風評被害
リーシアとトアの服を買った街を出た俺たちは荷台の上で揺られていた。
馬が歩く速度に合わせて揺れる荷台には白いテントのようなものが取り付けられていた。じっと座っていても直射日光には当たらい為、暑いといったこともない上に砂埃や虫が飛んでくることもない。
荷台の隅にそれぞれ四つのガラス瓶のようなものが括り付けられている。おそらくこれが温度を一定に保つ魔具というものだろう。
聞いたことない魔具だが今後この魔具の需要は増えると見越して誰かに調査させよう。ガディなら作れるか?
鍛冶屋だというのに魔王城のデザイン、現場監督までしたからな。
この白いテントのようなものを締め切ってしまうと真っ暗となってしまう為、出入り口の布は広げてピンで留めてある。
そこから土と木の匂いが乗った風が入り込んでくる。
リーシアはきもちーと言いながら鼻を突き出し、目を閉じながら風を楽しむ。
整備されているとは言え、道は土である。ところどころに落ちた石や他の荷台が通ったであろう車輪の後の上を通るため、少しガタガタっと揺れる。
速度が遅いため不快になるようなものではなく、むしろこの揺れが心地よく、眠気を誘っていた。
「やばい、寝る……」
俺はそう呟くとリーシアが寝ても良いんじゃない? と答える。
「あまり寝すぎると夜眠れなくなるからある程度経ったら起こしてあげるわ。たまにはこういうのんびりした生活もいいじゃない」
「その言葉に甘えようかな……」
「トアも寝ちゃってるし」
トアは荷台の中で横になり寝息を立てていた。揺れるたびに声帯が閉じるのかうっ、とかあっとか小さい声を漏らしていた。
俺たちはそれを見てくすくすとトアを起こさないように笑っていた。
リーシアは正座を崩した状態で座って自分自身の太ももをとんとんっと叩く。
「おいで」
「お、おいでって……」
「二人きりじゃないから出来ないのかな?」
「いや……そうじゃなくて」
「幼馴染の太ももで寝るのは嫌?」
「……嫌じゃない」
俺は照れながらもリーシアの太ももの上に頭を乗せ、体を横にして寝る体勢に入った。
やわらかい太ももと、リーシアの体温、リーシアという安心感。
「じゃあ……少ししたら起こしてくれ」
はーいっと返事をしてリーシアは背中を丸めて俺の耳元で囁いた。
「それともぐっすり眠って、宿で眠れるまでって言うのもありかな?」
リーシアの吐息が耳に触れてくすぐったい。
「か、からかわないでくれ」
「かわいいっ」
リーシアは俺の頭を撫でた。撫でられる側もいいものだ。
カルガディアに行くまでに泊まる最後の街まで少し、この心地よさに揺られてもいい、かな……
「エノア、エノアー」
「ん、リーシア?」
俺は目を覚まし、ゆっくりと体を起こす。んーっと体を伸ばした。
「おはようエノア。一時間くらいかしら。眠ってたのは。休憩するって言ってたから起こそうと思って。ずっと座ったり横になってても疲れるでしょ?
荷台の外に出て体動かしてきたら? トアも。夜眠れないわよ? トアー?」
「ん、んー……」
トアは体をもじもじとよじりながら起きたくなさそうに体を起こす。
「おはよ……」
と、トアは言った。俺たち三人は荷台から出て外の空気を吸った。
生い茂る周辺の木々が風に揺られて音を鳴らす。
盗賊達は木陰に入り、水分を補給していた。ここまで何事もなく、彼らも割のいい仕事だと笑っていた。
話してみると案外悪い奴らではない。もちろん悪人ではあるけど。彼らに金をせしめられた奴らは恨んでいることだろうしな。
残念だがこの世界で秩序なんて守るのは一般市民くらいだ。たとえ悪人に金を盗られたと言っても助けてくれる警察なんてものはいない。警備をする兵士だってどこにだっているわけでもないし、誰でも助けてくれるわけじゃない。
仮にこいつらが粛清され殺されたとしても金品が帰ってくるとは限らない。
残念ながらそれがこの世界の現状なのだ。話をしていてこういう生き方しか選択肢がなかったやつもいる。
この世界はそもそも平和じゃない。魔族や魔物、戦争で両親を失い残った家族を養う必要がある長男が珍しくないわけだ。。
悪だからと言って無条件に責め立てられるほどこの世界は平和じゃないということだ。
こうしてちゃんと仕事を貰えるのならば悪事に手を染める必要すらない。欲に溺れれば話は別になってしまうが……
「グルルルルル……人、ゲン」
盗賊ギルドの彼らが武器を出す。商人は俺たちの後ろに隠れた。盗賊ギルドの一人が話し始める。木々の奥から一人の魔族がゆらゆらと体を揺らしながら歩いてくる。
「出たな。また魔族か。魔王の指示でももらってんのかよ。答えろ!」
「ハァ……ハァ……ツレテ」
「ちっ……やっぱ話は通じねぇか。護衛は俺たちの仕事だ。あんたらは隠れてな」
リーシアとトアが俺を見る。そう、二人は俺が魔王であることを知っているからだ。
目の前にいるやつは確実に魔族。
フラッドのような魔獣にかなり寄った獣人のような魔族。
