一式
似たような階層が続く中、明らかに異様な雰囲気を醸し出す扉が現れた。
今までの扉は地面や壁と同じ色をしていたのだがこの扉だけ真っ黒なのだ。
俺は少し考えながら呟いた。
「これは、強敵ってことか? それとも最後……いや最後ではないだろうな。
そこまでの高さを登ってはいない」
「ひとまず行くしかないね。僕の準備は出来てるよ。行く?」
「ああ。出来ることなんてないしな」
俺たちは大きな扉を押し、中に入る。
中の空間自体に大きな変化はない。
しいて言えば光源が水晶ではなく柱、壁、天井に張り巡らされている赤い炎であることくらいだ。今回は最初から敵が存在していた。
中央で佇むそいつはずんぐりむっくりした熊のようなシルエット。
なぜシルエットなのか。それは全く中身が見えないからだ。
黒い靄、瘴気のようなものがそいつから出ている。そのせいで隙間から少し見える体から熊のような見た目、としか表現が出来ない。
真っ黒ではあるが目だけは赤く光っている。そしてその目がこちらを見ていることも。
「動き出さないな。待ってるのか?」
「余裕があるのかもね。あの瘴気は触れたらまずそうだし。それを身にまとっているんだからわざわざ動く必要はないってところかな」
クロエか魔王の省略詠唱が使えれば耐性をつけられるんだがな。イナの再生能力だけでなんとかなるか?
もし精神を蝕むものだったら……
と、考えている間にアレンは一人で特攻する。
相手の懐に入り込むと空中で後ろに回りながら相手の顎を蹴り上げる。
相手はうろたえながらも起き上がった上半身を前に戻す。そして威嚇のためか唸り声を上げたあと、グルァ! と叫んだ。
アレンはそれを頭から手の側面で叩き落とす。
そして一度バク転を挟み、俺の位置にまで戻ってきた。
「ッッッハァ! ふぅ……力入れながらだと息を止めるのあまり長くは保たないね」
「息止めてたのか」
「とうあえず吸わなきゃなんとかなるかなって。
そこまでは良かったんだけど触れるとダメみたいだね」
アレンの手と、足がただれていた。
「ッ! 今ポーションを」
「ああいいよ。魔素を循環させて治すから。
その代わり、倒してきてくれない? 僕が行くと余計な魔素を使っちゃいそうだから」
俺はポーションを置いた。
「とりあえず無理そうなら使ってくれ。
予備は結構あるから」
「ありがとう」
さて、アイリスの剣でも魔王の剣でも大丈夫そうだがアイリスの剣は使わずに行こう。
俺は魔王の剣を引き抜いた。
「すー……ふっ!」
俺は一気に距離を縮める。
相手は体を持ち上げたあと、跳躍。右手の爪を俺へと向けてくる。
「ん?!」
跳べるのかよ。
驚きはしたが横に転がりながらそれを避ける。地面に爪が突き刺さっていた。相手はそれを引きぬき、間髪入れずに間合いを詰めてくる。
なるほど、逃さないし息をする時間も与えないぞってことか。
「悪いな。時間ないんだ」
俺は魔王の剣を地面に向かって力強く投げた。その剣は相手の頭蓋骨を貫通していた。
転移術式の出口を相手の額にしていたのだ。
俺は魔王の剣を転移させ手元に戻す。
距離をとってから息をする。
「っはぁ、はぁ……ふー……」
「苦しい中でよくあの行動を思いついたね。それとも考えてた?」
「切羽詰まったというか、追い込まれすぎて閃いた。
もし魔王の剣より硬かったりしたら危なかったな」
「危険な状態になると真価を発揮するのかもね。エノアは」
「そうなる前に思いつきたいものだけどな」
体感として一日が終わった。
俺たちは扉の前で腰をおろした。多少のスベースがある。
そこで持ってきた食料と飲み物を分配する。
「かなり登ってきたな。ここで一旦睡眠とるか?」
「うん。もう今日は頭使いたくないかな」
あの黒い熊のようなものを倒したあとは以前強そうな敵は現れずただ登るだけど作業が続いていた。
「じゃあ先に起きたほうがもう片方を起こす感じで」
「分かったよ。おやすみ」
「ああ」
案外疲労が溜まってたのかストンと眠りに落ちた。
ッッ!
