後始末
外で待機していた商人と盗賊ギルドと合流した時、盗賊ギルドの一人がジールの事で謝ってきた。
「すいやせん。俺たちがいながら急に居なくなっちまって……」
「いや、いい」
「? どうかしたんすか?」
「ジールはな」
俺は彼らにジールの正体を話した。そして、俺が殺したことも。
「そうですか……あいつ、悪いやつじゃなかったんすけどね」
「今日はもう寝る。街にも戻らない」
そう言って俺は毛布にくるまった。焚き火の暖かさが今はつらい。魔族の希望として存在するはずの魔王。
力じゃどうしようもないものがあった。なんでも守れるような救えるような気がしていた。強くなっていたから。
毛布の中で反芻する無力という言葉に頭を抱えていた。
気を使っているのか誰も俺に声を掛けない。ありがたい。
世の中にはどうしようもないことと言うのが存在している。それに直面してしまった。重い……何もかもが。
そっとリーシアが毛布の中にある俺の手を握った。手を握られただけなのに「私がいるよ」と言われてるような、やさしさが流れ込んでくる。
そしてそのまま眠りについた。
一度寝ると、少しだけ心が軽くなっていた。リーシアのおかげでもあるだろう。
それから数時間が経った後、盗賊ギルドの頭首が顔を見せた。
「魔王様、盗賊ギルドの頭首ジンと言います」
「お前が頭だな。何をしていた」
リーシアが俺の口調に怒りが込められているのに気づいたのか、俺の肩を押さえる。
「偽の報告とはいざしらず、何があったのかは分かりませんが私の責任です」
そう言ってジンは頭を下げる。
「何があったのか分からない? そうだろうな。何もせずに自分の街で引きこもっていたんだからな。
人が人の尊厳を奪われ、金を巻き上げられ挙句の果てには命すらも失った。
非人道的な人間の欲によって魔のものは命と魂を傷つけられた。
起こるはずのなかった悲劇がお前の失態のせいで起きたんだ。
ジールという悲劇を生んだのはお前が」
「エノア」
リーシアが俺の前に立つ。
「どんなことも未然に防ぐなんてことは神でも出来ないわ。言い過ぎよ。
自分の心にナイフを突き立てるのはやめて」
「……分かってるよ。ジールという悲劇を生んだのはジンの怠慢と、俺という魔王が誕生してしまったことだ。
魔王としての責務を、果たせなかった俺のせいなんだよ」
「この人を攻め立てることによってそれを救えなかったエノア自身も攻めることになる。
仕方なかった。それで済ませるのはきっと嫌だと思う。でも、もう時間は巻き戻せない。
どんなに過去の記憶が足を引っ張っても進むしかないんだよ。
足を止めた所でエノアを救うものは何一つ無い。ほら、ジンに謝って」
俺は頭を下げ続けているジンに謝罪した。
「すまなかった……八つ当たりが混ざってた。
言い過ぎたよ」
「いえ、私の不徳の致すところです。魔王様の仰ることに何一つ間違いなどありません。
事実、全ての責任は私にあるのですから」
「……これからあの街を立て直す必要があるのは分かるな?
報われなかった奴のためにもいい街にしてくれ」
「はい。魔王様の仰せのままに」
「後、盗賊ギルド解散」
「はい、え?」
「「え?」」
盗賊ギルドの面々が叫んだ。
「「えええええええ!!」」
ジンは俺に掴みかかった。
「いくら魔王と言えどそれは看過できんぞ! こっちにも事情というものが」
敬語も忘れ、突っかかっくるジン。俺はこう付け加えた。
「通常のギルドとして新たに発足しろ。
これまで通り悪事だろうと依頼をこなしても構わん。ただしそれが人の為になるのなら。
もしそれが悪人の為になるのなら断れ」
「でもそれじゃ、収入が足りないやつも」
「漁業が盛んだろ」
「私達は戦闘こそ能力がありますが魚なんか」
「仲介人をしてくれればいいんだよ。ルーヴェスト帝国からカルガディアの魚を仕入れる。
その仲介人をギルドに依頼する。
仲介料が定期的に発生するわけだ。よりいい交渉が出来るのならそれも視野に入れておく。だから金を稼ぐために一般市民から金を巻き上げるのはなしだ」
「そういうことでしたら、まぁ……考えなくはないですが。
一般市民から金を巻き上げる?」
俺たちを襲った奴らがビクッと怯えている。
ジンの背中から炎が湧き出るような威圧を感じる。彼らは冷や汗をだらだらとかきながら体を硬直させていた。
ジンは俺に聞いた。
「商人、その警護をした子分、旅をしていた魔王様……
