アレン
本当に海で泳ごうとするトアを必死に止めてジンに勧められた宿で体を休める。
リーシアがバスタオル一枚で出てくる。
「あがったわ。トアかエノア入ってきたら? あったかいわよ」
俺はトアに先に入るよう促す。
「俺は最後でいいよ」
「んじゃ……って、なんでリーシアがバスタオル一枚で出てきて何の反応もないんだよ!
部屋一つだし! 二人とも自然すぎて最後の最後まで気づかなかったよ!」
「ああ……そう言えば……野宿で寝る時一緒だったし、国が出来るまでは宿では三人くらいで寝泊まりしてたからな……
普通にしてたけど言われてみれば大胆なことしてるな」
リーシアが体に巻いてるバスタオルとは別のタオルで髪を拭きながら言った。
「そういえばそうね。言われるまで気づかなかったわ。慣れちゃってた」
「だめだろ! いくら、二人が……そういう関係だからって、恥じらいくらいは持てよ……」
リーシアがにやぁと悪い笑みを見せる。
「なぁに? 照れてるの? それとも嫉妬?
いいじゃない。入ってきなさいよ。お風呂に入った後、バスタオル一枚で出てくれば。
その暴力的な胸を隠しきれないままね。
それともエノアの前だから恥ずかしい?」
時々リーシアはこうやっていじわるをする時がある。
照れている相手をからかうように、本心をさらけ出すように、理性を捨てさせるように。
現にトアはまだ風呂にも入っていないのにのぼせたかのように顔を赤くし、ふらふらと頭を揺らし、顔を手で隠していた。
「ほら、ほらほら……」
「ち、ちが……嫉妬とかじゃ……普通に考えて男の前にバスタオル一枚なんて……」
「まぁしおらしくなっちゃって……どうせトアもしたんでしょ?」
「~~ッ!!」
トアは一気に顔を真赤に染め上げ頭を上げる。涙目になりながら浴室へと走っていった。
リーシア俺に言った。
「あちゃちゃ……ちょっとからかいすぎたわね」
「あんまりいじめてやるなよ。あれで結構純粋なんだ」
「私は純粋じゃないの?」
「んー……小悪魔、かな」
「そういうこと言う人には……」
リーシアはバスタオルを巻いたまま近づいてくる。そして俺を壁にまで追いやり人指し指で俺の上半身をなぞる。
「本当にいたずらしちゃおっかなー」
「待ってくれリーシア。今はそういう気分じゃ……」
いたずらなどではなく、リーシアはやさしく微笑んだ。
「まだ引きずってる?」
「……正直」
リーシアは俺の顔に手を添える。
「私が吸い取ってあげる」
「ははっ、本当に悪魔みたいだ」
「ん……くちゅ」
俺はリーシアを少しだけ引き離した。
「トアに怒られちゃうから」
「いいじゃない。そんなこと」
キスが続いた。その時、浴槽から声が聞こえる。
「り、リーシア……その……」
リーシアは俺から離れて、トアに聞き返す。
「んー? どうしたの? なにかあった?」
「なにかあったと言うかなんと言うか……き、着替え……とタオル」
そういえばさっき走り出した時、何も持ってなかったな。着替えもタオルも。
「ふーん……もうそのまま出てきちゃったら? どうせ裸見られてるんだし」
「リーシアがいるだろ!」
「それくらい気にしないの」
「するって!」
「そんなこと言って本当はエノアに見られるのが恥ずかしいんでしょ」
リーシアはそう言って、浴室の中に入っていってしまう。
「ちょ、ちょちょちょちょないないない! それはないって! リーシアッきゃっ!」
女の子らしい悲鳴をあげたトアは自分の体を隠す。
「こ、こっちみんな!!」
「そう、だな……」
俺はトアに背を向けた。その後もリーシアがいたずらを繰り返していた。
「もうやめてよリーシアァ……」
「反応がかわいくてついね。じゃあ本番といきましょうか」