体は灰色だが、毛先が黒に寄っている。よだれを垂らす口は全てギザギザと犬歯が生えている。耳は丸く、先が黒い。頭の中央から尻尾にかけて毛がかなり長い。他の部位の三倍近くは生えている。
瞳孔は定まっておらず、肩で息をするほど興奮状態。
だとしてもだ。魔王がいるにも関わらず襲ってくるのは変だ。
力の差、魔王の魔力、威圧感に触れるはず。力のコントロールが出来るようになった今ではイリアスの仮面はつけてない。しかし魔族であれば俺が魔王であることはすぐに認知出来るはずだ。
それなのになぜ俺たちを襲える。一番の問題は……ここは魔界ではない。
「ニンゲン、ニンゲンニンゲン!」
魔族は空中をその長い爪で斬る仕草を見せた。その先から爪の本数だけ白い斬撃のようなものが飛ぶ。
盗賊ギルドはそれを既で捌く。こりゃあぶないな。手助けする必要がありそうだ。
力のバランス的に。
盗賊ギルドの一人に俺は聞いた。
「また魔族ってのはどういうことだ?」
「魔王が誕生してから現れるようになったんだよ魔族が。こいつらは平気で人の街に入ってさらったり殺したりする。
魔王がそう指示してるんだって噂だ。俺たちよりたち悪いぜ」
自覚あんのかよ。あるか。というか風評被害を受けている。
俺はそんな指示した覚えもないしした奴にも心当たりはない。
口止めする必要はあるが仕方ないな。こいつから話も聞きたいし。
――魔王としての力を抑えつけるのはやめだ。
木々に止まっていたであろう小鳥の大群が羽ばたく。
周囲を俺の魔力が漂う。空気は戦慄し、人は戦意を失い死を感じて唾を飲み込む。盗賊ギルドは剣を落とし、腰を抜かす者も居ればその場で立ち尽くして動けないものもいる。
目の前の魔族は俺の目を見て、怯えていた。尻尾は垂れ下がり、後退りすることもない。
「誰に向かって手を出している」
その一言で魔族は尻もちをつき、白目を向いた。
「なっおい!」
さすがにそのまま気絶するとは思わず、魔王の力を抑え込む。
当分起きそうにない。なら次の問題は……
「な、なな、なんだ、あんた」
魔王の力を抑えつけたと言っても記憶は残り、本能は恐怖したままだ。
「さて、自己紹介と口止めするか」
「どう、して」
「察しが早いな。
俺は魔王。エノア・ルーヴェスト。ルーヴェスト帝国の王にして魔族の王だ。
そっちが何もしなければ危害は加えるつもりはない。
――ただ俺が魔王であることを誰かに話せば」
「わ、わわわわわわわわかった! 話さない! 話さないから!」
「ならよし。そんなビビらなくても……ってわけにもいかないか。世の中の魔王像を考えるとな。
先に言っておくが俺は人を襲わせるような指示をした覚えはない。それに魔族の間ではまだ俺は魔王としての地位はないんだ」
「あっ、あ、あああ」
少し待つか。まだまともに話せそうにない。
それから商人にも同様口止めはした。魔王だとバレると旅どころではないからだ。説明が終わって十分程度が経った頃、魔族が目を覚ました。
「っ……お、れは」
「よっ、目を覚ましたか」
「!! ま、魔王様! 失礼しました! ご無礼をお許しください!」
「今度はまともに話せそうだな。なにか事情がありそうだ。話してくれるか?」
「覚えて、ない……
覚えてるのは、確か……ジールという名前。
そうだ、ジール。それで俺は魔界の街を転々としてて、っ! あ、ああっ!」
「落ち着け。怖がるな。俺をじゃない。その記憶をだ。俺を誰だと思ってる。魔王だぞ。
お前を不当に扱うやつは俺が殺してやる。俺がいる」
「はぁっ、はぁ……」
魔族は少しずつ落ち着きを取り戻す。
「あたま、の中を、なにか、記憶、が、家族、がいた。子供が。妻も……
それで、誰だ、だれかに何度も夢を見させられて、言うことを聞いていた、ような」
「幻覚の類か……」
心の傷を癒せるような力は俺にはない。
「分かった。それだけで充分だ。お前の他にもそういうやつはいるか?」
「覚えて……ない」
「そうか……どうするかな……ほっとけないし、かと言って連れて行くことも出来ない」
「あの……」
商人が俺に提案した。
「とりあえず荷台の中に隠しておくというのは……それで魔界まで」
「なるほど、そうするのが最善だな。それと魔界までは行かなくていい。うちで保護する。
カルガディアに着いたら一瞬で移動が出来る。それを使う」
「一瞬で国と国を!? 私達の仕事なくなりそうですね」
「そう簡単に出来るものではないし、今の所人を転移させるほどの使い手は一人だ」
「それなら少し安心です……」
俺はジールに言った。
「いいか。これからカルガディアまで荷台に隠れてもらうことになる。人に絶対見つかるな。面倒になる。できるな?」
「分かりました……俺なんかの為に魔王様がっ……ありがとうございます。
そのお顔を拝見出来ただけでも」
「大げさだ。ほら、立てるか」
俺は手を出したものの身長差がありすぎてあまり助けにはならなかった。それを笑った盗賊ギルドの数人に影の鉱石を当たらないように投げつけた。
「「す、すいやせんでした」」
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