エリナ
「事情の説明は?」
俺はアレンにそう聞いた。
なぜ一人までなのか、そして死ぬ覚悟というのはどういうつもりで言ったものなのかと。
「もちろんするよ。
僕の先代、それよりさらに前もこの塔に挑戦し続けていることは知っているよね」
「ああ。攻略が出来ていないってことも」
「そう。残念ながら僕の代まで残っている。
この塔は二人までしか入れないんだ。いかなるものでもそれ以上入ることは出来ない。
ただ、一人だけで入ることは出来る」
「アレンが挑戦した後、俺たちが挑戦するってのは?」
「それでもいいけど僕は攻略するよ。逆でも困るかな。
僕はこの塔を攻略する」
そう育てられたからなのか、攻略することに対して固執しすぎている。
だがそれは外から見た時の話だ。彼自身がそうすることが最も正しいと言うのならそれが正しくなる。
「なるほど。先に攻略されたくなかったら、一緒に来いか」
「そう。それと死ぬ覚悟。
これは今までの傾向からの話。当然誰も帰ってきてはいない。
分かっていることがある。歴代でこの塔に関わり続けてきた。この塔は勇者候補にしか攻略出来ない。たとえ勇者でも弱ければ死ぬ。
もし来るなら勇者候補の子をおすすめするよ。もちろん死ぬ覚悟もした上でね。
だから試したんだ。僕より弱い勇者候補ならやるだけ無駄だと思ってね。
中がどうなっているかまでは分からないし、これも推測だから話半分で聞いてよ」
「少し考える。いつ出るんだ?」
「近々。明日か明後日か」
「早いな。命が惜しいとは思わないのか?」
「攻略するからね」
「アーレンー!」
俺たちが橋の上で話し合いをしていると街の方から一人の少女が走ってくる。
白いワンピースに麦わら帽子。褐色の肌、肩にはつかないくらいの黒みがかった茶色い髪。大きな青い瞳によく笑う顔。
身長はアレンやリーシアよりも小さい。子供っぽい印象は受けるが胸はそれなりにある。
少女は手を振りながらアレンの名前を呼んでいた。
「エリナ!」
アレンが彼女をエリナと呼んだ。エリナは俺たちの近くに寄ると頭を下げた。
「多分うちのアレンがすみません。また突然戦闘になったんだと思います。
大きな音してましたし……」
「いや、理にかなってるよ。話はある程度聞いた」
「すみません……もうっ! アレン! 先に事情を説明してからでもいいじゃない!
挑戦する人は湧き水のように出てくるわけじゃないんだから!」
「こっちの方が手っ取り早いと思ってさ」
「どうせ暇でしょ!」
「まぁ……うん、そうなんだけどね」
エリナは振り返り俺たちに言った。
「ではみなさん。この街を楽しんでから帰ってくださいね」
「ん?」
アレンはエリナに言った。
「エリナ」
「なに?」
アレンは俺たちの力を認めたという話をした。
エリナの表情が曇る。何度も口を開こうとしては口をつぐむ。アレンはそれを待っている。
泣きそうな目で俺たちを見る。困惑し、戸惑い、言葉を探している。
エリナはアレンを大切に思っているのだろう。きっと惚れているんだ。
きっとエリナは心の中で俺たちをよく思っていない。けれどそれが独りよがりであることを知っているから口に出さないんだ。
エリナの言葉遣いから常識をわきまえていることは分かる。アレンが合格者を出すことはないと思っていたのかも知れない。
でなければ帰ってくださいねなんて言葉は出てこない。
アレンはエリナに言った。
「エリナ。もしかしたら君は勘違いをしているかも知れない。
僕は、彼らが来なくても塔に行くつもりだったんだ」
「っ……行かなきゃダメなの? いいじゃん行かなくたって。ここで平和に暮らそうよ。
この人達は合格者なんでしょ? だったらこの人達に任せようよ!
一家の悲願なんてどうでもいいじゃん! わ、私と……」
海が広がり、雲は少なく、こんなにも青空が広がっているというのに今はそんなこと微塵も感じられない。
重くて、苦しくて……介入できない第三者からこれを見るのは胸が痛い。
アレンはエリナの肩に手をおいた。
「エリナ……僕はね。
自分自身の気持ちで攻略したいんだ。勇者候補でなければ突破できないなんて、そんな運命悔しいじゃないか。
僕は、神に抗うよ」
エリナは目に貯めていた涙を溢れさせて言った。
「そんな考え飲み込んでよ! そんなの捨ててよ! わたっ、私の為に……」
エリナは顔を上げた。
「私の為に――その人生を使ってよ……
嫌だよ、いや……いつかこの日が来るんじゃないかって、分かってた……
でも死んでほしくないよ」
アレンは真剣な表情になりエリナを見つめていた。
俺は二人に言った。
「どうしても構わない。攻略をやめろと言うのならやめて別の場所に行く。
その想いの方が価値がある。
俺たちの宿はジンに聞いてくれ。それまで俺たちも話し合いをする」
そう言い残して二人を連れて町の中に戻る。
喫茶店の中に入り、紅茶を飲みながら会話していた。
トアはなんで切り上げてきたのかと聞いてきた。
「おそらくあの後アレンは想いを告げるだろう。
その先どうなるかは知らない。けどあの空間に俺たちがいるのは場違いだと思ってな」
「そっか……
冒険者や勇者候補は常に死と隣り合わせだからあの子の気持ち、よく分かんなかった。
でも、ほぼ死が確定した場所に好きになった人が行ってしまうって考えたら……
あたしもその人に同じことを言うかも……」
「ああ。自分じゃない大切な人がって言うのがな……
もしこのままカルガディアを攻略するとして誰が行く?
