いくつもの
「結構長いな……」
穴のサイズがジールに合わせてあるおかげで俺自身は楽に通れるが……
「ジール。疲れてないか?」
「大丈夫です」
「もし辛いなら言ってくれ。休憩しよう。もしくは崩れる可能性が出てくるが更に大きな空洞にして……」
「ほんと、大丈夫ですから。魔王様は気にせず先に進んでください」
「……分かった。
そういうえば妻と子供がいると言ってたな」
「へへっ、そうなんですよ。
娘が二人いました。後妻がいるんです」
「ならさっさと終わらせて家族の元に戻らないとな。
でも旅をしてたんだっけか」
「ええ。すー……なんでしてたのかまでは」
「まだ幻覚をみさせられた時の後遺症が残ってるんだな。
少しずつ思い出していけばいい。思い出すまでは俺が保護してやる」
「ありがとうございます! 魔王様に保護していただけるなんて……これほど心強いことはありません!」
「いいすぎだって」
穴の終わりが見えてくる。行き止まりだが下に空洞らしきものが見える。
「よしやっと……」
と覗き込む。その空洞は俺とジールが入っても問題ない程度の広さがある。そしてまた穴が続いているのだった。
その分も影がしっかりと掘っていてくれている。時間でも稼いでいるのだろうか。
ジールが息切れしながら体を伸ばす。俺はそれを見てジールに言った。
「五分だけ休憩しよう」
「いえ! 俺は」
「俺も疲れた。大丈夫、上にはリーシア達もいるからそう簡単には逃げられないさ。
最悪影を這わせて掴ませる。まぁそれに気づかれて対策を取られるってのは避けたいから最後の手段だがな」
「すいません」
「奥さんとはどんな出会い方したんだ?」
「えっと、そう、ですね。
旅先で出会ったんですよ。一目惚れでした。彼女を見て心を奪われました。
そこから口説いてその街に定住、子供を二人授かりました」
「口説き落としたのか。やるじゃないか」
「いやぁ、ええまぁ……一緒に旅をしたり、他の街でデートしたりなんかもしましたね」
「結構思い出してきたな」
「っ……」
ジールが目に涙を浮かべる。
「どうした?」
「いえ、その、娘が生まれた時のことを思い出して……
うれしかった……娘は双子でして、二人をこの腕で抱いた時のことを思い出したんです。
帰りたい……妻と、娘に会いたい」
ジールは両手を眺めていた。そして俺には見えないがまるで赤子を抱くように腕を畳む。
そして目を閉じてその腕を下ろした。
「すいません。大丈夫です。行きましょう」
「いいもん見せてもらったよ。幸せな気持ちになれた」
「へへ……そうですか?」
そう言ってはにかむジールを見て俺はリーシアを思い出していた。
静かな泉のほとりでの時間を。もしそこに俺たちの子供が居たのなら……
「行こうか」
「ですね。俺を操ってるやつを懲らしめましょう!」
「ああ。ぶん殴ってやれ」
「思いっきりやりますよ!」
二人で笑い合った後、また狭い横へと続く穴を進んでいく。
服を土で汚しながら進んでいるとまた下へと続く空洞が見えた。
しかし今度は光が見える。俺がその中に落ちると、中々広い空間。
大きめの机に紙や瓶が散らばっている。中身はどうみても飲み物ではない。
手前には上へと続くはしご。おそらく上に居た魔族達を移動させる為に用意した別の入口だろう。
机より向こう側の空間には檻がいくつも置かれている。様々な器具や、ジールがすっぽり入りそうなガラスでできた容器。その中には液体が浸されていた。
そしていくつかある檻の中には魔物、魔獣が閉じ込められている。昔のイナのようにぐったりとしている。
ひとつの檻の前で白衣を着た若めの男性がガラス瓶を持って立っていた。
そのガラス瓶の蓋を開け、なにやらボタンのようなものを押すと、中にいた魔物が感電しているかのように痙攣する。
魔族はひ弱な声を出していた。怯える魔物に動じることなく男はガラス瓶に蓋をした。
そして振り向くとあいさつを始めた。
「こんにちは。いやこんばんは……かな。
僕の研究所へようこそ」
「とりあえず全部説明してもらおうか」
「とりあえずで、全部、か。欲張りだね。
僕はただの研究者さ。どこまで知っているんだい?」
「お前が盗賊ギルドと兵士の両方に別々の指示を出していること。魔族や魔物がお前の命令を受けていること」
男は顎に手を当て少し考えた。
「ふむふむ……
じゃあ説明しよう。お互い逃げ場はないわけだし。
まずはガラス瓶の存在について。さっきみたいに痛みを与えた時にこの匂いを嗅がせることでその体に恐怖心を植え付ける。
そうすれば僕の命令を聞いている時でも一目散に逃げるわけさ。
盗賊ギルドからも兵士達からもお金を得ている。おかげで大金持ちさ!
