出すなと言ったはずだ――家畜風情が」
ピキッ。
妾だけではない獣人、しいては妾の民すべてを愚弄する言葉に妾は怒りを覚えた。炎を自分の体に纏わせ、炎龍王に言った。
「全く人の話に耳を傾けず、挙げ句の果てには妾達の種族を家畜呼ばわりとな?
かははっ……本来は素直に返すつもりじゃったがお灸を据える必要があるようじゃの」
炎龍王はその纏った炎をさらに大きく揺らす。
「家畜風情が龍の炎を喰らえるとでも思うか」
「トカゲ風情が」
お互いの炎が激しく揺らめき、規模を大きくしていく。後ろに居たドラゴン達は即座に踵を返しながら言う。
「まずい! 炎龍王が本気になっちまった! 逃げろ! 周囲がすべて溶けちまうぞ!」
自分の命を燃やすような事ではない。しかし一度火がついてしまったらこの炎龍王はこの街を燃やすだろう。娘の為に妾は街を巻き込んでしまった。ならせめて、住民だがは命に変えても守る。
あの方が作ったこの城と、エノアと守った住民を、守る。
「レイヴィア。もし妾になにかあったらパパを頼るのじゃぞ」
「ま、ママ?」
炎が白くなっていく。レイヴィアは燃え盛る妾の腕を掴んだ。やはり耐性がある。泣きそうな目で妾を止める。
「や、やめてっ、レイヴィア行くから、お願い」
そして炎龍王にもその声は届いていなかった。
「ゆくぞ獣人」
「来るがいい竜種。千年この街を守り続けた炎姫の底力見せてくれようぞ!」
妾はレイヴィアを突き放した。
炎龍王の炎もまた青白く輝き瓦を、街を溶かしていく。焼けるのではなく、溶けていく。
エノア。妾は楽しかったぞ。
レイヴィアは叫んだ。
「やめてぇぇぇぇ! 助けてパパぁ!」
妾の前に転移術式が出現する。そしてそこからエノアが瓦を割りながら勢いよく着地した。この街の奥にアビス達が目に映る。
瓦の破片が宙を舞い、エノアは妾に触れて私の炎を消し去った。魔王の力を出し惜しみすることなく放出させ炎龍王を睨みつけた。
そして周囲の溶けた街並みを見る。
次の一瞬、エノアは炎龍王の鼻先に立っていた。炎龍王は目を大きく開き、動揺する。
そして炎龍王を包んでいた炎がかき消された。
言葉を発することなく、その威圧で訴える。
黒い魔力がエノアを包み込み、悪魔のような翼を形どる。完全な魔王として炎龍王を見下ろしていた。
そして硬直し、言葉を失っていた炎龍王にエノアは言った。
「種の存続を望むのなら言葉を選べ」
もちろんエノアはそんなことはしないだろう。しかし相手を萎縮させることが相手の怒りを鎮めることに繋がると分かっているのだ。
エノアにはその力がある。
たとえ龍の王であったとしてもエノアには適わない。神を殺したのだから。
炎龍王は言った。
「うむ……頭に血が上っていた。主の言葉に従おう」
そう言うとゆっくりと地面に足を下ろす。エノアは炎龍王に言った。
「竜種という時点で状況は理解している。そっちの目的もな。だが何があったのかまでは知らない。お互い頭を冷やせ」
「妾は」
「天照を使おうとしただろ」
「っ……そうせねば」
「分かっているさ。でも逃げることに力を使えば命を使うほどじゃなかったはずだ。自分を犠牲にする精神を悪いとは言わない。ただそれを最初に使うんじゃない。レイヴィアや民だけじゃない。
俺からフェリルという大切な人を失わせるつもりか?」
「そ、れは……キュゥ……」
妾の耳と尻尾が垂れ下がる。
「すまぬ。煽ってしまったのも妾じゃ。最善を尽くせなかった」
エノアは妾の頭を撫でる。
「分かってくれたのならそれでいいよ。完璧ってのは目指すもので、あるべきものじゃないんだ。間に合ってよかった」
そう言ってエノアは妾は抱きしめた。なんて温もりなのじゃ。暖かい。やさしい。うれしい。こんなに幸せで包み込まれておる。
そしてエノアは妾から離れ、レイヴィアを抱きしめた。
「聞こえてたよ。レイヴィア。つらい選択を取ろうとしてたんだな。成長したな」
「ぱ、ぱぱぁ、こ、こわがった……ママも、みんな、怖い顔しててね、それで、レイヴィア一人で、でも帰らないとみんな燃やすってね」
自分の中で言葉が整理出来ていないのだろう。思いついたであろう言葉を口から吐き出す。エノアはそれを一つ一つ丁寧に受け取っていた。
「ああ。寂しかったよな、怖かったよな。勇気を振り絞ったよな。みんなを守りたかったんだよな。よくがんばった。ちゃんと助けてって言えたのも偉いぞ」
「っ、うっ……ぐっうぇぇぇぇぇぇ!!」
大声で泣き始めるレイヴィアと、それを抱きしめるエノア。その発端を作ってしまった妾と炎龍王はバツが悪くなっていた。
泣き止んだレイヴィアを寝かしつけ、竜種には人の姿へと化けてもらい城の中に招き入れた。住民達の中には家が溶けてしまったもの達もいる。
炎龍王は一人ひとりに謝罪を行なっていた。それが済んだ後、妾とエノア、炎龍王は三人で茶を交わしながら話を始めるのだった。
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