普通の流れならトアか既に勇者となった俺だけど」
リーシアは残念そうに言った。
「今エリナって子と同じ気持ちだわ……
私は最初から除外。本当にもしかしたら死ぬっていう状況の中にトアかエノアっていう大切な人が向かうんだもの……
その強さに信頼は置いてるけどやっぱり自分がいないのは不安だわ」
「なら待つか?」
「それだと攻略されちゃうかもよ? 調査と攻略が目的なんだし……
それに誰かが一緒に行ったほうが命を落とさない可能性は高いわ」
トアは紅茶に砂糖を足してから言った。
「あたしが行こうか? どっちも格闘家だし相性はいいかもよ?」
「格闘家に対して相性が悪いのが出てきたらどうする?」
「あっ……んー、でもエノアが行ったら弱くなっちゃうんじゃ……」
「もし魔王の力と影の力を防がれたらきついな。
勇者スキルは強力だけど今の所使いみちはないし」
「なら今の内に使っとくか? ものによるけどあたしは構わないよ」
「いや、いい。
仕えるのは血の契約で得た力と時解、グラディアスのスキル。ただ魔王の魔力がどこまで使えるかも分からない。
けどイナの力でほぼ死ぬことはない。だから俺が行くよ」
「時間のスキル使えるの?」
「これ魔王のスキルじゃないんだよ。グラディアス自身のスキル。だから歴代最強だったんだろうな。
グラディアスは俺と同じ魔王の性質に、凄まじい数のスキルと魔法。
新たな魔法を作り出すスキルと膨大な魔力、そしてそれを受け入れられる器であることが魔王としての力だったんだよ」
「とんでもないね……もしグラディアスを倒せって言われたら正直無理かも知れない」
「シェフィによるとまだ覚醒が残ってるらしいからそれからじゃないか?」
「これ以上ね……んーなんだろ。新しいスキルとかになるのかな。
ねぇ、もしこのまま魔王としてエノアが世界を統べることになったらどうなるのかな」
「ん? んー……俺としては何も変わらないが神が黙っているかどうかだな。
こっちに干渉出来るのかどうかがわからないからなんとも言えないけど」
全員紅茶を飲み終わった。最初に飲み終わった俺の紅茶は乾き始めていた。
店員がおかわりいかがですか? と声をかけてくる。
俺が二人を見ると頷いたのでもう一杯お願いした。かしこまりましたとカップを下げていった。どうやら新しいカップに淹れてきてくれるらしい。
トアはやっぱり自分が行くと言い出したが俺はそれを止めた。
死なない確率が高いからと伝えたが内心では”怖かった”のだ。
エリナやリーシアが言ったのと同じだ。自分じゃない誰かが危険を犯すのが怖かった。
だから俺が行く。そんなずるいことを考えていた。
だってこれでトアが死んだら俺は立ち直れないだろう。ヴァルクにもなんて言えばいい。
妹を頼みますと、そう言われたんだ。
そして俺自身――トアを失いたくない。
次の日の朝、アレンが宿のロビーで待っていた。
俺はロビーでアレンの表情を見て言った。
「そうか、行くんだな」
「うん。エリナとも帰ってくると約束した。
やっと好きな人と思いが通じ合ったんだ。帰らないとね」
「お前が死んだら一家の悲願は続かなくなるぞ」
「僕が終わらせるさ。勝算はある。未来の可能性は残してきた」
それはエリナにとって、お前にとってさらに辛い選択だったろうに……
それでも未来を残す選択を選んだんだな。
「……本当にいいんだな」
だから俺はそう聞き返した。
「君よりもずっと昔から覚悟していたことだよ」
「神の塔へは俺が行く。構わないな」
「もちろん。魔王と一緒に神に挑むなんて最高じゃないか」
「その件だが少し語弊がある」
「なんだい?」
「俺はな」
勇者でもある。元々勇者候補であったこと、そして勇者スキルは使い所が全くないことも伝えた。勇者であることによる能力の向上は一切なく、その他での構成が強すぎること。
もし魔王の力や影の力が使えなかったら相当戦闘能力が落ちてしまうことを伝えた。
それを納得した上でアレンは俺に言った。
「なら、一度僕と勝負しようか。それらのスキルな禁止で。
そして明日の朝……僕が認めていたのなら一緒に攻略しに行こう」
「分かった」
負けられない。圧倒する必要がある。
トアを行かせない為にも。
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