「「え?」」
翌日、疲れが取れないまま朝日を迎えた……
若干の寝不足で頭がくらくらする。目が覚めるのにもう少し時間がかかりそうだった。
トアが布団を自分の体に巻いたまま起きる。
「おはようトア」
「おはようエノア……」
あんなことがあってもまだ恥じらいはあるようだ。実際俺だってトアの体を直視するのは恥ずかしいし当然のことと言えば当然だよな。リーシアは例外だが。
バサッ
「ひゃぁぁぁッ!」
「おはよっ!」
「もうなんなんだよぉ! 昨日からずっといじわるだぞリーシア!」
「んー! かわいいっ! エノアもそう思うでしょ?」
そう言ってリーシアは柔肌のままトアに抱きついた。俺はそうだなと答えた。
「ぁ、ぁぁ、ぁぁぁぁ」
トアは着替えを持ってトイレへ駆け込んだ。
そのかわいらしい反応にほっこりする。リーシアが俺に言った。
「コーヒー淹れようか? なんか眠そう」
「ああ、ちょっと……二人相手は結構な……」
「とびっきり苦いのにしてあげる」
「ほどほどで頼む」
「はーい」
目を一向に合わせないトアと鼻歌を歌いご機嫌なリーシアと共にコーヒーを飲む。
窓から外を見ると、朝日が海面を照らし煌めいている。
まだ寒そうなので窓は締めたままだ。俺はこの後の予定について話した。
「今日は例の格闘家に会いに行く。
もしかしたら戦闘になるかも知れない。それが済んだら街を見て回ってもいいし海を見に行っても良い。トアも行きたいだろ?」
「……ま、まぁ行きたいけどさ」
「じゃあ決まりだな。一、二時間したら出るぞ」
外に出て街を見渡すと白い家が目立つ。昨日は暗くて分からなかったが、海から登るように坂になっている。
しかしあまりにも緩すぎて分かりづらい。海の近くはほぼ平坦である。そこから離れていくたび徐々に斜めっているようだが、ある程度で平坦な土地に変わっている。
下手したら気づかないくらい緩い。
それはさておき、俺たちは天高くそびえ立つ神の塔に向かって道を進んでいく。
住宅地周辺はちらほらと人がいる程度で騒がしくはない。しかしここからは見えないが遠くの方でガヤガヤと大勢の声が聞こえる。
おそらくは商店街や、市場なのだろう。人が賑わっている様子が声から分かる。
盗賊ギルドがいるとは思えない風景である。
住宅地を抜け、目の前いっぱいに砂浜と海が広がる。眩しく照らす太陽が海を演出している。
トアとリーシアの目もきらきらと輝いている。俺は二人の気持ちを優先したい所だが、先に格闘家に会っておきたい。
神の塔へは砂浜を経由しなくても行けるが二人が行きたそうだったのでせめて砂浜から歩いていく。
二人共裸足になり、砂に足をうずめて気持ちいいとはしゃぐ。貝殻を拾って楽しんだり、足首まで海に浸かって冷たいと笑っていた。
そんな時間はあっという間にすぎ、神の塔へと続く橋に着く。
街から伸びるように伸びた石の橋。その柱にはたくさんの貝が固着しており長年の経過を思わせる。その橋は大勢で行っても通れるほど横幅がある。そして橋の始まりに一軒の家がある。そのとなりにもう一つ。
そちらの外見は家というよりも日本にある道場のような見た目をしている。
何度も修復しているのか、建物に使われいる木材の色や種類が全く違う。こんな海の近くにあって継ぎ接ぎ程度で済んでいることを考えると災害は少ないようだ。
橋に行くために一度砂浜から街の方に戻る。石レンガの上に二人は立つと、リーシアが魔法で水を出す。
足についた砂を落とし、タオルで拭く。靴下と靴を履いたのを確認して俺はその家に向かった。扉をコンコンとノックすると若い男性の声が聞こえる。
「はーい」