ただお金が払えなくなったものもいる。死体も転がる。
それらはいらないわけさ。だから別々の指示を与えた。
盗賊ギルドには金の徴収。兵士には魔物を見逃してもらう。
債務者と死体を魔族に食わせる為にね」
「自分の利益の為に人も魔族も利用したってことか」
「そう。この街を支配しているのは僕さ。戦闘の能力なんて欠片もない僕だ。
ただ魔族に関しては研究の一環さ。
キメラ。異世界の合成獣。これで最強の存在を作るのが僕の夢なのさ」
「最低のクソヤロウだな。ジールも合成するつもりだったのかよ」
「ジール? ああ、そこの魔族か。ジールと名乗っているんだね。なら僕もそう呼ぼうか。
彼は既にキメラだよ。僕が言うことを聞かせられるのは魂と体をいじったものだけだからね。
上にいる人形のように突っ立ってる子達もそう。
今手元に純粋な生き物はいないよ」
正気を失ったジールがその爪を振り上げていた。
「君がどうやってジールの命令を説いたかは知らないけど、殺したほうがいいよ。自分の身の為に。
ジールは戦闘面では結構上手く作れたんだ。
皮を剥げば元の魔族の体が見えると思うよ」
俺はジールの振り下ろした手を掴んだ。そして魔王の威圧で正気に戻す。
男はそれを見て驚いていた。
「強いんだね……これは僕も出し惜しみはできなさそうだ」
「……」
「ん? ああ。悲しんでるのか。
気づいたんだね。合成するのは肉体だけじゃない。魂もすべて継ぎ接ぎ。僕のスキルは魂を覗き、触れることが出来るんだ。
使いみちのなかったスキルだけどこんなに役に立っているよ!」
すべてを知ってしまった俺とは違い、正気に戻ったばかりのジールはまだ状況が飲み込めていない。
「す、すいません。俺……また操られていたみたいで」
男はジールに言った。
「なぜそいつの言うことを聞くんだい」
「なぜだと? それは俺たち魔族の王だからだ!」
ジールは男にそう言い返した。男はジールにたった一言。
「俺、ね……どの君だい?」
「は?」
……ジールは、俺から一歩ずつ離れ、自分自身の頭に手をおいた。そして呟いた。
「どの、俺?」
ギリッ……気づき始めたジールに掛ける言葉が見つからず、自分の歯ぎしりが頭に響く。
「俺は、ジール。妻と、子供が……
妻が、二人? 子供は双子で、いやどっちも知らない。いや知っている。
双子、じゃない。だってどちらも種族が……」
「君は僕の作り出した疑似人格なんだよ!
幻覚でも見せられたと思った? 違うよ! それは君を構成する継ぎ接ぎの魂一つ一つの断片さ!
いい気味だ! 魔族なんて人を殺して食べるだけの害悪! 後悔するといいさ!
そして僕のお金を稼ぐための道具となればいい!」
ジールは自分の手を見た。
「そんな、じゃあ……あの感情は、この幸せな思い出は」
赤子がいるかのように腕を畳んだ。その震えを止めることは俺には出来ない。
「全部、偽物で……どこからどこまでが俺なんだ。
この苦しみも、愛を分かち合った記憶もすべて、他人なのか?