一体どんな出会い方を?」
「想像通りじゃないか?」
「て、め、えらぁ……勝手に悪事を働くなっつったよなぁ……」
「い、いやでもほら、おかげで魔王様とコネが出来て、今回の事件も解決、明るみに出たわけで、しかも魔王様の国との定期的な仕事ゲッツ! みたいな」
ジンはそいつの頭を掴み、ギリギリと力を入れていく。
「根性入れ直しだごらぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃぃ! 魔王様お慈悲を、たすけ、頭蓋骨が粉砕されるぅぅぅヴヴヴヴ、あっ」
ボキッとヒビの入る音が聞こえる。
周囲は力なくぶら下がる自分の仲間を見て引いていた。
ジンはそいつを投げ捨てて次ぃ! と叫んでいた。容赦ねぇな……と思った。
その後ジンは街に入り、兵士と好き勝手していた盗賊ギルドを粛清。
住民たちを呼び、復興までの間最大限の保証をすると約束した。
そして地べたに頭をつけ、おそらく出せる限界の声で叫んだ。
「盗賊ギルド頭首ジン、この通り! すべて私の責任だ! 野放しにしてしまったことを心から、腹のそこから謝罪する!」
俺は思っていたよりも人情があるやつだと見直した。
ジンが戻ってくるのに時間がかかりそうだと思った俺はリーシアに話しかけた。
「ごめんリーシア。止めてくれありがとう。
あのままだったら散々攻め立てて八つ当たりしたあげく心にもないことを吐き捨てるとこだった」
「エノアが間違えそうになったら私は止めるよ。
それで一緒に支え合うの。ずっとそうしてきたんだから。気にしないで」
俺はリーシアを抱きしめた。
「ありがとう」
「うん」
ジンが戻り、俺たちは今後について話し合った。
「予定通り俺たちはカルガディアの神の塔へと向かう。
今後の交易に関してはうちのクルケッドに任せることとする」
ジンは了解と言った後、自分の手下にこう言った。
「おっしお前ら、俺も一度ギルドへ戻る。
立て直しだからな。それと金銭面のこともある。お前らはこの街を見張れ。
そんで手伝え。死体やら心の支えやらなんでもいい。
後始末は自分達でつけんぞ、いいな!」
「「うっす!!」」
そして盗賊ギルドのメンバー達は街へと入っていった。
俺たちとジンは商人の荷台の中に入り、カルガディアを目指す。
その荷台の中でジンがリーシアに聞いた。
「あんた、なにもんなんだ。魔王を諌めて言うこと聞かすなんて」
「ん? 幼馴染よ。それと将来を誓った恋人よ」
「こっ……なるほど。魔王も自分の女にはデレデレなわけだ」
言い方。
「そうよ。もうっ……デレッデレなんだから」
いや言い方。間違いないけども。
魔王のメンツ丸つぶれなんだけどリーシア。ねぇリーシア。
「けど魔王と幼馴染って、あんた人間にしか……
そういや魔王様も目が魔族ってだけで見た目はほとんど人間のような」
俺はジンに元人間であることを伝えた。
ジンは驚いた後、理解しようと必死になっていた。
グロウが人間であったこと、魔王は必ずしも魔族がなるものではないことを説明した。
「へー……魔王様自身もなんか思ったのと違ったんで複雑な気分ですわ」
「みんなそういうよ。らしくないってな」
そんな雑談を繰り返し、日が落ちる頃に俺たちは神の塔が存在する街。
カルガディアへとたどり着いた。
真っ暗な海に月の明かりと港町に灯る人の明かりが反射している。
ゆらゆらと、海が波うっている。海を見るのは久しぶりだ。なつかしい。
にぎやかな港町とは裏腹に、海へと続く一本の橋。
その先には天をも貫く神の塔が佇んでいた。比較対象がない為、分かりづらいが俺が処刑されそうになった闘技場をゆうに包み込めるほど大きい。
これを登ると考えると攻略なしでもきつそうだ。エルフの森の大樹を思いす。
と、神の塔に圧巻されているとトアとリーシアが海を見てはしゃいでいた。
リーシアが海を指差しながらトアの服を引っ張る。
「トア! 海よ海! 水がいっぱいだわ!」
「すっげぇぇぇ! なぁエノア! 泳ごうよ!」
「風邪引くわ。いや引かんけども」
そうか、二人は海を見るのは初めてなんだな。俺もエノアとして生きるようになってからは初めて見る。
こっちの世界の海も日本の海とあまり変わらないな。
潮の匂いが風に乗ってくる。涼しくて気持ちがいい。
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