「はぁっはぁっ!」
寝覚めが悪い。夢にジールが出てきた。それも死んだ状態で。
もう一眠りしようと思ったが目が冴えてしまっている。一度上着を脱ぎ、かいた冷や汗を拭いた。
そしてそれをまた着てからアレンを起こした。
「おはよう……ん? 嫌な夢でも見た?」
「なんでだ?」
「顔が曇ってるよ」
「ちょっとな」
俺は朝飯を食べながらジールのことを話した。アレンは言った。
「抱え込んだんだね。でもエノアには支えてくれる人がいるじゃないか。
忘れろとは言えないけど君の足を引っ張るならジールって魔族はそれこそ不本意なんじゃないかな。
僕がそうなったらきっと同じ用に抱え込むと思うけどね。難しい話だよそれは」
「……足を引っ張るか。短かったがもしジールの性格ならそうかも知れない。
でも思うんだよ。無理にでも助けてこの先ジールの人生を歩ませて幸せにしてやればよかったんじゃないかって」
「それは考えても仕方ないよ。
もしそうならなかったのだとしたら、死ぬまでその子供の記憶を持っているのだとしたら彼は死ぬまで悪夢にうなされることになる。
僕はもう充分後悔したんじゃないかって思うよ。エノアの選択に僕は賛成だ」
「……リーシアも同じことを言うと思うよ。楽になった。
よし、この黒い扉の先に進むとするか!」
「ふぁって、まだパンが!」
アレンは急いで口の中にパンを詰め込んだ。
「冗談だよ。喉に詰まらせるからゆっくり食べてくれ。待ってるから」
「ふぁんでそういうじょうふぁん言うかな!!」
怒ったアレンを初めて見て俺は笑い転げた。
機嫌を直したアレンと準備の確認をし、扉を開けた。
「今度は真っ暗か」
「でもあきらかにあそこにいるよね。僕は気配で分かるけど」
「魔王に覚醒してからある程度夜目はいい方だ。目を凝らさなきゃならないが見える」
「向こうはこっち見えるみたいだね」
柱を交差しながら進む大きな蛇。長さは分からないが縦の長さで言えば俺が三人分くらいの高さに鼻がある。
普通の蛇と違うのは鱗があり、その鱗が逆だっている。
動きも早く、前回とは違い急速に近づいてくる。
俺は上空に、アレンは横に交わした。
どうするか。剣が届く範囲ならいいが今回は大きすぎる。弱点だろう頭を狙うのはいいとしても有効かどうかがわからないな。
蛇は俺を天井にぶつけるためか頭を突き上げた。俺は滑り落ちるようにしてその場から逃げる。蛇は俺に狙いを付け追ってくる。
俺は柱を交互に経由しながら逃げていた。そして蛇は動きを止めた。
体が大きすぎて動く余裕がないのだ。柱に体が挟まってどの筋肉を動かせばいいのか理解していないのだろう。ぐねぐねといろんな箇所に力を入れている。
「とりあえずこれで……」
蛇はめんどくさくなったのか柱をすべて粉砕した。筋肉で。
「力技か……」
蛇は逆立てていた鱗を一度しまい込み、勢いよくもう一度開く。鱗一つ一つが細かく振動して妙な音をたてる。
「……ァ」
脳がくらくらする。動けない。脳震盪みたいなものか。意識、を失わないように。
しかし蛇は容赦なく、襲いかかってくる。
まずいな……ここは時間を止めてッ。
アレンが蛇の真横に走り込み、拳を当てた。蛇は壁に激突し俺の横を通り過ぎていった。
後から風が顔に吹きかかる。
「大丈夫? 余計だったかな」
「いや、おかげで魔力を使わずにすんだよ。よく動けたな」
「あの状態にはよくなってたからね。稽古で。耐性はつけてあるよ」
脳震盪への耐性って……即座に回復する方法でもあるんだろうか。後で教わろう。
蛇が外周をぐるぐると回っている。
俺はあることに気づいた。
「これはあれだな。少しずつ円を小さくしてるのか」
