腕試し【背景カラー】
橋の上。リーシアとトア、エリナが見守る中、俺とアレンは対峙していた。
時間は正午。俺は上着を脱ぎ、アレンもシャツを脱いでいた。
魔王の力、空虚、省略詠唱、威圧や再生、新たな魔法を創造するスキル、グラディアスから受け取ったいくつものスキル、影の力は使えない。
なんなら魔法自体ほぼ使えない。魔王の省略詠唱と魔力を使って今まで魔法を使ってきた。俺は魔王の力とクロエの力なしで魔法を使えたことは一度もない。
カンナと同じなのだ。
今の俺に扱えるのは血の契約で得た力、時間を止めるスキル、戦いには使えない勇者のスキルだけだ。
アレンも橋や町が破壊されるほどの力は使わないだろうが技が洗礼されている。
「アレン。俺は一応剣士だから剣を使うが問題ないか?」
「大丈夫だよ。刃程度に恐れはしないさ」
「言ってくれるな」
「――いいよ」
「時解」
時間を止める。俺はアレンの背後に移動し剣を振るった。
時間が動き出すがその剣は弾かれた。
アレンは驚いたようにすぐさま振り向き、俺の剣に向かって正拳突きをする。その衝撃を受け止めるとその体勢のまま何メートルも後ろに飛ばされる。
俺は靴の裏で地面をこすりながら着地する。
どうなってんだアレンの体は。いくら手加減して斬ったと言っても弾けるものなのか?
人の肌が。
アレンはうれしそうにこちらを向き、ぽんぽんとステップを踏んで待ち構えている。
俺はアイリスの剣も抜いた。
影踏みが使えない今、空中に剣を投げ出すのは無しだ。しかしこれまで二刀流も結構使ってきた。瞬間的な移動がなくともまともに戦えるはずだ。
魔力がどこまで扱えるか分からないから時間を止めるスキルはあまり使いたくない。
最上位魔法なんて目じゃないくらいの魔力を使うからな……
俺は地面を強く蹴り込みアレンに迫る。
左手のアイリスの剣を振り下ろすとアレンは外側に避ける。俺は右回転しながら右手に持った魔王の剣でそれを追撃する。
アレンは右手の甲で魔王の剣を防いだ。肌に当たったというのに金属のような音が残響する。
お互いの目が合う。アレンは口角を上げていた。よほどうれしいのか、それとも楽しいのか。生粋の格闘家らしい。
剣では遅いと感じ、魔王の剣を手から離す。それを左手で掴み、自由になった右手でアレンの腹をイナの力で殴る。アレンの腹部と俺の拳から鈍い音が鳴る。
純粋な力だがこれがそうとうな威力を誇るのは知っている。拳は中に響くだろ。
「がっ……」
アレンはほんの少しだけ声を出したが、すぐに笑い始めた。
そしてトアとの戦いで見せた魔素を自分自身に溜め込み始めた。しかし規模はトアの時ほどではない。
ドンッと大きな音がなり、魔素がアレンを中心に集まってくる。水面を揺らしながら魔素を体に纏っている。
殴った俺の手がまだ腹に触れたままだと言うのにアレンはそれを押すように前へと踏み込んだ。
なんてこった。これはスキルなんかじゃない。
――ただの身体強化だ。
アレンは右拳を力強く突き出した。
「っ!」
アレンの真横の橋に縦、円柱状の衝撃波が現れる。その部分の橋は消え、海は波を作り出していた。
アレンはどうして、と呟いた。
アレンの拳の先、俺の腹部との間に転移術式が出現している。
俺は剣をしまい、一瞬スキができたアレンの目を手のひらで隠す。
手首を捻り、ほんの少しだけ力を入れて押す。後ろに体重が移動するアレンに置いておいた俺の足が引っかかり地面に倒れる。
俺はこの世界にくる前、合気道と空手をしていた。使いこなせはしないけど局所的にならこういうことが出来る。
アレンは橋の上に仰向けで倒れた。この時点でアレンにとっては負けなのだろう。
「初めて……負けたよ」
「いや、俺も勝ちかと言えば厳しい」
俺の口から血が少しだけ垂れてくる。俺の転移術式じゃ受けきれなかった。
「こうして地に背をつけてるのは僕だ。僕の負けだよ。
塔の為に磨いた技とは言え魔王の力を使わない魔王に負けるなんて、悔しいな……」
「ならやめるか?」
「行くよ。これが僕の本気だと思われちゃ困るからね。
魔王もそうでしょ? 殺しにいったわけじゃない」
「エノアでいい。その呼び名は少し困る。
その辺はお互い様ってことだな」
俺はアレンに手を差し出した。アレンはその手を握り、起き上がる。
そしてよほど悔しかったのか、大きなため息をついた。
その後、こんなことを語り始めた。
「この塔に挑むのは一家の悲願なんかじゃないんだ。僕の子供が生まれたとして、その子供が神の塔を攻略しなかったとしても別にいいんだ。
これまで犠牲になった、なんて先代も思ったりはしないだろう。強制的なものなんてなかったんだ。
全部、子供がそれを選んだだけなんだ。それがたまたまここまで続いたんだ。
だから悲願という噂は少し間違い。余談だけどね」
「……そうだな。塔を攻略して終わらせよう」
「っ……あはは、そうだね。攻略して終わらせよう。帰らなきゃね」
アレンの可能性は見えたものの実力はまだ測れず、若干の不安は残るが塔に二人で登ることが明確となった。
その日の夜。俺は宿で魔王と影の力なしで戦う技の組み合わせやシミュレーションを行なっていた。入念な準備の最中、リーシアとトアも可能性を指示してくれる。そして充分な睡眠を取るために早めにベッドの中へと入った。
三人で。特にそういうことはしなかった。ただ一緒に寝ただけだ。興奮しなかったかと言われればそれは嘘になるが、二人の温もりに包まれながら眠りにつくのは心地よかった。
トアも嫌がることなく、同じベッドに入った。やはりあの出来事が大きかったのだろうか。
翌日、日が昇る直前。まだ太陽は出ていないが辺りが明るくなってきた。
リーシア、トアも目を覚まし見送りの準備をしていた。
そして部屋を出る前、リーシアは俺に濃厚なキスをする。
「んっ?! んん!!」
俺は突然の行為に驚き、離れようとするが追尾してくる。なんだこれ。
すべての行動が先読みされてしまう。やばい、これは……興奮してしまう!