ガラッと出てきた男性の黒い髪は短髪、外ハネが目立つ。海の近くに住んでいるというのに肌は焼けていない。細身ではあるが一つ一つの筋肉の輪郭がはっきりと現れていて、鍛えているのが見て取れる。
紺色の短パンと白いティーシャツ、手首には銀の腕輪をしていた。
細めの目だがしっかりと瞼は開いていて、細いという印象をあまり受けない。
真っ白い歯を見せながらにこやかに笑ってみせた。
「やっ! 僕はここに住んでる格闘家のアレン。
容姿を見る感じ……冒険者か――勇者候補かな」
ほんの一瞬、剣気にもにた凄みがアレンから漏れ出す。
俺はアレンに事情を説明する。
「勇者候補もいる。他言しないでほしいが俺は魔王だ。
分け合ってこの塔を攻略したい。
そちらの事情は噂程度で聞いてる。この塔の攻略が一代から続く悲願だってことは」
アレンは爽やかな笑顔を見せるとこう言った。
「とりあえず橋の方に行こうか。ここじゃなんだし」
「分かった」
俺がリーシアとトアに目配りをすると二人は頷いて警戒を始めた。
「ここでいいかな。
神の塔カルガディアを攻略するのは構わないよ」
「ん? なんだいいのか」
「うん。ただ……僕を倒せたらね。
せめて僕を止めて見せてよ」
トアは勇者スキルを発動しながらアレンに距離を詰める。
魔物の強骨格を破壊するほどの拳をアレンは受け流した。トアのはなった拳の衝撃が海に伝わり、水面を激しく揺らす。
「君は勇者スキルを使わずとも素で強いね。よく鍛えてる。いいね」
トアは突き出した拳を横に振り払った。アレンはそれに合わせてトアの後ろに回り込む。
しかしトアはそれを分かっていたかのようにアレンの行き先に足を置いた。
「おっと……」
体勢を崩したアレンにトアは追撃しようとする。アレンはトアの横腹を蹴って距離を取る。音からするに移動するためだけに蹴ったようだ。
俺は関心していた。トアの速度に純粋な体術のみで捌き切っている。
だがトアも温まってきたらしい。楽しそうな顔をしている。
そこからお互い一発も当たらない攻防が続いた。
そしてトアがスキルを使った。
「勇者スキル 格闘特化 終いの型」
アレンの表情が一片する。
拳を前に突き出し、少し膝を曲げて呼吸を深くしている。
アレンの周囲に魔素が立ち込める。俺の魔力ですら飲み込んでしまいそうな魔素の支配能力。
アレンの周囲は荒れ狂い、トアの周囲は無風。
お互いの技が発動する。
溜まっていたトアの力が放出され石レンガを破壊しながら浮かし、荒れ狂ったいた魔素がアレンの拳一点に集中する。
――拳を極めたもの同士の終着点。そのぶつかりあいは凄まじいものだった。
しかしこのまま打たれししまっては街も橋も破壊されてしまう。
俺は時間を止めて二人に空虚を使った。
そして時間が動き出すと、急に空っぽになった力と突然間に現れた俺に驚きつつ拳がすかっと空をきる二人。
「「あっ」」
最大限の出力に耐えるために重心を前にしていたせいか二人とも前に転んだ。
俺はトアに言った。
「また筋肉痛で動けなくなるつもりか? そんでアレン。お前街と橋壊すつもりかよ」
トアはあててーと地面にぶつけた鼻をさすりながらごめんと謝った。
アレンはあははと笑いながら俺に言った。
「いやーやっぱ魔王ってすごいんだね。何が起きたか分からなかったよ。
でもあのままだと僕死んじゃってたかも」
「まぁトアがやりすぎたのは認めるよ」
「んー、合格っ! かな。
多分そこの女性もかなり強いよね。
ただちょっと事情があって塔に上がれるのは一人だけだよ。
それと――死ぬことを覚悟できる者に限るよ」
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喜びます。