娘が生まれた喜びも、妻と結ばれたあの記憶も、この腕の温もりも全部……」
自分の体を両腕で締め付ける。その腕に爪がめり込んで皮が剥がれる。
赤色の鱗が露出した。
「ああっ……知らない奴が感動が、苦しみが自分の中で混沌としてる。
気持ち悪い……全部、俺が見てきた記憶じゃない。
俺が見てきたのは命令に従う自分だけだった――は、ははっ……」
ジールは自分の腹に爪を突き刺した。
「死にたい」
その爪で内部をゆっくりえぐる。苦痛に涙を浮かべながら言った。
「娘は、俺の子じゃなかった。こんな記憶を持ったまま生きるのなら……死にたい」
俺は自分の人生で使える言葉を探し出し、ジールへと伝える。
「ジール。その記憶はお前のものじゃない。でも、そこから先、この先は全部お前の記憶だ。それ以上の大切なものが出来るとは言わないし、ずっと抱えて生きていくことにはなってしまう。
ジールがジール自身であることを証明するのはお前と、お前を見る他の誰かだ。
そうでなかったら一秒一秒、誰も自分自身ではない」
俺が言えるのはこれくらいだった。もし、リーシアとの思い出が、もしリーシアとの子供が……他人のものだったのだとしたら、どう受け入れたらいいのだろう。
「うれしいなぁ……魔王様にその言葉を言ってもらえて、俺をジールとして見てくれて、それだけで生きててよかったと思えます。
今だけは、自分自身として生きているようなそんな感じがします。
…………魔王様、俺を――終わらせてください」
「……」
ジールはその記憶を持ったまま生きることを選択しなかった。
魔王の魔力を侵食させ、体を破壊。そして継ぎ接ぎの魂を影に飲み込ませた。
向こうでリビアが正しく分けてくれることだろう。そこにジールの存在はないが……
たとえ疑似人格として魂を作り出すことに成功したとしても記憶が彼を邪魔してしまうだろう。メインの魂を修復したとしてもそれはジールではない。
彼を構成するもので彼を作り出すと、どうしても救いがない。
――終わらせるしか、なかった。
「うわぁ……これはヒドイ……なにも殺さなくても良かっただろうに、なんて」
「……救えなかった」
「うんうん。どうあがいても殺すしかないからね。
じゃあこっちもよろしくね」
男は三メートルにも及ぶ魔族を用意していた。
トカゲのような頭と、強靭な筋肉。人型で、片手には斧。その斧も体にあった大きなものだった。この空洞内で鼓膜を突き破るような威嚇を鳴らす。
「これはね。ちょーっと失敗したんだ。脳みそが溶けちゃって。
でも戦闘能力だけなら一流……」
バンッ……
「へ?」
魔族は体内に入った俺の魔力に耐えられずに破裂。その臓物が周囲に散らかる。
「影踏み」
俺は男の前に立った。力ではない知識という面で力不足を感じ、その苛立ちと、ジールの復讐として、男の首を力強く掴んだ。
「ぐっ、おぼっ……その目、ほんどうにっ」
「」
「どうして、こんなところ、に」
「そんなことはどうでもいい。
己の欲望の為に命と魂を弄んだ罪と知れ」
ぐ、ぐぐぐ……
男は苦し紛れに俺の手を引っ掻く。顔や、腹部を蹴る。俺の手は徐々に男の首を締め付けていく。
「ぼっ、ぐごごっっ……じ、ぬ」
「死ぬんだよ」
――ごきゅっ。
俺は首のへし折れた男を捨てた。そしてこの空間に残った魔獣や魔族を全員殺した。
生きているものが自分だけとなった。
戻らないといけないのに、俺はジールの前から動くことが出来なかった。
そしてリーシアとトアが上の全員を戦闘不能にしたらしい。この部屋に二人は入ってきた。
ジールを見続け、正解を探し続ける俺を見たリーシアは俺の手を優しく握った。
本物に触れた俺と、偽物を押し付けられたジールの対極さに胸がいたんだ。
何度考えても、ずっと考えても……ジールを救い出せた言葉が見つからなかった。
ゆっくりと目を閉じ、事情を説明した。人生が、足りなかったと。
二人共ショックを受け、口元に手を当てていた。
そしてリーシアはジールの頭に手を触れて言った。
「もしあなた自身の魂が生まれ、来世があるのなら……それが幸福であることを願うわ。
おやすみなさい」
リーシアは自身の魔力によって炎を作り出した。
炎は広がり、俺たちは地上へと戻った。そしてここにいる者たちを全員殺した。
埋葬を済ませた後、この街の近くに残った盗賊ギルドと合流した。
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