「つまり囲まれて逃げ場はないって感じかな」
「まぁそういうことになる」
「次から当分戦えないけどいい?」
「なにかするのか?」
「うんちょっとね」
「よし、じゃあこの先は当分俺に任せてもらおうか」
アレンは目を閉じたあと、魔素を自分の支配下に置いた。
近づいてくる蛇をものともせず魔素をコントロールしていく。内へ内へ。アレンの全身に魔素が取り込まれていく。その周囲に入り切らなかった魔素でさえ支配下から離すことはない。
魔素と周囲が荒れ狂い、アレンの髪を乱す。
蛇は危険を感じたのか徐々に距離を詰めることをやめて一気にアレンを殺しにかかる。
しかし俺には分かる。もう襲い。準備は整っている。
蛇は鱗を振動させながら大口を開けてアレンに近づくがその音は、振動はアレンには届かない。荒れ狂う周囲の魔素と風が壁を作っていた。
それでも蛇はもう止まれない。
今にもアレンを飲み込もうという時。
アレンは地面に片足を深く踏み込む。支配下に置いた魔素のすべてがアレンのたった一つの打突に集約される。
「一式」
アレンの打突は前方直線状にその破壊の後を残した。
その範囲に入っていた蛇の肉は消失し、土、柱、天井、そして……塔の壁すらも破壊していた。
攻撃は雲をはねのけながら消失していった。それから蛇以外は再生を始めていた。
久しぶりに空を拝めた。
俺は関心しながら言った。
「お前これ打ってたら本当に町なくなってたぞ……
関係ないが雲の位置からするに結構登ってきたな。風が気持ちいい」
明るかった所を見ると体内時計はまだ狂ってはいないみたいだ。
「あれはちゃんと手加減してたよ。でも町に被害は出てたかもね」
そう言うとアレンは膝をついた後、続けて言った。
「あはは、やっぱり結構くるね。筋肉痛ってほどじゃないけど力が全然入らないや。
階段登ることくらいは出来るからさ」
「まだ当分食料はある。ゆっくり行こう」
せめて黒い扉の前ではアレンを回復させておく必要があるな。
一式を使える状態かつ、動けるように。
そしてあれからさらに一日、黒い扉の強敵を何度も倒しながら俺たちはかなりの高さまで登ってきたと感じていた。
目の前には扉がない。おそらく頂上じゃないかと俺達はうれしさが湧き上がっていた。
中へ向かう前に俺たちは一度睡眠と食事をとる。
アレンの回復を待つためだ。体感でしかないが三日ほどかかってしまった。
干し肉をかじりつつ俺はアレンに聞いた。
「どう思う?」
「頂上だとは思うよ。ただここが本番って感じがする。確かに強敵は多かったけど勇者候補じゃなければ勝てない。なんて強さじゃなかった。実際僕が倒せてるわけだし、勝てない感覚もない」
「同じ意見だ。勇者候補なら一歩間違えば死ぬ可能性がある。程度でしかない。勇者候補の力が必要そうな場所はないと俺も思う。
何が待ってるかは知らないがこのさきはそうとう気合入れないとな」
「そのためにもゆっくり寝なきゃね」
「ああ。マヨネーズとってくれ」
「え、干し肉にマヨネーズかけるの?」
「え? なんかこう、おいしくないか? 前にイナと野宿していた時に試してみたんだけど案外美味かったからさ」
「今度試してみるよ」
「今試しとけって」
「いやいいよ。油とりすぎるとお腹の調子崩すしさ」
「そうか?」
「興味はあるけどね。一旦このまま食べさせて」
「死んで後悔するなよ?」
「なにその危ない発言。なんか嫌な予感がしたんだけど」
「あはは、冗談だって。こういうのは起こりうる事実しか起こらない。気にしてもしょうがないって」
「ほんとかなぁー……」
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