俺はわざわざ時間を止めてリーシアから離れた。
「はぁ、はぁ……」
なにか言葉を発する前に呼吸を整える。トアはリーシアに何してんだ?! と理解出来ずにいた。
リーシアは俺とトアに言った。
「行ってらっしゃいのキスと興奮させとこうと思って。
こうしたら早く帰ってきてくれるかも?」
トアは呆れながら言った。
「むしろ集中できなくなるって……」
「思いっきりキスしとこうと思ったって言うのが本音。
それくらいしか思いつかなかったのよ。
だから全部キスに込めたの。自分の考えとか、感情とか」
リーシアはふざけていたわけじゃないみたいだ。
ただ、俺への心配やリーシア自身の心を言葉にするのが難しかったからそうした。
そういうことだろう。
「りー」
シアと言おうとした瞬間、俺は振り向かされた。
テレ顔のトアは数秒俺の顔を見つめると勢いよく顔を近づける。
しかし躊躇したのか直前で一回止まる。
そしてゆっくりと近づかれ、舌を絡ませてくる。
その後、トアは満足言ったのか口から唾液を垂らしながらとろんとした顔をしている。
待ち合わせ正午にすれば良かった……と俺は後悔していた。
「エノア……さっさと終わらせてきてよ」
「ああ。すぐに戻ってきて続きでもしよう」
俺はトアにそう言った。
それから宿を出て、橋の上でアレンとエリナと合流する。
アレンはエリナに俺が魔王であることを話したようで無礼を侘びてきた。
俺はそれを受けいれた後、気にすることはないと言っておいた。
勇者であることも話し、エリナを安心させる。
そして塔の入り口へとたどり着いた。
筒状の塔が空高くそびえ立ち、壁は砂が固まったかのような材質。どうしてこれで建っていられるのかが分からない。
試しに外から空虚を使うと効果範囲だけ消えてまた元に戻った。
「生きてるなこの塔は。学園のと違って再生する。俺のは一瞬で破壊したからかそれとも別の条件があるのか……」
塔の入り口ではあまりにも大きな扉が存在していた。
ゼートと同じサイズくらいのガーディアンの彫刻が斧を持ち、門番をするかのように二体存在している。
近づくと重そうな音をたてながら扉がゆっくりと開いた。
俺とアレンは振り向いた。
アレンはエリナに、俺はリーシアとトアに行ってくると伝えた。
「「行ってらっしゃい」」
俺とアレンはその扉の中へと入っていく。まずはアレン。そして俺が入った途端ガーディアンの彫刻が手に持っていた斧を振り下ろし、道を塞いだ。扉は砂となって斧の内側に戻ってくる。
塔の中はいくつもの階層になっていると予想する。学園と同じタイプだと。
「ここがカルガディアの内部か」
中は暗いが中央に青く巨大な水晶のようなものが突き出ていた。それを囲むように丸い台。
その水晶は輝いていて、唯一の光源だが全体を照らせるほど明るい。
草花がところどころに生えている。崩れた建物の残骸のようなものが転がっていて、塔の中はまるで廃墟のようになっていた。
少し進むと奥に上へと続く階段がちらっと見える。しかしそれは扉で塞がれていた。
「なるほど、あれを破壊するか条件を達成して開けろってところかな。
あの扉には取っ手がない」
「そうだね。さてどんな試練が待ち構えているのか楽しみだね」
「楽しむ余裕があるのか。それは結構なことだな」
そう言った後、俺たちは扉へ向かって歩き出した。
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